心の剣を貴方に

「浮かれてる場合じゃないぞ。案外、モンスターが出てきたりして」

 ノエルは苦笑いをしながら、無邪気なリックスを窘めた。その証拠に、ノエルとリックスは剣を携えている。
 歩き始めて数十分が経っただろうか。雑草の丈は腰ほどまでになった。モンスターが出てきても直前まで気付けないかもしれない。
 ノエルは道の右側を、リックスは左側を警戒しながら前へ進む。草原には次第に木々が増え、森へと変貌していった。
 木々の葉に隠れてしまい、僅かな空が見えない。太陽の傾き加減が全く分からない。
 リックスは私の顔を覗くように見る。

「オフィーリア、疲れてない?」

「うん、大丈夫」

 これくらいで疲れていては、これからの旅が思いやられる。それなのに。

「俺は少し疲れたかな。ノエル、休もう」

 リックスは休憩を願い出る。

「そうだな」

 一人でも疲れてしまったのなら仕方ないだろう。
 丁度、切り株と腰かけに最適な大きさの岩がある空間で休憩を取ることにした。水筒の限りある水をちびちびと飲み、一息吐く。
 自分では疲れていないつもりだったけれど、尖らせっぱなしだった神経は擦り切れていたらしい。気を抜くと頭が空っぽになる。リックスは私の体調も鑑みてくれたのだろうか。
 そこへ何者かが草を踏みしめる音が聞こえてきたのだ。もしや――。

「こんな時にモンスター……!?」

 三人で頷き合い、そろりと立ち上がった。ノエルとリックスは剣を手に取り構える。
 しかし、現れたものに腰を抜かしそうになった。

「えっ……? 野兎……?」

 飛び出してきたのは、なんと可愛らしい茶色の野兎だったのだ。

「あは……。あはは……」

 なんて間抜けな光景だろう。ノエルとリックスなんて、剣を放ってしまった。

「それにしても驚いたな」

「いや、野兎でよかったよ。これでゴブリンなんて出てきたら――」

 リックスが言いかけて、話は止まった。何故なら、ゴブリンなんかではない、人間でもない、もっと大きな巨大な物の気配を感じたのだから。すぐに木漏れ日が遮られ、岩のような身体のモノがぬっと現れた。

「何で……こんな所に……!?」

 赤い瞳は光を放ち、私たちを睨みつける。

「駄目……!」

 ノエルとリックスは今、すぐには攻撃できない。剣を拾い上げる隙を作るため、咄嗟に片手を伸ばした。途端にゴーレムは火に包まれる。
 ゴーレムは怯みもしない。

「何で……!?」

「オフィーリア! 魔法は駄目だ!」

 ノエルは地面に転がっていた剣を拾い上げ、切り付けにかかる。刃が効くとは思えないモンスターなのに。私は武器なんて持っていない。
 出遅れたリックスも震える手で剣を拾い、雄叫びを上げながらゴーレムへと向かう。
 ゴーレムは、まるで蝿を払うように二人を弄ぶ。ただ、剣が岩に弾かれる音だけが周囲に響く。

「……うわぁっ!」

 遊び飽きたかのように、ゴーレムはノエルを指で弾き飛ばす。彼はそのまま身体を木にぶつけた。

「ノエル……!」

「くそぉっ! ……うっ!」

 今度はリックスがゴーレムに蹴飛ばされ、岩に叩き付けられる。

「リックス……!」

 このままでは二人が殺されてしまう。二人だけでなく、私も殺されてしまう。伝承通り、己の破滅だ。

「お願い……止めて……」

 ゴーレムに執拗に痛め付けられる二人に、私は何もできないのだろうか。形だけの聖女ではないか。
 無力感に苛まれ、涙が頬を伝う。

「止めてーっ!」

 無意識のうちに叫んでいた。
 左手の魔法陣が光り出し、ゴーレムの後頭部を照らし始める。何故か、ゴーレムの動きが止まった。

「えっ……?」

 振り返ったゴーレムは、ゆっくりと私に近付いてくる。
 標的を私に変えたのだろうか。今度こそもう駄目だ。ぎゅっと瞼を閉じる。しかし、いつまで経っても痛みは襲ってこない。
 ゆっくりと目を開けてみる。そこには岩の手と、握られた白い花があった。



「どういうこと……?」

 赤い瞳は静かに私を見詰めている。
 聖女はモンスターの敵で、倒されるべき相手ではないのだろうか。花を受け取らずにいると、ゴーレムは器用に私の金の髪に花を差した。

「私はあなたの敵じゃないの?」

 ゴーレムは身動ぎ一つしない。
 もし、敵意じゃなく、好意を持ってくれているのだとしたなら。二人が倒れている方へと目を向けてみる。ゴーレムは静かに首を傾げる。

「二人を……助けて……」

 駄目元でゴーレムの瞳を見詰め、懇願した。
 ゴーレムはゆっくりと動き出し、二人を両手で担ぎ上げる。そのまま次の目的地――出発した村の隣町へと歩き出す。
 私はただただゴーレムの後ろを歩き続けた。ゴーレムは野兎が飛び出して来ると道を譲り、モンスターである角突きラビットが出てくれば蹴散らしていく。その光景を何もすることが出来ずに眺めていた。
 道の先がやっと明るくなってきた。森の出口が近いのだ。

「あなたは、どうして私たちを助けてくれたの?」

 返事は期待せず、ゴーレムに話し掛けていた。

「エスメ……ラルダ……」

「えっ?」

 エスメラルダ――地鳴りのような低い声で、確かにそう言った気がする。いや、ただ風の音と聞き間違えたのだろうか。
 森を抜け、草原へと出る。ゴーレムはノエルとリックスをそっと地面に下ろした。日は傾き、空の色はオレンジ色に変わっている。
 ゴーレムは踵を返し、森へと帰っていく。それを呆然と見詰めていた。

「……ノエル! リックス!」

 はっと我に返り、二人の身体を揺さぶってみる。二人は呻き声を上げるばかりで、目覚める気配がない。
 前方には立ち並ぶ二階建ての家々が見て取れる。
 もう、助けを呼びに行くしかない。ごめんねと言い残し、街へ向かって駆け出した。二人の命を助けたい。それ一心で。

「お願いします! 誰か……誰か助けて!」