ミステリアスで寡黙なエースは、恋愛をしたら変わりすぎる!

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秋の空模様は変わりやすく、その日は朝から重く雲が垂れ込め、強い風が吹き始めていた。


朝、自宅。

「台風が来るから、今日はバスで行きなさい」


リビングでパンを食べながらニュースを見ていた妹が言う。
出かけようとすると、母親が玄関まで追いかけてきた。


「まだ降ってないよ」
「夕方から降るんだって」


「傘! 玲生、忘れてる!」

後ろから母親の声が聞こえたが、バスの時間があるのでそれどころではなかった。
自転車で風を感じながら通学するのが、楽しいのに。
確かに雨の日は地獄だけど。


今日は木曜日。昼休みの放送の日。
放送室で読み上げる今日の話題は、バスケ部の練習試合の結果と、美化委員会からのお知らせ。


午後になって、校内放送が流れる。


「台風の進行が予想より速まり、夕方から雨風が急激に強まる見込みです。本日の授業は六時限目で打ち切り、七時限目および部活動を中止します。生徒は六時限目終了後、速やかに下校してください」


放送にクラスがざわめく。


「今日は部活なしかあ」

「じゃあね」
「また明日ー!」
「おつかれー」


六限が終わり、クラスメイトがそれぞれ帰っていく。
城田と藤木は、家が近いがそれぞれ部活があるので、普段あまり一緒に帰ることはない。三人で連れ立って帰ろうとしたところだった。


廊下に出ると、女子の視線が、一か所に集まっている。
前にこんな状況、見たことあるな…


二年の廊下に、紺色の校章の見慣れた長身。


蒼也は俺と目が合うと控えめに笑い、まっすぐ近づいてきた。


「噂のサッカー部一年じゃん! イケメンだなおい!」
「脚、長っ。若者すげ~! 玲生に会いに来たんじゃ~?」
「そうみたい! ごめん先帰ってて!」


二人は笑いながら手を振ると、階段を降りていった。


「すみません。練習がないから、玲生と帰れるかもと思って」


蒼也は少し身を縮めた。


「一緒に帰ろ!」

蒼也は笑った。


「俺、傘忘れたんだよね…」
「俺も自転車で帰るつもりだったのでないです」


窓を大粒の雨が叩いている。
蒼也は果敢にも自転車で来たらしいが、それは学校の駐輪場に置いておくことにして、一緒にバスへ乗った。


湿気でもわりとした車内。
大粒になってきた雨が、バスの窓を流れていく。


こんな日は外出を控える人が多いのか、乗客は俺たちのような学生がほとんどだった。
蒼也は黙っていて、俺もなんとなく静かにしていた。


「……うちに寄っていきませんか」


世界が、ガラスを叩く雨と、蒼也と、俺だけになったかと思った。


「行く」


蒼也の家の近くだというバス停の停車ボタンを押し、二人で雨の中を降りる。


バス停から家まではすぐだったが、傘を持たない俺たちは、一瞬でベチャベチャになった。
角に建つ二階建ての白い家。


「うちです」


蒼也は急いで玄関ドアの鍵を回す。そこで思い出したように言った。


「……犬は大丈夫ですか?」
「えっ? 大好きだけど…?」
「来ます」


玄関のドアを開けるなり、トトトトトト…と軽い足音が近づいてくる。
と思った瞬間、廊下から、目にもとまらぬ速さの白いものが飛び出してジャンプ。俺の脚に飛びついた。


これは…!

「ベル!!」


白いマルチーズ。ベルだ。
ベルは会えた嬉しさを全身で表現する。尻尾どころか全身を振って喜び、俺の膝に前脚をかけてくる。


「ベル、離れて。玲生がびっくりする」


玄関に座り込んで、両手で撫でる。


「いいよ〜!! かわいい! これが噂の妹ベル! 白いフワフワ! 兄貴がいなくて寂しかったな!」


ひとしきりなでると、ベルはくるりと向きを変え、尻尾を向けると尻を近づけてくる。


「お尻を向けてくる!」
「ベルの嬉しいときの挨拶です」
「そうなの!? 俺も尻で挨拶してみる。ベル、会えて嬉しいよ」


初めましての気持ちを込めて、尻をベルに向けてみる。
ベルはそれを無視し、横に回ると俺の膝に前脚をついて乗り上がってきた。


「あれ?」
「ぶはっ」


蒼也が横で笑ったようだったが、俺はベルの猛攻の前にそれどころではなかった。
もっと撫でろと手へ頭を押しつけてくるので、わしわしと撫でる。


「人懐っこい〜! 兄貴とはだいぶ違うな!」
「……ベルが羨ましくなってきた」
「なにそれ?」


玄関にしゃがんでひたすらベルを撫でる俺と、撫でられるベルを、蒼也は黙って見ていた。


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「ふーー……最高~~」


気がついたら、勧められるまま、風呂に入っていた。
服も髪もびしょびしょだったから、気持ちよすぎる。


「……うん?」


温かい湯船につかって目を閉じ、ふと気がついた。


俺のことが好きなやつと、一つ屋根の下で二人と一匹きりで風呂に入ってる…!?


「えっ…」


これは…もしかして…ヤバいやつなのでは!?


突然の危機に、にわかに緊張が走る。


これは風呂から出たら、どうにかなるやつなのでは…ないだろうか。
しばらく湯船の中に沈んでいたが、出ないわけにもいかない。


恐る恐る浴室のドアを開けると、脱衣所には、蒼也のTシャツとジャージが畳んで置かれていた。
どちらも俺にはわりと大きい。
ぶかぶかの上下を着て廊下へ顔を出すと、オリーブオイルとにんにくの匂いがした。


「いい匂い……」


さっきまでの緊張を忘れて、フラフラと匂いのもとへ向かう。


キッチンでは、蒼也が試合中にボールを受け取ったとき以上に真剣な顔をして、フライパンで何かを混ぜていた。

「蒼也、料理できるんだ!」


匂いにつられて駆け寄る。
山盛りの具材入りのパスタだ。


「これしかできない。玲生と食べようと思って、練習した」


そういうことを、普通に言う。
俺は風呂場で一人、何が起きるのかと警戒していたのに。
蒼也が準備していたのは、恋愛的な何かではなく、具の多いパスタだった。


……いや、これも十分、恋愛的な何かでは?


「美味しそう~!」


テーブルの上には、お洒落な皿に盛られた、ニンニクとオリーブオイルが香るペペロンチーノと、氷の入った冷たい麦茶が置かれていた。
キャベツとキノコとベーコンが明らかに増量されている。


「お、美味しい〜!」


いい香りが口の中に広がる。
もりもり食べていると、蒼也がこっちを観察していた。


「食べてる玲生、いつもよりさらに口が大きく開く」
「えっ」


足元では、ベルもご飯をもらっている。
ベルのご飯にも、味をつけずに別で煮たらしいキャベツが1枚乗っていた。


食べ終わると、蒼也は食器洗い機に食器を入れた。俺はテーブルを拭く。
蒼也はスマホを見た。


「今日は、父は祖母の家に様子を見に行っていて、泊まるそうです。祖母の家は古いので。母も今日は出張で、泊まってくるらしいです」
「そうなんだ…」


蒼也は少しためらった。


「……母に今日、友達を泊めてもいいかと聞いたら、いいって。もし玲生がよければだけど。ベルとたくさん遊べます」
「蒼也の家、泊まりたい!」


即答した俺に、蒼也はちょっと驚いていたが、それから微笑んだ。


俺はその場で、母親に『今日は学校の友達の家に泊まってくる!』とメッセージを送った。
母親は『傘忘れたでしょ。あんなに朝言ったのに』と突っ込んだ後、『大騒ぎして迷惑かけないようにね』と返してきた。


蒼也もスマホを操作してから、こっちを見た。


「母が喜んでいた。友達が来るのは小学生以来なので」

そんな調子なのに、突然高校の先輩が泊まったりしたら、蒼也の母親はびっくりするんじゃないだろうか。


「蒼也のパパとママに、写真送ってあげよ!」
「俺が撮ります」


蒼也はもう慣れた様子でセルフィーを構え、俺はその画面のなかに入った。
後ろにいるベルも入るように、蒼也は画角を器用に動かした。
撮れた写真を覗き込んで、顔を見合わせて笑う。
ベルは写真を撮られ慣れているらしく、ちゃんと小首をかしげてカメラ目線をしていた。


「ふふ。笑ってる蒼也をついに写真に収めた」
「玲生につられた」


蒼也はその写真を母親に送り、メッセージ画面を見せてきた。

『蒼也が笑ってる!』


「蒼也のママも俺と同じこと言ってる。家でも笑わないの!?」
「家でも同じ」
「そうなんだ…」
「これでベルとたくさん遊べますね」
「それも嬉しいけど、蒼也とたくさん話せるのが嬉しい」


冷凍庫からアイスを出していた蒼也は、冷凍庫を開けたまま固まった。
俺は慌てて横から冷凍庫を閉めた。