その翌日から、竜二の猛攻がはじまった。
「おーい、たいっちゃん! 太一ー!」
ピンポン、ピンポン、と朝から呼び鈴が鳴る。田舎なりのおおらかさと警戒心の希薄さにより、不在時でも基本的に鍵は開けっぱなしの玄関の引き戸が開けられて、大声で呼び出された。
「太一……だれか来とるぞ」
「いないって言って」
太一の部屋の襖を開けて、じっちゃんが言う。太一はタオルケットを頭からかぶり、居留守を決め込んだ。
そのうちに、玄関先の声がぴたりとやんだ。と思ったらとんとんと廊下を歩いてくる音がする。
「たいっちゃん」
がらっと襖が開けられた。くそう、だから鍵のかかる部屋にリフォームしてほしいって、母さんにはさんざんリクエストしているのに。両親が共働きの関係上、平日、家にいるのはじっちゃんとばあちゃんと太一の三人だけなので、竜二は特にせき止められることもなく部屋まで侵入を果たした。
「たいっちゃん~」
うつぶせで膝を折り、タオルケットに包まれてまん丸の蚕になっている太一を発見すると、竜二は上からまとわりつく。
「いるんじゃねえかよ~。居留守使うなんてひでえじゃねえの」
「あの……お腹が痛いので帰ってもらえませんか」
「腹痛い人間が菓子食わねえだろ」
「ぎくっ……」
布団の横に置かれたテーブルに乗る、開封したてのチョコクッキーの包みを、竜二が見逃すはずもない。
「なあ、たいっちゃん。出かけようぜ」
ぺらっとタオルケットをめくられると、便所座りをして上からのぞきこんでいる竜二と目が合った。
「出かけるって、どこにですか」
「ゲーセン」
村にゲームセンターはない。明くる野村の最寄り駅から、都心へとつながる乗り換え地点となる大きな駅まで出るということだ。
「デートしようぜ」
「デートぉ?」
太一は鼻白む。
「俺もひと晩、考えた」
竜二は太一の横たわる布団に、当然のように腰を下ろしてあぐらをかく。
「いざやろうって言われても、たいっちゃんは突っ込まれるほうだ。そりゃあ、こわいだろうし、俺と信頼関係がないとそういうことをしようという気にもなれないと思う」
昨日はデリカシー欠如男だと思っていたのに。竜二なりに反省したらしい。
「だから、まずはお互いのことをよく知る必要がある。そのために、デートする」
「それで、なんでゲーセンなんですか?」
「あ、べつに違うところでもいいけど」
「僕に拒否権は」
「きょひけん?」
「ことわってもいいですか」
「いいわけねえべ」
竜二の顔が険しくなる。優しく太一を懐柔しようとしていたところで、突如として不良の本性が牙を剥く。こりゃあ、ことわる権利はなさそうだと太一はあきらめた。
「わかりました。支度するのでどいてください」
太一は竜二を布団からどかすと立ち上がり、箪笥から着替えを取り出した。着替える間は当然、竜二を部屋から立ち退かせておいた。
村の最寄り駅までバスで二十分。そこからJR線に乗り換えて、そこから館川駅まで一時間。
館川駅は複数路線の乗り入れている大きな駅だ。数年まえに再開発がかかり、駅直結のビルがリニューアルしたり、モノレールで数駅先に新たな大型ショッピングモールができたりと、商業施設が充実している。郊外でも生活に必要なものはひととおりそろうし、一日いても飽きがこない。平日の午前中でも、駅まえ広場は人が多く往来して、かなりにぎわっていた。
ゲームセンターはショッピングモールの一角を閉めている。ほとんどフロアを占有するくらいの巨大なゲームセンターだ。
店舗に入るとまず、水槽のように居並ぶUFOキャッチャーの透明な四角い箱に出迎えられる。太一が両手で抱え上げられるくらいの小さな箱から、大人が四人がかりでも運べないほどの大きな箱まで、景品の大きさによって変わる水槽が何列にも渡って連なっている。
UFOキャッチャーの列を抜けて奥へと入っていくと、ようやくアーケードゲームやプリクラ機がお目見えする。
どうして夏休みの一日を、不良とゲームセンターで過ごす羽目になってしまったのか。げんなりとしつつも、せっかく長時間かけて出てきたので、遊んでいかないのはもったいない気がする太一だった。
「たいっちゃん、あれやろ」
竜二が指さすのは、レーシングゲームだった。座席が連結で二つ並んでおり、隣同士のプレイヤーで対戦できるようになっている。
「いいですよ。ところで、竜二くんは運転したことあるんですか? ゲームじゃなくて実物を」
「車はねえけど。バイクは先輩のを借りて、ちょっとだけ乗らせてもらったことがある」
百円をコイン投入口から落とす。
「賭けをしませんか」
「賭け?」
ハンドルを切って矢印を動かし、レースに使う車体を選択しながら太一は言う。
「僕が勝ったら、もう僕のことはあきらめてください」
「じゃあ俺が勝ったら? やらしてくれんの?」
ゲームセンターでよかった。電子音にまぎれて、馬鹿でかい竜二の声は周囲に届かない。
「やらせませんけど、もうしばらくつきまとうのを許可します」
「えー、じゃあやだ。俺が負けたときの条件が釣りあわねえもん」
竜二はあっさりと却下した。
レースがはじまり、太一はぐうんとアクセルを踏み込む。ハンドル操作はなめらかだ。カーブも多い山道を走る公道レースでも、効率的なコース取りをしてスピードをなるべく殺さずに峠を下っていく。
「おっ。結構うまいな」
「そうですか?」
「たいっちゃんって鈍くさそうだから、俺がぶっちぎるかと思ってた」
「失礼な」
太一がまえを走り、その後ろから追いかける竜二の車が、抜き去る機会を狙っている。
「災いって、なんだと思いますか」
「ヨバワリさんの災い? なんだろうな。浅野さんに訊いておけばよかったか」
「訊いても答えはないと思います。知っていたら、災いの内容を僕に教えて、リカバリーするかしないか、選ばせてくれるぐらいはすると思うから」
「そうなあ」
片手でハンドルを操作しながら、竜二があいづちを打つ。村全体に被害がおよぶということで、災害のたぐいではないかと連想されてくるところはある。災いがこんな程度だと知ることができれば、あきらめるという選択肢もあったかもしれないのに。中途半端に情報を残したヨバワリ様あるいは過去の村人のことが恨めしくなってくる。
「たいっちゃんが尻を差しだせばどうにかなる問題なんだけどな」
「竜二くんが入院して、僕が代わりの社番になった時点で、村の命運は決まっていたんだと考えられないですか?」
「そんな、むなしいこと言うなよお」
ラストの直線で仕掛けてきた竜二だが、ぎりぎりのところで太一を追い抜くまでにはいたらず、僅差で太一が勝利した。
「あ、負けた」
竜二が賭けに乗っていたら、面倒ごととはおさらばできたのに。太一は心で舌打ちをした。
「負けたからしゃあねえ。UFOキャッチャーで好きなの獲ってやるからおいでよ」
「獲れるまで課金してくれるんですか」
「おう」
ゲームセンターの端から端までずらりと並ぶ箱のひとつ、ひとつを眺める。ぬいぐるみやバラエティグッズやお菓子やら、箱に収まり、取り出し口から出てくるものであればなんでもと、景品のラインナップには節操がない。
「あああっ……!」
「お、どしたどした?」
太一は突然、奇声を上げた。体ごとひとつの箱に吸い寄せられる。
「『協奏エルフの羅針盤』のリリカちゃんだ……!」
これも太一が視聴中のアニメだ。異世界に転生した主人公が、そこでエルフの少女と出会い、旅をともにするファンタジー作品。旅の仲間たちは徐々に増え、現在第二シーズンが放送されている。
透明な箱のなかには、リリカちゃんのフィギュアの入った紙箱が収められている。よくある三本爪のアームで景品をつかむ様式ではなく、チェーンの先についた小さな輪っかを狙って爪を通し、チェーンを引っ張ることでフィギュアを乗せているプラスチックの板がひっくり返り、景品口へと投入される仕掛けだった。
「これもたいっちゃんの好きなアニメの人?」
「う、うん」
尖った耳に四方八方に広がる長い髪の毛。胸が大きくくびれた抜群のスタイルのリリカちゃんは、スカートの端をちょっとつまんで、こちらを見つめてほほえんでいる。細かいところの造形までよくできていた。
「じゃ、これでいい?」
竜二が投入口に硬貨を入れる。
「つかむところ結構、小さいね。難しそうだなあ……」
「平気平気。俺、こういうの得意」
竜二は太一を見つめて不敵にほほえむと、ボタンを操作してアームを動かす。初回は不発に終わった。
「あー、だめか」
竜二はだめかと言いつつも、一度目は真剣に狙いにいくというよりはボタンをひと押しするとアームがどれだけ動くのか、可動域を確認したお試しのようだった。それも、大はずしではなくていい線をいっている。早々にコツをつかんだらしい竜二は、三回、四回と挑戦して、五回目の挑戦であっさりと景品を獲得してしまった。
「うそー」
「ほいよ」
竜二から差しだされたフィギュアの箱を、太一は目を輝かせて受け取る。投入金額を考えると、中古ショップで購入するよりは割安に獲得できただろう。
「あ、ありがと」
「どういたしまして」
竜二は少しだけ背中を曲げて、太一と視線を合わせてにっと笑う。
「たいっちゃんが嬉しそうで、俺も嬉しい」
「は、はあ……」
太一は気まずくなって顔をそらした。ちょっと口にするのが照れてしまうようなことでも、竜二は平然と口にする。
「あ、そうだ。すんませーん」
近くにいた店の人に、持ち帰り用のビニール袋をもらうと、フィギュアの箱をそのなかに収めて太一に持たせた。ちょうどいいサイズが品切れしており、ビニールの大きさがぎりぎりだったので、竜二は手でビニールを広げて、箱がつぶれないように慎重になかに収めていく。リリカちゃんに思い入れのある太一以上に、丁寧に取り扱っていた。
「あのさあ……。たいっちゃんて、その子見ても興奮したりすんの」
「えっ……」
人の性癖にストレートに斬り込んでくる竜二。
「まあ……そうですね……」
気まずそうな顔をしつつも、恥じることではないので太一はすなおに認めた。インターネット上の創作サイトには、ちょっとえっちなポーズをしたリリカのイラストがじゃかじゃか投稿されている。お世話になっていないとは言えない。
「たいっちゃんっていつから、現実の女に興味なくなったん? 女にいじめられたりした?」
「だから子どものときからです。どうしてトラウマ級の出来事がないと、性癖はゆがまないだろうって思われるんでしょうね」
戦利品の入ったビニールを片手に、ゲームセンターをうろつく。
「普通にアニメが好きなだけなら、特になにも言われない。でも、二次元の女の子にしか興奮しないと言った瞬間に、変態認定です。僕だって好き好んで選んでこうなったわけじゃない。これが僕にとっての自然なんだから、それを変だと非難されても、自分でもどうしようもないですよ」
「まあ、たいっちゃんの言うこともわからんくはないなあ。俺も逆に、どうして女が好きなんだって言われても、べつにどうしてなのか考えたこともなかったから、答えられねえし」
意外にも竜二は、太一の主張したかったことの本質を見抜き、共感を示した。
「そうでしょう?」
「でもさ、むなしくなんねえの?」
「どうしてですか?」
「だって、どんなに好きでも相手には触れねえんだぞ」
「フィギュアがありますし。これよりもう少し大きめな、等身大のものだってあります」
「そうかもしれねえけどさあ……」
生身の人間のようなぬくもりはないのだと竜二は言いたいのだろう。
「いいんです。そういうぬくもりは求めていないので。ただ僕は、こういうキャラクターがいて、どういう人となりでっていう概念が好きなんです」
「はー」
さすがにそこまでの思想となると竜二には理解できなくなるようで、放心したようなため息を吐いていた。
午前中はゲームセンターを徘徊してまわり、昼はファーストフードの店で済ませた。細身の割に竜二はよく食べる。バーガーのセットに、あとふたつ追加でバーガーを頼んでいた。
「竜二くんって、これまで何人くらい彼女がいたんですか?」
「んー……」
バーガーにかぶりつきながら、竜二は視線を斜めに動かす。
「五人くらいかな」
「明海さんとのあとにもつきあっていた人、いるんですか」
「うん」
子持ちなのにいいのかと疑問を浮かべつつ、入籍しているわけではないし、明海との間にあるのは恋愛感情というよりは、家族としての気遣いのようなので、倫理違反にはならないのだろうと太一は分析した。
「つきあう相手は、俺が子どもいんの知っててもいいって言ってたから」
「はあ……。竜二くんってもてそうですもんねえ……。というが、実際もててるのか」
十七歳にして、五人もつきあった相手がいるという実績が証明している。それと、半日一緒に過ごしてみてわかったが、竜二は一対一で出かける相手に気遣いを発揮する。顔整いとのデートでここまで気遣われたら、自分への好意をきちんと態度にあらわしてくれているようで嬉しく、大抵の人間ならば同じく、竜二のことが好きになるだろうと太一は認めた。
「たいっちゃんがさあ、俺のこと好きになれなくてもいいよ」
バーガーの包み紙から顔をのぞかせつつ、竜二が言う。
「だって、たいっちゃんはアニメの女が好きなんだから。それをどうこうすることは俺にはできない。恋愛として俺を好きになれなくても、こいつにならやられてもいやじゃないなって思えるくらいになってくれればいい」
『……ということは、今後もデートは続くんですか」
「おう。とりあえず、夏休み中は毎日だかんな」
夏休みの終わりまで、あと十日もある。毎日、竜二にどこかに連れまわされることになると知り、太一は絶望気味だった。
翌日も、さらにその翌日も、言葉どおり竜二は、毎朝太一の家まで太一を迎えにきて、外出へと連れ出した。近所の川で清流遊び、遠出をして映画、ボウリング、カラオケ。フットサル、ローラースケート、人が入れる巨大な円柱形のボールを体に背負っての相撲レスリングなど、複数の室内スポーツ場が集合した遊戯施設では、竜二の体力と運動神経のよさをまざまざと見せつけられた。
「たいっちゃーん!」
夏休みも、もう残すところあと三日。この日も朝から、竜二は家へとやってきて、玄関から威勢よく太一を呼び出した。返事があるまえから遠慮なく上がりこむのも、もういつものことだ。
「今日はどこに連れまわす気ですか?」
布団に身を起こし、げんなりとした顔をしつつ太一は言う。いい加減、あきらめてくれないだろうかと思いつつ、村の災難を阻止しようとする竜二の不屈の心が折れることはない。連れまわしも七日を過ぎると太一にも、竜二が何時くらいに迎えにくるのかがわかるようになり、その時間に合わせてとりあえず寝巻きから近所に外出できるくらいの格好には着替えるようにしていた。
「今日はどこもいかねえ。代わりに、ここで過ごす」
竜二は飲み物やら菓子やらが入ったコンビニの袋を机に置いた。
「たいっちゃんの好きなアニメ観してよ」
竜二は脇に抱えていたタブレット端末を机に広げる。なかなかインチ数が大きく、映像を観るのに適したサイズだ。
「タブレット持ってたんだ」
「おう。兄貴からもらった」
兄がいたのか。名前が竜二だから、上に兄弟がいてもおかしくはない。
「たいっちゃんがどういう女が好きなのか、知りたいと思って」
竜二は動画視聴のアプリを立ち上げて、アニメジャンルを呼び出すとすいすいと指で画面をスクロールする。
「じゃあ、これで」
『協奏エルフの羅針盤』の最新話が表示されたのでタップする。できれば一人で落ち着いて観賞したかったので、竜二が邪魔なことこのうえないが、続きが観られていなかったのでちょうどいい。
「あ、このまえゲーセンで獲ったやつだ」
リリカの姿から竜二は気づいたようだ。
白銀の髪をひるがえし、主人公を守りながら、敵のゴブリンと戦うリリカ。健気で、強くて、でも心には孤独を抱えている。そういう美少女キャラクターが、太一の好みだ。リリカも例外なく当てはまり、画面上で縦横無尽に舞い踊るリリカに、心の琴線をかき鳴らされまくる太一だった。
「リリカのどういうところがいいの」
「可愛い。強い。気高い」
「あ、そー。あ、俺がリリカと同じ格好すればやりたくなるか?」
「作画が違うのでならないです」
また天才的な馬鹿の発想を繰り出してくる竜二だった。
コマーシャルを挟んで後半に入るまえに、竜二がタブレットを布団の枕元に移動させた。ごろんと横になり、必然的に太一も横にならないといけなくなる。背後から竜二に抱きかかえられるようにして、太一は画面を見つめた。
「俺も考えたんだけどさ」
首筋に竜二の息がかかる。いつの間にか竜二の片手が、太一の体のまえにまわされていた。竜二の腹と太一の背中がくっつき、抱き寄せられるようにして密着度がさらに増す。
な、なんなんだこの距離館は。
冷房が効いていて、少し肌寒いくらいの室内なので、竜二の体温が心地よく感じられてしまい、太一は動揺を強めた。
「いざとなったらたいっちゃんと、本当にやれんのかなーって考えてさ」
「はあ……」
萎えろ萎えろ。痩せぎすの薄っぺらい男の体を想像して、やっぱり無理でしたと萎えるがいい。
「全然やれそうだと思った」
「はあ……!?」
リリカの詠唱する呪文の声がかき消されんばかりに大きく、太一は驚愕の声を発した。
「たいっちゃんってさ、普段むっつりしてんのにたまに笑うじゃん。俺、あの顔が可愛くて。可愛いって思えるんなら、大丈夫だと思った」
「い、いや……。やめましょうよ。そうやって無理して暗示をかけるのは」
「無理してねえし、暗示じゃねえし。そりゃヨバワリ様のためっていう目的はあるけど、限度はあるだろ。いくら俺でも、さすがにやれねえと思ったらこんなにくっつけねえよ」
そう言って竜二はますます、体を密着させてくる。
「あれ、たいっちゃん反論しねえの? いつもはもっとあーだこーだ言ってくるくせに。もしかして照れてる?」
背後から竜二の指が太一の頬をぐりぐりと押す。頬が赤らんでいることを、竜二にだけは知られまいと、太一は一心不乱に、画面に神経を集中させた。
「竜二くんは……むなしくないんですか」
「なんで?」
「僕が竜二くんを好きになる要素はゼロです。それでも僕とそういうことをするなんて、むなしいだけでしょう」
一方通行の愛だ。いや、愛ですらない。社番という使命だけでつながり、村の災いを防ぐという運命をともにすることだけが、二人をつないでいるだけの関係性だ。
「べつに。たいっちゃんが二次元にしか興味が持てねえんなら、それは俺がどうこうできるもんじゃないし。むしろ、人間とやるのは一生に一度の機会になるかもしれないだろ。だったらその一回を大事にしたい。俺のことを好きになれなくても、そんなこともあったなって、たいっちゃんの思い出に残って、いつか思い出してくれればそれでいい」
ぎゅうっと背後から抱き込まれた。
竜二の腕は力強い。でも、太一が苦しくない加減をわかっていて、力を込めすぎないように抱きしめてくる。
「俺、やったのは明海がはじめてだったんだ」
「それで真海くんができちゃったんですか……」
「うん。ゴムなしでやったらすぐできるのな」
背後で竜二がへらへらと笑う。命中確率も高いのだろうが、避妊するという発想が完全に抜け落ちていたように思う。因果を考えないあたり、やっぱり不良って頭がどうかしていると思う太一だった。ただ、因果を無視して突き進む勢いだけは認める。
「明海も俺に悪いなあと思ってるんだろうな。 十八になったら籍入れるって、何回言ってもことわられんの」
まだ十四歳だった竜二の童貞を奪ったうえに、まさか妊娠までするとは思わなかったのだろう。竜二も共犯とはいえ、最初に仕掛けた年長者の明海は、まだ十代前半の子どもを父親であり、夫にすることに気が引けたらしい。
「明海は責任感が強いし、意地っ張りだから。一度言い出したことは変えない。だから俺はこの先も、明海と真海の本当の家族になることはないんだろうなって思う。でも、籍入れてなくても、違う家に住んでても、俺にとって二人は家族と変わらない。できればずっと近くに住んで、見守れる位置にはいたいなって思う」
竜二は、太一の首に顔をうずめた。脱色をした竜二の、やや硬くなった髪の毛が首筋をくすぐる。
「人が考えるのと形はちょっと違うかもしれねえけどさ。そういう家族がいてもいいだろって、俺は思う。だから、アニメが好きなたいっちゃんの気持ちもわかる。気持ちがわかるというか、俺と同じだなって思う。たしかに人とは違うかもしれないけど、たいっちゃんにとってはそれが、だれかを好きになるってことなんだから」
色々な愛の形がある。たとえ、人が想像するような形とは違っても。きれいな円形ではなかったとしても。
「人ってあったかいんだよ、たいっちゃん。真海のこと抱っこしてると、あったかさにほっとして、俺もあったかい気持ちになる。俺はそういう気持ちをたいっちゃんにも伝えたい。それでなにかが変わるわけじゃねえけど、人と愛し合うのも悪くねえって、たいっちゃんに思ってもらえたらいいな」
「無理ですね。僕は二次元にしか興味がありません」
口では否定しつつも、竜二の腕を払いのける気にはなれなかった。
たぶんこの人は、本当に伝えたいだけなんだろうと思った。人間と触れあうことのあたたかさを。そのぬくもりと安心感を。
太一を変えることが目的ではなくて、そのぬくもりはずっと、竜二が人との触れ合いで味わってきたいいものだから。そのいいものを同じく、太一にも味わわせたいから。そういう竜二の真心なのだった。
それもまたひとつの、愛の形なのかもしれない。
べつに、恋愛感情なんかなくてもいいんじゃないかと思った。相手に差しだす真心が必ずしも、色恋を伴うものでなくてもいいのではないか。
竜二が太一に与えようとするものは、恋とは無縁でも、それと同じくらい、尊いもののように思えた。
「おーい、たいっちゃん! 太一ー!」
ピンポン、ピンポン、と朝から呼び鈴が鳴る。田舎なりのおおらかさと警戒心の希薄さにより、不在時でも基本的に鍵は開けっぱなしの玄関の引き戸が開けられて、大声で呼び出された。
「太一……だれか来とるぞ」
「いないって言って」
太一の部屋の襖を開けて、じっちゃんが言う。太一はタオルケットを頭からかぶり、居留守を決め込んだ。
そのうちに、玄関先の声がぴたりとやんだ。と思ったらとんとんと廊下を歩いてくる音がする。
「たいっちゃん」
がらっと襖が開けられた。くそう、だから鍵のかかる部屋にリフォームしてほしいって、母さんにはさんざんリクエストしているのに。両親が共働きの関係上、平日、家にいるのはじっちゃんとばあちゃんと太一の三人だけなので、竜二は特にせき止められることもなく部屋まで侵入を果たした。
「たいっちゃん~」
うつぶせで膝を折り、タオルケットに包まれてまん丸の蚕になっている太一を発見すると、竜二は上からまとわりつく。
「いるんじゃねえかよ~。居留守使うなんてひでえじゃねえの」
「あの……お腹が痛いので帰ってもらえませんか」
「腹痛い人間が菓子食わねえだろ」
「ぎくっ……」
布団の横に置かれたテーブルに乗る、開封したてのチョコクッキーの包みを、竜二が見逃すはずもない。
「なあ、たいっちゃん。出かけようぜ」
ぺらっとタオルケットをめくられると、便所座りをして上からのぞきこんでいる竜二と目が合った。
「出かけるって、どこにですか」
「ゲーセン」
村にゲームセンターはない。明くる野村の最寄り駅から、都心へとつながる乗り換え地点となる大きな駅まで出るということだ。
「デートしようぜ」
「デートぉ?」
太一は鼻白む。
「俺もひと晩、考えた」
竜二は太一の横たわる布団に、当然のように腰を下ろしてあぐらをかく。
「いざやろうって言われても、たいっちゃんは突っ込まれるほうだ。そりゃあ、こわいだろうし、俺と信頼関係がないとそういうことをしようという気にもなれないと思う」
昨日はデリカシー欠如男だと思っていたのに。竜二なりに反省したらしい。
「だから、まずはお互いのことをよく知る必要がある。そのために、デートする」
「それで、なんでゲーセンなんですか?」
「あ、べつに違うところでもいいけど」
「僕に拒否権は」
「きょひけん?」
「ことわってもいいですか」
「いいわけねえべ」
竜二の顔が険しくなる。優しく太一を懐柔しようとしていたところで、突如として不良の本性が牙を剥く。こりゃあ、ことわる権利はなさそうだと太一はあきらめた。
「わかりました。支度するのでどいてください」
太一は竜二を布団からどかすと立ち上がり、箪笥から着替えを取り出した。着替える間は当然、竜二を部屋から立ち退かせておいた。
村の最寄り駅までバスで二十分。そこからJR線に乗り換えて、そこから館川駅まで一時間。
館川駅は複数路線の乗り入れている大きな駅だ。数年まえに再開発がかかり、駅直結のビルがリニューアルしたり、モノレールで数駅先に新たな大型ショッピングモールができたりと、商業施設が充実している。郊外でも生活に必要なものはひととおりそろうし、一日いても飽きがこない。平日の午前中でも、駅まえ広場は人が多く往来して、かなりにぎわっていた。
ゲームセンターはショッピングモールの一角を閉めている。ほとんどフロアを占有するくらいの巨大なゲームセンターだ。
店舗に入るとまず、水槽のように居並ぶUFOキャッチャーの透明な四角い箱に出迎えられる。太一が両手で抱え上げられるくらいの小さな箱から、大人が四人がかりでも運べないほどの大きな箱まで、景品の大きさによって変わる水槽が何列にも渡って連なっている。
UFOキャッチャーの列を抜けて奥へと入っていくと、ようやくアーケードゲームやプリクラ機がお目見えする。
どうして夏休みの一日を、不良とゲームセンターで過ごす羽目になってしまったのか。げんなりとしつつも、せっかく長時間かけて出てきたので、遊んでいかないのはもったいない気がする太一だった。
「たいっちゃん、あれやろ」
竜二が指さすのは、レーシングゲームだった。座席が連結で二つ並んでおり、隣同士のプレイヤーで対戦できるようになっている。
「いいですよ。ところで、竜二くんは運転したことあるんですか? ゲームじゃなくて実物を」
「車はねえけど。バイクは先輩のを借りて、ちょっとだけ乗らせてもらったことがある」
百円をコイン投入口から落とす。
「賭けをしませんか」
「賭け?」
ハンドルを切って矢印を動かし、レースに使う車体を選択しながら太一は言う。
「僕が勝ったら、もう僕のことはあきらめてください」
「じゃあ俺が勝ったら? やらしてくれんの?」
ゲームセンターでよかった。電子音にまぎれて、馬鹿でかい竜二の声は周囲に届かない。
「やらせませんけど、もうしばらくつきまとうのを許可します」
「えー、じゃあやだ。俺が負けたときの条件が釣りあわねえもん」
竜二はあっさりと却下した。
レースがはじまり、太一はぐうんとアクセルを踏み込む。ハンドル操作はなめらかだ。カーブも多い山道を走る公道レースでも、効率的なコース取りをしてスピードをなるべく殺さずに峠を下っていく。
「おっ。結構うまいな」
「そうですか?」
「たいっちゃんって鈍くさそうだから、俺がぶっちぎるかと思ってた」
「失礼な」
太一がまえを走り、その後ろから追いかける竜二の車が、抜き去る機会を狙っている。
「災いって、なんだと思いますか」
「ヨバワリさんの災い? なんだろうな。浅野さんに訊いておけばよかったか」
「訊いても答えはないと思います。知っていたら、災いの内容を僕に教えて、リカバリーするかしないか、選ばせてくれるぐらいはすると思うから」
「そうなあ」
片手でハンドルを操作しながら、竜二があいづちを打つ。村全体に被害がおよぶということで、災害のたぐいではないかと連想されてくるところはある。災いがこんな程度だと知ることができれば、あきらめるという選択肢もあったかもしれないのに。中途半端に情報を残したヨバワリ様あるいは過去の村人のことが恨めしくなってくる。
「たいっちゃんが尻を差しだせばどうにかなる問題なんだけどな」
「竜二くんが入院して、僕が代わりの社番になった時点で、村の命運は決まっていたんだと考えられないですか?」
「そんな、むなしいこと言うなよお」
ラストの直線で仕掛けてきた竜二だが、ぎりぎりのところで太一を追い抜くまでにはいたらず、僅差で太一が勝利した。
「あ、負けた」
竜二が賭けに乗っていたら、面倒ごととはおさらばできたのに。太一は心で舌打ちをした。
「負けたからしゃあねえ。UFOキャッチャーで好きなの獲ってやるからおいでよ」
「獲れるまで課金してくれるんですか」
「おう」
ゲームセンターの端から端までずらりと並ぶ箱のひとつ、ひとつを眺める。ぬいぐるみやバラエティグッズやお菓子やら、箱に収まり、取り出し口から出てくるものであればなんでもと、景品のラインナップには節操がない。
「あああっ……!」
「お、どしたどした?」
太一は突然、奇声を上げた。体ごとひとつの箱に吸い寄せられる。
「『協奏エルフの羅針盤』のリリカちゃんだ……!」
これも太一が視聴中のアニメだ。異世界に転生した主人公が、そこでエルフの少女と出会い、旅をともにするファンタジー作品。旅の仲間たちは徐々に増え、現在第二シーズンが放送されている。
透明な箱のなかには、リリカちゃんのフィギュアの入った紙箱が収められている。よくある三本爪のアームで景品をつかむ様式ではなく、チェーンの先についた小さな輪っかを狙って爪を通し、チェーンを引っ張ることでフィギュアを乗せているプラスチックの板がひっくり返り、景品口へと投入される仕掛けだった。
「これもたいっちゃんの好きなアニメの人?」
「う、うん」
尖った耳に四方八方に広がる長い髪の毛。胸が大きくくびれた抜群のスタイルのリリカちゃんは、スカートの端をちょっとつまんで、こちらを見つめてほほえんでいる。細かいところの造形までよくできていた。
「じゃ、これでいい?」
竜二が投入口に硬貨を入れる。
「つかむところ結構、小さいね。難しそうだなあ……」
「平気平気。俺、こういうの得意」
竜二は太一を見つめて不敵にほほえむと、ボタンを操作してアームを動かす。初回は不発に終わった。
「あー、だめか」
竜二はだめかと言いつつも、一度目は真剣に狙いにいくというよりはボタンをひと押しするとアームがどれだけ動くのか、可動域を確認したお試しのようだった。それも、大はずしではなくていい線をいっている。早々にコツをつかんだらしい竜二は、三回、四回と挑戦して、五回目の挑戦であっさりと景品を獲得してしまった。
「うそー」
「ほいよ」
竜二から差しだされたフィギュアの箱を、太一は目を輝かせて受け取る。投入金額を考えると、中古ショップで購入するよりは割安に獲得できただろう。
「あ、ありがと」
「どういたしまして」
竜二は少しだけ背中を曲げて、太一と視線を合わせてにっと笑う。
「たいっちゃんが嬉しそうで、俺も嬉しい」
「は、はあ……」
太一は気まずくなって顔をそらした。ちょっと口にするのが照れてしまうようなことでも、竜二は平然と口にする。
「あ、そうだ。すんませーん」
近くにいた店の人に、持ち帰り用のビニール袋をもらうと、フィギュアの箱をそのなかに収めて太一に持たせた。ちょうどいいサイズが品切れしており、ビニールの大きさがぎりぎりだったので、竜二は手でビニールを広げて、箱がつぶれないように慎重になかに収めていく。リリカちゃんに思い入れのある太一以上に、丁寧に取り扱っていた。
「あのさあ……。たいっちゃんて、その子見ても興奮したりすんの」
「えっ……」
人の性癖にストレートに斬り込んでくる竜二。
「まあ……そうですね……」
気まずそうな顔をしつつも、恥じることではないので太一はすなおに認めた。インターネット上の創作サイトには、ちょっとえっちなポーズをしたリリカのイラストがじゃかじゃか投稿されている。お世話になっていないとは言えない。
「たいっちゃんっていつから、現実の女に興味なくなったん? 女にいじめられたりした?」
「だから子どものときからです。どうしてトラウマ級の出来事がないと、性癖はゆがまないだろうって思われるんでしょうね」
戦利品の入ったビニールを片手に、ゲームセンターをうろつく。
「普通にアニメが好きなだけなら、特になにも言われない。でも、二次元の女の子にしか興奮しないと言った瞬間に、変態認定です。僕だって好き好んで選んでこうなったわけじゃない。これが僕にとっての自然なんだから、それを変だと非難されても、自分でもどうしようもないですよ」
「まあ、たいっちゃんの言うこともわからんくはないなあ。俺も逆に、どうして女が好きなんだって言われても、べつにどうしてなのか考えたこともなかったから、答えられねえし」
意外にも竜二は、太一の主張したかったことの本質を見抜き、共感を示した。
「そうでしょう?」
「でもさ、むなしくなんねえの?」
「どうしてですか?」
「だって、どんなに好きでも相手には触れねえんだぞ」
「フィギュアがありますし。これよりもう少し大きめな、等身大のものだってあります」
「そうかもしれねえけどさあ……」
生身の人間のようなぬくもりはないのだと竜二は言いたいのだろう。
「いいんです。そういうぬくもりは求めていないので。ただ僕は、こういうキャラクターがいて、どういう人となりでっていう概念が好きなんです」
「はー」
さすがにそこまでの思想となると竜二には理解できなくなるようで、放心したようなため息を吐いていた。
午前中はゲームセンターを徘徊してまわり、昼はファーストフードの店で済ませた。細身の割に竜二はよく食べる。バーガーのセットに、あとふたつ追加でバーガーを頼んでいた。
「竜二くんって、これまで何人くらい彼女がいたんですか?」
「んー……」
バーガーにかぶりつきながら、竜二は視線を斜めに動かす。
「五人くらいかな」
「明海さんとのあとにもつきあっていた人、いるんですか」
「うん」
子持ちなのにいいのかと疑問を浮かべつつ、入籍しているわけではないし、明海との間にあるのは恋愛感情というよりは、家族としての気遣いのようなので、倫理違反にはならないのだろうと太一は分析した。
「つきあう相手は、俺が子どもいんの知っててもいいって言ってたから」
「はあ……。竜二くんってもてそうですもんねえ……。というが、実際もててるのか」
十七歳にして、五人もつきあった相手がいるという実績が証明している。それと、半日一緒に過ごしてみてわかったが、竜二は一対一で出かける相手に気遣いを発揮する。顔整いとのデートでここまで気遣われたら、自分への好意をきちんと態度にあらわしてくれているようで嬉しく、大抵の人間ならば同じく、竜二のことが好きになるだろうと太一は認めた。
「たいっちゃんがさあ、俺のこと好きになれなくてもいいよ」
バーガーの包み紙から顔をのぞかせつつ、竜二が言う。
「だって、たいっちゃんはアニメの女が好きなんだから。それをどうこうすることは俺にはできない。恋愛として俺を好きになれなくても、こいつにならやられてもいやじゃないなって思えるくらいになってくれればいい」
『……ということは、今後もデートは続くんですか」
「おう。とりあえず、夏休み中は毎日だかんな」
夏休みの終わりまで、あと十日もある。毎日、竜二にどこかに連れまわされることになると知り、太一は絶望気味だった。
翌日も、さらにその翌日も、言葉どおり竜二は、毎朝太一の家まで太一を迎えにきて、外出へと連れ出した。近所の川で清流遊び、遠出をして映画、ボウリング、カラオケ。フットサル、ローラースケート、人が入れる巨大な円柱形のボールを体に背負っての相撲レスリングなど、複数の室内スポーツ場が集合した遊戯施設では、竜二の体力と運動神経のよさをまざまざと見せつけられた。
「たいっちゃーん!」
夏休みも、もう残すところあと三日。この日も朝から、竜二は家へとやってきて、玄関から威勢よく太一を呼び出した。返事があるまえから遠慮なく上がりこむのも、もういつものことだ。
「今日はどこに連れまわす気ですか?」
布団に身を起こし、げんなりとした顔をしつつ太一は言う。いい加減、あきらめてくれないだろうかと思いつつ、村の災難を阻止しようとする竜二の不屈の心が折れることはない。連れまわしも七日を過ぎると太一にも、竜二が何時くらいに迎えにくるのかがわかるようになり、その時間に合わせてとりあえず寝巻きから近所に外出できるくらいの格好には着替えるようにしていた。
「今日はどこもいかねえ。代わりに、ここで過ごす」
竜二は飲み物やら菓子やらが入ったコンビニの袋を机に置いた。
「たいっちゃんの好きなアニメ観してよ」
竜二は脇に抱えていたタブレット端末を机に広げる。なかなかインチ数が大きく、映像を観るのに適したサイズだ。
「タブレット持ってたんだ」
「おう。兄貴からもらった」
兄がいたのか。名前が竜二だから、上に兄弟がいてもおかしくはない。
「たいっちゃんがどういう女が好きなのか、知りたいと思って」
竜二は動画視聴のアプリを立ち上げて、アニメジャンルを呼び出すとすいすいと指で画面をスクロールする。
「じゃあ、これで」
『協奏エルフの羅針盤』の最新話が表示されたのでタップする。できれば一人で落ち着いて観賞したかったので、竜二が邪魔なことこのうえないが、続きが観られていなかったのでちょうどいい。
「あ、このまえゲーセンで獲ったやつだ」
リリカの姿から竜二は気づいたようだ。
白銀の髪をひるがえし、主人公を守りながら、敵のゴブリンと戦うリリカ。健気で、強くて、でも心には孤独を抱えている。そういう美少女キャラクターが、太一の好みだ。リリカも例外なく当てはまり、画面上で縦横無尽に舞い踊るリリカに、心の琴線をかき鳴らされまくる太一だった。
「リリカのどういうところがいいの」
「可愛い。強い。気高い」
「あ、そー。あ、俺がリリカと同じ格好すればやりたくなるか?」
「作画が違うのでならないです」
また天才的な馬鹿の発想を繰り出してくる竜二だった。
コマーシャルを挟んで後半に入るまえに、竜二がタブレットを布団の枕元に移動させた。ごろんと横になり、必然的に太一も横にならないといけなくなる。背後から竜二に抱きかかえられるようにして、太一は画面を見つめた。
「俺も考えたんだけどさ」
首筋に竜二の息がかかる。いつの間にか竜二の片手が、太一の体のまえにまわされていた。竜二の腹と太一の背中がくっつき、抱き寄せられるようにして密着度がさらに増す。
な、なんなんだこの距離館は。
冷房が効いていて、少し肌寒いくらいの室内なので、竜二の体温が心地よく感じられてしまい、太一は動揺を強めた。
「いざとなったらたいっちゃんと、本当にやれんのかなーって考えてさ」
「はあ……」
萎えろ萎えろ。痩せぎすの薄っぺらい男の体を想像して、やっぱり無理でしたと萎えるがいい。
「全然やれそうだと思った」
「はあ……!?」
リリカの詠唱する呪文の声がかき消されんばかりに大きく、太一は驚愕の声を発した。
「たいっちゃんってさ、普段むっつりしてんのにたまに笑うじゃん。俺、あの顔が可愛くて。可愛いって思えるんなら、大丈夫だと思った」
「い、いや……。やめましょうよ。そうやって無理して暗示をかけるのは」
「無理してねえし、暗示じゃねえし。そりゃヨバワリ様のためっていう目的はあるけど、限度はあるだろ。いくら俺でも、さすがにやれねえと思ったらこんなにくっつけねえよ」
そう言って竜二はますます、体を密着させてくる。
「あれ、たいっちゃん反論しねえの? いつもはもっとあーだこーだ言ってくるくせに。もしかして照れてる?」
背後から竜二の指が太一の頬をぐりぐりと押す。頬が赤らんでいることを、竜二にだけは知られまいと、太一は一心不乱に、画面に神経を集中させた。
「竜二くんは……むなしくないんですか」
「なんで?」
「僕が竜二くんを好きになる要素はゼロです。それでも僕とそういうことをするなんて、むなしいだけでしょう」
一方通行の愛だ。いや、愛ですらない。社番という使命だけでつながり、村の災いを防ぐという運命をともにすることだけが、二人をつないでいるだけの関係性だ。
「べつに。たいっちゃんが二次元にしか興味が持てねえんなら、それは俺がどうこうできるもんじゃないし。むしろ、人間とやるのは一生に一度の機会になるかもしれないだろ。だったらその一回を大事にしたい。俺のことを好きになれなくても、そんなこともあったなって、たいっちゃんの思い出に残って、いつか思い出してくれればそれでいい」
ぎゅうっと背後から抱き込まれた。
竜二の腕は力強い。でも、太一が苦しくない加減をわかっていて、力を込めすぎないように抱きしめてくる。
「俺、やったのは明海がはじめてだったんだ」
「それで真海くんができちゃったんですか……」
「うん。ゴムなしでやったらすぐできるのな」
背後で竜二がへらへらと笑う。命中確率も高いのだろうが、避妊するという発想が完全に抜け落ちていたように思う。因果を考えないあたり、やっぱり不良って頭がどうかしていると思う太一だった。ただ、因果を無視して突き進む勢いだけは認める。
「明海も俺に悪いなあと思ってるんだろうな。 十八になったら籍入れるって、何回言ってもことわられんの」
まだ十四歳だった竜二の童貞を奪ったうえに、まさか妊娠までするとは思わなかったのだろう。竜二も共犯とはいえ、最初に仕掛けた年長者の明海は、まだ十代前半の子どもを父親であり、夫にすることに気が引けたらしい。
「明海は責任感が強いし、意地っ張りだから。一度言い出したことは変えない。だから俺はこの先も、明海と真海の本当の家族になることはないんだろうなって思う。でも、籍入れてなくても、違う家に住んでても、俺にとって二人は家族と変わらない。できればずっと近くに住んで、見守れる位置にはいたいなって思う」
竜二は、太一の首に顔をうずめた。脱色をした竜二の、やや硬くなった髪の毛が首筋をくすぐる。
「人が考えるのと形はちょっと違うかもしれねえけどさ。そういう家族がいてもいいだろって、俺は思う。だから、アニメが好きなたいっちゃんの気持ちもわかる。気持ちがわかるというか、俺と同じだなって思う。たしかに人とは違うかもしれないけど、たいっちゃんにとってはそれが、だれかを好きになるってことなんだから」
色々な愛の形がある。たとえ、人が想像するような形とは違っても。きれいな円形ではなかったとしても。
「人ってあったかいんだよ、たいっちゃん。真海のこと抱っこしてると、あったかさにほっとして、俺もあったかい気持ちになる。俺はそういう気持ちをたいっちゃんにも伝えたい。それでなにかが変わるわけじゃねえけど、人と愛し合うのも悪くねえって、たいっちゃんに思ってもらえたらいいな」
「無理ですね。僕は二次元にしか興味がありません」
口では否定しつつも、竜二の腕を払いのける気にはなれなかった。
たぶんこの人は、本当に伝えたいだけなんだろうと思った。人間と触れあうことのあたたかさを。そのぬくもりと安心感を。
太一を変えることが目的ではなくて、そのぬくもりはずっと、竜二が人との触れ合いで味わってきたいいものだから。そのいいものを同じく、太一にも味わわせたいから。そういう竜二の真心なのだった。
それもまたひとつの、愛の形なのかもしれない。
べつに、恋愛感情なんかなくてもいいんじゃないかと思った。相手に差しだす真心が必ずしも、色恋を伴うものでなくてもいいのではないか。
竜二が太一に与えようとするものは、恋とは無縁でも、それと同じくらい、尊いもののように思えた。
