僕がこの不良とまぐわいをしないと、どうやら村に災いが訪れるようです

「正解は、ファッションショーに出演したヨバワリ様が、華麗なウォーキングを披露する場面でした!」
「えーっ!」

 後日、祀られた岩に描かれたヨバワリ様の逸話について、清白神社の社務所にて答え合わせが行われた。ところが神主の浅野に告げられた正解は、想像を遙かに超えるものだった。

「全然そんなふうに見えなかったですけど……」

 ずんぐりむっくりしたヨバワリ様が岩のあちこちに点在する絵物語の、どこかにファッションショーの息吹が感じ取れる要素はあっただろうか。太一は首をひねる。

「あらら、そうだった? こう、ヨバワリ様が歩いていて、途中くるっとまわっているところが描かれてなかった?」
「どの部分のことなのかわからないですし、ていうか、ファッションショーってなんですか!? 昔の話ですよね!?」

 話の出所があやしすぎる。あの岩の絵自体、神主が勝手に描いたものなのかもしれないとさえ思えてくる。

「ファッションショーっていうのは、わかりやすくするための言い換えだけれどね。巻物にちゃんと、衣換えの儀を行った記録があるんだよん」

 ヨバワリ様のファッションショーは、村の反物産業や周囲との交易の発展につながり、村を大層栄えさせたのだとか。たしかに、清涼な川の流れる明くる野村では、江戸時代ころまでは生糸産業や反物作りが盛んに行われていたと、小学校のときに習ったことがある。等身大人形を使った養蚕の様子や機織り機が展示されている、村の民芸館にも見学に行った。が、栄えていたにしては現状、過疎化が進むなかを観光産業が支えている有様なので、本当にそんな輝かしい時代があったのかは眉唾ものだ。

「ファッション事業で村を潤してあげようっていうヨバワリ様の計らいだね。それと、ヨバワリ様は女神様だから。お洒落に敏感なのよ」
「ヨバワリ様って女性だったんですか……!?」

 太一は愕然とした。竜二も同じく目を剝いている。人のまぐわいをのぞきたがる、ふくろうに似た姿の女神様。設定がニッチすぎる。
 嫁を取る取らないの話から、てっきり男の神様だと思っていた。しかし真相を知ると、その逸話がまた違った意味にも捉えられてくる。女との結婚に興味のない、女の神様だったのだ。女よりは男のほうが好みかと、もしかしたら婿候補がいて、そちらも同じように結婚の申し出をことわられていたのかもしれないけれど。

「竜二くん、なんて書いた?」

 竜二が折り畳んで机に置いてあった白い紙を開く。不正を行わないよう、あらかじめ予想する答えをそれぞれ紙に書いて、机に置いておいたのだ。

「ヨバワリ様が村に侵入した泥棒を撃退する話。太一は?」

 太一も紙を開いて読み上げる。

「ヨバワリ様が日照りの村に雨を降らせる話」

 どちらも正解をはずしている。産業の活性化もたしかに大事な話ではあるものの、わざわざ岩に刻みつけてまで記録を残すのなら普通は、山賊に襲われるとか、災害が起こるとかで、ピンチにみまわれた村をヨバワリ様が華麗に救ったエピソードを持ってくるものじゃないのか。

 竜二の回答は、不法投棄者撃退の記憶にかなり印象を引っ張られているみたいだ。一方、太一の回答は、神話でよくあるのはこういう、気象と絡めた天変地異路線ではないかと、統計的にずる賢く当てに行く戦法だった。

 不法投棄者たちは、現場から逃亡して数日ののちに、警察に逮捕されたと聞いている。竜二の情報を元に捜査が続けられた成果だ。竜二を刺してあわてて逃げ出した男たちは、子どもに重症を負わせたのではないかと戦々恐々としていたのだろう。急所に当たっていなかったことを警察から知らされて、刺した男はへなへなと腰を抜かしていたそうだ。

「あの絵に雨の要素はなかっただろー」
「竜二くんこそ。泥棒みたいな絵なんて描いてなかったよ」
「浅野さん、どちらかといえばどっちが正解に近いっすか?」
「そうだねえ……」

 互いの洞察を否定しあうばかりで折り合いがつかず、竜二は神主に判定を求める。

「村を経済的に潤したという意味では、雨乞いをした太一くんのエピソードのほうが近いのかなあ……」
「やったあ……!」

 太一は両手で握りこぶしを作る。かなり苦し紛れな審査基準だが、判定は下った。

「くそー。全然納得がいかん」

 竜二は不本意そうに目を細めて不満を漏らす。

「まぐわいのチャンスが……」
「まぐわい?」

 うなだれる竜二の言葉を耳ざとく聞きつけて、神主が首をかしげる。

「あっ、なんでもないです」

 太一はあわててごまかすと、竜二の肩を叩いて急かして立ち上がらせた。

「ほら、行くよ竜二くん」

 竜二を急かし、なにか余計なことを言い出すまえに、社務所から引き上げた。



 神社からの帰り道、あぜ道をゆっくりと歩く。

「僕が勝ったから、お願いごとはなににしてもらおうかなあ」
「ちきしょ」

 竜二は笑いながら、ふざけて太一の頭を小突くふりをする。

「じゃあさ。竜二くんにまぐわいしてもらおうかな」
「だれとよ?」
「僕と」

 竜二がわかりやすく表情を変えて、足を止めた。

「なんで」

 竜二自身の意志でしたいとお誘いを受けたあのときは、逆に太一が「どうして」と問う側だった。もう村に災いは降りかからなくなり、だからまぐわいをする義務はなくなった。なのにどうしてまた、僕なんかとしたいのか、と。

「なんでって、したいから」

 そのときに竜二からもたらされた言葉を、太一は鸚鵡返しにして答える。

「誤解してほしくないんだけど、僕の一番はやっぱり二次元です」
「うん」

 それは竜二もよくわかっていることだろう。――ヨバワリ様にまぐわいを捧げたあの晩、太一の体の男の部分は、一向に反応しなかったのだから。

 これまで、二次元にしか萌えないと吹聴していたのは冗談でもなんでもなくて、太一はやっぱり僕ってどこか、頭の配線が人と違っているのかもしれないなあと実感を強めることになったし、竜二は竜二で、太一が二次元にしか萌えないと主張するのは強がりでもなんでもなくて、しっかりと身体的反応を伴う事実だったのだと現実を目の当たりにすることになったのだった。

「体は反応しなくても、竜二くんのことは好きだと思うよ。だから竜二くんが僕を好きだと思って、まぐわいをしたいと思ってくれているのなら、その気持ちに応えたい。僕も、竜二くんのぬくもりを感じたい」

 竜二のぬくもりを感じたい。

 それは性欲とか恋愛感情とは、まるでべつのものだ。家族愛とも少し違う。友情の延長にある、相手のことを少し特別に思う気持ちが一番近い気がする。一般的な恋愛感情とは違うものでも、相手のことを愛おしく思う気持ちには変わらない。

 だったら、自分が竜二に向ける気持ちはそれでいいのだと太一は思った。

 人間のことを、性愛という括りで好きになれなくてもいい。それでもだれかに愛おしい気持ちを向けることはできて、相手からも似たような、愛おしい気持ちを受け取ることはできる。それを太一は望んでいる。そういう気持ちを向けるのも、だれでもいいわけではなくて、竜二だからこそいいのだと思った。

「そしたら、場所どうすんか」
「家じゃないところか……。男同士だとホテルもだめなんだよね?」
「お」
「どっか思いついた?」
「そとですりゃあよくね? ヨバワリ様の岩があるところらへんなんて、だれも来ねえし」
「ば、馬鹿じゃないの⁉」

 家もだめ。かといって宿泊施設も厳しい。だったらそとでもよくないか、という発想がおおらかすぎる。やっぱり竜二は馬鹿だと思った。



 明くる野村に春が到来した。
 あたたかくなってくると、自然散策に訪れる人の数が増えてくる。地元の飲食店は観光需要で潤いはじめる。登山道や川へと向かう遊歩道で、リュックを背負った人たちの姿をよく見かけるようになった。

「たいっちゃん、聞いてくれ」

 ある日の下校途中、太一は一緒に帰っていた竜二から報告を受けた。

「俺、卒業できることになった」
「本当?」

 このまま社会に解き放つには危険すぎる獣を、ひとまずは高校で飼っておく作戦のはずが……。一体、どういう風の吹きまわしなんだろう、といきさつに興味を惹かれる太一だった。

「不法投棄者をつかまえた働きが評価されてよ。とりあえず最低限の登校日数を守って、課題全部出して、ほかに問題起こさなかったらいいってことになった」
「そうなんだ。よかったね」
「おう」

 風が通り、田んぼのあぜ道の草木をゆらして、ふくよかな緑のにおいを運んできた。

「がんばってるたいっちゃんを見習ってよ。卒業くらいはしないとだめだべ」
「卒業したらどうするの?」
「とりあえず金貯めるかな」
「就職するの?」
「いや、まずはバイトで。一回就職したら、合ってねえなと思ってもなかなか辞めらんなくなるしよ」

 馬鹿なりに考えることはあるらしい。ふわふわと飛びながら目のまえを行き過ぎるモンシロチョウを、なぜか竜二は指でつまんで仕留めようとしていた。指挟みを、蝶には鮮やかにかわされていた。

「たいっちゃんはどうなの? 受験」
「このまま気を抜かずにいけば、第一志望も大丈夫っぽいって、塾の個人面談で言われた」
「えっ、たいっちゃんって、もしかして賢い?」
「いままで真面目に勉強してたからね。ていうか、学年でいつも成績順の五番目以内には入ってるけど。学校に貼られてるの見たことない?」
「マジで? 知らんかった」

 村に高校はない。明くる野村の高校生は、みんな電車で数駅先の同じ高校に通っている。同学年が百人くらいいるなかの五番目以内は、そこそこすごいことなのではないかと太一は自負しているが、やっぱり興味のないことには、とことん興味のない竜二だった。

「竜二くんも受験、するだけしてみたら?」
「いやー、俺はいいわ。まずどこも受かる気がせん」
「そっか。じゃあ、いつか気が向いたらかな」
「おう」

 この先、竜二との関係はどうなるんだろう。つきあっているのか、いないのかの境目も曖昧で、あえて言葉にしてたしかめたこともない。

 ときおり、二人でまぐわいは続けている。場所は結局譲歩して、竜二の家ですることで落ち着いていた。太一の家の人たちに知られるのは気まずすぎるので、自宅でのまぐわいは絶対拒否の姿勢だった。太一の部屋を遠慮なく捜索しては、けったいなアニメキャラのグッズを発見しては面妖がる好奇心旺盛なじっちゃんなど、男同士のまぐわいに興味を示し、のぞきに来る可能性だってある。

 竜二はもう、太一にそういう意味で興味がないだろうかと疑問に思うこともあるが、いつもしっかりと体は反応して、また最中も実に楽しそうな顔をして、太一のことを愛おしそうな顔つきで見つめてくる。その愛おしそうな顔つきは、普段の馬鹿竜二は絶対に見せない顔だ。

 どうやら竜二は、ちゃんと性愛を織り混ぜて太一のことが好きなようだ。竜二が自分を好きでいるうちは、あえて言葉にして関係性をたしかめたり、言葉にできない関係を続けていていいのかと、あせる必要はないかと思う太一だった。二次元が好きなのに、三次元の人間でもつながりたい人がいる。でも、三次元の人に対する気持ちの根底に性欲はない。そういういう言葉には表しがたい、変な感情を抱える自分のことも含めて、あえて言葉にしないことで、言語化ができない関係もあるのだと認めていたかった。

「お、マリブ―!」

 あぜ道を散歩していた明海と真海と行き合った。竜二が手を振ると、父親に気づいた真海は小さな靴を履いた短い足をせわしなく動かして、小走りに駆けてくる。高速のよちよち歩きをする真海の姿は可愛かった。

「いま学校の帰りなん?」

 追いついてきた明海が、太一に向かって笑いかける。
 去年の夏は金と黒の明暗が強いプリンヘアー、秋になると少しましになってレッサーパンダの尻尾のまだらヘアーと変遷してきた明海の髪色は、春になると全体が均一な栗色に染めなおされて、ようやく整った印象となっていた。

「うん、帰り。真海くんは散歩中?」
「そう。あ、真海ねえ、来月から託児所行くことになったんよ。隣町にあずかり場所が見つかって」

 太一と、子どもを抱き上げた竜二の二人に向かい、明海は新情報を報告する。その話は竜二も初耳だったようだ。

「そうなん? 真海、いままで保育園もなんも行ってなかったからな。最初は人見知りするんじゃねえの?」
「うん。最初はあずけ時間を短くして、少しずつ慣れさせて行くんだって。私もネイリストの資格取りたいから、がんばるわ」
「明海さん、ネイリストになるんですか」
「うん。資格取ったら、サロンで働けるから。よく駅ビルの上のほうにネイルのお店が入ってるでしょう? ああいうところ」
「そんなのあるんですか?」

 駅ビルの上のほうといえば、飲食店街の印象しかない太一だった。

「そうかー。がんばってな。なんか大変なことあったら言えよ。俺、真海のこと見てるから」
「うん、あんがと」

 みんな、それぞれの道に向かって少しずつ、進みはじめている。
 卒業したら明海と籍を入れると義務感に駆られていた竜二だが、このごろはその気持ちも消失したようだった。とはいえ完全に消えたわけではなく、たぶんいまでも明海から本気で請われれば、いつでも入籍して一緒に真海を育てる覚悟はあるのだろうが、なによりも明海がそれを望んでいない。真海の託児所通いを、このときまで竜二に個別に相談していなかったのがいい証拠だ。自分と真海の生活には竜二を巻き込まず、でも近くで見守り、必要なときに差しのべる手は拒絶しない距離感を保ったまま、この先もゆるやかな家族としてつながっていくのだろう。

 世間的に見れば、変わった関係の家族なのかもしれない。でも、お互いにその関係の居心地がよければ大きな問題ではないと太一は思う。世間一般の常識には当てはまらないかもしれない関係でも、相手が望む形で、互いに相手を思いやる気持ちはたしかに存在して、それは紛れもない愛情だからだ。

「またうちにご飯食べにおいで」
「そうします。明海さん、ありがとう」

 田んぼの脇道に入っていった真海のあとを追いかけながら、明海が振り返り、太一たちに手を振る。

「あ」

 自宅方面へと歩きながら、また竜二がなにか思いついたらしい。

「夏祭りでヨバワリ様の人形焼き作って、売ろうかな」
「なにそれ」

 例大祭は五年に一度の大きな祭りだが、毎年、小規模な夏祭りは開催されるのだ。

「いや、あんなおもしれぇ神様がいるんだったら、もっと推したほうがよくね?」
「村おこし? まあ、たしかにね。見た目はけっこう可愛いし」

 例大祭の社番に選ばれなければ太一も、ヨバワリ様のことをこんなにも詳しく知ることはなかっただろう。一体村人の何人が、ヨバワリ様が女神様だと知っていることだろう。それ以前にふくろうみたいな姿が、どこまで知られているのかもあやしい。

「よし、ほかにもグッズにできそうなやつ考えるか」

 竜二は商売っ気を発揮して、顔をてらてらとさせている。ひとまずは興味を惹かれることが出てきてなによりだ。竜二は犯罪に手を染めることなく、このまま無事に卒業できそうな兆しを見せた。

 太一は遠い、山のほうを振り仰ぐ。ヨバワリ様の社がある山中に視線を送った。
 ヨバワリ様、ありがとう。ほとんど事故みたいないきさつで社番に選ばれて、最初は愕然としたけれど、あの夏がなければ竜二とも知り合うことはなかったし、だれかを好きだと思う気持ちを芽生えさせることもなかった。

 例大祭でヨバワリ様がまぐわいを求めるのは、ヨバワリ様が窃視癖のある変態――だからではなく、一人でも多くの人に、だれかとつながり慈しみあうことを、知ってほしいからなのかもしれないといまでは思う。

「夏祭りの人形焼き、本当にやるなら僕も手伝うよ」
「え、いいの? たいっちゃん、夏は忙しいんだろ」
「その日くらいは特別。ヨバワリ様を知ってもらおうキャンペーンに協力する」

 竜二は白い歯が見せるまで口の端を引き上げて、嬉しそうな笑顔を見せた。

<了>