僕がこの不良とまぐわいをしないと、どうやら村に災いが訪れるようです

 太一は夏休みの残りを、だらだらと時間を浪費しながら過ごした。
 アルバイトはしていない。塾にも行っていない。夏休みの宿題を少しずつこなしつつ、ひたすら冷房の効いた部屋でアニメを観て、ときおり、都内のアニメショップを周回しては、特になにも買うことなく村に帰ってくる、悠々自適な毎日だ。

「太一ー!」
 
 そんな太一のだらけぶりが目に余ったのか、とうとうじっちゃんから天誅が下った。

「おまえっ、わかっとるんか!? 一年以内にまぐわいをせんと、村に災いがあるんじゃぞ! もっと本気で、がーるはんとをせんかい!」
「ええ~……」

 まったく気が進まない。
 それほど重要な役割だとはいっさい知らされずに、思いつきのような気軽さで社番へと任命されたのだ。結果、村の存亡がかかる全責任を、太一ただ一人が負うはめになった。理不尽極まりなく、非常に納得できない。そもそも、太一は三次元の女に興味がないので、だれかをナンパしようなどという気にもなれない。

 良くも悪くも中肉中背という形容が的確に当てはまる体型に、凡庸な顔立ちの太一のことを、積極的に選んでくれる女性などいるはずもない。俺を社番に選んだ時点で、この村は詰みだったんじゃないかなあ。のんきに村の滅亡を見届ける覚悟の太一だった。

「おまえのせいで村に災いを呼び寄せたとあっちゃあ、ご先祖様に顔向けできん。とにかく行けっ! そとに出るんじゃ!」

 じっちゃんが怒りで興奮している。このままだと、普段から高めの血圧によくないかもしれない。太一はあきらめて、家から出ることにした。

 田んぼのあぜ道を歩いていたところで、向こう側から見知った人が歩いてくるところに行き合った。
 あ、あれはーー!
 ここで遭遇する可能性のある人のなかで、できれば一番、会いたくない部類に属する人だった。

 川崎竜二(かわさきりゅうじ)。太一と同じ高校の二年生。

 竜二は背が高く痩せている。胸板が張って筋肉のついたプロボクサーのような体型に、襟足を伸ばした髪を金色に染め上げた見た目は遠目からでも目立つ。
 竜二は、見た目の印象を裏切らないヤンキーだ。
 高校では多少落ち着いたらしいが、中学のときが最も荒れていた。なんでも東京音頭を口ずさみながら、校舎の窓ガラスという窓ガラスを鉄パイプで粉砕してまわるという、時計仕掛けのオレンジさながらの破壊工作の常習犯だったらしい。補導されたことは数知れず。留置場行きは数回。明くる野村一の不良少年だ。

 やばい、不良と目が合った。

「お」

 相手が、太一を認識した。
 まずいまずい。絶対に絡まれたくないから、静かにすれ違おうとしていたのに。

「おい、おめえよう」

 話しかけられたーー!
 竜二は切れ長の目で下からすくい上げるようにして太一を見つめる。

「は、はひ……」

 太一は蛇ににらまれた蛙状態だ。体がすくんで逃げることもできない。

「おめえ、一ノ瀬(いちのせ)だろ? 一組の一ノ瀬」
「そう……ですけど……」
「俺、川崎。三組の」
「はい、存じ上げております」
 
 竜二は悪名高き有名人だ。学校内で知らない人はいない。
 太一が自分を知っていると知り、それなら話は早いと思ったらしい。竜二はいきなり本題を切り出してきた。

「ちょっとツラ貸せよ」

 で、出たー! ヤンキーの常套句!
 人生において本当に、ツラ貸せよと言われる日が来るとは思わなかった。不倫をした挙げ句、本妻から「この泥棒猫!」と罵られるのと、どちらがレア度が高いのだろう。
 そんな馬鹿なことを考えている場合じゃないと思いつつ、太一は竜二にがしっと肩を組まれて、村の繁華街へと連行されていった。

 小さな村にも、商店やレストランなどの商業施設が密集した場所はある。その一角にある喫茶店へと太一は連れ込まれた。
 席は十卓もないくらいの小さな、昔ながらの喫茶店だ。メニューも昔ながらで、ナポリタンやクリームソーダなどの昭和の喫茶店スターメニューを中心に構成されている。

「なんでも好きなもん頼めよ」

 竜二は太一のほうにえんじ色の表紙をしたメニューをよこす。メニューを開きつつ、太一はびくびくと怯えていた。
 どうしよう。この不良、なんでも頼めと言いつつ、ここで調子に乗って好きなものを注文しようものなら、それでつけこまれて、法外な利子をつけた代金を請求されるか、オレオレ詐欺の受け子をやらされるかもしれない。「腹、減ってねえ?」

「そうですね……あんまり食欲は……」
「あ、そう。すんませーん」

 竜二は店員を呼びつけると、「クリームソーダ、二つ」と、頼まれてもいないものを勝手に注文していた。
 竜二はふかふかのソファー席に片膝を乗せてふんぞり返って座りつつ、ばつが悪そうに頬を掻いた。

「あのー、悪かったな」
「はい……?」

 なんだろう。謝っているようだが、謝られるようなことをされた覚えはない。もしくは、これから謝らなければならないような仕打ちをするので、事前にことわっておこうという腹づもりなのかもしれない。

「あの……ひょっとして謝罪の前借りですか?」
「は? 前借り?」

 竜二は目を見開く。まぶたは一重に近いのに横に長く大きいからか、まなじりがしゅっと切れ上がって、男前に見える目だ。

「おめー、例大祭の社番になったんだろ?」
「えっ……はい」

 竜二が知っていたのが意外だった。

「あれなあ、本当は俺がやるはずだったんだよ。代わってもらって、悪かったな」
「ええーっ!?」

 太一が大声を上げるのにもかまわず、クリームソーダを運んできた店員は淡々と、緑色の発泡液が入ったグラスをコースターに乗せる。

「そうなんですか……!? あれは暦で選ばれるもんだって、じっちゃんが言ってたんですけど……」
「よう知らんけど、生年月日で決まるみたいだぞ。だから、同じ年に何人か社番になれるやつがいる。今年はたまたま、俺かおめーだったみたいだけどな」
「そうだったんだ……」

 てっきり、ふさわしいのは一人だけなのかと思っていた。まさかほかの候補者がいたとは。

「あの日、明け方からめちゃくちゃ腹が痛くなって、救急車で運ばれてさ」

 竜二の話によると、歩くこともままならない腹痛のため、救急車で隣町の病院に運ばれて、治療を受けたらしい。原因は食中毒。吐くだけ吐いたら症状は落ち着いたが、夜までに回復するのは難しいだろうという医者の判断を受けて、急遽村に社番交代の連絡が入り、指名を受けたのが太一だったという経緯だそうだ。

「そんで聞いたんだけどさ。おめー、夜這い失敗したんだって?」

 気まずそうに口にされた夜這い、失敗という単語が太一の心をぐさぐさ刺す。心なしか竜二は、同情するような顔つきになっている。

「ええ……。正しくは僕が夜這いをするのではなく、夜這いをされるのに失敗したということですが」
 夜這いをされる。夜這われる。よばわる。ヨバワリ様の名前の由来だ。
 僕に悪いと思って、本当に謝罪に呼び出しただけなのか。意外の念に打たれた太一は、クリームソーダを啜る竜二をまじまじと見つめる。

 金髪とがたいのよさにびびって直視を避けていたものの、よく見るとこの不良は、かなり端正な顔立ちをしている。まぶたが流線形を描く涼しげな目元に、通った鼻筋と薄い唇は怜悧な印象を与える。塩顔系統の顔整いといった風情で、はっきり言ってとても女の子にもてそうな顔だ。

 たしかにあの晩、本殿にいたのが竜二だったのなら、夜這いをしてしまおうと忍んでくる女の子の一人や二人はいたかもしれない。 こいつは、東京音頭で窓ガラスを破壊するという、怒りの発散のさせ方に平成初期特有のエネルギッシュさと外連みがただよう、感性の古そうな不良なのに。世のなかは不公平だ。

「一年以内にまぐわいしないと、村に災いが起こるって」
「知っています。でもあの日、僕はなにも聞かされずに、急に社番に任命されたんです。それで失敗したからといって、その責任を取れというのには少々憤ります」

 事前に聞いて対策を講じられていれば夜這いをかけられていたという話でもないが、そこは太一にも意地がある。

「だれかパコれる女、いねえの」
「いたら、ガールハントをしろというじっちゃんの圧力から逃れるために、一人あぜ道を徘徊したりしません」
「なんでさっきから敬語なん。俺ら、タメだろ?」
「畏怖。それから、必要以上に関わりあいにならないための線引きも兼ねています」
「ようわからんけど、ま、いいや」

 竜二は、ソーダを最後まで飲み干し、ストローでずずっと吸引音がするくらいまで残滓を吸い込んでから言った。

「そしたら、俺が女、紹介するから。そんなかの一人とやっとけよ」

 女を斡旋しようとする竜二。すぐに紹介できるおなごがいるあたり、さすがは肉欲旺盛なヤンキーという感じがするが、その目的は、祭りの夜の儀式に失敗した結果、村に災いがもたらされるのを防ぐためという信心深いものなので、その献身ぶりにはどこかほほえましさがただよう。

 あんな荒唐無稽な伝説なのに、この人も信じてるんだな。
 あまりにもだれもかれもが信じていると、いまだ半信半疑の自分が申し訳なくなってくる太一だった。

「災いってなにが起こるんですか」
「そりゃあわかんねえけど……」

 みんな災いをおそれるわりには、具体的になにがどうなるという内容までは把握していない。
 民間伝承は、どんなに細部があいまいでも、決まりごとを守らなかった人間に悲惨な末路が訪れるという因果関係には一本芯が通っており、なんだかんだで話を信じさせてしまう説得力があるあたりがずるいと思う。

「ここは俺が育った村だから。家族もいるし、あんまり悪いことが起こってほしくねえんよ。目ぇ閉じてれば終わっからさあ」

 竜二はなおも太一を説得する。

「すみません。そのお話には乗れません」
「なんでよ?」
「あの……僕、三次元の女の人に興味がなくて」
「は?」
「というか、二次元の女の子にしか興味がなくて」
「へあ?」

 竜二は、切れ長の目をめいっぱい見開いていた。

「にじげんってなんだあ?」

 ずこっ。太一は椅子から滑り落ちそうになる。そこから説明が必要だったか。
 さすが不良。おのれの興味がないことには、とことん興味がないし無知だ。

「二次元っていうのは、漫画とかアニメとか。イラストで描かれた女の子ということです」
「ああ。おめー、オタクなんか」
「そうとらえてくださってもかまいません。はじめて恋をしたのは十二歳のとき。魔法少女メタモル・ルルちゃんの主人公、ちょっぴりドジな魔女っ子ルルちゃんでした。直近では、にゃんぱぎ~た! のみらちゃんが俺の恋人です」
「おめえ、なに言ってんのかひとつもわかんねえよ」

 竜二は未知の概念がもたらす混沌に、軽い怒りすらにじませたあきれ顔をする。

「じゃあわかりやすく言い換えます。僕は二次元の女の子にしか勃たないんです。普通の女の人とまぐわいをしろと言われても、無理です」
「え……」

 ここまで直裁的な言い方をすると、はじめて竜二には太一の意図するところが通じたようだ。

「普通の女に勃たない……って、マジなんかよ」
「マジです」
「普段ヌくときどーしてんの」
「未成年のため買ってはいけないことになっていますが、様々な工作により入手した十八金アニメ、もしくはえっちな同人誌です」
「なんか女、嫌いになる原因でもあったん」
「ないです。生まれつき、そういう嗜好っていうだけなので」

 竜二はあっけにとられて、ソファーから滑り落ちそうになっている。

「二次元にしか興味ないって言うと、人は僕のことを、異常とみなします」
「うん。おめーはおかしいよ」
「でも、それってよけいなお世話です。べつに女の人にトラウマがあるわけじゃなし。たまたま、二次元の女の子のほうが好きだっていうだけなんです。多様性の時代なんて言うけど、みんな口ばっかりだ」

 太一は不服そうに、ずーっとメロンソーダを吸った。
 みんな勝手だと思う。

 十七歳の健全な男の子なら、祭りの夜に夜這いをされて童貞喪失して、うれしいやらラッキーやらだろう。だったら、おいしい珍事としてその身を捧げてもらおうだなんて、どうしたらそんなおめでたい発想になれるんだろう。逆に僕がその義務を果たせなかったことでどうして、村全体に災いが降りかかるほどのペナルティになっちゃうんだろう。健全な男の子は健全な女の子とのまぐわいが好き、ということを前提にしたシステムで、いまさらながらアクシデントで自分が選ばれたことに腹が立ってきた。女の人や、まぐわいに興味がない男だって、世のなかにはいくらでもいるのに。

 太一がけんもほろろな態度でいたからか、竜二はそれ以上、問い詰めてくることはなかった。双方クリームソーダのアイスを食べきったのを合図として席を立った。
 竜二の会計が終わるまで待っていて、その流れで一緒に店を出て、またあぜ道を通り自宅方面へと向かう。

「いやー、とにかくさ。一回会うだけ会ってみろって。顔写真見せるから、おめーの好きなアニメの女みたいなの選べよ」

 竜二はあきらめず、再び説得を試みてくる。

「会うのはいいですが、会ったところでなにも起きませんよ」
「そうやって会うまえから心のシャッター下ろしてんの、よくねえぞ」

 不良に正論で諭され、太一はむっとする。

「じゃあ逆に訊きますけど、エロアニメをオカズに自慰をしてくださいと言われたら、川崎くんは進んでできますか?」
「それで災いが消えるんなら、いくらでもできる」

 竜二は力強く言い切った。
 まだ蒸し暑い午後の日差しのなかを、家のある方面に向けてひたすら歩く。どうやら竜二とは家のある方角が同じようで、なかなか道を分かつことなく、同じ歩調で隣を歩かれる。

「お」

 竜二が目を細めて道の先を見つめた。
 反対側から、子どもと母親が歩いてくる。まだ幼い子どもはやっとよちよち歩きをしている状態で、そのあとから母親がゆっくりとした歩調でついて来る。歩行の練習中のようだった。

「マリブーっ!」

 突如として竜二がアメリカの観光地の名称を叫びながら、母子に向かって手を振った。
 すると子どもが竜二に気づき、ぱあっと顔を輝かせた。子どもは竜二の方向に、小走りに駆けてくる。駆けてくるといっても高速のよちよち歩きで、いつ足をもつれさせて転ぶか冷や冷やするような、いとけない歩きぶりだった。
 案の定、子どもは途中で転んだ。

「マリブ!」

 竜二は子どもに駆け寄る。さいわい、子どもは泣くこともなく、笑顔で起き上がった。
 子どもは、抱き上げてほしいとアピールするように、短い両腕を体のまえに突き出す。竜二はリクエストに応え、その子の脇の下に手を差し入れて抱き上げた。

「その子、知り合いですか? ひょっとして親戚の子?」
「おう。俺の子」

 俺の子?

「え……弟じゃなくて?」
「いや、俺の子どもだけど。いま二歳」

 えっ……。
 ざっと計算すると、竜二が十五歳のときの子ということになる。

「あっこから歩いてくる女いるだろ?」
「はあ……」
「俺の元彼女。あいつが十七で俺が十四んときにつきあってたんだけど、俺の部屋でだべってて、気づいたら乗っかられてた。そんで、何回かやってたらできちゃった」

 そのできちゃった子を抱き上げながら、からからと笑う竜二。さすが不良の繁殖力だ。生命力がまばゆい。

「責任取るって言ったんだけど、俺はまだ結婚できる年じゃなかったし、一人で育てるからいいって言われた」

 十七歳の女子高校生に犯される十四歳。それってもはや性犯罪なんじゃないか……。そう思っても不良怖さになにも言い出せない太一だった。

「子どもの名前、なんていうんですか?」
「マリブ。真実の海って書いて真海(まりぶ)
 
 マリブって、子どもの名前のことだったのか。

「なんで真海?」
「病院で生まれたときに、俺がマリブって書いてあるTシャツ着てたから」

 しょうもない理由に太一はあぜんとした。さすが、不良の発想らしいはっちゃけたセンスだ。さほどおかしな当て字になっていないのは唯一、救いな気がする。

 一生に一度の名付けがそんな気合いも思い入れもない由来でいいのかとあきれつつ、子どもを抱き上げた竜二がにこにこ満面の笑みを浮かべ、頬ずりせんばかりに可愛がっているのを見て、名前への思い入れと子どもへの愛情は必ずしも比例するものでもないんだなということを学んだ。それに、竜二としては出産当日にマリブと書かれたTシャツを着ていたことが記念で、思い入れのある名前なのかもしれない。

 あとからゆっくりと歩いていた子どもの母親が追いついた。
 でかいブルドッグの絵が描かれた大きめのTシャツに短パン、キャラクターのついたサンダルをつっかけている。あからさまなヤンキー風味といい、よく見ればきれいな顔立ちといい、どことなく竜二に系統が似ている。

「こいつ、明海(あきみ)。明るい海って書くから、子どもにも一文字もらってつけた」
「そういう由来もあるのか」
 
 竜二なりに考えての命名だったらしい。
 明海は金髪と茶髪の入り交じったロングヘアを、巨大なクリップで留めてひとまとめにしている。根元が伸びてプリン状態だ。

「散歩してたん?」
「うん。真海が出かけたそうだったから」
「どこまで行くん」
「あぜ道の端まで」
「そっか。暑いから真海がばてんくらいで戻ってきたほうがいいよ」
「うん、そんなに遠くまではいかないから」

 明海と竜二は、子どものことでなごやかに言葉を交わす。別れたあとも関係は良好なようだった。竜二が育児に口を出すことも、明海は当然のこととして受け入れている。

「あ、そーだ明海。おまえの友だちでだれか、筆下ろし好きなやついない?」
「あーっ! ちょっ……そういうのいいですから!」

 太一はあわてて制止した。

「なんでよ。場合によってはどうにかなるかもしれねえのに」
「いや、だから理由は先ほど申し上げたとおりで……」

 目のまえで繰り広げられるやり取りを、明海は特に関心もなさそうに聞いていた。
 竜二に抱かれていた真海が、母親のほうに移動したそうに体をよじり、抱っこ係は竜二から明海に交代した。

「じゃあね」

 サンダル履きの女ヤンキーは、息子を抱き上げたまま歩いていった。

「びっくりしたな……。さすがにお子さんがいるとは思わなかったから」

 真海はまだ顔立ちが幼く、明海とも竜二とも似ているとは言いがたかった。しかしあの懐きぶりを見ているとたしかに、親子の絆が感じ取れた。

「そうなあ。俺もまさかできるとは思わんかった。おふくろは二十三のときに俺を産んだから、それより早かったな」

 ほぼダブルカウントに近い。

「一緒に住んではねえけど、俺なりに真海のことは大事に思ってる」

 遙か遠い山の稜線に目線を投げかけながら、竜二が言う。

「だからこの村に、災いが起こるのは困るんだよ」

 子どもを思う心のために、竜二は太一の元に謝罪および、なんとかまぐわいをしてほしいと説得にあらわれたらしい。
 そういえば、竜二が暴れるのをやめたのもちょうど、真海が生まれた時期と重なるのではないか。子どもができると、子どもに恥ずかしくない生き方をしよう、と不良でも心を入れ替えることがあるんだなと太一は感慨深く受け止めた。

「なあ、たいっちゃんよう。ここは俺の願いを聞き入れて、いっちょまぐわいをしてくんねえか。相手はなんとか俺が見つけてくるから、頼む」

 竜二はぱんっと顔のまえで両手を打ち合わせて、太一に向かって頭を下げる。

「そう言われても……本当に勃たないのでどうしようもなくて」

 子どもを思う竜二の気持ちを考えると、不本意ではあるものの協力してやりたい気持ちも湧き上がってくる。それでも、体が追いついていかないことには太一にもどうしようもない。

「アニメの女じゃねえと、本当に勃たねえの」
「はい。映像を見てみましたが、うんともすんとも」
「うーん、それじゃ入らないしなあ……」

 竜二は眉根を寄せて渋い顔をする。

「そうだ……!」

 突然、なんらかの発想が頭に飛来したらしい竜二が目を見開いた。

「とにかく、まぐわいをすりゃあいいんだろ? だったら、俺がたいっちゃんとパコってもいいのか!」
「はい……!?」
「あー、そうか。いやー普通に気づかんかったわ。それでいいんだな。よし、災い解決」

 勝手に結論にいたった竜二はにこにこと笑みまで浮かべている。

「いやいやいや……! どうしたらそういう発想になるんですか……!?」

 太一はパニックを起こした。
 僕とこの不良がまぐわいをする。奇天烈な発想を本人のまえでさらっと口にできてしまうあたり、デリカシーが欠如していて、やっぱり不良って頭のねじがはずれてるとんでもないお馬鹿さんだと驚愕せずにいられなかった。

「たいっちゃんは女とやれねえ。でも、まぐわいをしなくちゃならねえ。だったら、無理に女相手じゃなくてもいいってことだ」

 竜二は無茶苦茶な三段論法を繰り出す。

「俺がたいっちゃんに突っ込めばいい。そうと決まればさっそくやりにいくぞ」

 腕をまわされてがしっと首根っこをつかまえられて、太一はぞーっと青ざめた。

「いやいやいや……! なにも決まってないですからね! だいたい、僕相手に勃つわけないでしょ!?」
「そんなん試してみないとわからんだろうが」

 このままでは連行されてしまう。短絡的な思考の持ち主は、最悪野外でと言い出しかねない。

「絶対に無理ですし、そもそも無駄です。夜這いをされなかった僕が女の人とまぐわいをするというのが、呪いを発動させない条件なんですから」

「む、そうか? 一年以内にだれかとまぐわいをしないと、村に災いがくるっていう話なんだろ? 女とはひと言も言ってないべ」
「ええー……」

 どうしようもない話題で、議論が平行線になりたくない太一だった。

「ようし、わかった。そんなに渋るんだったら、神主んところに確認しに行こうぜ」
「確認するって、なにを?」
「一年以内に、の条件」
「い、いやだよ! 僕はいかない!」
「てめえに選択肢があると思ってんのか? あ?」

 竜二はぎろっと鮫のような目つきになって太一をにらみつける。びくびくっと肩を震えさせる太一。社番を交代するにいたった自らの過失を詫びていたしおらしい態度から、見事な豹変ぶりだ。さすが性根は不良だ。
 太一の返事も確認せずに、竜二はぐんぐんと歩き、神社方面へと向かった。

「浅野さーん! いねえのー?」

 無人の社務所の奥に向かって、竜二は声を張り上げる。
 太一たちは夏休みだが、世間は平日だ。村の氏神様で大きな神社とはいえ、催しごとのない過疎地の神社には、平日の昼日中には参拝客もいない。

「浅野さーん」
「はいはい」

 奥から浅葱色の袴姿の神主があらわれた。

「あれえ、めずらしい組み合わせだね。あ、今年のお社番の二人かあ」

 太一と竜二の共通項に思いいたり、神主はぽんっと手を叩く。やっぱりこの人、僕が代理の社番だって知ってたんだな。交代の調整に絡んでいるから当然だろうけど。祭りの翌朝、さも竜二の存在などなかったかのように、イベントに失敗した太一をおどかしたのを思い出し、ちょっとむっとする。

「ちっと確認したいことあんだけど」
「なんだい?」
「災いの防ぎ方。こいつが女とまぐわいしないとだめなの? 俺とやるのでもだめ?」
 
 もう少しオブラートに包んだ訊き方をしてほしかったのに。竜二の隣で、太一はいたたまれない。

「こっちにまわって、上がってきなさい」

 神主は社務所の出入り口から、太一たちをなかへと上げる。
 社務所の奥には、畳の敷かれた部屋が広がっている。机を並べたら、ちょっとした会合には使えそうな空間だ。
 神主はなにやら古めかしそうな巻物を持ってきて、畳の上に広げる。絵巻物だった。ところどころにうねる文字で短い文章が書かれている。

「平安時代に書かれた巻物ーーの写しだよ。この村とヨバワリ様に関する逸話が書かれている。祭りの次の日に、太一くんに話したのと同じ話だね」

 座布団の上で正座をして、太一は巻物を見つめる。

「この、毛の塊みたいな、でかいふくろうみたいな形のものはなんですか?」
「これがヨバワリ様だよ」

 これが。この体型がずんぐりむっくりした、土偶みたいな顔をしたやつが。ヨバワリ様の着ぐるみを作って清白神社のマスコット化したら、意外と村おこしに役立つかもしれない。

「災いを回避する条件が書かれているのは、このあたりかな」

 神主はするするっと巻物を広げていく。太一と竜二はいざって、新しく広げられた紙面に目を移す。

「ひとの、ひととせのうちにまぐわひしたまふこと、あらまほしかるべけれ」

 百人一首みたいな文言を読み上げられただけでは、さっぱり意味がわからない。

「要は一年以内にまぐわいをするのが望ましいよん、って書いてあるわけだね」

 該当箇所について、神主が解説を加える。

「古語でまぐわひっていうのは、通常なら男女間のボディトークを指すわけなんだけど……」

 絶妙に気持ち悪いカタカナ英語でまぐわいを言い換えつつ、神主の指が新たな文字をたどる。

「ここに、緩和条件が書かれている。ヨバワリ様は愛にあふれたお方なので、あらゆる愛の形をお認めになる。だから、同性間だろうが異性愛だろうが、その形式に縛りはないってね」
「ほらなー! 俺の思ったとおり。やっぱり大丈夫だって!」

 確証を得た竜二が、ばんっと太一の背中を叩く。証跡を示されてしまった太一はだらだらと冷や汗ものだ。
 ちくしょう。そんなに寛容な神様なら、異性から不人気ゆえに祭りの日に夜這いを仕掛けられることなく朝を迎えた不憫な男子高校生のことを、見逃してくれてもいいんじゃないか。どうして村の災いにまで発展するのか、理解に苦しむ。

「なので、まとめるとヨバワリ様にまぐわいを捧げるのは、男男でも男女でもどちらでも大丈夫だよ」

 バウムクーヘンを焼き上げるようにくるくると少しのずれもなく巻物を巻き取りながら、神主はそう結論した。

「感心だねえ。太一くんのお相手の裾野を広げるために、確認しに来たの?」
「いや、俺とやっても大丈夫なのか確認しにきたんで。浅野さん、あざっした」
「んんん?」

 とっさに意味を判じかねてはてなマークを浮かべている神主が真意に気づくまえに。太一は竜二を急かして立ち上がり、社務所をあとにした。

「いやはや……」

 とぼとぼとした足取りで帰路につく。神社からの帰り道もやはり、竜二と一緒だ。

「なあ、覚悟決めて一発やっとけって。そうすりゃ、面倒くさいことはなにもなくなるんだから」
「どうしてそんなに前向きでいられるんですか?」
「前向きもなにも。ほかに選べねえんだから仕方ねえべ。先延ばしにすっからどんどん、面倒くさくなんだぞ」

 自分は十五で父親になった不良のくせに、竜二は正論で太一を説き伏せにかかる。

「なー、たいっちゃんよう」

 木立が影を落とす参道には、夏でもひんやりとして清涼な空気が満ちている。竜二は太一の肩を抱いた。どこか手つきがやんわりとしていて、優しい。

「俺、優しくすっから。あと、たぶんうまいと思うし」

 竜二は太一の肩を抱きつつ、顔をのぞきこんで安心させるようににこっと笑う。

「あのねえ。女の人とは違うんですよ」
「ん? 突っ込むところ? ああ、平気平気。俺、やったことあるし。女とだけど」
「あるんだ……」

 平然と答える竜二。男なら突っ込む場所はそこしかないが、女の場合は二穴あるうちのもう一つということで、まだ十代のうちからアブノーマルプレイに手を染めている竜二はやはり、人としてだいぶ終わっていると太一は思った。

「これでたいっちゃんも心配ごとはなくなっただろ?」
「いやいや……! 確認しただけで、承諾したわけでは決してないですからね……!」
「あ? じゃあどうしたら納得すんだよ」
「一生納得できないです! そもそも半分だまされて社番に送り込まれて、条件も知らされずに任務失敗して、その挙げ句にどうして僕が突っ込まれる側なんですか!?」
「寝転がってれば終わるからよう。あんまり駄々こねてっと、気絶させて無理やり犯すかんな」
「は、犯罪だー!」
 太一はダッシュで、竜二の腕から逃れた。そのまま脇目も振らずに一気に自宅までの道程を駆け抜けた。