夜になった。別荘の一階は俺たち旭山家、二階は海月家が使うことになったから、俺は少し凹んだ。久々にナギと一緒に寝れると思ったのに。
大人たちが一階で夜の宴会を始めたころ、俺は玄関で念入りにスニーカーの汚れを拭きとっていた。すっごい集中して磨いたから、目が冴えてしまった。ナギは何をしてるんだろう。そう思った俺は二階に上がり、リビングのドアをノックした。
部屋に入ると、ナギは映画を見ていた。「起きてたの? 一緒に見る?」と言って、ソファの隣に触れた。
俺は「見る」と言ってナギの隣に座り、しばらく映画を眺めた。ちょっと小難しい映画で、見ている内に段々眠くなってきた俺は、ナギのシャツの裾をつまんで引いた。
「どした?」
「眠い」
言いながら、ナギの肩に頭を乗せた。二人っきりでいるのが嬉しくて、つい甘えてしまう。ナギは俺の頭をぐりぐり撫でて、「眠いならもう寝たら?」と言った。
「カレー美味しかったね」
俺は無理やり目をこじ開けて言った。
「そりゃ、ヒナと一緒に作ったんだから、美味しくできるよ」
「明日、ステーキ食べに行くの楽しみ」
「僕も。普段そんな贅沢できないからさ」
「ナギって、もしかして苦学生?」
「そんなことないよ。節約志向ってだけ」
俺はふーんと言って、ナギの腕に抱きついた。
「おーい。僕は枕じゃないよ。眠いんでしょ? もう寝なよ」
ナギは呆れたように笑みを浮かべて言った。俺は「んー」とぼやいてナギを誘った。
「ナギ、一緒に寝ようよ」
「え?」
「備え付けの敷布団を見つけたんだ。ここに敷いて、修学旅行ごっこしようよ」
「何言ってんの」
「だって一緒に寝たいんだもん。いいじゃん。たまにはさ。昔みたいに」
するとナギは、顔を背けてポソリと言った。
「恥ずかしいから⋯…、それはちょっと」
「ナギの羞恥ポイントがわかんない」
俺は思わず抱きしめていた腕を離し、見上げて言った。
「だって、間違いが起きたら困るし」
「間違い? 一緒に寝るだけなのに?」
するとナギは俺を見つめて、真剣な顔を向けてくる。
「ヒナは意識してないかもしれないけど、おれ、もう二十二だよ。いつまでも高校生のお兄ちゃんじゃない。意味わかる?」
俺は首を傾げた。それがどう間違いになるんだろうか。
「⋯⋯わから⋯⋯る。そっか、もう小学生と高校生じゃないんだもんね」
「それにここには、親もいるんだよ。朝起きてヒナと僕がくっついてるの見られたら、アサヒヤマさんになんて言えばいいのかわかんないよ」
「え、くっついてるの、前提なの?」
俺は抱きしめあってる自分とナギを想像してしまい、顔が真っ赤になった。
そんな俺を見てナギは朗らかに笑い、「なに想像してんだよー」と言った。恥ずかしさに目が冴えてしまった。
「だって、くっついてるなんて。ナギが変なこと言うから」
「はいはい、ごめんごめん」
ナギが俺の頭を撫でる。
「でも」
ナギは言いかけて眼鏡を外した。そしてわざと目を細めて続ける。
「いまヒナと一緒に寝たら、おれホントに何しちゃうかわかんないよ?」
そう言って、悪戯な笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んだ。俺は「わー!」と声をあげて立ち上がりドアまで退くと、ナギは少し困った顔を向けた。
「おれに抱かれるの、そんなに嫌?」
言いながらこちらに歩いてくる。胸が破裂しそうだった。ナギがそっと腕を伸ばす。俺はぎゅっと目を閉じた。
触る? 触るの? いいよ、触ってもいいよ?
でも優しく触ってほしいな。でもでも、抱きしめるならぎゅっとしてほしいな。
俺がドキドキしながらそう思っていると、カチャっと音がする。見るとドアが開いていた。アレ? と思ってナギを見上げた。
「なに想像してるの?」
ナギが面白がるように聞いてくる。俺は顔を真っ赤にさせてナギの胸をどついた。ナギは「もう寝ようね」と言いながら俺の背中に手を回し、なだめるように軽くハグをした。
「ナギの馬鹿! からかわないでよっ! もう寝る!」
俺はふくれっ面でそう言って、ナギの腕を解いた。
ナギは「ごめんごめん」と言いながら眼鏡を掛けなおし、俺の頭を撫でた。
俺は「オヤスミ!」と言って一階に戻った。「オヤスミ」と声が聞こえた。変な汗が出ていた。
まだ胸がドキドキしてる。ナギに抱きしめられたら、俺、どうなっちゃうんだろう。
二日目は、皆で町を観光した。相変わらず天気は雨だったけど、ナギの傘に入りながらゆっくり歩ける時間が幸せだった。
一泊二日の長野旅行はあっという間に終わり、俺は自宅のベッドに寝ころびながら、別荘でナギに撮ってもらった写真を確認した。
ナギは俺を撮るのがとても上手だ。傘、背景になっている別荘。外灯、そして自分。すべての配置を熟知したうえで、光の当たり方も計算してシャッターを切っているのが見て取れた。
俺の顔は、いい具合に半分隠れていた。スイカ写真もそうだけど、顔を隠して投稿するってのが、SNSを始めるときに親に出された条件だった。だから、顔が傘で隠れた写真でも大満足だ。雰囲気もいいし、アップしよう。なんせお気に入りコーデだからね。
俺はふと思い立ち、SNSのプロフィールをasahinaからhiasaに変えた。
「ヒナって呼んでいいのは、ナギだけ……」
そう呟きながら概要欄も『気分転換に名前ちょっと変えちゃった。ヒアサって呼んでね!』に変更して、してアプリを閉じた。
そして翌朝、何気なしに通知を見た俺は、目を疑った。

