ミステリアスで寡黙なエースは、恋愛をしたら変わりすぎる!

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動画公開から3日目の放課後。


「玲生、宮本、見て、再生数!!」


部室に多田が大慌てでやってきた。

俺たちはノートPCの前に集合し、画面を覗き込んだ。


ミステリアスなサッカー部の一年エースの素顔。
表示されていた再生数の数字は、611。


「ろ、ろっぴゃく……?」
「目標達成!?」
「やったああああ!!」


顔を見合わせる。


「才川のサムネで釣る作戦が決まりましたね。学外からのアクセスが続いてる」
「内容にも反響あって、サッカー部に見学希望者が来たって。マネージャー希望も」
「すごいじゃん…!」


部室のドアが開いたのはそのときだった。


「内容はすでに確認した」


硬質な大人の声。
部室にやってきた加納先生に、ノートPCを開いたまま持って駆け寄る。
慣れているはずの先生も、俺の予想外の動きに一瞬だけ身構えた。


「見て! 先生見て!! 611再生!!」


ノートPCを先生に押し付ける。


「一見、少々軟派な企画に見えたが、中身は真摯にエースプレイヤーの素顔に迫っている」


先生は銀縁眼鏡の奥の目を細めた。
加納先生の科目は世界史。
髪を整えたピシッとした出で立ちで、はっきりした物言いをするからか、厳しいとか怖いとか言われることもある。俺はそうかな、と思う。


「学校説明会で放送部の作品として紹介しよう。そして、放送部の存続を求める交渉材料として、職員会議に提出しよう」
「せ、先生ーー!!」
「本番は職員会議だ」


それだけ言いに来たらしく、加納先生は部室を後にした。
俺たちのテンションとやる気は絶好調だった。


「この勢いで、次の企画も始めよう!」
「次の企画の候補ある?」


俺は頷いた。


「気になってるのは…バスケ部一年、諸橋。怪我で今は試合に出られない選手」


バスケ部の取材で出会った大柄な姿が、思い起こされる。彼の中には伝えたいことがたくさん詰まっていそうだった。


「怪我か…難しそうなテーマだな」

多田は考えていた。宮本はあっさり頷いた。


「俺は映えそうな画面を撮れるなら、題材はなんでも」
「映えそうなって?」
「熱気のある体育館、バッシュの音。バスケットボールの音。いいですね」


撮影担当の宮本の中には、撮りたい画面のイメージがすでに浮かんでいるようだった。


宮本が入部してきて初めにしたことは、俺と多田が撮ったブレブレの画像に、ありったけの文句を言ってカメラを強引に奪うことだった。
以来、放送部はもったいないくらい美しい映像を手にした。


そこで何気なく壁掛け時計を見る。


「ハッ…!」


今日はサッカー部が軽めの調整日のはず。練習が早めに終わる頃だ。
時計を見ただけで、蒼也の予定が頭に浮かんだことに動揺した。


告白されてから三日。


俺は蒼也を避けていた。
いや、避けているわけではない。少し冷静になるまで、なるべく顔を合わせないようにしているだけだ。それを世間では避けているという。


告白された翌日の朝、蒼也からメッセージが来た。
そもそも蒼也からメッセージが来たのは初めてだ。いつも俺から送っていたから。


『今日、会いにいっていいですか』


いつもなら喜んで「じゃあ俺が行くね!」と返しているところだが…


だが、今はこの短い文章の後ろにも、大量の「好き」が詰まっているように見える。


会いたいってこと!?
好きだから!?
俺に!?


スマホをベッドへ放り投げる。
だが、無視するのも気になって、すぐ拾う。


『今日はたぶん放送部が忙しくて! ごめん!』
『わかりました』


たった六文字なのに、しょんぼりしているように見えた。文字には顔なんてないのに。


その日。
渡り廊下の向こうから蒼也がくるのを見つけた。移動教室の途中だろう。
顔を見るより先に、長い手足と頭一つ飛び出した身長で分かった。


いつもなら「蒼也ー!」と手を振るところだ。
だが、蒼也が俺を見つけたら、あの目で見てくる。


俺のことを好きな人の目で。


そう思った瞬間、身体が勝手に反転した。
来た道を早足で引き返し、角を曲がったところで壁に背中をつける。


何をしてるんだ、俺は。
そっと角から顔だけを出す。蒼也はもういなかった。
安心したような、残念なような、よく分からない気持ちになる。


恋愛になるとおかしくなるのは、どうやら好きになった方だけじゃない。
好きになられた方もおかしくなるらしい。


このまま部室にいれば、練習を終えた蒼也が来るかもしれない。


「俺、今日はこれからずっと図書室で編集するから!」


唐突に立ち上がり宣言すると、多田と宮本がそろって俺を見た。


「なんで急に?」
「静かな環境で集中したくなった…」
「主な騒音の発生源が?」
「もし誰かが訪ねてきても、絶対に居場所を教えないように!」
「フリですか?」

宮本の不穏な返しが聞こえたような気がしたが、それどころではない。
自分のノートPCを掴むと、部室をまた飛び出した。


■
「玲生、いた」


図書室。自習のコーナー。
いそいそとPCを開くと、後ろから聞き慣れた声がした。


振り返ると、明らかに嬉しそうな顔をした蒼也が立っていた。


「放送部の人に、図書室に行ったと教えてもらいました」


なんで言うの!?

「調整日だから、今日は早く終わった。玲生に会えて嬉しい」


図書係の女子がちらちらと蒼也に視線を送っている。
蒼也は嬉しそうに隣の椅子を引き、座った。
そして、控えめだがなんらかの感情を持ってこちらを見てくる。


これが恋愛してる人の目…!!
俺のこと、そういう目で見てる?


「放送部は…」
「あっ…まあ…そろそろ終わりだから…下校しよう…かな…!?」


「今日、これからバレーボールの練習しませんか?」


突然、バレーボールが目の前にぬっと現れる。蒼也がどこからともなく取り出したのだ。


「えっ!!? どこに持ってたの!?」
「背中に隠してました。借りてきたので」
「えっ…背中に隠して…?」


やばい。


「あははッッッ!」


ツボに入って爆笑しかける。


「玲生、図書室では静かに…」


蒼也は真顔で正論を言った。


「んフッ…!!」


図書室にバレーボールを持ってきたやつに正論を言われた面白さが、さらにツボに入ってしまう。


無理に笑いをこらえて震えながら、蒼也と図書室を後にした。


「あははははは!! バレーボール持ってた…! ははははッ!!」


廊下に出て、心置きなく笑う。
蒼也は俺を爆笑させたことを、少し得意そうにしていた。


蒼也は、バレーボールが苦手な俺のためにボールまで借りてきてくれたんだ。
笑いながら、じんわりと胸に温かいものが広がっていく。


「近くの公園で練習しましょう。この時間はいつも誰もいないので」
「えっ! でも俺のバレーボールの下手さすごいから。蒼也が教えてくれても、そんなにうまくならないかも…」
「ふうん…」


蒼也は器用に人差し指だけでバレーボールをくるくる回してみせた。


「かっこいい!!」
「練習は裏切りません。いいんですか。バレーボール、上手くならなくても」


蒼也は露骨に体育会系の思考回路を見せた。
運動が得意な蒼也のレッスンに、俺がついていけるだろうか。でも…


「な…なりたい! 顔で受けないようになりたい! かっこよくサーブ決めたい!!」
「いい返事です」


蒼也はらしくなく、ニヤリと微笑んだ。
どうやら教える役と教わる役が、逆転したようだ。