■
俺はまた走っていた。
園芸部の自慢の秋の花が咲き乱れる、中庭を抜け。
演劇部の朗々としたセリフ読みが響く、校舎の横を駆け抜け。
柔道部が受け身を取る音が響く、柔剣道場の横を通り抜け。
チアリーディング部の華やかなかけ声と、音楽室から聞こえてくる吹奏楽部の演奏を背に。
チャイムが聞こえてくる。そろそろ下校の時間だ。
サッカー部の部室の前へと急いだ。
練習を終え、着替えを済ませた部員たちが、次々と出てくる。
その中に蒼也の姿もあった。
「蒼也!! 放送部の存続が決まった!!」
蒼也は俺の姿を見ると、笑った。
その顔を見ただけで、走ってきた疲れが吹き飛んだ。
「よかったです。これでこれからも玲生の声がお昼の放送で聞ける」
「うん! それに部員も一人増えた!」
「増えたんですか?」
「バスケ部諸橋!」
「……」
「蒼也の動画も3000再生! 学校のトップページに載せたいって。いい!?」
「いいです」
一気に報告してから、息を吸う。
「みんな頑張ったけど、一番は蒼也のおかげだよ! やっぱ題材がよかったな!! 蒼也すげーサッカー上手いんだって! やっぱり蒼也の活躍だな!」
「違う」
蒼也は、きっぱりと言った。
「俺は、最初のインタビューで何も答えられなかった」
「それはそう…」
「玲生、自信を持って」
胸の奥が、じわっと熱くなった。
蒼也の活躍と、放送部の二人の技術のおかげで見てもらえたんだと思っていた。
「……俺、蒼也のこと、ちゃんとみんなに伝えられた!」
蒼也も、満足そうに頷いた。
「俺も監督に言われました。自分の考えを伝えられるようになったって。仲間がどうしたいのかも、聞けるようになったと思う」
「やったな、蒼也! だって、もうめちゃめちゃできてるし! 気持ちを言葉にすること!!」
嬉しさが一気にこみ上げ、気がついたら蒼也に抱きついていた。
蒼也の胸に顔がぶつかった。
「えっ!?!?」
自分の行動に驚き、慌てて離れて言い訳しかけたが…やめた。
蒼也の身体は熱く、心臓の音が聞こえそうなくらい近い。
蒼也は固まったまま、俺に触れなかった。
長い両腕が、行き場をなくして宙に浮いている。
それから、ここがサッカー部の部室のすぐ近くだと思い出す。がばりと身体を離す。
「……ちょっとこっち…」
校庭の脇、人に見られにくい、木が生い茂る場所へ誘導する。
蒼也は頷いて、ついてきた。
「……俺、蒼也のインタビューを公開したこと、ちょっとだけ複雑な気持ち」
「複雑な…?」
「……蒼也の企画を作ったことはよかったよ。見た人に蒼也のことが伝わったのも嬉しい。でも、蒼也が俺に話してくれたことは、俺だけが知っていればよかったのにって、心の奥底でちょっと思ってる俺がいる」
「それって」
「……蒼也と話せなくなったらと思うと怖い。でも、何も言わず何も変えなかったら、ずっとこのままかどうかも、そんなのわからない」
蒼也の目を見る。それからパッっとそらしてしまう。
「恋愛すると人は変になるって思ってた。してみるとやっぱり、嫉妬するし、気づいたら蒼也を目で探してるし、嬉しいことは一番に話したいし、触りたいって思う」
蒼也の目が、わずかに見開かれた。
「俺も変になったんだ」
「……それは」
「蒼也が好き。蒼也の特別になりたい。俺と付き合ってください」
■
蒼也は動かなかった。
「……蒼也?」
「はい。付き合ってください」
ようやく出てきた蒼也の声は、少し震えていた。
蒼也の顔に、これまで見たどの笑顔よりも大きな笑みが浮かぶ。
胸の奥にあった不安が、一気にほどけ、俺もニヤけきった笑顔を返した。
蒼也は思い出したように言った。
「……俺が先に、付き合ってくださいって言いましたし、先に好きって言いました」
「なんで競ってくんの!?」
負けず嫌いなのは体育会系のソウルなのだろうか。
蒼也は少し俺に近づき、俺の手にそっと触れた。手が熱い。
降ってくる蒼也の優し気な視線が気恥ずかしくなり、ふっと顔をそらしてしまう。
「玲生、かわいい」
「ちょっと待ってちょっと!」
蒼也は、目いっぱいの愛情表現をくれる。
今度は、俺から何かを返したいと思った。
意を決する。
「ちょっと目つぶって」
「……?」
蒼也は大人しく言われるがままにした。
待って。蒼也は俺より頭半分は背が高いんだった。
「そのままちょっと低くなって!」
「……??」
言われるがまま、蒼也は膝を少し曲げて中途半端な中腰になった。
よし。
蒼也に近づいて、顔に顔を近づける。
それから、唇に唇を近づけて…
――キスした。
そっと触れるだけで、すぐに離れる。
蒼也の唇は柔らかかった。
目を見開いた蒼也と、間近で視線がぶつかる。
蒼也は固まっていたが、その目はこちらをガン見していた。
俺は照れ隠しにへらりと笑った。
「……なんか言って」
「もう一度したいです」
「感想より要求が先!?」
蒼也はそっと、俺の制服の袖にあるオレンジの校章の少し下をつまんだ。
「もう一度、していいですか」
「…うん」
今度は、蒼也の顔が近づいてくる。
こんなに人との距離は近くなるのかというくらい、蒼也との距離がなくなるのがわかる。
目を閉じる。
もう、近づいてくる蒼也から逃げなかった。
気持ちのいい風が、俺と蒼也の髪を乱し、二人の境界をなくしていった。
俺はまた走っていた。
園芸部の自慢の秋の花が咲き乱れる、中庭を抜け。
演劇部の朗々としたセリフ読みが響く、校舎の横を駆け抜け。
柔道部が受け身を取る音が響く、柔剣道場の横を通り抜け。
チアリーディング部の華やかなかけ声と、音楽室から聞こえてくる吹奏楽部の演奏を背に。
チャイムが聞こえてくる。そろそろ下校の時間だ。
サッカー部の部室の前へと急いだ。
練習を終え、着替えを済ませた部員たちが、次々と出てくる。
その中に蒼也の姿もあった。
「蒼也!! 放送部の存続が決まった!!」
蒼也は俺の姿を見ると、笑った。
その顔を見ただけで、走ってきた疲れが吹き飛んだ。
「よかったです。これでこれからも玲生の声がお昼の放送で聞ける」
「うん! それに部員も一人増えた!」
「増えたんですか?」
「バスケ部諸橋!」
「……」
「蒼也の動画も3000再生! 学校のトップページに載せたいって。いい!?」
「いいです」
一気に報告してから、息を吸う。
「みんな頑張ったけど、一番は蒼也のおかげだよ! やっぱ題材がよかったな!! 蒼也すげーサッカー上手いんだって! やっぱり蒼也の活躍だな!」
「違う」
蒼也は、きっぱりと言った。
「俺は、最初のインタビューで何も答えられなかった」
「それはそう…」
「玲生、自信を持って」
胸の奥が、じわっと熱くなった。
蒼也の活躍と、放送部の二人の技術のおかげで見てもらえたんだと思っていた。
「……俺、蒼也のこと、ちゃんとみんなに伝えられた!」
蒼也も、満足そうに頷いた。
「俺も監督に言われました。自分の考えを伝えられるようになったって。仲間がどうしたいのかも、聞けるようになったと思う」
「やったな、蒼也! だって、もうめちゃめちゃできてるし! 気持ちを言葉にすること!!」
嬉しさが一気にこみ上げ、気がついたら蒼也に抱きついていた。
蒼也の胸に顔がぶつかった。
「えっ!?!?」
自分の行動に驚き、慌てて離れて言い訳しかけたが…やめた。
蒼也の身体は熱く、心臓の音が聞こえそうなくらい近い。
蒼也は固まったまま、俺に触れなかった。
長い両腕が、行き場をなくして宙に浮いている。
それから、ここがサッカー部の部室のすぐ近くだと思い出す。がばりと身体を離す。
「……ちょっとこっち…」
校庭の脇、人に見られにくい、木が生い茂る場所へ誘導する。
蒼也は頷いて、ついてきた。
「……俺、蒼也のインタビューを公開したこと、ちょっとだけ複雑な気持ち」
「複雑な…?」
「……蒼也の企画を作ったことはよかったよ。見た人に蒼也のことが伝わったのも嬉しい。でも、蒼也が俺に話してくれたことは、俺だけが知っていればよかったのにって、心の奥底でちょっと思ってる俺がいる」
「それって」
「……蒼也と話せなくなったらと思うと怖い。でも、何も言わず何も変えなかったら、ずっとこのままかどうかも、そんなのわからない」
蒼也の目を見る。それからパッっとそらしてしまう。
「恋愛すると人は変になるって思ってた。してみるとやっぱり、嫉妬するし、気づいたら蒼也を目で探してるし、嬉しいことは一番に話したいし、触りたいって思う」
蒼也の目が、わずかに見開かれた。
「俺も変になったんだ」
「……それは」
「蒼也が好き。蒼也の特別になりたい。俺と付き合ってください」
■
蒼也は動かなかった。
「……蒼也?」
「はい。付き合ってください」
ようやく出てきた蒼也の声は、少し震えていた。
蒼也の顔に、これまで見たどの笑顔よりも大きな笑みが浮かぶ。
胸の奥にあった不安が、一気にほどけ、俺もニヤけきった笑顔を返した。
蒼也は思い出したように言った。
「……俺が先に、付き合ってくださいって言いましたし、先に好きって言いました」
「なんで競ってくんの!?」
負けず嫌いなのは体育会系のソウルなのだろうか。
蒼也は少し俺に近づき、俺の手にそっと触れた。手が熱い。
降ってくる蒼也の優し気な視線が気恥ずかしくなり、ふっと顔をそらしてしまう。
「玲生、かわいい」
「ちょっと待ってちょっと!」
蒼也は、目いっぱいの愛情表現をくれる。
今度は、俺から何かを返したいと思った。
意を決する。
「ちょっと目つぶって」
「……?」
蒼也は大人しく言われるがままにした。
待って。蒼也は俺より頭半分は背が高いんだった。
「そのままちょっと低くなって!」
「……??」
言われるがまま、蒼也は膝を少し曲げて中途半端な中腰になった。
よし。
蒼也に近づいて、顔に顔を近づける。
それから、唇に唇を近づけて…
――キスした。
そっと触れるだけで、すぐに離れる。
蒼也の唇は柔らかかった。
目を見開いた蒼也と、間近で視線がぶつかる。
蒼也は固まっていたが、その目はこちらをガン見していた。
俺は照れ隠しにへらりと笑った。
「……なんか言って」
「もう一度したいです」
「感想より要求が先!?」
蒼也はそっと、俺の制服の袖にあるオレンジの校章の少し下をつまんだ。
「もう一度、していいですか」
「…うん」
今度は、蒼也の顔が近づいてくる。
こんなに人との距離は近くなるのかというくらい、蒼也との距離がなくなるのがわかる。
目を閉じる。
もう、近づいてくる蒼也から逃げなかった。
気持ちのいい風が、俺と蒼也の髪を乱し、二人の境界をなくしていった。
