歪と信仰

愛瀬(まなせ)! 今日も新入生を勧誘するぞ!」
 朝、おれの家の前で顔を合わせるなり柊夜(しゅうや)くんは大声で宣言した。健康的な笑顔が眩しい。今日も世界一輝いている、ううん、この世界で煌めいているのは柊夜くんだけだ。おれのゴミみたいな人生で柊夜くんだけが唯一価値を持っていて光を放っている。小学生の頃に出会ってからずっと、おれのヒーロー。
「ふわーあ、やる気満々っすねえ」
 おれはいかにも気怠そうに欠伸をする。毎朝おれの家のチャイムを鳴らして一緒に登校してくれるのが嬉しいとか、二年生に進級しても同じクラスで良かったとか、そういう気持ちが伝わらないように。だって昔からの長い付き合いだから、そういう反応を今更したら不自然だ。好きって伝えるよりも昔と変わらず今のまま二人でいられることのほうがずっと大事なんだから。
「愛瀬ももっと意欲を持てよ、このままだと魔法研究パソコン部はオレたち二人だけになるぞ」
 柊夜くんはおれより少し前を歩きながら拳を握った。柊夜くんの言う通り、三年生は卒業し、おれたちの一個上の学年は元々いなかったため、つい先日二年生に進級したおれたち二人しか部員は残されていなかった。
「勧誘を頑張ったところで、魔法研究パソコン部なんて入りたい人いないっすよー」
 のんびり柊夜くんの後ろを歩く。柊夜くんはおれより背が低いけど、堂々とした背中はなんだか大きく見える。部長になったこともあって、前より一段と背筋がしゃっきり伸びている気がする。
 魔法研究パソコン部。魔法オタクが週に一度コンピューター室に集まって適当に駄弁ったりネットサーフィンしたりするだけのゆるい部活だ。おれたちの高校にあったパソコン部はいつの間にか形を変えてしまっていたらしい。おれが入学した時には既にこうだった。ちなみに、おれは魔法オタクでもなんでもない。柊夜くんと同じ部活に入りたかっただけで、珍妙な名前の部活だし本気でパソコンをやりたい人が不憫だと思っている。一応、去年の三年生にも魔法には興味がないパソコン目的の先輩はいたし、共存は図られているのだが。それでも間違いなく魔法要素が邪魔をして入部を躊躇う人はいるだろう。
「それに、別に二人っきりでも良くないっすか〜? 部長は部員がおれだけじゃ不満なんですかー」
 冗談ですよという体でわざと不真面目そうな気の抜けた声で話す。柊夜くんと二人きりの部活で良いと思っているのは本心だ。うちの部に新入生が一人も入って来ませんようにと祈っている。だけどその重さを相手に感じ取らせないように気を配った。まあ、おれがどれだけ苦労して内面を隠そうが柊夜くんは鈍感だから関係ないかもしれない。
「部室に愛瀬だけなんてあんまりだろ」
 おれに対して柊夜くんは真剣にツッコんだ。がっかりする。あーあ、そうですか。おれは柊夜くんさえいれば幸せなのに、柊夜くんはそうじゃないんだね。分かってましたよ、昔からずっとそうだもんね。おれの友達はいつだって柊夜くんだけだけど、柊夜くんは色々な人に話しかけて親切にして、仲良くなってしまうんだ。そのせいで、おれはずっと苦しめられている。柊夜くんはおれの苦しみなんて知らないで眩しい笑顔を振りまいている。そんな柊夜くんが憎くて、世界一大好きだ。
「とにかくチラシ配り手伝えよ。愛瀬は適当に立ってるだけでも広告効果ありそうだし」
「どういう意味ですか」
「綺麗なお兄さんがいるって新入生を釣れそうだろ」
 柊夜くんはさらっとそんな発言をする。おれは微妙な気持ちになった。褒め言葉だけど柊夜くんの口から聞くのはなんか違う。そう言っておれの外見を褒めるのはいつも他人で、柊夜くんもそういう他者の評価を借りただけに過ぎない。柊夜くんがちゃんとおれに向き合って生まれた言葉じゃない。大体、おれが「綺麗なお兄さん」じゃないのは柊夜くんが一番よく知ってるはずだ。どちらかと言えば、いっつも兄貴面するのは柊夜くんのほうじゃん。
「昨日も愛瀬の所には自分からチラシ貰いに来た子たちが沢山いたし。一年生以外も混じってただろあれ」
「途中から入部する人とかいるのかもしれませんねー」
 もやもやを振り払おうと相槌を打つ。昨日チラシ配りをしていた時、おれは人に声をかけるなんてハードルが高すぎてできなかったけど、向こうからわざわざ受け取りに来てくれたりしてびびっていた。新入生が来ないように祈っていたが同学年にも入部希望者がいるかもしれないのは盲点だった。本気で誰も来ないでほしい。
「お前の顔ファンだよあれ」
「柊夜くんもおれのこと綺麗だって思います?」
 意識して冗談っぽく笑う。柊夜くんは首を捻った。
「考えたことない」
 なんだよそれ、ふざけてんのか。柊夜くんもおれを誉めてよ。誉めないなら、せめて白黒はっきりしろ。
「事実として愛瀬が他人からそういう扱いされてるのは認識してるから、ああ言ってみたけど。オレの意見として誰かの顔面ついて言及するのはな。というか、愛瀬を説得しようという気持ちが先行して思慮に欠けていた。他者からの引用だからといってオレのポリシーに反さない訳ではない」
 ぶつぶつと柊夜くんは考え込んでいる。その様子を見ていると、おれの苛立ちは引いていった。柊夜くんのこういう真面目な所が好きだからだ。彼はいつも潔癖な価値観で生きようとしている。絶えず善く在ろうとしていて、それが眩しくて好ましかった。
「な、手伝ってくれよ。チラシ大量に用意したからさ」
 柊夜くんがこちらを向いた。おれの目をじっと見つめてくる。柊夜くんが、おれにお願いしてる。胸の奥から何かが溢れてたまらない気持ちになった。
「んー、いいっすよ」
 あまり乗り気じゃなさそうに聞こえるように返事する。本当は柊夜くんの頼みならなんでもしたくて仕方がない。
「部員百万人目指そうぜ!」
 柊夜くんは調子の良いことを言っている。おれの望みとは正反対で苦笑いした。