自分の部屋に入ると、いくらか緊張が和らいだ。家の中でも風呂場やリビングは叱責された記憶とどうしても結びついている。その点で、風呂場はともかくリビングで話すのは落ち着かなかった。特に改まった場面では空気が張りつめているだけに過去の情景と重なりやすい。おれは真面目に柊夜くんと向き合って話す気になっていた。
勉強机とベッド、教科書の入った本棚。おれの部屋は物が少なくて空間を持て余している。人を呼ぶにはやや殺風景だった。
おれはベッドに腰掛ける。「ここ」布団を叩いて促し、柊夜くんに隣に座ってもらった。
「オレの写真」
柊夜くんは、ヘッドボードの上辺りの壁に一枚貼ってあるのを見つけていた。小学校の修学旅行の時の写真だ。旅館の食堂ホールをバックに笑顔でピースする柊夜くんが一人で写っている。ずっと昔からあそこに飾っていた。小学校から今まで、写真販売の度に柊夜くんが良い感じに写っているものを買っているのだが、あの写真以外は退色しないように保管してある。小学生の頃のおれはそこまで考えていなかったので一番好きな写真を壁に貼っていた。今見ても格好良くて最高の一枚だと思う。ただ、当たり前にそこにあるものになっていたから、飾っているのを柊夜くんに知られたらとかを気にしていなかった。気味悪がられるだろうか。
「引きましたか?」
「びっくりは、したけど」
柊夜くんは写真から目を逸らし、自分の膝の上に視線を落とす。おれを異常として騒いだりしないところは好きだが、はっきり否定された方が楽だ。
「おれは柊夜くんが思ってるよりずっと気持ち悪い人間なんです」
そのまま柊夜くんの肩に頭を預けて、もたれかかった。
「キスされるのが嫌なのも、したいのも、両方本当です」
ぐりぐりと額を柊夜くんの肩に押しつける。
「ちゃんと、おれを叱って」
喉が締まって、おれの声は細切れになっていた。
「柊夜くんに気持ち悪いことをされると、おれは自分の生が肯定できる気がする。おれはだめな人間だから、自分が不快になることで初めて償えると思っているんです」
ゆっくりと静かに息を吸い込んだ。
「柊夜くんを傷つけるつもりで傷つけていることだってあって、そういう自分を許してほしいし罰してほしくて、おれは自分で自分を制御できなくて、迷惑かけてて……」
目を閉じて弱い呼吸を繰り返す。いくら呼吸をしても、頭の中はぐちゃぐちゃに乱れて絡まっていた。
「本当は、キスじゃなくたっていいんです。きっと。おれは柊夜くんから痛みを与えられたい。だから、嫌なのに頼んだ理由はそれです。言われても分からないかもしれないけど」
柊夜くんから頭を離して立ち上がった。柊夜くんの目の前に立って彼を見下ろす。彼の顔にはおれの身体が作った影がかかっていた。首を上向きにしておれの顔をじっと見つめている。柊夜くんの表情には、おれが求めるような拒絶や怒りといった苛烈さは無く、ただ優しいような寂しいような穏やかな色があるばかりだった。
「性的なことは頼んだって柊夜くんにも得がないから、キスの代わりに暴力でも良いですよ。貴方は人を殴るような人じゃないでしょうけど、やってみたらいくらかすっきりするんじゃないですか」
最低だ。わざと最低なことを言っている。自分をぞんざいに扱うことで安寧を得ようとしている。それは相手の尊厳を傷つけるような発言でもあった。だから余計に、おれをもう再起不能にしてほしかった。
「だめだよ」
柊夜くんは立ち上がって、おれを見上げた。
「愛瀬がそういう感情を持つこと自体は、理解できなくても否定はしたくない。愛瀬の中に確かに存在する感情を他者が無いことにするのは不道徳だ。だけど、愛瀬の抱える苦しみを減らせたらいいのにって思う」
優しい人だ。崇高な精神が眩しくて、この人はどうしてこう生きていられるのだろうかと不思議だった。おれの汚い中身を告げられてもなお、弱者に手を差し伸べようとしている。彼の魂の容れ物は大抵の人間と変わらないような見た目をしているのに、その魂の輝きから彼の身体も特別美しいものとして、おれの目に映るのだった。硬そうな黒い髪や健康的に焼けた肌、発育途中の少年らしい四肢はこの年頃の俗な生命の典型のようでありながら、間違いなく神様としての光を纏っている。
「でも、オレは愛瀬に頼まれても酷いことをしたくない。愛瀬もそんな目に遭うべきじゃない。オレは愛瀬のことを駄目だとも迷惑だとも思ったことないけど、仮に本当にそうだったとしても個々の人格を社会や環境から切り離して考えることはできない。社会批判を怠ってたった一人の人間に償わせるのはおかしい」
柊夜くんは自らの思想を説く。彼が彼の思想をおれに共有してくれることが、おれは昔から嬉しかった。
「おれをだめだと思ったことないって、嘘じゃないですか。だって、おれが柊夜くんに頼るのを禁止したのって、そういうことでしょ」
おれは柊夜くんの言葉に反射で異を唱えていた。自分はまだあの時のことを恨んでいるのかもしれない。柊夜くんははっとしたような顔をして、「ごめん」と謝った。
「良くないことをしたよな。……実は、愛瀬には将来困るとかそれっぽいことを言ってたけど、本当は違うんだ」
柊夜くんは後ろめたそうに指先を動かしながらも、決しておれから目を逸らしたりはしなかった。誠実さを感じてドキッとする。
「オレが深く考えずに愛瀬に優しくしたいから優しくして、それによって愛瀬はオレに依存してるんじゃないかって、自分の行動が無責任なんじゃないかと恐くなった。オレがどうにかしないといけないと思ってたのはオレ自身だったんだよ。そこを誤魔化して虚飾の言葉を並べて、愛瀬に苦手なことを無理させてごめん」
そんなの、おれが柊夜くんに依存して執着してるのは柊夜くんの優しさのせいじゃないのに。傲慢だなあ。
「急に禁止をやめるなんて言ったのは」
「遊園地で愛瀬があまりにも甘えたそうにするし、結局オレも愛瀬を甘やかすのが好きで馬鹿らしくなったっていうか。オレが世話を焼いてばかりなせいで愛瀬を不幸にしてると勝手に思ってたけど、禁止も愛瀬に我慢させてたのには変わらなくて、自分のやり方は間違ってたなって反省した」
なんだそれ。不幸にしてるなんて、この人は自分が他人に何か与えられるものだと無邪気に信じている。信じたうえで本当に与えてくれているのだが。っていうか、おれを甘やかすのが好きとかなんで普通に言えるんだよ。
「ほら、オレが完璧な人間じゃないのが分かっただろ。愛瀬は自分のこと迷惑とか言ってたけど、オレにも良くない所があるって分かったら平気じゃないか?」
柊夜くんはさっぱりとした笑顔を向けてくる。柊夜くんの良くないところ、前からおれはずっと見てきたよ。実際にその不完全性の発見によっておれなんかでも一緒にいられるといつも安心している。だけどその効果だって長続きせず、おれは柊夜くんに相応しくないという意識は頑固に根をはっていて、その根とおれの生命との繋がりを断つことは生きている限り不可能だ。
「オレは愛瀬が好きだよ」
柊夜くんは優しく微笑んだ。脳が掻き混ぜられる。おれの内側から湧いてくる感情を、どうしたらいいのか分からない。
「じゃあ、好きな所言って」
うわ、我ながら面倒くさい!
「えー、昔っからオレのこと大好きなのが割と分かりやすい所だろ、あと甘えたがりな所と、甘えたがりなくせに甘えるのがあんまり上手くない所」
柊夜くんは無垢な笑顔でおれを揶揄うように指折り数える。心臓が口から飛び出そうだった。よりにもよって、おれの性格のうち、みっともない所ばかりが挙げられている。最後のは特に恥ずかしい。そうやって見られてたのか。
「あと、オレが善く在ろうとすることを侮蔑したりしない所が好き」
そう言う柊夜くんは大人っぽい静かな雰囲気を漂わせていた。おれがずっと柊夜くんに向けてきた感情を、彼に見透かされているんだと思った。おれの愛がどれほど屈折しているかまでは知らないだろうが、柊夜くんをおれの神様として眼差す漠然とした空気感はおそらく感じ取っている。そしてそれが彼に好意的に捉えられ赦されている。
完全に負けた。嬉しかった。おれは赦しと罰を求めていたのに。柊夜くんはそんなおれの意思を無視して赦しだけを与えた。神様だから。おれの思惑とは別のところに存在していて、彼は彼の善を為す。思い通りにしてくれない。それがたまらなく嬉しい。おれが欲しかった敗北とは形が違うけれど、だからこそ柊夜くんが神様であることの証明で素晴らしい敗北だった。脳の血管をドクドクと血が流れている。駆け回りたいような気分だった。柊夜くんは神様なんだ!
「オレはたとえ誰かに白い目で見られたって己の正しいと思う在り方を変えるつもりはない。それでも昔からいつも愛瀬がオレの行いを熱心に信じるから、愛瀬を可愛いと思うよ」
高揚感が抑えきれないおれに、柊夜くんは柔らかく微笑みかけた。輝きに頭がぼうっとする。この人は残酷なことを平気で言う。彼の手が頭上に伸びてきた。「撫でられるのは嫌?」そうやって確認してくれるのが好きだ。おれが身体接触を嫌っているのを先程知ったからだろう。宙に止まった柊夜くんの手。今は大丈夫な気がした。「撫でてください」と頼むと、そっとおれの頭に手が置かれる。
柊夜くんの「可愛い」という言葉を反芻する。おれが柊夜くんに思う可愛いとも、一般的にカップルが相手に感じるであろう可愛いとも、異なるものだということを直感していた。だから大丈夫。柊夜くんの肉体は付き合う前と変わらない。
柊夜くんがおれの頭を撫でる手つきは優しくて安心する。目を瞑った。このまま眠りたい。
「毎晩寝る前にしてほしいっす」
「これを?」
「リラックス効果があるので」
「それは良かった」とまろやかな笑い声が聞こえた。
「おんなじ家に住んで、それで本当にそういう生活をしてみたいです」
ふとそんな妄想が浮かんでいた。躊躇いなく口にできてしまうのは、さっき柊夜くんがおれの甘えたがりな所を好きだと言ったからだ。おれは調子に乗って甘えている。
「いいよ」
柊夜くんがどの程度本気か分からない。それでもそう返事した彼の声がとても優しくて、おれは満足だった。
勉強机とベッド、教科書の入った本棚。おれの部屋は物が少なくて空間を持て余している。人を呼ぶにはやや殺風景だった。
おれはベッドに腰掛ける。「ここ」布団を叩いて促し、柊夜くんに隣に座ってもらった。
「オレの写真」
柊夜くんは、ヘッドボードの上辺りの壁に一枚貼ってあるのを見つけていた。小学校の修学旅行の時の写真だ。旅館の食堂ホールをバックに笑顔でピースする柊夜くんが一人で写っている。ずっと昔からあそこに飾っていた。小学校から今まで、写真販売の度に柊夜くんが良い感じに写っているものを買っているのだが、あの写真以外は退色しないように保管してある。小学生の頃のおれはそこまで考えていなかったので一番好きな写真を壁に貼っていた。今見ても格好良くて最高の一枚だと思う。ただ、当たり前にそこにあるものになっていたから、飾っているのを柊夜くんに知られたらとかを気にしていなかった。気味悪がられるだろうか。
「引きましたか?」
「びっくりは、したけど」
柊夜くんは写真から目を逸らし、自分の膝の上に視線を落とす。おれを異常として騒いだりしないところは好きだが、はっきり否定された方が楽だ。
「おれは柊夜くんが思ってるよりずっと気持ち悪い人間なんです」
そのまま柊夜くんの肩に頭を預けて、もたれかかった。
「キスされるのが嫌なのも、したいのも、両方本当です」
ぐりぐりと額を柊夜くんの肩に押しつける。
「ちゃんと、おれを叱って」
喉が締まって、おれの声は細切れになっていた。
「柊夜くんに気持ち悪いことをされると、おれは自分の生が肯定できる気がする。おれはだめな人間だから、自分が不快になることで初めて償えると思っているんです」
ゆっくりと静かに息を吸い込んだ。
「柊夜くんを傷つけるつもりで傷つけていることだってあって、そういう自分を許してほしいし罰してほしくて、おれは自分で自分を制御できなくて、迷惑かけてて……」
目を閉じて弱い呼吸を繰り返す。いくら呼吸をしても、頭の中はぐちゃぐちゃに乱れて絡まっていた。
「本当は、キスじゃなくたっていいんです。きっと。おれは柊夜くんから痛みを与えられたい。だから、嫌なのに頼んだ理由はそれです。言われても分からないかもしれないけど」
柊夜くんから頭を離して立ち上がった。柊夜くんの目の前に立って彼を見下ろす。彼の顔にはおれの身体が作った影がかかっていた。首を上向きにしておれの顔をじっと見つめている。柊夜くんの表情には、おれが求めるような拒絶や怒りといった苛烈さは無く、ただ優しいような寂しいような穏やかな色があるばかりだった。
「性的なことは頼んだって柊夜くんにも得がないから、キスの代わりに暴力でも良いですよ。貴方は人を殴るような人じゃないでしょうけど、やってみたらいくらかすっきりするんじゃないですか」
最低だ。わざと最低なことを言っている。自分をぞんざいに扱うことで安寧を得ようとしている。それは相手の尊厳を傷つけるような発言でもあった。だから余計に、おれをもう再起不能にしてほしかった。
「だめだよ」
柊夜くんは立ち上がって、おれを見上げた。
「愛瀬がそういう感情を持つこと自体は、理解できなくても否定はしたくない。愛瀬の中に確かに存在する感情を他者が無いことにするのは不道徳だ。だけど、愛瀬の抱える苦しみを減らせたらいいのにって思う」
優しい人だ。崇高な精神が眩しくて、この人はどうしてこう生きていられるのだろうかと不思議だった。おれの汚い中身を告げられてもなお、弱者に手を差し伸べようとしている。彼の魂の容れ物は大抵の人間と変わらないような見た目をしているのに、その魂の輝きから彼の身体も特別美しいものとして、おれの目に映るのだった。硬そうな黒い髪や健康的に焼けた肌、発育途中の少年らしい四肢はこの年頃の俗な生命の典型のようでありながら、間違いなく神様としての光を纏っている。
「でも、オレは愛瀬に頼まれても酷いことをしたくない。愛瀬もそんな目に遭うべきじゃない。オレは愛瀬のことを駄目だとも迷惑だとも思ったことないけど、仮に本当にそうだったとしても個々の人格を社会や環境から切り離して考えることはできない。社会批判を怠ってたった一人の人間に償わせるのはおかしい」
柊夜くんは自らの思想を説く。彼が彼の思想をおれに共有してくれることが、おれは昔から嬉しかった。
「おれをだめだと思ったことないって、嘘じゃないですか。だって、おれが柊夜くんに頼るのを禁止したのって、そういうことでしょ」
おれは柊夜くんの言葉に反射で異を唱えていた。自分はまだあの時のことを恨んでいるのかもしれない。柊夜くんははっとしたような顔をして、「ごめん」と謝った。
「良くないことをしたよな。……実は、愛瀬には将来困るとかそれっぽいことを言ってたけど、本当は違うんだ」
柊夜くんは後ろめたそうに指先を動かしながらも、決しておれから目を逸らしたりはしなかった。誠実さを感じてドキッとする。
「オレが深く考えずに愛瀬に優しくしたいから優しくして、それによって愛瀬はオレに依存してるんじゃないかって、自分の行動が無責任なんじゃないかと恐くなった。オレがどうにかしないといけないと思ってたのはオレ自身だったんだよ。そこを誤魔化して虚飾の言葉を並べて、愛瀬に苦手なことを無理させてごめん」
そんなの、おれが柊夜くんに依存して執着してるのは柊夜くんの優しさのせいじゃないのに。傲慢だなあ。
「急に禁止をやめるなんて言ったのは」
「遊園地で愛瀬があまりにも甘えたそうにするし、結局オレも愛瀬を甘やかすのが好きで馬鹿らしくなったっていうか。オレが世話を焼いてばかりなせいで愛瀬を不幸にしてると勝手に思ってたけど、禁止も愛瀬に我慢させてたのには変わらなくて、自分のやり方は間違ってたなって反省した」
なんだそれ。不幸にしてるなんて、この人は自分が他人に何か与えられるものだと無邪気に信じている。信じたうえで本当に与えてくれているのだが。っていうか、おれを甘やかすのが好きとかなんで普通に言えるんだよ。
「ほら、オレが完璧な人間じゃないのが分かっただろ。愛瀬は自分のこと迷惑とか言ってたけど、オレにも良くない所があるって分かったら平気じゃないか?」
柊夜くんはさっぱりとした笑顔を向けてくる。柊夜くんの良くないところ、前からおれはずっと見てきたよ。実際にその不完全性の発見によっておれなんかでも一緒にいられるといつも安心している。だけどその効果だって長続きせず、おれは柊夜くんに相応しくないという意識は頑固に根をはっていて、その根とおれの生命との繋がりを断つことは生きている限り不可能だ。
「オレは愛瀬が好きだよ」
柊夜くんは優しく微笑んだ。脳が掻き混ぜられる。おれの内側から湧いてくる感情を、どうしたらいいのか分からない。
「じゃあ、好きな所言って」
うわ、我ながら面倒くさい!
「えー、昔っからオレのこと大好きなのが割と分かりやすい所だろ、あと甘えたがりな所と、甘えたがりなくせに甘えるのがあんまり上手くない所」
柊夜くんは無垢な笑顔でおれを揶揄うように指折り数える。心臓が口から飛び出そうだった。よりにもよって、おれの性格のうち、みっともない所ばかりが挙げられている。最後のは特に恥ずかしい。そうやって見られてたのか。
「あと、オレが善く在ろうとすることを侮蔑したりしない所が好き」
そう言う柊夜くんは大人っぽい静かな雰囲気を漂わせていた。おれがずっと柊夜くんに向けてきた感情を、彼に見透かされているんだと思った。おれの愛がどれほど屈折しているかまでは知らないだろうが、柊夜くんをおれの神様として眼差す漠然とした空気感はおそらく感じ取っている。そしてそれが彼に好意的に捉えられ赦されている。
完全に負けた。嬉しかった。おれは赦しと罰を求めていたのに。柊夜くんはそんなおれの意思を無視して赦しだけを与えた。神様だから。おれの思惑とは別のところに存在していて、彼は彼の善を為す。思い通りにしてくれない。それがたまらなく嬉しい。おれが欲しかった敗北とは形が違うけれど、だからこそ柊夜くんが神様であることの証明で素晴らしい敗北だった。脳の血管をドクドクと血が流れている。駆け回りたいような気分だった。柊夜くんは神様なんだ!
「オレはたとえ誰かに白い目で見られたって己の正しいと思う在り方を変えるつもりはない。それでも昔からいつも愛瀬がオレの行いを熱心に信じるから、愛瀬を可愛いと思うよ」
高揚感が抑えきれないおれに、柊夜くんは柔らかく微笑みかけた。輝きに頭がぼうっとする。この人は残酷なことを平気で言う。彼の手が頭上に伸びてきた。「撫でられるのは嫌?」そうやって確認してくれるのが好きだ。おれが身体接触を嫌っているのを先程知ったからだろう。宙に止まった柊夜くんの手。今は大丈夫な気がした。「撫でてください」と頼むと、そっとおれの頭に手が置かれる。
柊夜くんの「可愛い」という言葉を反芻する。おれが柊夜くんに思う可愛いとも、一般的にカップルが相手に感じるであろう可愛いとも、異なるものだということを直感していた。だから大丈夫。柊夜くんの肉体は付き合う前と変わらない。
柊夜くんがおれの頭を撫でる手つきは優しくて安心する。目を瞑った。このまま眠りたい。
「毎晩寝る前にしてほしいっす」
「これを?」
「リラックス効果があるので」
「それは良かった」とまろやかな笑い声が聞こえた。
「おんなじ家に住んで、それで本当にそういう生活をしてみたいです」
ふとそんな妄想が浮かんでいた。躊躇いなく口にできてしまうのは、さっき柊夜くんがおれの甘えたがりな所を好きだと言ったからだ。おれは調子に乗って甘えている。
「いいよ」
柊夜くんがどの程度本気か分からない。それでもそう返事した彼の声がとても優しくて、おれは満足だった。
