最高のダンスをあなたに

 以来三人は、定期的にカラオケボックスに集まるようになった。松岡は、女性に人気の懐メロをマスターすると張り切っている。その練習に竜平を付き合わせると聞いて、直人は自分も協力すると申し出た。彼と会って話す機会を、逃したくなかったのである。
(好き、なんだろうか……)
 松岡にコーチしている竜平の横顔を盗み見ながら、直人は自問した。こんな風に物事をポジティブに考える人間には、初めて出会った。いつも快活な竜平と接しているだけで、直人は心が洗われる気がした。
 とはいえ直人は、その気持ちを認められずにいた。昔から、女性には興味を持てなかった。自分はゲイなのだろうかと疑いつつも、自覚するのが怖かったのである。


 その日直人は、竜平と二人でカラオケルームにいた。松岡が、急用で来れなくなったのだ。お詫びにカラオケ代をおごるから、二人で歌ってくれ、と彼は言っていた。
「今日は、思いきり好きな曲を歌いましょう! いつも、松岡先輩の練習に付き合ってばかりですもんね」 
 竜平は上機嫌だが、直人は緊張していた。狭い個室で、二人きりだなんて。何かの拍子に自分の気持ちがバレたらどうしよう、と直人はひやひやした。
(きっと、引かれるだろうな。噂になったりしたら、親はショックを受けるよな。いや、何よりも、竜平本人に気持ち悪がられたくない……)
 竜平は、直人の不安を敏感に察知したようだった。
「……何だか今日、元気なくないですか?」
「受験のストレスだよ」
 誤魔化すと、竜平は納得したようにうなずいた。
「医学部って、難しいですもんね」
「……実は、医学部は止めたんだ」
 直人は、思い切って打ち明けた。最近直人は、医学部へ行く自信が無いと親に白状したのである。代わりに、医療系の大学へ進んで理学療法士の資格を取りたいと告げた。両親は驚いていたが、認めてくれた。こんな風に進路を変える勇気を出せたのは、竜平の影響だろう。
「是非なりたいってわけでもないんだけどな。ただ、少しでも親の希望に沿えればって思って」
 弁解がましく言うと、竜平は意外な反応を見せた。
「いいじゃないですか。親御さんのことを思いやるって、偉いと思いますよ?」
 はっと顔を上げれば、彼は驚くほど真剣な顔をしていた。
「関根さんて、いつもそうですよね。人のことを気遣ってばかりいる。松岡先輩の練習に付き合っている時だってそうだ……」
 竜平は、じっと直人の目を見つめた。
「俺、関根さんのそういうとこ、好きです」
(『好き』って……)
 いや勘違いするな、と直人は自分に言い聞かせた。これは、友人としての『好き』だ……。
「サンキュな」
 わざと軽く言えば、竜平は顔をこわばらせた。
「関根さん、俺の気持ちわかってます? こういうことですよ?」
 竜平が、カラオケの画面を指さす。流れていたのは、ラブソングだった。松岡の練習用に、入れておいたものである。直人は、真っ青になった。
(バレてたのか? 僕がゲイだって……?)
 両親の顔が浮かぶ。ただでさえ、医学部に進まないことで落胆させたのだ。これ以上失望させるわけにはいかなかった。そのためには、誤魔化し通さねば……。
「悪いけど、僕は男には興味無いから」
 声が上ずりそうになるのをこらえて告げれば、竜平はキッと目をつり上げた。
「へえ、そうは思えませんけど。関根さん、画面に男性が映ると、食い入るように見てたじゃないですか。てっきり男性が好きなのかって、思ってましたけど?」
 かあっと、顔が熱くなるのがわかった。
「そんなわけあるか。男なんか、まっぴらだよ!」
 金を叩きつけて席を立てば、竜平は焦ったような顔をした。
「帰るんですか? 待ってください」
 すがる竜平を、直人は振り払った。
「俺、あの振り付け練習したんです。『最高のダンスをあなたに』。……だから、お願いです。来週のこの時間、ここへ来てもらえませんか? 関根さんに見て欲しいんです……」
 直人は返事をすること無く、部屋を走り出たのだった。