僕だけに笑ってよ


 俺はベッドに入っても気持ちが落ち着かず、迷った挙句ナギに『起きてる?』とラインを送った。すぐに既読がつく。

『そっち行っていい?』
『うん』

 ナギの返事を見て、俺はすぐに部屋を抜け出し、Tシャツ短パンのまま玄関からそっと顔を出した。
 すると、タイミングよく海月家のドアが静かに開く。ナギが顔を見せて、小声で「おいで」と言い、部屋に招いてくれた。間接照明が灯って、不思議と気持が落ち着いた。俺は部屋のソファに腰かける。

 ナギは隣に座り、俺の背中に手を添えた。じんわり温かくて心地よかった。俺はナギの腕を引き寄せた。
「抱きしめてよ」

 俺がそう言うと、ナギは「いいよ」と言って、後ろから俺の身体を優しく包み込んでくれた。俺は安心して深く息を吸い、身体を預けた。ナギの腕を擦りながら、呟くように言った。

「ナギに見てほしかったんだ」
「ん?」
「ナギにどんな俺も見てほしくて、SNS始めたの。でも、こんなことになるなんて」

 ナギは黙ったまま、俺の頭を撫で続けた。そして何か思いついたのか、顔を傾け、俺の顔を覗き込んでくる。少し恥ずかしくて、顔を伏せてしまった。

「ヒナ。僕はずっと、ずーっと、ヒナだけ見てたよ。SNSも普段のヒナも、ずっと見てた。実を言うと変な虫がつかないか心配で、他人のコメントもチェックしてたし。ごめん、ちょっと気持ち悪いよね」

「そうなの?」
 まさかの告白に俺は驚いた。ナギは照れくさそうに言った。

「本当はコメントもしたかったし、ハートもつけたかった。でも、四六時中見てるって知られるのが恥ずかしかったんだ」
「ぜんぜん気持ち悪くないし、嬉しいし!」
 俺がそう言うと、ナギは頷いて続けた。

「僕は一応、大人で。もうすぐ社会人で……。でもヒナは学生だし未成年だから、今まで慎重になってた。好きだって思うこと自体、ずっと自分の中にしまっておこうと思ってたんだ。ヒナが部屋に来るたび、抑えるの大変だったんだよ。」
ナギは少し困ったように笑った。

「でも、もう誤魔化したくない。僕はずっとヒナが好きだった」
「えっ、本当?」
 俺は思わず顔を上げた。ナギは俺を見つめながら言った。

「だからヒナのフォロワーが増えれば増えるほど、すごく心配になった。でも、すぐ近くでヒナの写真を撮れるのが嬉しくて、僕に笑ってくれるのが嬉しくて。気づいたら好きになってしまって。SNSを止めてって言えなかった。あれは、僕の特権だと思ってたから」
「ナギ……」

「でも結局、僕の撮った写真のせいで、あんなことになっちゃったけど」
 ナギは申し訳なさそうに笑って頬を掻いた。俺は嬉しさと、ナギがずっと自分を見ていてくれたんだっていう驚きで、また泣きそうになった。
 俺は身体を傾けてナギに抱きつくと、胸に顔をうずめて「大好き」と言った。

「僕も好きだよ。だから、これからは僕だけに笑ってよ」

 ナギはそう言って眼鏡を外すと、ゆっくりとソファに俺を押し倒した。
「おれと付き合ってくれる?」

 確かめるようにナギが言った。俺は「……うん」と頷いた。

 俺は弾けそうになった胸を押さえようとしたけど、ナギはそっと俺の手を掴んだ。そのまま俺の胸に耳を当てると、少し嬉しそうに笑った。
「ヒナ、ドキドキしすぎじゃない?」
「だって」

「ねぇ、僕のも聞いて」
 ナギはそう言うと、俺の手を自分の胸に当てた。俺と同じくらい鼓動が鳴っていたから俺は思わず笑ってしまった。

「聞こえる?」
「ナギもすっごくドキドキしてる……」

「そうだよ。今までどれだけ抑えてたか、わかったでしょ」
「うん」

「ヒナ、キスしていい?」
「……うん」
 すると、ナギは俺の頭を撫でてから、頬に手を寄せた。俺は照れくさくて恥ずかしくて、でも嬉しくて、ナギの顔を見れなかった。やがて柔らかい感触が唇を塞いだ。

 最初は少し戸惑ったけど、俺もナギの真似をして髪に触れ、背中に手を回して、ナギの唇を少し噛んだ。ナギが少し笑ったのがわかった。

 永く、ゆっくりとした時間の中、俺たちはキスをした。何もかも忘れて夢中になった。

「やばい」
 ナギが顔を真っ赤にして顔をあげた。俺は「やめちゃうの?」と言ってナギの服に手をつっこんだ。ナギは冷静にその手を止めた。

「ヒナ、だめだよ。奥の部屋に親がいるから、これ以上は……」
「じゃあ、二人っきりになれるとこに行こうよ」
 俺が不服を漏らすと、ナギの指が唇に触れた。

「おれも我慢してるの。つらいけど、ここでバレたらおれたち、会えなくなっちゃうかもしれないだろ? ちゃんとしたいんだ」
「うん……」俺はしぶしぶ頷いた。

「大事にさせて?」
 ナギはそう言って、俺を抱きしめた。俺も両手を回して、ぎゅっと身体を締め付けた。

「じゃあ、全部できない代わりに、もっとキス教えてよ」
「ヒナずるい。教えてって言われたら、断りようがないじゃん」
 ナギはそう言いつつ、抑えきれなかったのか、俺に覆いかぶさった。

 そして俺の頬、首すじ、手、指にいろんなキスを教えてくれた。
 くすぐったくて、甘くて、生温かくて。俺は「他のとこにも」とせがんだ。

 俺はナギの服の上から、身体の触れるところ全部に触った。
 ナギの匂いも温度も、普段は隠してる男っぽさも全部愛おしかった。

 身体がどんどん火照っていく。熱の逃げ場がない。出したい。でもまだ留めておきたい。 ねぇ、今、どんな気持ち? 

 ナギの髪に指を通し、頭を撫でた。目が合う。

 ねぇ、気持ちいいって、こんな感じ? 

 俺は顔を近づけて、そっと耳を囓った。吐息が漏れて、ナギの身体が跳ねる。ソファがぎしっと軋んだ。
 耳に沿って唇を這わせると、ナギは身体をよじって俺の頭に手を添えた。

「ヒナのえっち。今のは、まだ教えてないよ」
 ナギは少し恨めしそうに俺を見て言った。
「キスの応用しただけだもん」
 俺はニヒっと笑って、少し得意げに言った。ナギは俺を見つめ優しく微笑んで「勉強熱心だなあ」と言った。

「もっといろんなこと、教えてよ」
 俺がそう言うと、ナギは少し呆れたように「もう少し大人になったらね」と俺をなだめた。

 そして電気を消すと、俺を抱き上げベッドに寝かせた。ナギも隣で横になる。布団をかぶって腕枕をしてもらった俺は、「はやく大人になりたいな」と言って目を閉じた。
 するとナギが、耳元で、

「焦らなくても、次はヒナがクタクタになるまで抱いてあげる」

 と囁いた。
 俺は目をカッと見開き、真っ赤な顔で「それって……」と言いかけた。不意打ちに爆発しそうになったけど、ナギが抱きしめてくれてるおかげで破裂せずに済んだ。

 俺が「おねがいします……」と言うと、ナギは「おやすみ」と言って俺の頭を撫でた。
 自分を落ち着かせようと深呼吸を繰り返しているうちに心地よさと眠気が押し寄せ、俺たちは抱き合いながらそのまま一緒に眠った。

 朝になって、ナギの寝顔を見つめてから、俺はSNSのアカウントを削除した。

 だって、もう必要ないから。
 いま、俺の横にいてくれるナギが、俺だけを見てくれて。
 俺もナギだけのために笑えたなら、それって幸せなことだと思うから。




【おわり】