「愛瀬、外でこうも引っ付くのは……」
「いいじゃないですかあ。おれを甘やかすのが好きなんでしょ」
翌日の朝の通学路で、おれは柊夜くんの腕に自分の腕を絡ませていた。身体をぴったり柊夜くんに寄せて歩く。柊夜くんが困った顔をしているのが楽しい。相手が咎めつつも振り払ったりしないから、おれは上機嫌になっていた。
「柊夜くんにはおれがいるって、大衆に見せつけておかないといけませんから~」
「なんだよそれ」
柊夜くんはおれのせいで歩きにくそうだ。笑いがこみ上げてくる。
「誰かが柊夜くんを狙ったら嫌ですもん」
そんな理由だけで、現在おれは柊夜くんと付き合っている。そんな交際が正しいのかは分からないけれど、柊夜くんが許す限りそれでいいと思う。柊夜くんがおれの存在を赦してくれたから、おれもおれの望みについて、世間一般の社会通念ではなく柊夜くんの価値判断に照らして考えるようにしたかった。他人から見たら「普通」の愛じゃないとしても、柊夜くんがそれを受け入れるなら間違ってない。だっておれたち二人の間のことなんだから。
「オレ、愛瀬がそんな心配するほど好かれるような人間じゃないんだけど」
「でもおれ以外に告白されたことあるんでしょー」
お土産のぬいぐるみを思い出す。あれは相手の好みなのか柊夜くん自身の好みなのか、どっちなんだろう。後者だとしたら柊夜くんのセンスは微妙だ。おれはたとえセンスが微妙でも柊夜くんのことが好きだよ? だから柊夜くんは、おれを選んどけばいいよね。
「柊夜くんがいつか恋愛をしたくなっても、おれが全部やってあげますから。そのための相手をわざわざ作らないでくださいね」
「したくならないし」
柊夜くんは不満げにもごもご答えた。
「オレは今まで恋愛感情を有したことがなくて、たぶん死ぬまでそうなんだ。だから愛瀬の心配は困るというか、居心地が悪くなる」
柊夜くんの声は固く力が籠っていて、真剣なんだと思った。おれはわざと傷つけていた時とは違って、ただ申し訳なく感じた。誰かに取られるのが嫌だっていう告白の理由も、恋愛を前提にしていて柊夜くんを苦しめていただろう。おれの方だって恋愛感情を持たない人間なのに。柊夜くんのことが好きだから、彼が恋愛をするんじゃないかと勝手に恐れていた。
「すみません」
「知っといてほしかっただけだから、責めてないよ」
柊夜くんは焦ったように声のトーンを上げて、親しげにおれの肩をぽんぽん叩いた。
「オレだって、愛瀬がたまたま恋愛関係を望んでなかっただけで、そうじゃなかったら付き合う中で愛瀬に嫌な思いさせてたかもしれないし……。無責任に告白を受け入れて、愛瀬に偉そうなことが言える立場じゃないんだ」
柊夜くんは湿っぽい目でアスファルトの地面を見ていた。おれが泣きそうだったから断れなかったと柊夜くんが言っていたのを思い出す。それを愛だとも言ってたけど。告白された時の柊夜くんはどんな感情だったんだろう。
「おれは初めから、柊夜くんに正しさを求めてないので~」
反省して気に病んでいそうな柊夜くんをおれは滑稽に思った。
「え?」
「大体、柊夜くんがまだ気付いていないだけで、引っかかる所は他にもありますよー。おれはそれでも、正しい柊夜くんじゃなくて正しくなろうとしている柊夜くんが好きなので、謝られても嬉しいだけなんですよね」
「ふーん?」
柊夜くんはピンと来ていなさそうだった。いいよ、分からなくて。傲慢さとか、全能感とか、他にも柊夜くんの内にある危うい部分はちゃんと本人が自分で気付いてほしい。そうやって自己の在りようと向き合う柊夜くんの姿は、きっと格好良くて煌めいているはずだから。
「愛瀬が元気で良かったよ」
ふっと聞こえてきた柊夜くんの台詞は何気ない調子だった。相変わらずどこか子供扱いの気配がして笑ってしまう。柊夜くんがおれを赦したりできるのは、こうやって上下があるからなんじゃないかなと思う。だからおれは一生弱者でいい。他者を弱者に押し込めるのは危険性を伴っている。柊夜くんは決して正しい人ではない。けれど柊夜くんがおれの歪を赦せるのは、彼がおれを弱者と認められるからだ。反対に、柊夜くんから甘えるのを禁止されたように、如何にも正しそうな他人の視線で半端に一人前に認められて歪を矯正することを強いられるようなのは御免だった。おれはもう、こうでしか生きられない。遠い昔に捻じ曲げられて、そんなのお構いなしにそのまま残りの人生では自己責任に放り出されるのが苦痛だった。親がいなくなって新しく被害を受けることが無くなったって、歪められたおれは被害の跡が消えることなく人生を続けさせられる。自己愛と自己嫌悪で死にかけになりながら毎日ぎりぎり生きている。
柊夜くんが赦しと愛をくれたのも、罰を与えてくれなかったのも、おれの中で重大な意味を持っていた。それでも、おれの人生やおれ自身が劇的に変化して健康的な生に転じるようなことはない。
今朝も指先の皮膚を千切っておれの手には相変わらず絆創膏が貼られている。今この瞬間柊夜くんと歩きながらも、本当に彼がおれをキスするか殴るかしてくれたら気持ち良いんじゃないかと考えている。おれはずっと不健康だ。
気分が良くなったり悪くなったりを反復しながらこれからも生きていくと思う。そのように、柊夜くんによっても変えられないようなおれの性質があることが喜ばしく思えた。おれの不変によって、おれの柊夜くんへの信仰が妄執ではなくて自らの生活において実践されているという現実性を獲得している。信仰によって生きるのでなく生きる中に信仰があった。
「ずっと一緒にいてくださいね」
おれが柊夜くんに救われることがなくても、柊夜くんといたい。柊夜くんが好きだ。おれは彼が自分に何か与えるからではなくて、彼の魂そのものが好きなんだ。だから彼の肉体を誰か他人のもののように感じてしまうのも、彼を好きであることの否定にはならない。今、相手とくっついている身体に伝わってくる体温はやはりおれを緩やかに窒息させていた。
「そんなに好き?」
柊夜くんが笑う。おれの言ったことへの返事は避けて、不確実な未来を約束したりなんかしないところが好きだ。
おれは柊夜くんの腕から自分の腕を放して頷いていた。
「いいじゃないですかあ。おれを甘やかすのが好きなんでしょ」
翌日の朝の通学路で、おれは柊夜くんの腕に自分の腕を絡ませていた。身体をぴったり柊夜くんに寄せて歩く。柊夜くんが困った顔をしているのが楽しい。相手が咎めつつも振り払ったりしないから、おれは上機嫌になっていた。
「柊夜くんにはおれがいるって、大衆に見せつけておかないといけませんから~」
「なんだよそれ」
柊夜くんはおれのせいで歩きにくそうだ。笑いがこみ上げてくる。
「誰かが柊夜くんを狙ったら嫌ですもん」
そんな理由だけで、現在おれは柊夜くんと付き合っている。そんな交際が正しいのかは分からないけれど、柊夜くんが許す限りそれでいいと思う。柊夜くんがおれの存在を赦してくれたから、おれもおれの望みについて、世間一般の社会通念ではなく柊夜くんの価値判断に照らして考えるようにしたかった。他人から見たら「普通」の愛じゃないとしても、柊夜くんがそれを受け入れるなら間違ってない。だっておれたち二人の間のことなんだから。
「オレ、愛瀬がそんな心配するほど好かれるような人間じゃないんだけど」
「でもおれ以外に告白されたことあるんでしょー」
お土産のぬいぐるみを思い出す。あれは相手の好みなのか柊夜くん自身の好みなのか、どっちなんだろう。後者だとしたら柊夜くんのセンスは微妙だ。おれはたとえセンスが微妙でも柊夜くんのことが好きだよ? だから柊夜くんは、おれを選んどけばいいよね。
「柊夜くんがいつか恋愛をしたくなっても、おれが全部やってあげますから。そのための相手をわざわざ作らないでくださいね」
「したくならないし」
柊夜くんは不満げにもごもご答えた。
「オレは今まで恋愛感情を有したことがなくて、たぶん死ぬまでそうなんだ。だから愛瀬の心配は困るというか、居心地が悪くなる」
柊夜くんの声は固く力が籠っていて、真剣なんだと思った。おれはわざと傷つけていた時とは違って、ただ申し訳なく感じた。誰かに取られるのが嫌だっていう告白の理由も、恋愛を前提にしていて柊夜くんを苦しめていただろう。おれの方だって恋愛感情を持たない人間なのに。柊夜くんのことが好きだから、彼が恋愛をするんじゃないかと勝手に恐れていた。
「すみません」
「知っといてほしかっただけだから、責めてないよ」
柊夜くんは焦ったように声のトーンを上げて、親しげにおれの肩をぽんぽん叩いた。
「オレだって、愛瀬がたまたま恋愛関係を望んでなかっただけで、そうじゃなかったら付き合う中で愛瀬に嫌な思いさせてたかもしれないし……。無責任に告白を受け入れて、愛瀬に偉そうなことが言える立場じゃないんだ」
柊夜くんは湿っぽい目でアスファルトの地面を見ていた。おれが泣きそうだったから断れなかったと柊夜くんが言っていたのを思い出す。それを愛だとも言ってたけど。告白された時の柊夜くんはどんな感情だったんだろう。
「おれは初めから、柊夜くんに正しさを求めてないので~」
反省して気に病んでいそうな柊夜くんをおれは滑稽に思った。
「え?」
「大体、柊夜くんがまだ気付いていないだけで、引っかかる所は他にもありますよー。おれはそれでも、正しい柊夜くんじゃなくて正しくなろうとしている柊夜くんが好きなので、謝られても嬉しいだけなんですよね」
「ふーん?」
柊夜くんはピンと来ていなさそうだった。いいよ、分からなくて。傲慢さとか、全能感とか、他にも柊夜くんの内にある危うい部分はちゃんと本人が自分で気付いてほしい。そうやって自己の在りようと向き合う柊夜くんの姿は、きっと格好良くて煌めいているはずだから。
「愛瀬が元気で良かったよ」
ふっと聞こえてきた柊夜くんの台詞は何気ない調子だった。相変わらずどこか子供扱いの気配がして笑ってしまう。柊夜くんがおれを赦したりできるのは、こうやって上下があるからなんじゃないかなと思う。だからおれは一生弱者でいい。他者を弱者に押し込めるのは危険性を伴っている。柊夜くんは決して正しい人ではない。けれど柊夜くんがおれの歪を赦せるのは、彼がおれを弱者と認められるからだ。反対に、柊夜くんから甘えるのを禁止されたように、如何にも正しそうな他人の視線で半端に一人前に認められて歪を矯正することを強いられるようなのは御免だった。おれはもう、こうでしか生きられない。遠い昔に捻じ曲げられて、そんなのお構いなしにそのまま残りの人生では自己責任に放り出されるのが苦痛だった。親がいなくなって新しく被害を受けることが無くなったって、歪められたおれは被害の跡が消えることなく人生を続けさせられる。自己愛と自己嫌悪で死にかけになりながら毎日ぎりぎり生きている。
柊夜くんが赦しと愛をくれたのも、罰を与えてくれなかったのも、おれの中で重大な意味を持っていた。それでも、おれの人生やおれ自身が劇的に変化して健康的な生に転じるようなことはない。
今朝も指先の皮膚を千切っておれの手には相変わらず絆創膏が貼られている。今この瞬間柊夜くんと歩きながらも、本当に彼がおれをキスするか殴るかしてくれたら気持ち良いんじゃないかと考えている。おれはずっと不健康だ。
気分が良くなったり悪くなったりを反復しながらこれからも生きていくと思う。そのように、柊夜くんによっても変えられないようなおれの性質があることが喜ばしく思えた。おれの不変によって、おれの柊夜くんへの信仰が妄執ではなくて自らの生活において実践されているという現実性を獲得している。信仰によって生きるのでなく生きる中に信仰があった。
「ずっと一緒にいてくださいね」
おれが柊夜くんに救われることがなくても、柊夜くんといたい。柊夜くんが好きだ。おれは彼が自分に何か与えるからではなくて、彼の魂そのものが好きなんだ。だから彼の肉体を誰か他人のもののように感じてしまうのも、彼を好きであることの否定にはならない。今、相手とくっついている身体に伝わってくる体温はやはりおれを緩やかに窒息させていた。
「そんなに好き?」
柊夜くんが笑う。おれの言ったことへの返事は避けて、不確実な未来を約束したりなんかしないところが好きだ。
おれは柊夜くんの腕から自分の腕を放して頷いていた。
