歪と信仰

「僕、どうしても誰かと儀式がやってみたくて。見学の時には専門外って聞いたけど、それなら僕が始めちゃおうって道具を用意してきたんです」
 真汐くんはにこにこしながら床に置いていた彼のリュックを漁った。清楚な外見と話す内容の怪しさがチグハグだった。水緒くんが「ええ……」と引いたような声を出す。一方で柊夜くんは「面白そうだな!」と身を乗り出していた。
「親睦を深めるのに丁度いいですよねっ」
 と笑顔の真汐くん。そうだろうか、とおれは彼の発言に内心ツッコむ。
「じゃじゃーん」
 真汐くんは効果音を口にしながら、筒状に丸められていた大きな紙を広げた。その大きな白い紙を床に敷いて、紙が丸まっていかないように重石として水筒や教科書をその上に乗せる。
「この紙は、なんか凄い神社でお清めされた力のあるやつらしいです」
 説明がふわっとしている。胡散臭い。この子は壺とか買わされるタイプなんじゃないか。その場にいる真汐くん以外の全員が黙ってしまっていた。
「それで、この特別なペンで魔法陣を書こうと思います」
 コンピューター室の床にしゃがんだ真汐くんの手には、油性ペンが握られていた。「フリマサイトで三万円した代物ですよ」と真汐くんは生き生きしているが、絶対普通の大量生産されたペンだ。
「神社に魔法陣って、西洋と東洋がめちゃくちゃに混ざってるけど」
 キイキイと椅子の音を立てつつ水緒くんがぼそぼそツッコむ。彼の言う通りで設定がかなり雑な儀式だった。
「グローバル化の影響じゃないかな」
 真汐くんはキュポッと音を鳴らしてペンの蓋を外した。そのままさらさらと迷いなく紙に円や記号のようなものを書いていく。魔法陣は昔おれも親に書かされてたけど、真面目に記憶してないので真汐くんの魔法陣が本物なのかは判別できない。
「できました!」
 書き終わったようで、ペンはカチリと蓋をされた。真汐くんはリュックにペンをしまってから、膝を伸ばして立ち上がる。魔法陣の書かれた紙は禍々しいオーラを放っている。
「次に、皆で魔法陣に向かって念を送ります。ええっと……これは召喚の儀式なんですけど、そうですね、体操服をロッカーに忘れてきたのでそれにしましょう。両手をかざして体操服を頭に思い浮かべてください」
 真汐くんが普通に進めるのが怖い。奇妙な世界に引きずり込まれている気がした。
「本当に成功したらすごいよな」
 柊夜くんは苦笑しながら手を伸ばした。訳分からないことにもきちんと付き合ってあげる優しさは柊夜くんらしい。おれはやる気が全く無かったけど、柊夜くんがこの変なノリに乗るなら参加しておこうと両手を控えめに魔法陣へと向けた。
「水織くん、やりたくないかな?」
 真汐くんは眉を下げて現在不参加の水織くんに微笑み、首を傾げた。
「……いいよ」
 仕方なさそうに彼は椅子から立ち上がると、だらりと両手を垂らした。おれたち四人は魔法陣の書かれた紙を囲んで立っていた。八つの手が視界に映る。
 一体何をやっているんだろう。
「よーく体操服をイメージして、念を送ってください」
 念ってなんだよ。これで本当に召喚できたら笑えるな。そう思った瞬間、おれの手にビリッと静電気のような痛みが走った。懐かしい感覚。これは、魔法の練習させられてた頃の__
「えええっ!?」
 柊夜くんの絶叫が響く。紙の上に学校指定のジャージが畳まれていた。おれたちは腕を下ろし、その体操服を囲んで凝視する。
「わあ、すごい! 初めて成功した。きっと皆さんのおかげですねっ」
 真汐くんはさして驚いたりせず、朗らかに笑った。水緒くんは無言で目を大きく見開いている。
「これ手品?」
「何も仕込んだりしてませんよ」
 柊夜くんと真汐くんの会話を聞きながら、おれの心臓は暴れていた。
「僕たち、魔法を使っちゃったんですね」
 真汐くんの楽しそうな声。僕たちっていうか。
 これはおれの魔法だ。さっき、久しぶりに魔法を使う時特有の痛みを感じた。長い間ずっと使ってなかったけど、何度も練習させられたから。苦しくても延々と繰り返させられたから。あの痺れるような感覚を忘れるわけない。身体に記憶が刻まれている。
 そうだ。親からも魔法修行からも自由になって普通の人間になれたような気でいたけど、今も変わらずおれには魔女の血が流れている。あの忌まわしい親と同じ血。柊夜くんとは違う。
 心臓がうるさかった。頭がガンガンする。はあ、と細く息を吐いた。
 全身の血を抜きたいなと思った。