ミステリアスで寡黙なエースは、恋愛をしたら変わりすぎる!



■


練習試合の翌日。
週二回の、放送部による昼の校内放送の日。


昼休みが始まるやいなや、俺は弁当を持って放送室に急いだ。


「最初は、昨日のサッカー部の試合結果」


多田が原稿を差し出してくる。
宮本はマイクや音源の調整をしている。


「宮本も放送したらいいのに」
「人前で話すの嫌なんです」


赤いランプが点灯する。


俺は一度息を吸い、マイクへ向かった。
普段より声を意識して低くし、はっきり喋る。


「お昼の校内放送です。最初に、運動部の試合結果をお伝えします」


原稿に目を落とす。


「サッカー部の試合結果です。昨日行われた、強豪T学園との練習試合は3-2で逆転勝ち。前半を0-2で折り返しながら、後半に三点を奪いました」


言いながらにやけそうになるのを抑える。集中してやらないと。

「得点は、55分に一年才川、62分に二年三ツ橋、87分に才川…」


――今頃、一年の教室では、黄色い声が上がっていそう。


ちょっと違うことを考えたのがよくなかった。


「柔道部のY高校との練習試合では、団体戦のだいしょ、だいしょうせ…ッ」


盛大に噛んだ。


宮本が「げっ…」という顔で、こっちを見たが、見なかったふりをした。
多田は無言で、ドンマイとジェスチャーをしてくる。


「団体戦では、大将戦までもつれ込む接戦を制しました」


委員会からのお知らせ、生徒会選挙の日程を読み上げ、今日の放送は終了した。
赤いランプが消える。
宮本が慣れた手つきで機材の電源を落とし、席を立つ。


「盛大に噛んだ…」
「みんなそんなにちゃんと聞いてないから大丈夫」


多田によくわからない慰められ方をしながら、俺は弁当の蓋を開けた。
多田はコンビニの幕の内弁当を、宮本はパン屋のサンドイッチを取り出す。


「柔道部の次鋒は、元放送部の人なんですか?」


色とりどりのサンドイッチを食べながら、宮本が言った。


「放送部恋愛事件の一人」


放送部恋愛事件は今年の春に起きたので、一年の宮本は入学したてで、まだ入部していなかった。

部員が二人きりになった放送部に、宮本がやってきたときは、後光が差しているように見えた。
多田と二人でジャンプして喜んだんだった。


「もう一人の男子は演劇部。女子二人はバレー部。四人とも、移った先で活躍してる」
「滅びかけてるの、放送部だけじゃん!」


そんな話をしているうちに弁当を食べ終わり、昼の仕事は終了した。


その夜、蒼也のSNSはまた更新された。


『昼休みの放送で玲生の声がした。放送の時は落ち着いていて違う人のようだ。噛んでいたが、立て直していた』


ちゃんと聞いてる人、いた!




■バスケ部


翌日の放課後。


お昼の放送で使う取材のために、俺は体育館にいるバスケ部を訪れていた。
ダンダンとボールの弾む音が、体育館に響いている。


「えっと、聞かないといけないことは」


手の中のメモを見ながら練習中のバスケコートの脇を歩いていた、そのとき。


「危ない」


バシッ、と俺の頭のすぐ後ろで大きな音がした。


「えっ!?!?」


横から伸びてきた腕が、俺に向かって飛んできていたバスケットボールを掴んだようだった。


「……今、俺の命を救った!?」
「は? バスケットボールでは、死なねーよ。たぶん」


ボールを軽々と片手で掴んでいたのは、バスケ部らしい身体の大きい男子。
傷んで色の抜けたような、赤茶けたやや長い髪。
同じ長身でも、蒼也はシュっとしていて、こちらはがっしりした印象が強い。


「バスケ部の取材に来た放送部の貝谷です! 命の恩人、ちょうどいいから教えて」
「ああん…? この変なの、二年か……」

人によっては圧を感じるような目線。
斜めに俺を見ていた命の恩人は、俺の袖のオレンジの校章を見て、話し方を変えた。一年のようだ。


「今、変って言った?」
「何でもないす」
「ちょうどいいからちょっと教えて」


命の恩人は、すらすらとチームの状況を教えてくれた。


「ちょ、ちょ、ちょ! ちょっと待って」


スマホを取り出して、命の恩人に向ける。


「来週の練習試合、バスケに詳しくない人は、どこを見たら面白い?」
「リバウンド取ったあとの速攻すね。うちはそこが強いす」
「面白そう! 君は練習に入らないの?」
「諸橋。怪我してて」
「怪我…?」


命の恩人改め、諸橋の身体をまじまじと見る。
見たところ、特に異常はなさそうだ。健康そうな男子生徒に見える。


「中三とき、膝の靱帯切って」


諸橋は、あっさりと言った。


「リハビリして、普通に歩いたり走ったりはできるんすけど。急に止まるとか、切り返すとか、ジャンプの着地とかはまだ」


――できないこと。


俺にも、自分のできないことばかり数えていた時期がある。


「これ取材したあと、どうするんすか」
「金曜のお昼の放送で流すよ。聞いてね!」


■


週二の昼休みの放送の取材や原稿準備、そこに蒼也の特集企画の作業が入ったことで、三人きりの放送部はてんやわんやになっていた。

多田は取材先にアポを取り、スケジュール表にいろいろ書いて予定をつくったり、結果を調べたりしていた。


宮本は撮ってきた写真と動画を次々と確認し、必要な箇所を切ったりつないだりしている。
今は楽しそうに写真からサムネイルを作っている。


そして俺は取材担当。


「玲生、16時から園芸部の取材に行ってきて。コスモスが見ごろだって」
「まかせろー!」
「玲生さん、才川の動画なんですが、どれが一番イケメンに見えます?」
「戻ってきたら見る!」


部室を飛び出そうとしたところで、多田の声が追いかけてくる。


「ついでに演劇部に行って、来月の公演のスケジュール聞いてきて!」


階段を駆け下りる。やること多すぎ!


途中の渡り廊下に、見慣れた長身の後ろ姿があった。


「蒼也ー!」


大きく腕で手を振ると、サッカーボールが入っているらしい大きなバッグを担いだ蒼也が振り返った。


「玲生、急いでどこに行くんですか?」
「演劇部で育ててる植物を見に行くんだ。あっ、昼の放送聞いてくれてありがとー!」
「演劇部で育ててる植物……?」


すれ違いざまに、蒼也がつぶやいたのが聞こえた。


渡り廊下を半分ほど進んだところで、気づいた。


「園芸部だ!」


慌ててきた道を引き返した。


園芸部のコスモスは八重咲きで少し珍しいのだと、園芸部員に説明された。
普通のコスモスがどんなのだったかちょっと思い出せないが、確かに花びらが幾重にも重なっていて豪華だ。写真をたくさん撮る。


「蒼也にも見せよう」


その晩、蒼也のSNSには、また茶色い猫の写真が上がっていた。

『もっと話したいのに、忙しいらしくすぐ行ってしまう』


猫と?


翌日の投稿は、写真がなかった。


『会えない日は少し静かだ』


部活休みの日だったからかな?


さらに数日後、廊下を写した写真が上がった。


『玲生が来た。今日も笑っていた。今日も楽しそうだった。嬉しい』


俺!?


蒼也の投稿した廊下の画像。その遠くに男子生徒の後ろ姿が映っていた。
さほど大きくない身長。


画像をタップして拡大する。
見覚えのある髪。制服の袖には、俺と同じ、二年の学年色のオレンジ。


なんで俺……?

■


数日前、蒼也のインタビューを撮り直した。
蒼也は、最初と同じ質問に、自分の言葉で最後まで答えた。


蒼也の企画の取材は終わって、編集が終わるのを待つだけになっていた。


夜。自宅。
蒼也のインタビュー映像を見返してみる。


動画の中の蒼也が動いて走って喋っている。
表情は少ないが、どの角度を切り取っても華やか。


もう蒼也のことはたくさん知っている。取材以外で聞いたことの方が断然多い。


好きな食べ物は天ぷらそばとポテト。
毎晩22時に寝て、5時半に起きる。
学校までチャリで20分。
自分の部屋に東向きのデカい窓がある。
一人っ子。
飼ってるマルチーズのベルを、両親が蒼也の妹扱いしてる。


――この企画が完成したら、もう蒼也との練習も終わりか。


企画はできて再生数は運を天に任せるだけ、蒼也も自分の気持ちを言葉にできるようになった。


嬉しいはずなのに、少し寂しい気がする。
パソコンから目を離して、窓の外を見上げた。