藤谷くんの高嶺の花

 入学式、ひときわ目立つ人だかりの中で早瀬を見つけた。
 綺麗だと。純粋に思った。
 一瞬で引き込まれた。
 あの感覚は今まで経験したことがなかった。
 ーーー高嶺の花。
 しばらくしてそう呼ばれるようになっていた。
「高嶺の花ねぇ」
 早瀬は、いつもだるそうにしていた。
 人と自分から関わるタイプではなさそうだったが、その容姿から周りに人が常にいる。
 何にも興味なさそうなあの顔。
 笑もしない。愛想がない。
 綺麗な造形。でも目に光が映らない。
 本当に入学式で見た早瀬と同一人物だろうか。
「スカしたやつ…」
 同じクラスに早瀬を見つけた時、俺はそんな風にしか早瀬を見ていなかった。

 
 数ヶ月過ぎたある日。
「そうそう、早瀬来るなら秋元ちゃん来てくれるって」
「マジ⁉︎」
「呼ぶしかねーじゃん」
 あれは…佐伯達。
 いつも早瀬といるグループだな。
「あいつら、早瀬で女の子釣ろうとしてるわ」
「くだらねーことしてるな」
 須山と笹川がぼやく。
 全く同意見だ。
 いつまでもくだらない話をしている佐伯を一瞥(いちべつ)して俺は教室をでた。



「早瀬?」
 教室のドアを開けると、入り口に早瀬が立っていた。
 表情が険しい。
 中の会話はしっかり早瀬に聞こえていたのだろう。
 一瞬。泣いてるのかと思った、声をかけようとしたが、早瀬は教室に入らずに引き返していった。
 声をかけれなかった事に気が引けて、気づいたら早瀬の後を追っていた。
 人気のない自動販売機。ココアを買って座り込んだ。
 溢れるため息。
 泣くのを堪えているのだろうか。早瀬はグッと空を見上げていた。
 その時の早瀬は、息を呑むほど綺麗だった。

 
 早瀬は高嶺の花なんかじゃない…。
 
 彼の心に、触れたいと思った。
 早瀬を守りたい。
 彼を傷つけようとする全てのものから、守りたかった。
 早瀬にこれ以上傷ついてほしくなかった。
 この気持ちをなんと言うか、この時はまだ確信が持てなかった。


「それ、やめたら?」
 佐伯に言ったことがある。
「は?」
「早瀬を利用するような真似、やめてやれよ。友達なんだろ」
「藤谷、お前早瀬のなんなん?早瀬に頼まれたのかよ。早瀬がそう、言ったのかよ」
 つっかえされた。
 俺は早瀬のなんでもない。
 恋人でも、友人でもない。 
 ただのクラスメイトでしかない。
 今の自分では守ることさえできない。
 もっと、早瀬に近づきたかった。


 体育の日、いつもは気だるそうにしている早瀬が別人のように見えた。何かを覚悟したようなそんな目をしていた。
 転びそうになった早瀬を無我夢中で受け止る。
 抱き抱えた時、ふわりと早瀬の香りが鼻をついた。
 自分の中で一つの答えが出た。
 俺は早瀬が好きだ。


⭐︎

 夜空に花火が鮮やかに打ち上がる。
 早瀬と一緒に見たかった。
 利用なんていくらでもしていいのに。早瀬がそれで変われるなら、俺の事はいくらでも利用していい。
「早瀬…」
 今の早瀬が、きっと本来の姿なんだと思う。
 早瀬が安心できる場所を、早瀬が自分らしくいられる場所を作ってあげたかった。
 救えたと思ったのに…。
 俺はまだ早瀬を救えずにいる。