それから園内のカフェで昼食をとったり、いくつかのアトラクションに乗ったりした。表面上は普通にしていたが、錆びついた機構を無理にくるくる回転させてゆくような心持でいた。家族連れの幸せそうな笑い声や手を繋ぐ仲の良いカップル、水緒くんのオムライスを一口せびる真汐くん、などが目や耳に入る度に羨望と緩やかな怨念がおれの中に充満するが、それに触発されて動くようなこともなかった。今日のこのイベントを利用してやろうと計画していたくせに、もう殊に働きかける気が起こらなかった。おれが何故いつもこう上手くいかないのか判然としないでいる。確かなのは、柊夜くんに求めるものが揺らいでしまったことでおれの身体は重く鈍るようになったということだ。
帰る電車の降りる途中で後輩二人とは別れ、今おれと柊夜くんは家の近くの道を歩いていた。とてつもない疲労が襲ってくる。夕暮れの生温さが眠気を誘った。おれの隣を歩く柊夜くんは疲れたような気配も見せず、大きなぬいぐるみを抱えていた。遊園地のオリジナルキャラクターで、お土産売り場にあったものだ。犬か兎かも分からないデザインで間抜けな顔をしている。
「柊夜くん、こういう趣味があったんすね~」
ぬいぐるみの耳をおれの手で挟む。比較的元気な声になるよう努めた。
「ああ、これは人に渡すんだ」
柊夜くんが自分用に買ったものだと思っていたから驚く。贈与文化の経験が希薄なためにその可能性を無意識に排除してしまっていた。
「誰にですか」
懲りずにおれは嫉妬する。こんなでかいの、誰にあげるんだよ。
「去年委員会が同じだった小林さん。知ってる?」
知らない。誰かの名前を柊夜くんが口にすることが不快だった。
「その人のこと好きなんですか」
おれの言葉は冷えている。
「え? あー……告白されたけど友達だよ」
なんだそれ。激しい熱が全身を巡った。意味が分からない。むかつく。告白してきた相手となんで仲良くするの。おれは人と関わらないからそれが一般的なのか否か判断できない。どちらにせよ苛立つのは変わらない。大体、そんな相手がいたのも知らなかった。悲しい。でもいちいち自分からそういう報告をしないような柊夜くんは好きだ。複雑だった。
「その人と付き合う予定あるんすか」
声を絞り出す。おれはさっきからずっと柊夜くんを質問攻めにしている。余裕がないのが明らかで無様だ。
「さっき言った通り、今のところは普通の友達だな」
完全に否定してほしかった。柊夜くんが軽々しく絶対的な否定を述べるような人間でないのは知っている。そのある種の誠実さは、普段は好ましいけれども今回の場においては憎く感じた。
いつかその子と付き合うかも。ううん、その子に限らなくたって他の誰かと付き合ってしまうかも。今までもあったその不安が、現実味を帯びたものとして眼前に立ち現れてくる。おれはひどく焦った。早くしないと。誰かのものになってしまう前に。
「あ、あの!」
おれの呼びかけに柊夜くんは足を止める。ちょうど公園の前を通る道で二人横に並んで立ち止まった。
「おれと付き合うのはどうですか」
焦りから勢いで告白してしまった。心臓が自分の管理下を放れてしまったみたいに激しく動いていている。柊夜くんの方を見ることができない。言ってしまってから、後先のことを考えていないのに気づいて怖くなった。おれが告白したって柊夜くんが断ったら何も解決しない。気持ち悪がられて絶縁されるリスクを負ってまで不確実な手段を選んでいたのだ。そしてほぼ確実に断られる。おれ以外の人間を振っておいて、おれを受け入れるようなことがあるだろうか、いや、ない。泣きそうだった。
「びっくりした」
沈黙の後、柊夜くんが呟く。身体の向きを変えておれのすぐ目の前に立った。柊夜くんは向かい合っておれの目をきちんと見てくれる。好きだ。
「いいよ」
その声がやけにはっきりと聞こえた。柊夜くんは柔らかい眼差しをしている。
何が、と言いそうになって堪えた。変に言葉の応酬をして取り消されたりしたら困る。付き合ってもいいってことだろ。住宅地と柊夜くんの輪郭がぼやけてきた。
「なんで泣くんだ」
柊夜くんは困ったみたいな表情をしていたが、相変わらずその声と目つきはとても優しかった。
帰る電車の降りる途中で後輩二人とは別れ、今おれと柊夜くんは家の近くの道を歩いていた。とてつもない疲労が襲ってくる。夕暮れの生温さが眠気を誘った。おれの隣を歩く柊夜くんは疲れたような気配も見せず、大きなぬいぐるみを抱えていた。遊園地のオリジナルキャラクターで、お土産売り場にあったものだ。犬か兎かも分からないデザインで間抜けな顔をしている。
「柊夜くん、こういう趣味があったんすね~」
ぬいぐるみの耳をおれの手で挟む。比較的元気な声になるよう努めた。
「ああ、これは人に渡すんだ」
柊夜くんが自分用に買ったものだと思っていたから驚く。贈与文化の経験が希薄なためにその可能性を無意識に排除してしまっていた。
「誰にですか」
懲りずにおれは嫉妬する。こんなでかいの、誰にあげるんだよ。
「去年委員会が同じだった小林さん。知ってる?」
知らない。誰かの名前を柊夜くんが口にすることが不快だった。
「その人のこと好きなんですか」
おれの言葉は冷えている。
「え? あー……告白されたけど友達だよ」
なんだそれ。激しい熱が全身を巡った。意味が分からない。むかつく。告白してきた相手となんで仲良くするの。おれは人と関わらないからそれが一般的なのか否か判断できない。どちらにせよ苛立つのは変わらない。大体、そんな相手がいたのも知らなかった。悲しい。でもいちいち自分からそういう報告をしないような柊夜くんは好きだ。複雑だった。
「その人と付き合う予定あるんすか」
声を絞り出す。おれはさっきからずっと柊夜くんを質問攻めにしている。余裕がないのが明らかで無様だ。
「さっき言った通り、今のところは普通の友達だな」
完全に否定してほしかった。柊夜くんが軽々しく絶対的な否定を述べるような人間でないのは知っている。そのある種の誠実さは、普段は好ましいけれども今回の場においては憎く感じた。
いつかその子と付き合うかも。ううん、その子に限らなくたって他の誰かと付き合ってしまうかも。今までもあったその不安が、現実味を帯びたものとして眼前に立ち現れてくる。おれはひどく焦った。早くしないと。誰かのものになってしまう前に。
「あ、あの!」
おれの呼びかけに柊夜くんは足を止める。ちょうど公園の前を通る道で二人横に並んで立ち止まった。
「おれと付き合うのはどうですか」
焦りから勢いで告白してしまった。心臓が自分の管理下を放れてしまったみたいに激しく動いていている。柊夜くんの方を見ることができない。言ってしまってから、後先のことを考えていないのに気づいて怖くなった。おれが告白したって柊夜くんが断ったら何も解決しない。気持ち悪がられて絶縁されるリスクを負ってまで不確実な手段を選んでいたのだ。そしてほぼ確実に断られる。おれ以外の人間を振っておいて、おれを受け入れるようなことがあるだろうか、いや、ない。泣きそうだった。
「びっくりした」
沈黙の後、柊夜くんが呟く。身体の向きを変えておれのすぐ目の前に立った。柊夜くんは向かい合っておれの目をきちんと見てくれる。好きだ。
「いいよ」
その声がやけにはっきりと聞こえた。柊夜くんは柔らかい眼差しをしている。
何が、と言いそうになって堪えた。変に言葉の応酬をして取り消されたりしたら困る。付き合ってもいいってことだろ。住宅地と柊夜くんの輪郭がぼやけてきた。
「なんで泣くんだ」
柊夜くんは困ったみたいな表情をしていたが、相変わらずその声と目つきはとても優しかった。
