藤谷くんの高嶺の花

 祭り当日。
 いつになく、緊張していた。
 藤谷と2人きりになったら、『好きだ』と告げよう。
 そう決めた。
 ちゃんと気持ちを伝えたい。
「早瀬、こっちこっち」
 待ち合わせて、会場に向かう。
「射的勝負しようぜ」
 笹川は無邪気に飛び跳ねていた。「こいつ、脳内5歳児だから」須山が教えてくれた。
 私服の藤谷を初めてみた。控えめに、カッコいいんだよな。藤谷って。
「早瀬の私服。めちゃいい…。写真、撮っていい?」
 藤谷がそう言ってスマホで写真を撮った。
 て、連写⁉︎
「な、俺の彼氏、めちゃイケメンじゃね?」
 2人の前でドキリとする一言を放つ。
「ちょ…」
 2人の顔を交互に見た。特に驚いた様子はない。
 あれ?
「付き合ってるんだろ、お前ら」
「知ってたの?」
「知ってるも何も…なあ」
「バレバレなんだよ。特に藤谷が」
「なー」
「ちなみに、花火前に解散な」
「え?」
「2人になりたいだろ〜と思ってさ。
 笹川と須山が友達で本当によかった。
 

⭐︎
 
 
「早瀬、疲れてない?」
「笹川と須山は?」
「あっちで金魚掬い( すく)やるってさ。全くガキだよな」
「藤谷…」
「ん?」
「今日、ありがとう。めちゃ楽しい」
「それは良かった」
「去年は佐伯達と一緒に回ったんだけど、皆が女の子達といい感じになったら帰ったから。…あんまり覚えてなくて」
「そっか」
「ちょ。手…。人前だよ」
 手を繋がれただけでドキリとする。
 好きだと意識してからこうして藤谷と触れ合うたび、心臓がうるさい。
「誰も見てないよ」
 藤谷の手を…ずっと繋いでいたかった。
「こうやって嫌な思い出、更新していこうな」
「…うん」
 藤谷の優しさに触れるたび、好きだと実感する。
 ちょいと甘やかされ過ぎて戸惑ったりもするけど、嫌じゃない。
「早瀬、喉渇かない?おれなんか買ってくるから待ってて」
「なら俺も一緒にいくよ」
「いや、須山達も戻って来るだろうし、早瀬はここにいて」 
「うん。分かった」
 ただ。
 一人になった時にたまに不安になる。
 藤谷が折角引き上げてくれたのに。すぐに引き戻されそうな不安定さの中で俺は今も揺れている。
 
 

 藤谷を待っていると、知った声がした。
 振り返った相手にびくりとする。
「早瀬じゃん」
 佐伯…。
 グループに女の子の姿はなかった。
 佐伯は他のメンバーと別れ、こちらへやってくる。
「何?1人⁉︎…なわけねーか」
「藤谷達と来てる」
「へえ〜。楽しそうにやってんじゃん」
「……何か用?」
 すぐに皆が戻ってくる。
 その前に佐伯を遠ざけて起きたかった。
「…秋元さん。覚えてるか?去年祭りにいた」
「え?」
「俺が秋元さんのこと狙ってんの、お前知ってたよな」
 名前こそ記憶の片隅にあるが、どんな子だったか覚えていなかった。
「今日、彼女の事誘ったんだけどさ。断られたよ。なんでだと思う?」
 佐伯の声が攻撃的になっていく。
 怖い。
 俺自身に怒りの矛先が向いているのがわかる。
「秋元さん、お前のことが好きなんだな。お前、一度彼女に告白されてんだろ。…何で言わねぇんだよ」
 急に両肩を掴まれ、ビクリと凄む。
「お前、顔がいいからって俺らのこと見下してんだろ」
「ち、違う」
 掴まれた肩が痛い。強く力を込めてくる。
 怖かった。
 向けられた怒りのエネルギーに押しつぶされそうだった。
「いつもいつも、好きになった相手をお前に取られる俺らの気持ち、わかんねぇ?黙ってるだけで女の子にチヤホヤされされて…。マジムカつくんだよ、その顔」
 佐伯の爪が俺の顔に触れる。
 爪を立てられ痛みを感じた。
 なのに怖くて体が動かない。「うわっ」
 次の瞬間、佐伯が吹き飛んだ。
「早瀬!大丈夫か!」
 戻ってきた藤谷が佐伯を突き飛ばす。
「あ…。うん」
 頬に小さな爪痕を見つけると、「佐伯、お前!」
 藤谷が倒れ込んでいる佐伯に馬乗りになった。
「ダメだ。藤谷!」
 ダメだ。殴るな。
「藤谷!やめろ」
 藤谷は振り上げた拳を頭上で止めた。
 力が緩んだ瞬間、佐伯は藤谷の腕を振り解くと、人混みに紛れて行った。
「早瀬!大丈夫?跡ついてる。」
 藤谷が頬に触れる。
「大丈夫だよ、ありがとう」
 怖かった。
 手が。まだ震えている。
「早瀬!大丈夫か?」
「今の、佐伯だよな」
 騒ぎに気付いた笹川と須山も走って来てくれた。
「あ…。藤谷…皆…」
「笹川、須山。悪ぃ」
 藤谷が俺に触れる。
 なんで藤谷がそんな悲しそうな顔、するんだよ。
 悪いのは俺なのに。
「早瀬、2人で話そう」
 藤谷が俺の手を引いた。
 


「ごめんな。1人にして。怖い思いさせて」
 人混みから遠ざかり、2人きりになった。
「藤谷のせいじゃない。…俺こそごめん。折角皆できてたのに」
 手の震えは収まっていた。
「……俺、ずっとこんなでさ。昔から。友達って呼べる奴らもいなくて。だから笹川や須山が友達になってくれて本当に嬉しくて。佐伯のことなんて全然頭になくて」
「早瀬は何も悪くないよ」
「こういうこと、いままでもあったんだ。俺を好きになってくれる女の子に対して、俺はなんとも思ってないのに相手はそうじゃなくて…。その事で友達に逆恨みされることもあって」
 藤谷がずっと、手を握って話を聞いてくれる。
「女の子達が喜ぶから、笑ったり、愛想良くしろっていわれてしたら『相手に気を持たせて』って言われるし。黙ってその場にいるだけでも、『お前ばっかり』ってなっちゃって。じゃあどうしたらいいのか、段々分からなくなって。自分がどんな人間なのかわからなくなってた…」
 それでも1人になる勇気も持てず、利用されてもいいと思ってた。
「藤谷と付き合うようになって、笹川や須山といるようになって。楽しくて。もう、何かを言ったりやったりする事に悩まなくていいんだって思えたら嬉しくて」
 本来の自分を取り戻せた気がした。
「でも。さっきみたいな事があるとやっぱり…怖い」
 自分の存在が、知らない間に相手を傷つけていることが怖い。
「充分だよ。早瀬はもう、傷つかなくていい」
「変わりたかった。ずっと。自分の感情を抑えているうちに、本当は自分がどんな人間なのか、わからなくなる感覚が怖くて。…変わりたかったんだ。だから、藤谷が俺を変えてやる。って言ってくれた時、嬉しくて。…藤谷の気持ちを利用した。あいつらと一緒だ」
「それは、俺が望んだ事だよ」
「本当…最低だった。ごめん」
 好きになってごめん。
 俺は、藤谷を好きになる資格なんてないんだ。
「俺は藤谷には相応しくない」
「早瀬…」
 ごめん。