歪と信仰

 週末、おれたちは遊園地に来ていた。真汐くんの提案を、水緒くん云々の事情は伏せて柊夜くんに伝えると計画はスムーズに進み、水緒くんも真汐くんの狙い通り参加すると言ったのでちゃんと場には四人揃っている。
「水緒くんのアイス美味しそうだね、一口ちょうだい」
「は? お前もチョコ味選べば良かっただろ」
 入り口付近の売店で買ったアイスクリーム片手に、真汐くんは水緒くんに絡む。来たばかりなのにもうアクセル全開だ。
 柊夜くんを取られたくないから新入部員はいらないと思ってたけど、こんなにも水緒くん以外は眼中になさそうな真汐くんの姿を見せられると感謝したくなってくる。水緒くんも心配になるような言動をしないし。入部したのが二人みたいな人で良かった。別に入部希望者がゼロでもおれは構わないが柊夜くんはそれだと残念がるだろうから、これが最良の結果であったかのように思えた。
 おれはソフトクリームを食べる。遊園地は自分にとって無縁の場所だったから景色に現実感がない。夢のようだった。それでも舌に伝わる甘さははっきりあった。
「ねえ、トルコアイスってどんな味なんすか」
 柊夜くんはワゴンで買ったトルコアイスを食べていた。あれを注文できるのはすごい。そして、今日の柊夜くんは私服姿で新鮮に格好良かった。制服でないことによって、彼個人の領域に以前より近付けたと錯覚する。
「おいしいよ」
「おれも一口欲しいな〜……」
 後輩二人のいちゃつく姿を横目で見ながら柊夜くんにアピールしてみた。水緒くんは何だかんだ言いつつ、真汐くんに自分のアイスをスプーンで食べさせていた。羨ましい。
「愛瀬、垂れそうになってる」
 柊夜くんはおれの手元を指さす。一口欲しい発言はスルーされてしまった。確かにソフトクリームが溶けて危ない感じになっていて慌てる。おれがあたふたしているうちに柊夜くんはアイスを一気に食べた。柊夜くんの口にコーンが消えてしまったのを残念に思う。
「うあー、手がべたべたっす」
 結局おれは食べるのが下手くそで、溶けたソフトクリームで手を汚してしまった。それに気を取られている間にも残りのソフトクリームはどんどん溶けていく。
「あーあ」
 柊夜くんの声は柔らかくて優しかった。ポケットティッシュを取り出して甲斐甲斐しくおれの手を拭いてくれる。あ、今世話焼かれてる。こちらから何か仕掛けたわけではないので不意打ちの嬉しさだった。
「オレ、また余計なことしたか?」
 コーンの巻き紙と使ったティッシュをゴミ箱に捨てて戻ってくると柊夜くんは遠慮がちに尋ねてきた。
「え?」
「つい身体が動いてたけど、ああいうのも愛瀬はプライドが傷つけられて嫌なのかなって」
 たぶん「子供扱いするな」とおれに言われたのを後から思い出したんだろう。変に気を遣う人だ。あの台詞、本心じゃないし。おれは全く気にしていないが、本当にプライドを傷つけたとして、それをわざわざ口に出して指摘したら余計にその人の神経を逆撫ですると思う。デリカシーが無い。このような不完全さを見つけるとまた嬉しくなる。
「柊夜くんの優しさを、ちゃんと優しさとして受け取ってますよ」
「そっか」
 柊夜くんは一瞬笑ってから、ふいに表情を微妙なものに変えた。悲しさの匂いがあり、おれの目を見つめながら、おれの向こう側を眺めているように感じられた。
「オレが愛瀬に色々禁止したのも優しさなんだけどな」
 そんな顔ずるいよ。おれが悪人みたいじゃん。いや、実際悪人だと思うけどさ。柊夜くんはずっとヒーローで、昔のおれはヒーローに助けられる市民だった。それが今のおれは悪役に成った。おれはいつか倒されるべき存在。しかし将来そうなったとして、柊夜くんに倒されるのならそれがおれにとって幸福だと信じている。
 禁止が、おれを嫌いだとか酷いことをしてやりたいという意識の下行われる行為でないことは、そんなことする人じゃないってことは頭で考えれば分かる。でも。
「あんたがおれにくれるものは、全て優しさなんでしょう」
 愛が背景にあるわけでもない。ただそこには潔白な優しさがあるだけで、おれは日々それに一喜一憂させられる愚か者だ。
「そんなことない。オレは何回も間違ってる」
 どうしてそんなことを言うのだろう。柊夜くんはずっと正しいですよと素直に返じたところで、それがたとえ尊敬から生まれる言葉であっても、今の困っていそうな彼にとっては追撃にしか作用しないことは明白なので、おれはもう黙ることにした。
「ジェットコースター乗りましょう」
 真汐くんが呼びかけて、なんとなく堅くなった空気に適当な裂け目が入った。
「いいね」
 柊夜くんはすぐ人の良い笑顔に切り替わる。おれはこの顔が好きだ。この世の全員に平等な笑顔を向ける彼の美しさだった。
「絶叫系は皆大丈夫なのか?」
 柊夜くんが確認する。こうやって気が回るところも好きだった。
「無理っす」
 無理も何も、遊園地に来たことがないから、自分が絶叫系アトラクションが得意なのかどうかは当然知らない。ただ単に、そう言った場合に柊夜くんはどう動くのだろうということへの興味があるだけだった。優しくて正しい柊夜くんがここで取る対応を見てみたいという関心だ。おれはどうしても性格が悪い。
「じゃあ二人が乗ってる間はオレと待ってよう」
「え」
 柊夜くんは自分の楽しさを犠牲にして人に優しくできるんだ。おれは動揺してしまう。こういう返事は求めていなかった。かといって何か他に求めていたわけでもなく、思慮に欠けた純な興味があっただけだ。煌めきに胸を焦がされそうになる。柊夜くんの善性を前にして、おれは試すような真似をしたことを恥じた。
「乗らなくてもいい」
 水緒くんがぼそりと呟く。相変わらずの無表情で声のトーンが一定だった。
「水緒くん本当はこういう施設に来たら絶叫系マシンは何周も乗って分析するくらい好きなのに。優しいね、大好き」
「なんで知ってるわけ」
 真汐くんはやたらにべらべら解説した。だが、好きな人への抑えられない感情を処理しようとしてそうなるのは正直分かる。真汐くんのように好意をストレートに表現したりはできないけど。
「別に気にしなくていいぞ。二人のしたいことをしてくれたほうが嬉しいから」
 柊夜くんは苦笑している。なんで、この人はさらっとすごい発言をするんだろう。人の喜びを喜べるなんて。本当に神様だ。
「柊夜くんも乗ればいいじゃないっすか〜」
 元はといえば、おれのつまらない好奇心のせいだ。もう十分見たいものが見れたし、柊夜くんの楽しみをいたずらに奪うことは望まない。
「愛瀬を一人にさせられない」
 ぶっ倒れそうだった。本人には絶対そんなつもりないのに、言い方のせいで王子様の台詞みたいになってしまっている。あり得ない。
「こういうのは腐敗して駄目になる前に有り難く頂くのが吉ですよ」
 真汐くんはおれに微笑み、水緒くんの腕を引っ張って行ってしまった。