夜。22時半。
蒼也のベッドの隣に、ふかふかの布団を敷いてもらって、俺はそこに潜り込んだ。
電気を消すと、風と雨の音が急に近くなった。
「玲生は…なんで放送部に入ったの」
暗闇の中で、蒼也が言った。
「おおっ? 知りたい?」
「はい」
蒼也に知りたいと思われるのは嬉しい。
どこから話すか、一度黙って考える。
「俺さあ、こないだちょっと言ったけど、中学まで身体が弱くて」
蒼也がちゃんと聞きたそうだったので、まじめに話し始めた。
全力で活動すると、具合が悪くなるから、なんでもちょっとずつセーブしないといけなくて。
運動会もほとんど出られなくて、見てるだけとか。
プールの授業は教室で自習。
遠足の山登りを俺だけ学校から見送ったり。
みんなは普通にしてるのに俺はできないことが多すぎて。
だけど遠足から帰ってきたクラスメートから、山で猿を見たとか、誰が猿にパンを取られたとかの話を聞くと、行けなかったはずの遠足の景色が見えた。
自分では行けない場所にも、人の話を聞くと、一緒に行けたような気がした。
だから人の話を聞くのが大好きになった。
他人の物語に深く没入するのが、最高の楽しみだった。
まあ、今ではすっかり健康体なんだけど。
「走ったり、大声を出したり、全力で笑ったりできるのが嬉しいんだ。今でも取材で、人が熱中してることについて聞くのは大好き」
「それで玲生は人の話をよく聞いて、共感して、笑ったり喜んだりするんですね」
蒼也はなにか腑に落ちたようだった。
「そうかも。蒼也の話は、小一からずっとサッカーをしてきた蒼也の世界に連れてってくれたよ。俺の知らない世界」
「あのインタビュー…今ならもっと話せます。自分のことも、考えていることも」
「聞きたいな」
「……玲生、付き合ってくれませんか」
蒼也は「雨が強くなってきましたね」とでも言うように、さらりと言った。
「えっ……!?」
「好きは言ったけど、付き合ってほしいは言ってなかったと思って」
付き合う……!?
恋人になるってこと…!?
――でも、恋人になって、もし別れたら…?
これからもずっと、毎日蒼也の話を聞きたいのに。
サッカーのこと、何を食べたのか、ベルのこと、蒼也が今日何をして何を思ったのか。
「蒼也の話が聞けなくなったら…嫌だ」
口に出した途端、自分が何を怖がっていたのか分かった。
「今のままなら、ずっと話していられる」
「恋愛にならなければ、壊れないんですか」
「……分かんない、でも、蒼也と話せなくなるのは嫌だ…」
蒼也は、目を開けて暗い天井を見つめているようだった。
■
翌朝。台風一過の金曜日。
蒼也は5時半に起きたが、今日は朝練はないらしい。
起きられない俺がうだうだしている横で、蒼也はベルの散歩の準備をしていた。
いつもの河川敷を、ベルと一緒に歩く。
台風の爪痕が残る河川敷は、いつもより川の水量が多く、背の高い草がなぎ倒されていた。
蒼也はベルに合わせて昨晩の台風でべちょべちょになった道をゆっくり歩いていく。
家に戻って、蒼也と一緒にパンを焼いてバターを乗せて焼いて食べる。ベルも朝ご飯を食べた。
「今日は学校あるのかー」
昨晩、乾燥機にかけてもらった制服を手に取る。
「靴下がかたっぽない…? あっ!」
俺の靴下を片方くわえているベルと目が合う。ベルはリビングの方へ逃げた。
「ベル、それ返して! 帰れないよ!」
「ベルも、玲生に帰ってほしくないみたいです」
ベルのいるテーブルの下に俺も入って、「また来るから」と頼み込むと、ベルは言葉がわかったように靴下を返してくれた。
玄関の扉を開け、二人で外に出て、学校に向かう。
気持ちのいい風が吹き抜ける。
秋の朝、眩しい青空が広がっていた。
