歪と信仰

 自分で作ったハンバーグを食べる。おれは週一ペースで夕飯をハンバーグにする。別に特段好物ではない。もっとさっぱりした食べ物のほうが口に合う。小学生の頃に柊夜くんがハンバーグを好きだと言っていたから、おれも頻繁に食べるようになっただけだ。好きな人と同じものは自然と選択したくなる。柊夜くんの味覚はもう変わっているかもしれないけれど。これは長年の習慣のようなもので、既に愛着を持っていた。
 静かな食卓ではジジジという冷蔵庫など家電の動作音や自分の箸と皿のぶつかる音だけが聞こえる。
 柊夜くんは、どうしたら前みたいにおれの世話を焼いてくれるんだろう。ここ最近は飢えが酷くなっている。これまでは自分が人見知りなのを理由にして柊夜くんに引っ付いていたのに、それを禁止されてしまった。なんとか充足を得ようとしていた満たされない部分が、現在はすかすかに穴のあいたまま放置されている。

 次の日おれは学校を休んだ。無理を強いられて気付かないうちに疲れが溜まっていたのか、久しぶりに熱をだした。
 ずっと布団の中で寝て覚めてをする。頭がぼうっとする。気力がないから薬を買いに行ったりもできない。というか、おれなんかこのまま苦しんでいればいいと自棄になっていた。そういう周期に入っている。
 もうひと眠りしかけたところで枕元のスマホが鳴った。うるさい。スマホを見ると柊夜くんからの着信だった。一瞬で視界が明るくなる。通話ボタンを押すと柊夜くんの声が耳に入った。嬉しい。
「体調大丈夫か」
 朝のうちに、熱が出たから休むというメッセージは送ってあった。部屋の時計は午後一時を指している。柊夜くんは今、昼休みか。それで電話をわざわざかけてくれたんだ。優しいな。
「身体があつあつで怠いっす」
「解熱剤は」
「無いし、外に出られないので」
 答えてから咳きこんだ。
「きつそうだな。薬と何か持ってくよ」
 アレルギーの有無を尋ねられ、そのまま「ゆっくり休んでな」と電話を切られた。おれを労わるような柊夜くんの声を反芻する。胸がいっぱいで、熱が出て良かったと思った。
 学校が終わるような時間になってから暫くして柊夜くんはおれの家に来てくれた。パジャマのまま、玄関でそれを迎える。柊夜くんは手にビニール袋を提げていた。心配そうな表情でこちらを見てくるから、にやけてくる。右手で口元を隠した。
「まだ辛い?」
「そんなにです」
 柊夜くんは俺の額に触れてきた。ほんと、お母さんみたいだ。甘えたい気持ちがお腹の底でぐらぐらと沸騰する。
「おでこ、全然あついよ。オレはこれ渡して帰るから愛瀬は寝てろ」
 重みのあるビニール袋を受け取った。薬とスポーツドリンク、ゼリー、レトルトのおかゆなどが入っている。めっちゃ買ってるじゃん。ここまでされると逆に不安になる。こんなに優しくしてもらっていいのか?
「あ、お金払います」
 柊夜くんの尽くし具合にしばし呆けていたが、おれははっとした。
「いいから。とにかく休めよ。じゃあな」
 財布を取りに行こうとするおれを強い語気で制して、柊夜くんは去ってしまった。ドアが閉められる。お金は今度登校した日に渡すことにしよう。ふわふわした足取りで自分の部屋に戻った。
 おれが体調を崩した時に心配してくれる人も、柊夜くんだけだ。十歳になる前は、怪我をしたり体調不良になったりすると親から心配されるどころか怒られていた。柊夜くんのせいで、おれの脳味噌がカッカと燃えている。熱がまた上がりそうだった。柊夜くんに面倒を見てもらえたんだ、嬉しい。喜びが自分の身体に留まりきれず外へ溢れていきそうだった。
 そこで急に空腹だったことに気付く。今日は朝から何も食べていなかった。ベッドに腰掛けて、貰ったゼリー飲料に口をつけた。心臓がずっとドキドキしている。目は濡れていた。泣いてるのか、おれ。
 いいなあ、身体を壊すの。不埒な考えが浮かんで仰向けになる。指で涙を拭った。おれが泣くような道理ないだろ。馬鹿じゃねーの、意味分かんないし。はあ、と息を吐きだした。苦しくなってきたので、薬だけ飲んで布団にくるまる。そしてすぐに眠ってしまった。