僕がこの不良とまぐわいをしないと、どうやら村に災いが訪れるようです

太一(たいち)よう。おめえ、祭りんときに社にこもってもらうからなあ」
 
 太一がじっちゃんからそう告げられたのは、例大祭当日の朝のことだった。

「じっちゃん、当日の朝に言うなよお」

 縁側で猫のういろうを撫でつつ、涼んでいた太一は文句を言う。

「仕方がなかろう。急に決まったんじゃから」
「俺、祭りなんて行く気なかったのになあ」

 丸まって眠る猫の背をもみもみしつつ、太一は天井をあおぐ。

「祭りにも行かんと、どうせまた部屋にこもって、あの、アニメっちゅうのか? なんじゃ水風船でも入れとるのかっちゅうくらいに胸を腫らしたおなごが出まくる、しょーもない紙芝居を観とるだけで暇じゃろが」
「しょ、しょうもなくはないだろ」

 ばれていないと思っていたのに。太一がこっそり部屋で観賞するアニメの内容を、じっちゃんに知られていたのが恥ずかしい。

「雲隠れしたら全身に蜂蜜を塗りたくって、神社の楠の大木んとこに縛りつけるからな、このクソ孫め」
 八月初旬の夏の盛りのいま、そんなことをされたら、蜜につられた大量の虫に寄ってたかられる。

「ひどい! 昭和の拷問だ!」
「なんとでも言うがいい」

 もう決定事項だとばかりに、じっちゃんは取り合わなかった。

「社にこもるってあれだろ? 祭りのあとでだれかが社で夜を明かすやつ」
「そうじゃ。ちょうどおまえと同じ年。十七歳のおのこから、暦で選ぶ決まりになっておる。今年は、たまたま暦に一致したのがおまえなんじゃ」

 太一の暮らす()くる野村(のむら)は、東京都の西のはずれにある。都内にありながら、いまだに村という集落形態を維持している希有な土地だ。
 総人口は四千人以下。あまり外部との交流がなかった閉鎖的な土地柄のためなのか、都内なのになぜか方言みたいな訛りがある。どこの地域由来なのかは、よくわからない訛りだ。
 明くる野村はこれまで、奇跡的に市と併合させられることなく生き残ってきた。というのも、明くる野村は自然が豊かな土地にあり、都内にありながら気軽に山登りや川遊びが楽しめるとあって、休みのたびに近隣県の人々が訪れる観光地化しているからだ。村を含めた一体が、東京都が指定する特定自然保護区になっているのだ。

 明くる野村で、五年ごとに開催される祭りが、呼ばわり祭だ。
 祭り当日、清白神社のご神体である呼把破里尊(よばわりのみこと)ーー通称、ヨバワリ様が神輿に乗って村を練り歩き、この地に福を呼び寄せる。祭りに参加した人にはもれなく、福の恩恵がもたらされるとあって、この日は村外からも多くの人が詰めかけて、にぎやかな一日となる。
 太一はわいわいがやがやした雰囲気が苦手なので、祭りの間は一人、部屋に引きこもろうと思っていたのに。じっちゃんの画策によって、思わぬ役目を引き受けるはめになってしまった。

 社の床に布団を敷いてもらい床に就きながら、太一は早くも、蜜責めにびびって安易に引き受けたことを後悔しはじめていた。
 まず、暗い。祭りもすっかり終わり、神社内の明かりは消されている。わずかに開いた社の小窓から、月明かりが入ってくるのみだ。
 それから、静かだ。開けた窓からリーン、リーンと虫の鳴く声が鼓膜に届くのみで、そとはしーんと静まりかえっている。
 明くる野村は山々に囲まれ、冷たい清流の流れる自然豊かなど田舎なので、夏でも夜は冷房いらずだ。だから空調が効いていないのは我慢できる。が、いつもと環境が違うなかで、しかも近くにご神体の飾られている本殿のなかで眠るというのは、どうにも気分が落ち着かない。

 学校が休みの土曜日は、深夜までアニメを一気見するのが定番の過ごし方だ。普段とルーティーンが異なるのも、どうにも調子が狂ってしまう。
 がさがさがさっと、そとで物音がした。

「なにっ……!?」

 暗闇、神社というシチュエーションのせいで、必要以上にびくついてしまった。
 おおかたそとの草むらに、たぬきが出入りしたのだろう。村にはたぬきやハクビシンなんかの、野生の動物もたくさん生息している。
 一度怖い思いをすると、神社……神……幽霊……と、怖い連想が数珠つなぎになる。いやな連想を追い払うように、太一はふるふると頭を振った。

 エロは幽霊に効くって言うもんな。よしよし、それなら目下はまっているアニメ『ご自慢メイド! ご奉仕にゃんにゃん! にゃんぱぎ~た!』に登場するみらちゃんのおっぱいに頭を挟まれてよしよしデートをしてもらう妄想でもするか……。
 太一のことだけが大好きな巨乳の美少女メイドに、都合よくかまわれるというしょうもない自家製造妄想の放つピンク色の熱波で盛大に脳内をあぶられながら、太一はようやく眠りについた。

「太一くん、おはよう」
「んぁ……?」

 本殿の扉が開いた。
 立っていたのは浅葱色の袴に身を包んだ神主さんだった。神主さんといっても、太一も子どものころからよく知る神社のおじさんだ。

「もう朝だよ。よーく寝てたねえ」

 朝日にまぶたを刺激される。
 昨晩は、落ち着かない環境で寝られないと悶絶していたのに。眠りに落ちるときはすとんとあっけなくて、そのまま朝まで眠っていた。

「おはようございます。もう、出てもいいんですよねえ……」

 眠い目をこすりつつ、太一は布団の上で体を起こす。

「うん。大丈夫だよ。……ねえ、太一くん」
「はい?」
「昨日、なにかいつもと違うことはなかったかなあ?」

 なになになに。その訊き方、こわいんですけど。

「いや……特にすごく変わったことは……。たぶん、たぬきかなあっていう物音はしたんですけど……」
「ほうほう」

 神主さんはきらりと目を光らせる。

「ひょっとして本殿に、だれか入ってきたりしなかったかな?」
「だ、だれかって……だれですか……!?」

 本格的に脅かすような訊き方をされて、太一は背筋を凍らせた。
 ところが神主さんは太一を脅かすつもりではなかったようで、少し照れてもじもじしながら先を続けた。

「あー、その、ね。だれか、太一くんのことを好きな女の子がさ。こーっそり布団のなかに入ってきちゃったりとか、来なかったりとか、しなかったかなあ……っていうお話なのね」

 急に歯切れが悪く、ネズミ講のカリスマ販売員のような口調になる神主。みらちゃんとのうきうきデート妄想はしましたが、所詮、それは俺の頭のなかだけで発生した架空の出来事です。二次元の美少女に萌えて独り身の無聊をなぐさめる、おのれの恥ずかしい妄想癖を披瀝することなど到底できず、太一は口をつぐんだ。

「いや……特になかったです」

 神主が目を見開く。まぶたが限界まで見開かれて、そのままだと眼球がこぼれ落ちてしまうから指で支えたほうがいいのでは……? と思われたほどだった。目覚めて間もない朝だからなのか、若干、目が血走っている。

「なにも……なかっただと……!?」
「なっ……なかったらだめなんですか……?」

 気軽に答えただけなのに。神主の示した反応は、太一の想像を軽く超えていた。
 神主は全身をわなわなと震えさせる。本殿の隅にかかげてあった祓い串を手にすると、舞い踊るかのごとく床板の上を右往左往して、ばさばさと音を立てて串を振りはじめた。

「ヨバワリ様……っ! どうぞ怒りをお鎮めくださいませえーっ……!」

 なんだこれは。
 目のまえで繰り広げられるあまりの狂宴に恐怖し、布団に身を起こしたまま硬直している太一のことなど目に入らぬかのように、神主は一心不乱に串を振りつつ舞い踊る。そのうちに鈴がたくさんついた神器まで取り出し、しゃりん、しゃりんと清涼な音が鳴らしながら、周囲を清めはじめる始末だ。

 ど、どうしよう。なにも知らずに因習のある村に足を踏み入れたよそ者に、たたりがあるぞと触れまわる狂った老婆みたいな動きをしている。
 太一があわわと怯えていたところで、ひとしきり暴れ踊っていた神主はようやく、落ち着きを取り戻した。

「太一くん」
「はい……?」

 神主は、額に浮かんだ汗を袖でぬぐう。太一のそばに寄ってくると、その場にしゃがみこんだ。

「いまから言うことを、よーく聞きんさい」
「はい」
「いまから一年以内に、太一くんがだれかとまぐわいをしないと、この村に災いが訪れる」
「は?」
「そんなんいやだろう? がんばって一年以内に相手を見つけて、ちょめちょめしなさい」

 ばんっと激励を込めて神主は太一の肩を強めに叩く。
 ちょめちょめってなんだ。まぐわい。だからつまりは性交渉のことだろう。

「ちょっと待ってください。なにがどうしてそうなったんですか」
「この村にはねえ、古くから伝わる伝説がある」

 そこですっくと立ち上がり、扉から朝日をあおぎ見る神主。よくわからないが、RPGにおける神官の語りモードに突入したらしい。

「ヨバワリ様っていうのはね、元々はこの村に巣くっていた三叉の大蛇を退治した英雄のことらしいんだよねえ」
「三叉の大蛇」

 キングギドラじゃないのか、それは。

「多くの村の娘がヨバワリ様のところに嫁ぎたがったが、ヨバワリ様はだれのことも嫁には取らず、生涯、独身を貫いた。実は、ヨバワリ様の正体は、土地の神様だったんだねえ」

 先ほどまで、怒りをお鎮めくださいとびびり散らしていた神様のことを、神主は読み聞かせのように気軽に語っている。豹変ぶりが怖い。

「その後もヨバワリ様は、戦や災害から村を守り、そしてとうとう地上にいられる時間が尽きて、八百万の神がおられる高天原へと旅立つことになったんだ。そんときに、ヨバワリ様は言った。この先も村を守る代わりに、五年に一度、地上に降りて来られる祭りの夜にまぐわいを見せてください、とね。それで例大祭の夜に、本殿での交わりをヨバワリ様に捧げるのが、この村の伝統になったんだ。はるか昔から続く、ヨバワリ様との約束なんだねえ」
「ちょっと待ってください」

 笑顔を浮かべてめでたしめでたし、とばかりに話を締めくくろうとしている神主を、太一はすばやく制止する。

「え……じゃあ、この村ではずっとそんなことが続いてたんですか? 五年ごとに? この本殿で?」
「そうだよ」
「交わりって、ふりだけするんじゃなくて」
「うん。ガチもんのずっこんばっこんだね」

 ーーということは。
 五年前、お社番(やしろばん)に選ばれた近所の兄ちゃんの顔が思い出される。祭りの日は朝から顔を火照らせて、そわそわと落ち着かない様子だった。たしかに刺激的なことはなにもない村だから、大きな祭りの日を楽しみにする気持ちもわからなくはない。でも、所詮は一日だけの小さな村の祭りだ。そこまで興奮をつのらせるものなのかと、友だちになんらかからかわれ、小突かれながら、浮かれて鼻の下を伸ばしている兄ちゃんが少々異様に思えたものだ。

 いまにして思えばあれは、夜に社で起こることを期待して、朝からうきうきそわそわしていたのに違いない。
 太一のなかで、ちょっと不思議だなと思っていた昔の出来事と昨晩のことが、一本の線で結ばれた。

「だ、だったら……! どうしてじいちゃんも神主さんも事前に教えておいてくれなかったんですか……! そんな、災いが起こるような重要な話……!」
「言わなくてもねえ、村の人はだいたい知ってるものなんだよん。いやー、太一くんが知らないっていうのは、おじさんも誤算だったなあ……」
「そんな。ちょっとした報連相を怠ったことで村の大惨事じゃないですか」

 しかもいまや、その責任は太一ただ一人の肩に重くのしかかっている。

「いやー……今年のお社番は太一くんだよって聞いたときに、ちょっと大丈夫かなあって心配はしたんだけどね……。ま、夜になればだれかが来てくれるだろうって、楽観視しちゃったなあ」

 祭りの晩にまぐわいに失敗しただけで。村に一大事をもたらす呪いの発動条件が、あまりにも軽すぎる。

「あれ、ちょっと待てよ。まぐわいを捧げるのがヨバワリ様との約束なんですよね。でもヨバワリ様はべつに、見せてくれなかったら村に災いをもたらすとはひと言も言っていなかったんじゃないですか?」

 神主はぎくりとした顔をする。

「たしかに、そういう解釈もあるかもわかんないねえ。でも、神様との約束を反故にしちゃったら、そりゃあお怒りになるでしょう。一応、一年以内が推奨だよって文献にも書いてあるし」
「そういうものですか」

 お詫びに村で乱交パーティーを開催しても許されないものなのか、と太一は突飛なことを考えた。帰り際、「一年以内だからねー!」と神主さんに大声で念押しをされつつ、太一は神社をあとにしたのだった。