僕がこの不良とまぐわいをしないと、どうやら村に災いが訪れるようです

 場所を貸してほしいと竜二が事情を話すと、ようやく災いの成就を防ぐ気になってくれたかと、神主は小躍りせんばかりによろこんでいたらしい。というより、実際に小躍りしていたそうだ。

「なんか、やばい草食ったあとみたいな独り言を言いながら、けんけんぱみたいな変な動きしてた」
「想像できるなあ……」

 ヨバワリ様に捧げる喜びの舞だったのかもしれない。

「とりあえず話つけて、今週の土日に神社明けてくれることになったから」
「わかった」
「ちょっと早いけど、六時まえには神社に来てくれってさ」
「オッケー」

 竜二は神主と話をした帰りに太一の家に立ち寄り、式次第を告げていく。

「とりあえず、必要なもんはこっちで準備しとくから」
「うん」

 まぐわいの準備が着々と整えられていく。あとは、外泊することを親になんと言おうか。太一は考えあぐねる。神社には泊まるが、相手のことはごまかしておこう、というところで結論に達した。

 土曜日の夜、少し早めに夕飯をもらってから、太一は自転車を漕いで神社へと向かった。 十月も後半に突入すると、すっかり陽が落ちるのが早くなった。まだ六時なのに、あたりは村人が寝静まった夜の底みたいな様相だった。

 神社には、本殿にほの明かりが灯っていた。その光のぬくもりを見つけて、暗がりを進んできた太一はほっとする。

「おお、太一くん」

 本殿では、正装をした神主が竜二とともに待っていた。

「ちょっと祝詞を唱えたら、おじさんはすぐに消えるからね」

 そう宣言し、神主は祓い串をかまえる。

「浅野さんが、やるまえにヨバワリ様に祈ってお知らせしとこうって」
「うう……いまからやります宣言されるってこと……?」

 気まずい思いで瞑目しつつも、太一は竜二の隣に正座をする。
 ふぁさっ、ふぁさっと、祓い串の紙が擦れ合い、場が清められていく音がする。
 祭壇に向かって一礼をすると神主は、祝詞を上げはじめた。
 ひらがなの、文字の端と端が連なって、ばらばらの言葉がひとつの大きな輪っかになる。古めかしい言葉ばかりで、なにを話しているのかはわからなかった。

「明くる野村の川崎竜二。一ノ瀬太一」
 ああ、ここだけは言っていることがわかる。 七五三のときに、清白神社でお祓いをしてもらったときのことを太一は思い出していた。そのときも、神主がなにを言っているのかは聞き取れなかったけれど、どこどこに棲んでいるだれそれ、と住所と名前を読み上げるところだけはわかったのだ。神主はきっと、ヨバワリ様に二人を紹介してくれているのに違いない。

 最後に静かに、深く一礼して、祝詞の詠唱は完了した。

「はいっ! じゃああとはごゆっくりね」

 やけに自己主張をするラブホテルの受付みたいなことを言いながら、神主は正装のまま本殿から出ていった。しばらくするとぶおん、と軽トラックのエンジン音がして、神主の運転する車は走り去った。

 清白神社には太一と竜二、二人だけだ。

「明かり、ここだけつけとくな。消すと本当に真っ暗になるから」
「あ……うん……」

 竜二は天井のLEDだけ照明を落として、電子ぼんぼりの光は消さないでおいた。そうして本殿の扉をぴっちりと閉め切る。

 祭壇と、寝具の敷かれた空間に、移動できる衝立を置く。ご神体を祀る神聖な祭壇から直接見えないように、けれどもヨバワリ様がのぞき見はできるようにするという配慮だ。

「じゃ、やろか」

 寝巻きのスウェット姿の竜二は、並べて敷かれた布団の一枚にさっさと入る。
 あれ、どうしよう。
 緊張して体が動かない。足がすくむとはこういうことを言うんだな、と太一は自らの体で実感していた。竜二のほうに向かわなければと思うのに、体育座りのまま足が床にくっついてしまったみたいだ。

「たいっちゃん」

 笑い混じりの声で竜二が太一の名を呼び、布団から出てくる。太一の近くにやってきて、顔をのぞきこんだ。

「どったの。……緊張してんの?」
「うん……。なんか、神主さんがいなくなったあとから急に、緊張してきちゃって」
「そっか」

 竜二は太一と向かい合っていたところから、並んで座り、祭壇のほうに体を向ける。

「ヨバワリさん。これからたいっちゃんとまぐわいするんで、よく見ててください。そんで見たらどうか、村に災いがこないようにしてください」

 どうして二人が今宵、本殿で夜を明かすのか。これからなにをしようとしているのか。その理由を太一に向かって語りかけ、また自分自身もまた決意をあらたにしているかのように、竜二は祭壇に向かい宣言する。

「ヨバワリさん。たいっちゃんは優しい人です。村に災いがあっちゃならねえからって、俺とまぐわいをしてくれるんです。俺、優しいたいっちゃんが痛がったり、こわがったりしないようにがんばるから。だから安心して、見ててください」

 あぐらをかいたまま、竜二は衝立越しの祭壇に向かい、頭を下げた。

「おいで」

 優しい声でそう誘い、竜二は太一の手を引いて立ち上がらせる。
 先ほどまでは足が床に貼りつき取れなかったのに。手を引かれると、不思議とすっと立ち上がることができた。
 竜二と同じ側の布団に入った。まだシーツや掛け布団が冷たい。
 竜二が両腕を布団について、太一のことを守るみたいにして上から覆い被さってきた。
 ああ、竜二くんって本当に、顔立ちだけはきれいだな。間近で顔を見て思わず、見とれそうになる。

「たいっちゃん」

 竜二は突っ張っていた腕の力をゆるめると、背中を丸めて太一を優しく包みこむ。

「俺、たいっちゃんが好きだと思うよ」

 太一の両腕は行き場をなくしている。おずおずと手を伸ばして、竜二の背中をさすった。

「好きだと思うってなんだよ」

 あいまいな口ぶりに、太一は苦笑する。

「うーん、好きってことだけど、自分でもよくわからん。だから、好きだと思う」

 太一に対する気持ちがなんなのか。友情の延長での好きなのか。あるいは恋愛感情も交ざっているのか。竜二はおのれの気持ちを分析中のようだった。

「たいっちゃんはべつに、俺に興味がなくてもかまわない。たいっちゃんが今日、ここで俺とまぐわいをするのも、ひとつの愛だと思うから。その気持ちだけで俺はいいってことだ」

 竜二はふっとほほえむと、太一の唇にキスを落とした。
 このあとできっと、唇の合わさる角度が深くなっていく。あのとき、病院の帰りに部屋でキスをしたみたいに。

 社番を引き受けて、自分のせいで村に災いがやってくるかもしれない事態になるなんて。
 最初は、だまし討ちに遭ったのが本当に不本意だった。被害者意識でくさくさして、災いを防ぐためにはこんな不良とまぐわいをするしか選択肢がないのか、と暗澹たる気持ちになったものだった。
 けれど、いまとなってはそういう、いやな気持ちは霧散していた。
 竜二となら大丈夫だ。馬鹿で、短絡的だけれど、人を思いやる気持ちをしっかりと持っている竜二となら。
 竜二が自分を思う気持ちが、好きだと思った。一般的な恋とか愛ではないとしても、その気持ちはたしかに、一種の愛なのかもしれない。
 体にのしかかるわずかな重みと、ぬくもりを感じながら、太一はそっと目を閉じた。

「おはよーん!」

 馬鹿でかい声とともに、本殿の扉が勢いよく開いた。
 朝の太陽を背にした逆光のなかに、神主が立っていた。

「いま……何時ですか……」

 太一は問いかけつつ、枕元のスマホに手を伸ばす。

「朝の七時だね。黎明を告げる雀の気持ちで起こしにきたよ」

「もう少し寝せておいてくれても……」

 あまりのまぶしさに、太一は布団の上で目を閉じるも、朝日がまぶたを刺激して、起きろ、起きろと急かしてくる。

「休みの日だからといって、遅くまで寝ていると生活リズムが狂っちゃうよん。社務所で朝ご飯を用意したから、食べにおいで」
「え、飯……!?」

 神主に踏み込まれても、いっさい目を開けようとしなかった竜二が、飯につられてがばりと起き上がった。

 洗面をすませて社務所に向かう。社務所にはテーブルが出され、料理の大皿がいくつも載っていた。

「お赤飯炊いちゃったんだけど、炊いてよかったんだよね……!?」

 つまりは昨晩、首尾よくいったのかと尋ねている。
 神主は、儀式が成功するか気を揉んで、家でそわそわしながら待っていたのに違いない。心配してくれるのはいいが、大人の階段を上がったことを赤飯で祝ってくるなど、露骨な仕打ちはやめてくれ、と太一は思った。

「赤飯って、食ったらだめな日があんの?」

 神主の意図は竜二には通じず、のんきに座布団にあぐらをかいて、さっそく朝飯に手を伸ばそうとしている。

「大丈夫ですよ。ちゃんと最後までできたので」

 太一がそう言うと、神主はぱあっと顔を輝かせた。

「よかった……! それはよかったよ……! あとでヨバワリ様に祝詞を捧げておくからねっ……!」

 無事まぐわいを果たしたあととあって、神主はまた一層、ど派手な動きで乱舞しそうだった。

「はじまるまえにも、ちゃんと見ててくださいってヨバワリ様に言っておいた。これでもう、村に災いは来ないよな」

 竜二は太一の目を見て、にかっと笑った。