藤谷くんの高嶺の花

 藤谷は優しい。
 俺の世界を変えてくれた。
 俺には何も返すものがない。
 自分では何もできなくて。藤谷の気持ちを利用した。
 俺はあいつの隣にいていい人間じゃない。
 このまま一緒にいても、きっといつか、無意識に傷つけてしまうかもしれない。それが怖い。

 あの日から、俺は藤谷と距離を置くようになった。
 1人になろうと思った。
 前みたいに、自分を閉じ込めて。
 もう誰も傷つけないように。
 

 昼休み、笹川と須山に囲まれた。
「右よし、左よし。藤谷はいないな?」
「先程、トイレに向かいました!」
 笹川が敬礼する。
 須山が続けた。
「稼げる時間はせいぜい5分だ」
 え?
「了解!」
 2人が俺の左右に整列した。
「早瀬、確保!」
「よし、連行!!」
 え?ええっ?
 ガシッと両脇を掴まれる。「ち、ちょっと…。待って」
 2人は俺の話に一切耳を貸さなかった。


「で。一体どーしたんだよ。お前ら」
 笹川が切り出した。
「別れたわけじゃないんだよね?」
 須山が心配そうに俺を見る。
「……藤谷に、俺はお前には相応しくないって言った」
「なんで?」「どうして?」
 2人の声が重なった。
「嫌いになったわけじゃ、ないんだよね?」
「…それはない」
 俺が藤谷を嫌いになる未来はない。
「きっと俺は藤谷をいつか傷つけると思う。あいつはいい奴だから、俺といることで嫌な思いをしてほしくないんだ」
「やばい。早瀬の言ってること、全然分からねぇ…。藤谷が早瀬といて傷つくとかそもそもその発想がないんだけど…」
 笹川が言った。
 うん。自分でもぐちゃぐちゃだと思っている。
「早瀬はさ、最近よく笑うようになったよね」
 須山が言った。
 笹川は黙って聞いている。
「よく話すし、よく笑うし。早瀬ってさ、前はとっつきにくいい感じだったけど、変わったよね。俺はさ、今の早瀬と友達になれて良かったって思うけど、早瀬はどう?」
「俺も!」
 笹川も手を上げた。
「早瀬はさ、前の自分と今の自分、どちらが好き?」
「そんなの…」
「……1人になろうとしてるみたいだけど、させないよ。俺達も、藤谷も」
 その時。
「やべ。藤谷にバレた」
 笹川の声に振り返る。
「思ったより早かったじゃん」
 息を切らせた藤谷がいた。「藤谷…」
「早瀬…」
 藤谷だ。
「ちゃんと話せよ」
「先戻ってるからな」
 笹川と藤谷は俺の肩に手を乗せ、校舎へと戻っていった。
 

「あいつらに、何か言われた?」
 俺は首を振る。答える代わりに藤谷のブレザーを掴んだ。
「……触っていい?」
 黙って頷くと、藤谷が俺を包み込んでくれた。
 心地よい。安心する。
 俺の居場所はここだと、気付かされる。
「早瀬…。頼むから俺から離れようとするな」
「……俺は。藤谷を傷つけたくない。傷ついてほしくない…」
「俺なら大丈夫だよ。早瀬にならどんな酷いことされたって、いいんだから。どんな早瀬も、ちゃんと受け止めるよ」
「俺さ…藤谷の事、最初は自分に都合よく利用してたのに、いつの間にかどんどん好きになっちゃって…。怖くて。どうしていいか分からなくて…」
「早瀬が…俺の事…好き?」
「好き…」
「やった…」
「でも、怖くて…」
「早瀬はさ。俺が早瀬を変えたって思ってるみたいだけど、違うから」
「え…」
「俺はただのきっかけに過ぎないよ。早瀬自身が変わろうと思ったから今の早瀬がいるんだよ。ちなみにさ、前のツンとした早瀬も孤高の人って感じで好きだったけど。俺、今の早瀬がめっちゃ好き」
「…俺も。今の自分の方がいい」
「それにさ。俺ほど早瀬にふさわしい相手、いないだろ。…大丈夫だから。怖がらないでよ」
 俺は、今の自分が好きだ。
 こんなぐちゃぐちゃな自分を、受け入れてくれる藤谷が大好きだ。
 




「ダ〜メ!絶対無理。断って」
 文化祭。クラス選抜のミスコンに女装で出るように頼まれた。『ガチで優勝取りに行きたい』学級委員長に懇願されたのだ。
「早瀬が出るなら俺が代わりに出る」
「フッ。何それ。ちょっと見てみたいかも」
「……とにかく。ダメだからな」
「分かったよ」
 季節は巡り、秋ーーー。
 相変わらず藤谷は俺に甘い。
 それが嫌ではなくむしろ嬉しい。
 『好き』になることが『怖い』と思う気持ちがなくなったわけではないけれど。その都度藤谷は俺と向き合ってくれた。
 藤谷が言ったように。藤谷ほど俺に相応しい相手はこの先出会えないと思う。
「藤谷…」
 俺は藤谷を見上げ、藤谷のブレザーの裾を2回、チョンチョンと軽く引っ張った。「ん?」どうしたと俺を見る。
「大好き」
 俺は迷わず眼を閉じる。「ちょっと、たんま。本当そーゆーのどこで覚えてくるんだよ。もうっ」
「ん…」
 顎をくいっと突き上げた。
 藤谷が俺を抱きしめ、キスをする。

 こうして俺は『おねだり』を覚えたのだった。
 




おしまい