ミステリアスで寡黙なエースは、恋愛をしたら変わりすぎる!

■
週明けの昼休み。

放送室から出たところで、廊下から蒼也の名前が聞こえてきた。

「才川くんって、一人で何でもできるクールな人かと思ってた」
「動画見たら、サッカー部の試合行きたくなったかも。次の試合行かない?」


俺は進もうとした姿勢のまま、足を止めた。


(そうなんだよ)


蒼也は、一人で点を取ることだけを考えているんじゃない。


表情が変わらないのは、感情を出すのが苦手だから。
何も言わないのは、うまく言葉にできなかっただけだ。


動画を見た人に、それが伝わっている。
蒼也の人となりを少し理解し、試合まで見たいと思ってくれた。


俺が作りたかったのは、そういう動画だ。
嬉しい。


そのはずなのに。


(俺だけが知ってたのに…)


浮かんだ言葉に、自分で驚いた。


(みんなに知ってもらうための企画だったのに、なんで今は……嫌なんだろう)


動画を見た人が蒼也に興味を持つのは、むしろ企画が成功した証拠だ。


「話しかけたら、喋ってくれるかな」


女子の声が、沈んでいる俺になぜか追い打ちをかける。


蒼也が誰と話そうと、俺がなにか思うことじゃない。


それなのに、喉の奥に細い棘が刺さったようだった。


■
土曜日の午後。
放送部の作業を終えて学校を出る。

サッカー部は他校の練習試合に行っていて、今日はまだ蒼也に会っていない。


秋の空に、白くて丸い雲がぽっかり浮かんでいた。
その形に、駆け寄ってくるベルが思い起こされる。


「ベルみたい」


写真を撮ると、そのまま蒼也とのメッセージ画面を開き、送る。


『ベルみたいな雲!』


送った後、あらためて雲を見上げる。


そして気づいた。
ただ白くて、丸くて、柔らかそうなだけだ。


蒼也に出会う前なら、ただの雲だった。
ほんの数週間前まで、蒼也に出会う前の日常を送っていた。
それなのに、どんなものだったのか、うまく思い出せなかった。
すぐに返事が来た。


『白くてふわふわしてるのが似てます』


「ふふ」


それで用事は終わったはずなのに、俺の指は止まらなかった。
今日あったことや思ったことを、とりとめなく綴っていく。
蒼也はなんて言うだろう。


『蒼也は今日、どうだった?』


そこでようやく気づいた。
俺はベルに似た雲を見せたかっただけじゃない。


蒼也と話したかったんだ。



■
そして、放送部の存続が決まる、運命の職員会議の日がやってきた。


「なんと! 活動をPRしたいので、放送部に取材してほしいという依頼が来た。オセロ部と盆栽部」
「取材依頼!」


各部の部長が集まる部長会で、頼まれたのだと多田は言った。


「園芸部があるのに、別に盆栽部もあるんですか」
「あるよ」
「ていうか部ってことは、盆栽部でも部員は五人以上いるってことで…放送部は盆栽部にも負けてるんですね」


宮本が盆栽部に失礼なことを言っている後ろで、俺は部室を飛び出そうとした。


「待ってろ、俺が今から根掘り葉掘り取材してくる!」
「待って玲生、今日、加納先生来るかもしれないから」


そうだった…。バックして引き返す。


「才川の動画は…、現時点で約3000再生超え」
「3000!? そんなに誰が見てんの?」


想定をはるかに超えてきた数字に、もう現実感がなかった。


「学外からのアクセスばかりになってて、もうよくわからないんだけど、どうもSNSで紹介されたみたい」
「高校の放送部が作った、イケメンサッカー部員の特集って貼られてますね」
「視聴状況を分析してみた。才川のカッコよさを盛りまくったサムネだけに釣られてるのかと思いきや、意外と最後まで再生されている。才川のプレイもかなり上手いらしくて、それもすごいって言われてる」
「動画の中の才川のフリーキック、すごい曲がってましたしね」


興奮しながら話す多田と宮本を前に、俺の心は急激に沈んでいた。


――あの動画を見られたら、蒼也の考えてることが、みんなに知られてしまう。
俺だけに話してくれた蒼也のことが。


放送部員の俺は、もっと見てほしい。
でも俺は、もう誰にも見せたくない。


玲生A「3000再生やったー!」
玲生B「今すぐ動画を非公開にしろ! 蒼也が俺に話してくれたことは、俺だけが知ってればいいの!」


俺の中に二人いる……!
俺の中の二人が戦ってる!


(やっぱり恋愛をするとおかしくなるんだ…)


恋愛すると……?


急にうつむいて黙った俺を、多田と宮本が不審そうに見てくる。


そのとき、ガラリと部室の扉が開いた。


加納先生だ。
俺たちはにわかに緊張して直立し、その言葉を待つ。
加納先生は俺たちの顔を順番に見て、それから口を開いた。

「職員会議の結果が出た。サッカー部一年才川の特集動画を、放送部活動の実績として承認した。定期的に行ってきた昼休みの放送も、実績として認められた。よって、来年度末まで、期限付きで特例措置を認める」


加納先生は微笑んで、俺たちの顔を順番に見た。


「再来年度以降は、部員を規定の五名まで増やすか、また新たに実績を示す必要がある。だが、今はひとまず安心していい」


「これで放送部は…存続決定!!」
「や、やったー!!」
「よっしゃ!!」


俺たちの歓声が部室に響く。


今度こそ渾身のハイタッチ。
勢いが付きすぎてバチンと大きな音がしたが、今度は宮本も文句は言わなかった。
みんな顔がにやけている。


「才川の動画は、学校のトップページに掲載させてほしいらしい」
「蒼也に聞いときます!」


加納先生も微笑ましそうに、俺たちの様子を見ていた。


コンコン。
そのとき突然、放送部の扉が叩かれる。続いて、ガラリと扉が開いた。


「あのー」


赤茶けた少し長い髪、大きな体、袖の紺色の校章。
顔を出したのは、バスケ部の諸橋だった。


「放送部の部室ってここすか?」


諸橋は俺を見て、「ちわす」と言った。それから部室を見渡す。


「一年、諸橋す。放送部の部員って、募集してますか?」
「え?」


「放送部に入部したいす。兼部ってできますか」
「ええっ!!」


諸橋は、驚愕する俺たち三人の視線を見下ろす。


「玲生さんがバスケ部に取材に来て放送部を知って。お昼の放送聞いたり、才川の動画とか見ました。ここなら俺もプレー外で、スポーツに関われるんじゃないかと思って」


「バスケ部は?」
「リハビリ中はどっちみち、ちゃんとした練習はできないんで。顧問に相談しました」
「いいすか!?」


俺たちは加納先生を振り返る。


「制度上は構わない。バスケ部の顧問の先生に確認しておく」


「じゃあ、新入部員だ!!」
「イカついのがいると、取材しやすくなって助かりますね」


宮本が不穏なことを言っている。


「もう、取材中に飛んでくるボールを恐れなくていい…?」
「なんの話?」

新生・放送部の誕生だ。
放送部存続が決まったことも、3000再生も、トップページに掲載することも、新入部員・諸橋のことも。


蒼也に今すぐ言いたい!


――俺、もう、蒼也に恋愛してる。