はあ、とおれは最近になってから何度目かのため息をつく。世界が灰色だった。コンピューター室に向かう廊下も水の中を掻いて歩くみたいだった。心がすり減り、疲れている。柊夜くんパワーが足りない。
部活動見学の期間も終わり、今日は新入生が部活に参加する初日だった。柊夜くんは随分張り切っていて、おれよりもだいぶ前を大股でずんずん進んでいく。こっちの気も知らないで元気だなー。
柊夜くんは相変わらず、おれが柊夜くんを頼ろうとするのを阻止する。昨日なんて最悪で、部室でおれが新入生たちに囲まれるという危機的状況に陥っているのを、柊夜くんは後ろから黙って腕を組んで眺めていた。高校生になってから甘やかし具合が減ったとはいえ、これまでだったら間に入ってなんとかしてくれたはずだ。柊夜くんが甘やかしてくれないこと自体ではなくて、そういう柊夜くんの態度の変化がおれに愛想を尽かしていることの表れのように思えてならなくて、それが辛かった。
嫌われてるのかなって思う。正直、思い当たるようなことしかないし、そもそも最初からおれと一緒にいるメリットなんか一つもない。小学生の柊夜くんは他人の世話を焼くことに喜びを感じていそうだったけど、今はそうでもなくて人への介入に節度を持っていた。だからおれの面倒を見たところで柊夜くんが得られるものはない。甘やかす理由なんかないんだ。どうせ甲斐性でおれの相手をしてるだけ。
歩いていくうちに空気がひっそりしてくる。コンピューター室は三階の端、他の教室とは切り離されたような場所に位置していて、その付近は人の気配がない。この空気は結構気に入っている。
柊夜くんはコンピューター室の扉の前でこちらを向きながら、おれが追いつくのを待っていた。おれが同じ部活にいることを、彼はどう思っているんだろう。
そこでガラガラと扉が内側から開いた。驚いて半歩後ずさる。例の、儀式に拘っていた男子と対面した。おれたちより先に中にいたらしい。彼は爽やかに微笑んでいた。
「足音が聞こえたので。待ちきれず開けちゃいました」
「新入部員か?」
「はい、よろしくお願いします」
教室の中に入ると、儀式の男子以外にももう一人いた。気難しそうな表情で椅子に座っている。見覚えのない男子だ。見学の日には居なかった。
「全員揃いましたね」
今日は珍しく顧問の先生もいる。書類を片手におれたちをにこにこと見回した。かと思えば、「じゃあこれで」とさっさと退出してしまった。四人の生徒だけが残される。先生はいつも通り放任主義で干渉してこない。気楽でラッキーだけどそれで大丈夫なのか。
「自己紹介しようぜ!」
立ったままその辺に荷物を置いて、柊夜くんがよく通る声で仕切った。おれが緊張を和らげるため柊夜くんの手を握ろうとしたら、あからさまに避けられた。しまったと思う。咄嗟に触れようとしたけど、こうされることなんて予想はついただろ。最近の柊夜くんは禁止ばっかり。なんでそんなことするの。自分の手首を握って負の感情が表に出ないように努めた。
「まずはオレから」
柊夜くんが話すのをぼんやりと聞く。彼は自己紹介でもマジカルバターの話を欠かさなかった。好きなものについて語る柊夜くんはきらきらしていて、恨みも忘れておれは彼の中に吸い込まれそうになる。
「愛瀬、おーい」
目の前で手のひらを振られて、はっとした。柊夜くんに見惚れて意識がどこかの宇宙に行っていた。ぎゅっと瞬きして切り替える。
「次は愛瀬の番」
背中をぽんと優しく叩かれた。そっちから触るのは良いのか、なんだそれ。けど俺の感情の大半を占めているのは嬉しさだった。ちょろい。にやけないように注意する。
「愛瀬陽です」
勢いで名乗ってから目の前には知らない生徒が二人もいることを思い出し、嬉しさを緊張が覆った。言葉が続かなくなる。鼓動が早くなって、喉は締まった。頭が真っ白だった。
「好きなものとかは」
隣で柊夜くんに促される。
「しゅ、……シュークリーム」
極限状態のせいで爆弾発言をしかけたが、なんとか踏みとどまった。ここでいきなり柊夜くんに告白したら気味悪がられるだろう。小さい頃は躊躇いなく好きだと伝えていたけれど成長するにつれて好意を表現しにくくなっていた。今のおれたちにとって、そういうのは不自然だ。柊夜くんはさっぱりしているから。
「美味しいですよね」
儀式の少年は笑顔で頷いてくれて、ほっとした。もう一人のほう、椅子に座っている男子は真顔で感情が読み取れない。おれの心臓がまだドキドキしている中、その子は「次、いいですか」と口を開いた。
「ああ」
「雨宮水緒です。パソコンがしたくて来ました」
柊夜くんが返事すると、無表情の彼は平坦な口調でそれだけ言った。彼は魔法目的ではないらしい。
「僕は宇木真汐っていいます! 水緒くんと同じ部活がよくって来ました」
儀式少年は爽やかスマイルを決めた。いかにも好青年という風貌をしていてフレッシュさが眩しい。それに、水緒くんと同じ部活がいいって。素直にそういうことが言えるのは羨ましい。二人は友達なのだろうか。水緒くんの方を見てみると「何言ってるんだこいつ」というような微妙な表情をしていた。
「水緒くん、よろしくね」
真汐くんはそんな水緒くんの様子もお構いなしに彼に微笑みかけている。強い。おれたちのことは視界に入っていなさそうだ。感心する。後輩が柊夜くんを狙ったりしないなら、おれはそれで良かった。
「それで、突然なんですけど儀式をしませんか」
真汐くんはふいに顔を上げると提案した。やっぱり儀式なのか。
部活動見学の期間も終わり、今日は新入生が部活に参加する初日だった。柊夜くんは随分張り切っていて、おれよりもだいぶ前を大股でずんずん進んでいく。こっちの気も知らないで元気だなー。
柊夜くんは相変わらず、おれが柊夜くんを頼ろうとするのを阻止する。昨日なんて最悪で、部室でおれが新入生たちに囲まれるという危機的状況に陥っているのを、柊夜くんは後ろから黙って腕を組んで眺めていた。高校生になってから甘やかし具合が減ったとはいえ、これまでだったら間に入ってなんとかしてくれたはずだ。柊夜くんが甘やかしてくれないこと自体ではなくて、そういう柊夜くんの態度の変化がおれに愛想を尽かしていることの表れのように思えてならなくて、それが辛かった。
嫌われてるのかなって思う。正直、思い当たるようなことしかないし、そもそも最初からおれと一緒にいるメリットなんか一つもない。小学生の柊夜くんは他人の世話を焼くことに喜びを感じていそうだったけど、今はそうでもなくて人への介入に節度を持っていた。だからおれの面倒を見たところで柊夜くんが得られるものはない。甘やかす理由なんかないんだ。どうせ甲斐性でおれの相手をしてるだけ。
歩いていくうちに空気がひっそりしてくる。コンピューター室は三階の端、他の教室とは切り離されたような場所に位置していて、その付近は人の気配がない。この空気は結構気に入っている。
柊夜くんはコンピューター室の扉の前でこちらを向きながら、おれが追いつくのを待っていた。おれが同じ部活にいることを、彼はどう思っているんだろう。
そこでガラガラと扉が内側から開いた。驚いて半歩後ずさる。例の、儀式に拘っていた男子と対面した。おれたちより先に中にいたらしい。彼は爽やかに微笑んでいた。
「足音が聞こえたので。待ちきれず開けちゃいました」
「新入部員か?」
「はい、よろしくお願いします」
教室の中に入ると、儀式の男子以外にももう一人いた。気難しそうな表情で椅子に座っている。見覚えのない男子だ。見学の日には居なかった。
「全員揃いましたね」
今日は珍しく顧問の先生もいる。書類を片手におれたちをにこにこと見回した。かと思えば、「じゃあこれで」とさっさと退出してしまった。四人の生徒だけが残される。先生はいつも通り放任主義で干渉してこない。気楽でラッキーだけどそれで大丈夫なのか。
「自己紹介しようぜ!」
立ったままその辺に荷物を置いて、柊夜くんがよく通る声で仕切った。おれが緊張を和らげるため柊夜くんの手を握ろうとしたら、あからさまに避けられた。しまったと思う。咄嗟に触れようとしたけど、こうされることなんて予想はついただろ。最近の柊夜くんは禁止ばっかり。なんでそんなことするの。自分の手首を握って負の感情が表に出ないように努めた。
「まずはオレから」
柊夜くんが話すのをぼんやりと聞く。彼は自己紹介でもマジカルバターの話を欠かさなかった。好きなものについて語る柊夜くんはきらきらしていて、恨みも忘れておれは彼の中に吸い込まれそうになる。
「愛瀬、おーい」
目の前で手のひらを振られて、はっとした。柊夜くんに見惚れて意識がどこかの宇宙に行っていた。ぎゅっと瞬きして切り替える。
「次は愛瀬の番」
背中をぽんと優しく叩かれた。そっちから触るのは良いのか、なんだそれ。けど俺の感情の大半を占めているのは嬉しさだった。ちょろい。にやけないように注意する。
「愛瀬陽です」
勢いで名乗ってから目の前には知らない生徒が二人もいることを思い出し、嬉しさを緊張が覆った。言葉が続かなくなる。鼓動が早くなって、喉は締まった。頭が真っ白だった。
「好きなものとかは」
隣で柊夜くんに促される。
「しゅ、……シュークリーム」
極限状態のせいで爆弾発言をしかけたが、なんとか踏みとどまった。ここでいきなり柊夜くんに告白したら気味悪がられるだろう。小さい頃は躊躇いなく好きだと伝えていたけれど成長するにつれて好意を表現しにくくなっていた。今のおれたちにとって、そういうのは不自然だ。柊夜くんはさっぱりしているから。
「美味しいですよね」
儀式の少年は笑顔で頷いてくれて、ほっとした。もう一人のほう、椅子に座っている男子は真顔で感情が読み取れない。おれの心臓がまだドキドキしている中、その子は「次、いいですか」と口を開いた。
「ああ」
「雨宮水緒です。パソコンがしたくて来ました」
柊夜くんが返事すると、無表情の彼は平坦な口調でそれだけ言った。彼は魔法目的ではないらしい。
「僕は宇木真汐っていいます! 水緒くんと同じ部活がよくって来ました」
儀式少年は爽やかスマイルを決めた。いかにも好青年という風貌をしていてフレッシュさが眩しい。それに、水緒くんと同じ部活がいいって。素直にそういうことが言えるのは羨ましい。二人は友達なのだろうか。水緒くんの方を見てみると「何言ってるんだこいつ」というような微妙な表情をしていた。
「水緒くん、よろしくね」
真汐くんはそんな水緒くんの様子もお構いなしに彼に微笑みかけている。強い。おれたちのことは視界に入っていなさそうだ。感心する。後輩が柊夜くんを狙ったりしないなら、おれはそれで良かった。
「それで、突然なんですけど儀式をしませんか」
真汐くんはふいに顔を上げると提案した。やっぱり儀式なのか。
