真汐くんは念やイメージ等それっぽい発言をしていたが、実は魔法にそういうものは重要ではない。
魔女の血が流れているかなど本人に資質があるか否かに左右される部分が殆どで、資質のある者は道具や手順を整えれば魔法を使える。まあ、その道具を用意したりするのだって難しいのだけれど。幼少期、修行している時にきつかったのは虫の死骸を集めることだった。魔法によって使う道具は違って、中には虫の死骸を材料にするような魔法がある。虫の生きているのを捕まえて潰す罪悪感は幼いおれにとって耐えがたく、また、自分自身が汚れていくような思いに襲われた。本当に手が汚れるとか単純なことではなくて、殺生を繰り返す自分の魂は化け物に変容していると思えてくるのだった。
真汐くんの用意した紙やペンは出鱈目なインチキだと思っていたが、ちゃんとしたものだったんだろう。そこにおれの身体を流れる魔女の血が加わって儀式が成功した。真汐くんは何者なんだ。とんでもない生徒が入部したんじゃないか。おれの手がじっとり汗ばむ。
「顔色悪くないか」
柊夜くんが心配そうに、こっちを見つめた。部活はお開きになって、おれと柊夜くんは帰り道を歩いていた。柊夜くんはそれまで興奮気味に入部する生徒がいて良かったとか語っていたが、漸くおれの気分が沈んでいるのに気づいたらしい。
「今日はかなり人と接してたもんな」
柊夜くんは勝手にそういう理由に決めて、「頑張ったな」と笑顔を向けてきた。また子供扱いだ。そういうことにしておけばいいかと思っていると頭をわしゃわしゃ二、三回撫でられた。魔女の血に関する悩みどころではなくなる。乱れた髪を直す指先が震えていた。お兄ちゃんぶってる柊夜くんの行動をまともに意識しているおれは滑稽だ。脳が燃えるように熱い。
「オレを頼らなくてもなんとかなっただろ、愛瀬はやればできるんだよ」
柊夜くんの笑顔はきらきらしている。おれの成長を喜んでいるみたいだ。成長してるなんて思ってるの、柊夜くんだけだけどね。
「随分と偉そうっすねー」
おれはふざけた調子で嫌味を返した。本当に苛立っているのが伝わらないように。おれに色々禁止して突き放して。無理やり禁止を守らせてるくせに、それで「頼らなくてもなんとかなる」? 能天気だなあ。おれのことを分かってない。自分にとって都合のいい世界を見ている。独りよがりだ。柊夜くんにとっては、おれが彼に頼らず一人で生きていける人間になることこそが望ましいのだろう。その残酷な純粋さ、正しさの煌めきはおれの目を痛くする。そういうところが好きだった。おれのような人間の汚さを理解しないから好きだ。
おれを溺愛してくれない柊夜くんが癪で、同時に、それを美しく思っていた。信仰だった。おれが柊夜くんに向けているのと同じ気持ちを柊夜くんが持っていなくたって、おれは引き下がらないよ。ずっと傍に居座るから。いつか柊夜くんの正しさでおれを貫いて裁いてほしい。
「だって愛瀬、いつも人見知りして不安そうにオレに引っ付いてきてたし」
柊夜くんは頭の後ろで両手を組んだ。
「今も、これからも、そうしたいですけど」
それを聞いた柊夜くんは困った顔になる。その顔でおれは何故かいつも満たされる。柊夜くんがおれに困らされていると、すごく嬉しい。
「まだ人には慣れてないか。そうだよな。そのうち大丈夫になるよ」
そんな励まし必要ないのに。
「オレが死ぬまで面倒見続けるわけにはいかないだろ」
柊夜くんは「ははっ」と笑った。柊夜くんにとっては当然そうだろう。彼はやっぱり正しい人なんだ。憎い。きれい。愛してる。一生解放してやりたくない。
「おれのこと」
嫌いですか、という言葉を飲み込む。つい責めてしまいそうになっていた。危ない。おれだけが彼を好きで勝手に食らって冷静を欠いているなんて醜態晒したくない。まともな感性の柊夜くんには更に嫌われるだろう。ちょっと親切にしてたら相手からあり得ない執着をされちゃって迷惑、くらいに思われるんだ。柊夜くんを困らせるのは楽しくても嫌われたらお終いだ。
「子供扱いしないでください」
「普通の」おれが言いそうな台詞を続けてみた。実際は、どちらかと言えば子供扱いされたい。甘えても許されるし。柊夜くん、小さい頃のおれについて可愛かったとか言ってたし。思い出したらまたイライラしてきた。今のおれのどこが可愛くないんだよ。全部? だよね。
「そんなつもりは無かったんだけどな」
「先輩風吹かせまくってますよ、自覚ないんすか」
「怒ってる?」
「あんたに頼らずおれが自立できるようにって、余計なお世話っす」
平常心を保てていないせいで口を滑らせてしまった。格好悪い。めんどくさいやつ認定確定じゃん。
「拗ねるなよ」
柊夜くんはおれの苛立ちを本気にしていなさそうで、ヘラヘラしていた。呑気な人で幸いだ。おれを舐めていそうなのはむかつくけど。
「そうだよな、オレのお世話なんかいらないよなー」
小さい子を宥めるみたいな柔らかい声で言って、再び頭をわしゃわしゃされた。だからそうじゃないって。ずっとすれ違っている。柊夜くんに苛立っているが、おれのせいでもある。甘やかしてってお願いできたらいいのに。そんなの気持ち悪がられる。柊夜くんは「正しい」人だから、そんな妙な友人関係は望まないはずだ。おれだって柊夜くんには正しくいてほしい。間違っているおれの願いなんか叶えてほしくない。でも実際おれは自分の思い通りにならなくてイライラしている。矛盾がある。
「これから気をつけるよ」
黙っているおれを柊夜くんは優しい目で見て、今度は丁寧に頭を撫でた。え。空気の変化にどきりとする。柊夜くんが一体何を考えているのか分からなくて、嬉しさと言いようのない不安が混じり合った。思考を読めないことによって相手が他者であることを実感した。
魔女の血が流れているかなど本人に資質があるか否かに左右される部分が殆どで、資質のある者は道具や手順を整えれば魔法を使える。まあ、その道具を用意したりするのだって難しいのだけれど。幼少期、修行している時にきつかったのは虫の死骸を集めることだった。魔法によって使う道具は違って、中には虫の死骸を材料にするような魔法がある。虫の生きているのを捕まえて潰す罪悪感は幼いおれにとって耐えがたく、また、自分自身が汚れていくような思いに襲われた。本当に手が汚れるとか単純なことではなくて、殺生を繰り返す自分の魂は化け物に変容していると思えてくるのだった。
真汐くんの用意した紙やペンは出鱈目なインチキだと思っていたが、ちゃんとしたものだったんだろう。そこにおれの身体を流れる魔女の血が加わって儀式が成功した。真汐くんは何者なんだ。とんでもない生徒が入部したんじゃないか。おれの手がじっとり汗ばむ。
「顔色悪くないか」
柊夜くんが心配そうに、こっちを見つめた。部活はお開きになって、おれと柊夜くんは帰り道を歩いていた。柊夜くんはそれまで興奮気味に入部する生徒がいて良かったとか語っていたが、漸くおれの気分が沈んでいるのに気づいたらしい。
「今日はかなり人と接してたもんな」
柊夜くんは勝手にそういう理由に決めて、「頑張ったな」と笑顔を向けてきた。また子供扱いだ。そういうことにしておけばいいかと思っていると頭をわしゃわしゃ二、三回撫でられた。魔女の血に関する悩みどころではなくなる。乱れた髪を直す指先が震えていた。お兄ちゃんぶってる柊夜くんの行動をまともに意識しているおれは滑稽だ。脳が燃えるように熱い。
「オレを頼らなくてもなんとかなっただろ、愛瀬はやればできるんだよ」
柊夜くんの笑顔はきらきらしている。おれの成長を喜んでいるみたいだ。成長してるなんて思ってるの、柊夜くんだけだけどね。
「随分と偉そうっすねー」
おれはふざけた調子で嫌味を返した。本当に苛立っているのが伝わらないように。おれに色々禁止して突き放して。無理やり禁止を守らせてるくせに、それで「頼らなくてもなんとかなる」? 能天気だなあ。おれのことを分かってない。自分にとって都合のいい世界を見ている。独りよがりだ。柊夜くんにとっては、おれが彼に頼らず一人で生きていける人間になることこそが望ましいのだろう。その残酷な純粋さ、正しさの煌めきはおれの目を痛くする。そういうところが好きだった。おれのような人間の汚さを理解しないから好きだ。
おれを溺愛してくれない柊夜くんが癪で、同時に、それを美しく思っていた。信仰だった。おれが柊夜くんに向けているのと同じ気持ちを柊夜くんが持っていなくたって、おれは引き下がらないよ。ずっと傍に居座るから。いつか柊夜くんの正しさでおれを貫いて裁いてほしい。
「だって愛瀬、いつも人見知りして不安そうにオレに引っ付いてきてたし」
柊夜くんは頭の後ろで両手を組んだ。
「今も、これからも、そうしたいですけど」
それを聞いた柊夜くんは困った顔になる。その顔でおれは何故かいつも満たされる。柊夜くんがおれに困らされていると、すごく嬉しい。
「まだ人には慣れてないか。そうだよな。そのうち大丈夫になるよ」
そんな励まし必要ないのに。
「オレが死ぬまで面倒見続けるわけにはいかないだろ」
柊夜くんは「ははっ」と笑った。柊夜くんにとっては当然そうだろう。彼はやっぱり正しい人なんだ。憎い。きれい。愛してる。一生解放してやりたくない。
「おれのこと」
嫌いですか、という言葉を飲み込む。つい責めてしまいそうになっていた。危ない。おれだけが彼を好きで勝手に食らって冷静を欠いているなんて醜態晒したくない。まともな感性の柊夜くんには更に嫌われるだろう。ちょっと親切にしてたら相手からあり得ない執着をされちゃって迷惑、くらいに思われるんだ。柊夜くんを困らせるのは楽しくても嫌われたらお終いだ。
「子供扱いしないでください」
「普通の」おれが言いそうな台詞を続けてみた。実際は、どちらかと言えば子供扱いされたい。甘えても許されるし。柊夜くん、小さい頃のおれについて可愛かったとか言ってたし。思い出したらまたイライラしてきた。今のおれのどこが可愛くないんだよ。全部? だよね。
「そんなつもりは無かったんだけどな」
「先輩風吹かせまくってますよ、自覚ないんすか」
「怒ってる?」
「あんたに頼らずおれが自立できるようにって、余計なお世話っす」
平常心を保てていないせいで口を滑らせてしまった。格好悪い。めんどくさいやつ認定確定じゃん。
「拗ねるなよ」
柊夜くんはおれの苛立ちを本気にしていなさそうで、ヘラヘラしていた。呑気な人で幸いだ。おれを舐めていそうなのはむかつくけど。
「そうだよな、オレのお世話なんかいらないよなー」
小さい子を宥めるみたいな柔らかい声で言って、再び頭をわしゃわしゃされた。だからそうじゃないって。ずっとすれ違っている。柊夜くんに苛立っているが、おれのせいでもある。甘やかしてってお願いできたらいいのに。そんなの気持ち悪がられる。柊夜くんは「正しい」人だから、そんな妙な友人関係は望まないはずだ。おれだって柊夜くんには正しくいてほしい。間違っているおれの願いなんか叶えてほしくない。でも実際おれは自分の思い通りにならなくてイライラしている。矛盾がある。
「これから気をつけるよ」
黙っているおれを柊夜くんは優しい目で見て、今度は丁寧に頭を撫でた。え。空気の変化にどきりとする。柊夜くんが一体何を考えているのか分からなくて、嬉しさと言いようのない不安が混じり合った。思考を読めないことによって相手が他者であることを実感した。
