どうしよう。柊夜くんと二人で並んでベンチに座っている。おれは罪悪感で俯いていた。
「ごめんなさい」
「だからいいって。ジェットコースターなんていつでも乗れるからな。オレは本当に愛瀬と居たかったし」
柊夜くんは笑顔で強調した。おれを安心させられるように言い方を選んでいる。その優しさによって苦しさが増した。
「おれも柊夜くんに何かしたいっす」
「え?」
「優しさをもらうだけだと、死にそうになります」
おれは身を乗り出して柊夜くんに身体を寄せる。
「そんな深刻に考えなくても」
「何か頼んでください、なんでもするんで」
必死に迫るのはおれのキャラじゃないけど、貰ってばかりで愛想をつかれたら嫌だ。柊夜くんは他者に無条件の親切を与えられるような人だが、おれはそんなもの信じていない。
柊夜くんは「んー」と空を向いて考えてから、
「今日、愛瀬が楽しんでくれたら嬉しいかな」
とおれに笑顔を見せた。眩しい。目も脳も心臓も、全身が焼かれる。「なんでも」と言われても彼ならどうせ些細なお願いしかしないだろうとは想定していたのだが、これは。
「ポエマー彼氏みたいな台詞っすね~」
動悸を誤魔化すようにヘラヘラ笑いを貼り付けて茶化した。先程から、今日の柊夜くんはとんでもない発言ばかりする。おれの心臓がそのうち止まる。
「え!?」
柊夜くんは目を丸くしていた。驚きがありありと伝わってきて面白い。
「柊夜くんがもしも誰かと付き合ったら甘々なことばっか言って相手を引かせてそうっすー」
揶揄いながらその姿を思い浮かべてしまい、少し胸が痛くなる。馬鹿げている。誰のものにもならないで、ずっとこのままでいて。
「そんなおかしかったか?」
柊夜くんは珍しく赤くなっていた。その照れた表情によって、優越感がじわじわ身体に広がっていく。
「だって、気持ちは素直に言葉にしようって、マジカルバターに学んだから」
きまり悪そうに零す柊夜くん。いつもより小さく見える。可愛い。今の話で、さっきのは本心からの台詞だということになる。つまり彼はすごい発言を重ねているだけだった。
「じゃあ、おれが楽しめるように手伝ってくださいね」
おれは自然な動作になるよう意識して、柊夜くんの左腕に自分の腕を絡ませた。
「おい、それ」
「人がいっぱいいる場所は怖いので、引っ付いてたほうが安心します〜。今日は禁止ルール無しでも良いっすよねー?」
首を傾げ、なるべく自分の毒を隠して無害そうな表情になるよう心がけた。やっていると急にもう一人の自分が出てきて恥ずかしくなってくる。でも、惚れさせる作戦にお出掛けを利用するって決めてたんだから。滑稽でも醜くても折れずに挑まないと。
「ずっと我慢してた?」
柊夜くんは大人っぽく微笑むと、「やっぱオレは間違ってたな」と静かに呟いた。
「柊夜くん?」
「なんでもない!」
柊夜くんは太陽のようなきらきら笑顔に切り替わる。何か隠された。一体何を?
でも次に「たくさん頼れよ」と宣言したのを聞いて、まあ良いかと思った。柊夜くんは元より何を考えているか理解できないところがある。せっかく言質を取ったんだから、存分に甘えてやろう。
「今日に限らず、ずっとこうやって頼っていいから。禁止とかやめようぜ」
おれが意気込んでいたところに、柊夜くんはあっさりそんなことを言ってきた。それは前から望んでいたはずなのに、いざ許されると動揺する。どういう心境の変化があったんだ。
「こんなだと将来困るとか恥ずかしいとか言い出したのは柊夜くんじゃないっすか」
口にしてみると、改めて柊夜くんが親みたいすぎてびっくりする。同い年の友人____同い年はともかく、本当に友人でいいのだろうか____なはずなのに。おれの声は震えていた。
「愛瀬に無理させてたかもって反省したんだ。それで体裁だけ整えたって、本質的には何も得られていないからな」
見捨てられる。おれの成長を促そうとしていたくせに、それをいきなり取りやめるなんて、おれに期待するのをやめたってことじゃないか。あの日から空っぽになった自分の家が脳裏をよぎる。嫌だ。親に見限られても生きていられたのは、おれもあの人たちを愛していなかったからだ。だけど、柊夜くんがおれを諦めたら、おれはもう生きていけない。
「や、やめません。今日もちゃんとします」
「えっ」
おれは柊夜くんから離れた。距離をあけて座り直す。心臓がバクバクしている。靴の先を向いていても、柊夜くんがこちらをじっと見ているような視線を感じる。
「愛瀬がそれでいいなら、いいけど」
柊夜くんの視線がおれから逸れたのが分かった。
お互いそれきり無言になってしまい曇った空気を漂わせていると、真汐くんと水緒くんが戻ってきた。気まずさが減って、ほっとする。
「はあ、聞いてくださいよ。水緒くん、乗ってる最中は全然叫ばないし、終わってもピンピンしてるんですよ。格好良くないですか」
相変わらずの内容だが、真汐くんの顔色はすごく悪い。そして「気持ち悪い……」と呻いた。この子はジェットコースター苦手なのに乗ったんだ。きっとそれも水緒くんが好きってだけの理由で。おれとは違う。自分がしょうもない存在に思えてくる。
「真汐と遊ぶと、絶対にこういうことになるから嫌だったんだ」
水緒くんはそう言いながらも、普段よりいくらか柔らかい表情で真汐くんにペットボトルの水を渡していた。いいなあ、二人とも。おれからは上手く関係を築けているように見えた。おれは、どうしたら柊夜くんと。あ。結局、おれはどうなりたいんだろう。
甘やかされたいとか、世話を焼かれたいとか。それら全て、おれが親から得られなかったものの補償であって、おれが柊夜くんに望んでいたのは親代わりだったのかもしれない。だとしたらショックだ。柊夜くんの振る舞いが年長者ぶったものであるだけでなく、おれの側にもそんな欲望があったなら。おれは親が嫌いだ。自分の親に留まらず、概念ごと嫌いだった。柊夜くんをそんなものと同じにしたくない。
とはいえ、家族がグロテスクなんだからカップルも嫌いだ。おれは知らない同級生に告白されたことが人生で何回かあったが、全部断っていた。柊夜くん以外に興味がなくて、自分が彼の一番にはなりたくても、交際がしたいわけではなかった。
なら友人でありたいのかというのも、違っていた。おれは柊夜くんに無数にいる友人の一人でなく特別がいいし、おれにとっても自分の感情を友情に纏めるのは違和感があった。
それでも悲しいことに、こう悩んだっておれの一人相撲でしかないのだった。柊夜くんの意思を顧みずに自己の内面と向き合ったところで、そんなのは現実を置き去りにしていて価値がない。
「先輩たちはどこ行きたいですか」
真汐くんはゴクゴクと水を飲んだ。こちらを見ながらペットボトルのキャップを閉める。
「お二人も満喫してくださいね」
笑顔の真汐くんは、おれたちの間にある微妙な空気を察しているんだろうと思った。
「ごめんなさい」
「だからいいって。ジェットコースターなんていつでも乗れるからな。オレは本当に愛瀬と居たかったし」
柊夜くんは笑顔で強調した。おれを安心させられるように言い方を選んでいる。その優しさによって苦しさが増した。
「おれも柊夜くんに何かしたいっす」
「え?」
「優しさをもらうだけだと、死にそうになります」
おれは身を乗り出して柊夜くんに身体を寄せる。
「そんな深刻に考えなくても」
「何か頼んでください、なんでもするんで」
必死に迫るのはおれのキャラじゃないけど、貰ってばかりで愛想をつかれたら嫌だ。柊夜くんは他者に無条件の親切を与えられるような人だが、おれはそんなもの信じていない。
柊夜くんは「んー」と空を向いて考えてから、
「今日、愛瀬が楽しんでくれたら嬉しいかな」
とおれに笑顔を見せた。眩しい。目も脳も心臓も、全身が焼かれる。「なんでも」と言われても彼ならどうせ些細なお願いしかしないだろうとは想定していたのだが、これは。
「ポエマー彼氏みたいな台詞っすね~」
動悸を誤魔化すようにヘラヘラ笑いを貼り付けて茶化した。先程から、今日の柊夜くんはとんでもない発言ばかりする。おれの心臓がそのうち止まる。
「え!?」
柊夜くんは目を丸くしていた。驚きがありありと伝わってきて面白い。
「柊夜くんがもしも誰かと付き合ったら甘々なことばっか言って相手を引かせてそうっすー」
揶揄いながらその姿を思い浮かべてしまい、少し胸が痛くなる。馬鹿げている。誰のものにもならないで、ずっとこのままでいて。
「そんなおかしかったか?」
柊夜くんは珍しく赤くなっていた。その照れた表情によって、優越感がじわじわ身体に広がっていく。
「だって、気持ちは素直に言葉にしようって、マジカルバターに学んだから」
きまり悪そうに零す柊夜くん。いつもより小さく見える。可愛い。今の話で、さっきのは本心からの台詞だということになる。つまり彼はすごい発言を重ねているだけだった。
「じゃあ、おれが楽しめるように手伝ってくださいね」
おれは自然な動作になるよう意識して、柊夜くんの左腕に自分の腕を絡ませた。
「おい、それ」
「人がいっぱいいる場所は怖いので、引っ付いてたほうが安心します〜。今日は禁止ルール無しでも良いっすよねー?」
首を傾げ、なるべく自分の毒を隠して無害そうな表情になるよう心がけた。やっていると急にもう一人の自分が出てきて恥ずかしくなってくる。でも、惚れさせる作戦にお出掛けを利用するって決めてたんだから。滑稽でも醜くても折れずに挑まないと。
「ずっと我慢してた?」
柊夜くんは大人っぽく微笑むと、「やっぱオレは間違ってたな」と静かに呟いた。
「柊夜くん?」
「なんでもない!」
柊夜くんは太陽のようなきらきら笑顔に切り替わる。何か隠された。一体何を?
でも次に「たくさん頼れよ」と宣言したのを聞いて、まあ良いかと思った。柊夜くんは元より何を考えているか理解できないところがある。せっかく言質を取ったんだから、存分に甘えてやろう。
「今日に限らず、ずっとこうやって頼っていいから。禁止とかやめようぜ」
おれが意気込んでいたところに、柊夜くんはあっさりそんなことを言ってきた。それは前から望んでいたはずなのに、いざ許されると動揺する。どういう心境の変化があったんだ。
「こんなだと将来困るとか恥ずかしいとか言い出したのは柊夜くんじゃないっすか」
口にしてみると、改めて柊夜くんが親みたいすぎてびっくりする。同い年の友人____同い年はともかく、本当に友人でいいのだろうか____なはずなのに。おれの声は震えていた。
「愛瀬に無理させてたかもって反省したんだ。それで体裁だけ整えたって、本質的には何も得られていないからな」
見捨てられる。おれの成長を促そうとしていたくせに、それをいきなり取りやめるなんて、おれに期待するのをやめたってことじゃないか。あの日から空っぽになった自分の家が脳裏をよぎる。嫌だ。親に見限られても生きていられたのは、おれもあの人たちを愛していなかったからだ。だけど、柊夜くんがおれを諦めたら、おれはもう生きていけない。
「や、やめません。今日もちゃんとします」
「えっ」
おれは柊夜くんから離れた。距離をあけて座り直す。心臓がバクバクしている。靴の先を向いていても、柊夜くんがこちらをじっと見ているような視線を感じる。
「愛瀬がそれでいいなら、いいけど」
柊夜くんの視線がおれから逸れたのが分かった。
お互いそれきり無言になってしまい曇った空気を漂わせていると、真汐くんと水緒くんが戻ってきた。気まずさが減って、ほっとする。
「はあ、聞いてくださいよ。水緒くん、乗ってる最中は全然叫ばないし、終わってもピンピンしてるんですよ。格好良くないですか」
相変わらずの内容だが、真汐くんの顔色はすごく悪い。そして「気持ち悪い……」と呻いた。この子はジェットコースター苦手なのに乗ったんだ。きっとそれも水緒くんが好きってだけの理由で。おれとは違う。自分がしょうもない存在に思えてくる。
「真汐と遊ぶと、絶対にこういうことになるから嫌だったんだ」
水緒くんはそう言いながらも、普段よりいくらか柔らかい表情で真汐くんにペットボトルの水を渡していた。いいなあ、二人とも。おれからは上手く関係を築けているように見えた。おれは、どうしたら柊夜くんと。あ。結局、おれはどうなりたいんだろう。
甘やかされたいとか、世話を焼かれたいとか。それら全て、おれが親から得られなかったものの補償であって、おれが柊夜くんに望んでいたのは親代わりだったのかもしれない。だとしたらショックだ。柊夜くんの振る舞いが年長者ぶったものであるだけでなく、おれの側にもそんな欲望があったなら。おれは親が嫌いだ。自分の親に留まらず、概念ごと嫌いだった。柊夜くんをそんなものと同じにしたくない。
とはいえ、家族がグロテスクなんだからカップルも嫌いだ。おれは知らない同級生に告白されたことが人生で何回かあったが、全部断っていた。柊夜くん以外に興味がなくて、自分が彼の一番にはなりたくても、交際がしたいわけではなかった。
なら友人でありたいのかというのも、違っていた。おれは柊夜くんに無数にいる友人の一人でなく特別がいいし、おれにとっても自分の感情を友情に纏めるのは違和感があった。
それでも悲しいことに、こう悩んだっておれの一人相撲でしかないのだった。柊夜くんの意思を顧みずに自己の内面と向き合ったところで、そんなのは現実を置き去りにしていて価値がない。
「先輩たちはどこ行きたいですか」
真汐くんはゴクゴクと水を飲んだ。こちらを見ながらペットボトルのキャップを閉める。
「お二人も満喫してくださいね」
笑顔の真汐くんは、おれたちの間にある微妙な空気を察しているんだろうと思った。
