あの日、雨の中でナギに撮ってもらった写真が、俺たちの関係を進展させるきっかけになるなんて思ってもみなかった。
高校に入って最初の夏休みだった。急に父さんが「ヒナタ、長野の別荘に行くぞ」と言い出した。
俺はびっくりして「うちに別荘を買う余裕があったんなら、あのスニーカー買って欲しかった!」と不満を言うと、父さんは「うちにそんな金あるわけないだろ」と言って笑った。
聞くと、会社が所有している別荘の抽選に当たり、無料で使えることになったらしい。これがまたデカイ別荘で、二階建てのメゾネットだから俺たち旭山家だけじゃ持て余すって話になった。だから俺はとっさに、「ナギを誘ってもいい?」と聞いた。
ナギはマンションのお隣さんだ。俺が小学生の時に、福島県から引っ越してきた。夏の暑い日だった。表札に書いてあった「海月」を「うみつき」と読んだら、「くらげって読むんだよ」と教えてくれたのがナギだった。
ナギは高校指定の半袖ポロに、SHINONOME SWIMMING と刺繍された大きなスポーツバッグを肩に掛けていた。短い黒髪に日焼けした肌、広い肩幅と引き締まった身体つきはいかにも運動部らしいのに、眼鏡をかけているせいか、やけに賢そうに見えた。
そんなカッコイイお兄さんに「へんな名前でしょ?」と目の前で微笑まれ、ペタっと頭を撫でられれば最後。俺のハートは一瞬で溶け落ちた。俺は、それこそ浜に打ち上げられたクラゲみたいにクタクタになったハートを掴んで、自分の胸に押し込んだことを覚えてる。ものすごく強く胸を打って、またすぐにでも胸から飛び出しそうだった。
俺は小さな声で「あさひやま ひなた」です。と言った。ナギは「ひなたくん、よろしく」と言って膝をつき、目線を合わせて俺に笑いかけた。それから四年間、俺はずっとナギに夢中だ。
「あぁ、海月さんとこ声かけてみようか。せっかくなら大人数の方が楽しいし」
ありがたいことに父さんも乗り気だった。そのままトントン拍子に話が進み、旭山家と海月家で長野の別荘に向かうことになった。俺は嬉しくて、その日のうちにナギにラインをした。ナギは『ヒナタが声かけてくれたんだってね。ありがとう』と返事をくれた。楽しみで仕方がない。
俺はクロゼットから、買ったばかりのスニーカーの箱を取り出した。自分のバイト代を貯めて買った新作だった。箱を開けて眺める。これを履いてナギと別荘地を楽しむんだ。散歩したり、BBQしたり、夜は花火とかしたりして……。そんな妄想をしつつ、SNSを開く。
投稿を始めたのは十四歳のときだった。理由は単純。ただ、ナギにかっこいい俺を見てほしかったから。それだけ。
SNSなんてひとつも興味なかったナギに無理言ってアカウントを作らせて、一番にフォローしてもらった。
ナギは俺の投稿を見てくれてるようだけど、リアクションが無かった。〝いいね〟を押してくれないの。
「なんで?」って聞いたら、「ちょっと恥ずかしいから」って言うんだよ。ナギからのハートがほしいのに。
俺は気を取り直して投稿を確認した。
スニーカーを買いに行った時、店で足元を撮った写真にコメントがたくさん来ていた。
『足元のスタイリング完璧すぎる!全体コーデの写真も見たい✨』
『え、それ最近出た話題のやつだよね?!GETできたのすごすぎる👏』
他のコメントも全部眺めて、俺は一人でニヤニヤしてしまった。最初の頃は数十人だったフォロワーも、高校に入ってからみるみるうちに増えた。今は三百人くらいいる。正直言って嬉しかった。注目してもらえることも、「オシャレ」って褒めてもらえることも嬉しかった。でも、本当に褒めてもらいたい人からのコメントは無かった。
ナギは見てくれたかな。ナギはこれを履いてる俺を見て、なんて言ってくれるかな。早く一緒に出かけたい。
なんて思ってたら、当日はまさかの大雨。父さんは「俺の運は抽選で使い果たしちゃったみたいだ」なんて言って笑ってたけど、俺のテンションはダダ下がりだ。
まず湿気のせいで髪がキマらない。アイロン当ててもワックス使ってもすぐヘタる。俺は鏡の前で唇を尖らせた。髪はもう仕方ない。だからせめて服だけでもキメたい。厳選した一泊二日のコーディネートも、当然新品だ。雨に濡れたら色落ちするかもしれないから、気を付けないと。
そしてスニーカー! 外は雨、長野は緑、別荘地はたぶん砂利道。
はりきって買ったブランド靴を初日に汚すなんて絶対に嫌だけど、この考え抜いたコーディネートをナギに見てもらいたいんだ。今更変える時間もない。もう行かないと遅れてしまう。おれは大急ぎで準備を済ませて玄関に降り、表面がテカテカになるまで入念に防水スプレーを散布した。
マンションの地下駐車場で海月家の三人と合流した。朝早くて眠かったけれど、ナギの顔を見た瞬間に目が覚めた。
ナギは笑顔で手を振ってくれた。何の変哲もないTシャツとジーンズに、いつもの眼鏡だった。でもナギは背も高いしスタイルがいいから、それだけでサマになる。俺も今のナギくらいの年になったら、こんな恰好が似合うようになるかな、と思いつつ駆け寄った。前に会った時よりも、ちょっと日焼けしてた。
「おはよう、ナギ」
「ヒナ、おはよう。夏休みの宿題、ちゃんとやったか?」
俺はニマニマしながら首を左右に振った。
「ひとつもやってない」
「おいおい。そんなんで大丈夫なのか? 一年坊主」
ナギはそう言って、俺の頭をぐりぐり撫でた。髪のセットが崩れたかもしれないけど、頭を撫でてもらえるなら全然よかった。
「今度、ナギの家でやる」
「わざわざうちに来てすることじゃないだろ」
「じゃ、学校の図書館に行こうよ。夏休みも開いてるっていうし。ナギも大学の課題あるだろ? 一緒にやろう」
「それならいいか……」
ナギはそう言って頷いた。俺はナギと出かける口実が出来たことが嬉しくて、その場で足を弾ませた。するとナギの視線が下がる。
「あ、それが新しいスニーカーだね?」
「そう! 見て! かっこいいだろ」
俺はこれ見よがしに片足をあげて、スニーカーを指さした。ナギが話題にしてくれたことが嬉しかった。ナギは頷いて「似合ってるよ」と言った。俺はそれだけで天にも昇る気持ちになった。
「すっごい楽しみにしてたんだ。雨だけど……」
「仕方ないよ。天気はどうしようもない。でも、一緒だから楽しいよ」
「うん! ねぇ! またいっぱい写真撮ってよ! ナギに撮ってもらうと、すっごい映えるんだよね」
俺は意気揚々とそう言って、この場でくるりと回った。
自慢のコーディネートその一。シアトルスケーター風。まずはこれを撮ってもらおうと、スマホを渡す。ナギは受け取って、いつもみたいに両手で構えた。ニコニコしながら何度かシャッターを押している。
「どう? いい感じに撮れたと思うよ」
俺はナギと一緒にスマホを覗き込む。角度も構図もバッチリだった。
「うん! やっぱ俺って、めっちゃイケてるよね~!」
「まーた調子に乗って」
ナギは少し呆れたようにそう言うと、「じゃあまた、現地に着いたら」と手を振って、海月家の車に乗り込んでいった。
数時間後に別荘に到着した時も、雨は降り続いていた。俺は、少し溜息をついた。荷物を置きソファに座って、ぐるりと室内を見回した。別荘はすごく広くて綺麗で、晴れていたら庭でBBQもできる最高の環境なのに。
試しにスマホで、今いるリビングの写真を撮ってみた。自然光がほとんど入らなくて、あまり映えない。俺が溜息をついていると、荷物を解いたナギがすぐ隣に座ってくる。
「今日って、このあとどうするんだっけ?」
俺が聞くと、ナギはどこか嬉しそうに返事をした。
「それなんだけど、ヒナ。今晩さ、一緒に飯作らない?」
「え?」
俺は驚いてスマホから顔を上げた。何よりも「一緒に」のところが嬉しかった。
「旭山さんが、ここ押さえてくれたんだろ?」
ナギは俺の父さんのことをアサヒヤマさん、と呼ぶ。ナギの声で自分の苗字が呼ばれるのは新鮮だった。
「そのお礼も兼ねて、なにか振舞いたいんだけど。ほら、こんな天気だからBBQは出来ないけど、ここキッチンが広いだろ」
ナギはそう言って、リビングの奥にあるキッチンを指さした。確かに、レストランみたいに広い。
「何か食べに行こうか、って話も出てたんだけど、それは明日の昼がいいんじゃないかってなって。今夜は何か作りたいって言ったら、旭山さんもうちの親も賛成してくれてさ」
「うん」
「だったら、ヒナタとゆっくり過ごすのも久々だし。一緒に料理したら楽しいかな、って」
ナギはそう言って、少し照れくさそうに笑った。俺は首が取れそうなほど頷いて、「やる!」と言った。
「じゃあ、買い出しに行こう。僕、親父に言って車借りてくるから、ちょっと待ってて」
「わかった!」
まさかナギとドライブできるなんて! 一緒に来れて良かった。父さんたちは、明日まわる場所の目星を付けて店の予約をしたり、室内に設置されてるテーブルサッカーやダーツを楽しみながらゆっくり過ごすと言って、笑顔で俺たちを見送った。
車の助手席に乗り込んで、シートベルトを締めようとした。けど、金具がうまく差し込めない。苦戦してると、ナギが俺の手を掴んだ。
「このバックル、ちょっとコツがいるんだ。貸して」
ナギは助手席側に身体を傾けて、俺の手から金具を取ると、肩ベルトの位置を直しながら、何事もなく金具を差し込んだ。そしてヘッドレストも俺の高さに合わせて調節してくれた。慣れた動作に大人の余裕を感じて、俺は思わず見つめてしまった。
「え、なに? どうしたの?」
「大人みたいで、かっこいい……」
「大人ですからね。知らなかった?」
ナギはそう言って笑い、自分のベルトも締めた。
「ナギと二人で出かけるの、嬉しい」
「僕も嬉しいよ」
ナギはそう言ってハンドルを握った。別荘から車で十五分のスーパーに行くだけなのに、二人だけで過ごせる時間が愛おしかった。
高校に入って最初の夏休みだった。急に父さんが「ヒナタ、長野の別荘に行くぞ」と言い出した。
俺はびっくりして「うちに別荘を買う余裕があったんなら、あのスニーカー買って欲しかった!」と不満を言うと、父さんは「うちにそんな金あるわけないだろ」と言って笑った。
聞くと、会社が所有している別荘の抽選に当たり、無料で使えることになったらしい。これがまたデカイ別荘で、二階建てのメゾネットだから俺たち旭山家だけじゃ持て余すって話になった。だから俺はとっさに、「ナギを誘ってもいい?」と聞いた。
ナギはマンションのお隣さんだ。俺が小学生の時に、福島県から引っ越してきた。夏の暑い日だった。表札に書いてあった「海月」を「うみつき」と読んだら、「くらげって読むんだよ」と教えてくれたのがナギだった。
ナギは高校指定の半袖ポロに、SHINONOME SWIMMING と刺繍された大きなスポーツバッグを肩に掛けていた。短い黒髪に日焼けした肌、広い肩幅と引き締まった身体つきはいかにも運動部らしいのに、眼鏡をかけているせいか、やけに賢そうに見えた。
そんなカッコイイお兄さんに「へんな名前でしょ?」と目の前で微笑まれ、ペタっと頭を撫でられれば最後。俺のハートは一瞬で溶け落ちた。俺は、それこそ浜に打ち上げられたクラゲみたいにクタクタになったハートを掴んで、自分の胸に押し込んだことを覚えてる。ものすごく強く胸を打って、またすぐにでも胸から飛び出しそうだった。
俺は小さな声で「あさひやま ひなた」です。と言った。ナギは「ひなたくん、よろしく」と言って膝をつき、目線を合わせて俺に笑いかけた。それから四年間、俺はずっとナギに夢中だ。
「あぁ、海月さんとこ声かけてみようか。せっかくなら大人数の方が楽しいし」
ありがたいことに父さんも乗り気だった。そのままトントン拍子に話が進み、旭山家と海月家で長野の別荘に向かうことになった。俺は嬉しくて、その日のうちにナギにラインをした。ナギは『ヒナタが声かけてくれたんだってね。ありがとう』と返事をくれた。楽しみで仕方がない。
俺はクロゼットから、買ったばかりのスニーカーの箱を取り出した。自分のバイト代を貯めて買った新作だった。箱を開けて眺める。これを履いてナギと別荘地を楽しむんだ。散歩したり、BBQしたり、夜は花火とかしたりして……。そんな妄想をしつつ、SNSを開く。
投稿を始めたのは十四歳のときだった。理由は単純。ただ、ナギにかっこいい俺を見てほしかったから。それだけ。
SNSなんてひとつも興味なかったナギに無理言ってアカウントを作らせて、一番にフォローしてもらった。
ナギは俺の投稿を見てくれてるようだけど、リアクションが無かった。〝いいね〟を押してくれないの。
「なんで?」って聞いたら、「ちょっと恥ずかしいから」って言うんだよ。ナギからのハートがほしいのに。
俺は気を取り直して投稿を確認した。
スニーカーを買いに行った時、店で足元を撮った写真にコメントがたくさん来ていた。
『足元のスタイリング完璧すぎる!全体コーデの写真も見たい✨』
『え、それ最近出た話題のやつだよね?!GETできたのすごすぎる👏』
他のコメントも全部眺めて、俺は一人でニヤニヤしてしまった。最初の頃は数十人だったフォロワーも、高校に入ってからみるみるうちに増えた。今は三百人くらいいる。正直言って嬉しかった。注目してもらえることも、「オシャレ」って褒めてもらえることも嬉しかった。でも、本当に褒めてもらいたい人からのコメントは無かった。
ナギは見てくれたかな。ナギはこれを履いてる俺を見て、なんて言ってくれるかな。早く一緒に出かけたい。
なんて思ってたら、当日はまさかの大雨。父さんは「俺の運は抽選で使い果たしちゃったみたいだ」なんて言って笑ってたけど、俺のテンションはダダ下がりだ。
まず湿気のせいで髪がキマらない。アイロン当ててもワックス使ってもすぐヘタる。俺は鏡の前で唇を尖らせた。髪はもう仕方ない。だからせめて服だけでもキメたい。厳選した一泊二日のコーディネートも、当然新品だ。雨に濡れたら色落ちするかもしれないから、気を付けないと。
そしてスニーカー! 外は雨、長野は緑、別荘地はたぶん砂利道。
はりきって買ったブランド靴を初日に汚すなんて絶対に嫌だけど、この考え抜いたコーディネートをナギに見てもらいたいんだ。今更変える時間もない。もう行かないと遅れてしまう。おれは大急ぎで準備を済ませて玄関に降り、表面がテカテカになるまで入念に防水スプレーを散布した。
マンションの地下駐車場で海月家の三人と合流した。朝早くて眠かったけれど、ナギの顔を見た瞬間に目が覚めた。
ナギは笑顔で手を振ってくれた。何の変哲もないTシャツとジーンズに、いつもの眼鏡だった。でもナギは背も高いしスタイルがいいから、それだけでサマになる。俺も今のナギくらいの年になったら、こんな恰好が似合うようになるかな、と思いつつ駆け寄った。前に会った時よりも、ちょっと日焼けしてた。
「おはよう、ナギ」
「ヒナ、おはよう。夏休みの宿題、ちゃんとやったか?」
俺はニマニマしながら首を左右に振った。
「ひとつもやってない」
「おいおい。そんなんで大丈夫なのか? 一年坊主」
ナギはそう言って、俺の頭をぐりぐり撫でた。髪のセットが崩れたかもしれないけど、頭を撫でてもらえるなら全然よかった。
「今度、ナギの家でやる」
「わざわざうちに来てすることじゃないだろ」
「じゃ、学校の図書館に行こうよ。夏休みも開いてるっていうし。ナギも大学の課題あるだろ? 一緒にやろう」
「それならいいか……」
ナギはそう言って頷いた。俺はナギと出かける口実が出来たことが嬉しくて、その場で足を弾ませた。するとナギの視線が下がる。
「あ、それが新しいスニーカーだね?」
「そう! 見て! かっこいいだろ」
俺はこれ見よがしに片足をあげて、スニーカーを指さした。ナギが話題にしてくれたことが嬉しかった。ナギは頷いて「似合ってるよ」と言った。俺はそれだけで天にも昇る気持ちになった。
「すっごい楽しみにしてたんだ。雨だけど……」
「仕方ないよ。天気はどうしようもない。でも、一緒だから楽しいよ」
「うん! ねぇ! またいっぱい写真撮ってよ! ナギに撮ってもらうと、すっごい映えるんだよね」
俺は意気揚々とそう言って、この場でくるりと回った。
自慢のコーディネートその一。シアトルスケーター風。まずはこれを撮ってもらおうと、スマホを渡す。ナギは受け取って、いつもみたいに両手で構えた。ニコニコしながら何度かシャッターを押している。
「どう? いい感じに撮れたと思うよ」
俺はナギと一緒にスマホを覗き込む。角度も構図もバッチリだった。
「うん! やっぱ俺って、めっちゃイケてるよね~!」
「まーた調子に乗って」
ナギは少し呆れたようにそう言うと、「じゃあまた、現地に着いたら」と手を振って、海月家の車に乗り込んでいった。
数時間後に別荘に到着した時も、雨は降り続いていた。俺は、少し溜息をついた。荷物を置きソファに座って、ぐるりと室内を見回した。別荘はすごく広くて綺麗で、晴れていたら庭でBBQもできる最高の環境なのに。
試しにスマホで、今いるリビングの写真を撮ってみた。自然光がほとんど入らなくて、あまり映えない。俺が溜息をついていると、荷物を解いたナギがすぐ隣に座ってくる。
「今日って、このあとどうするんだっけ?」
俺が聞くと、ナギはどこか嬉しそうに返事をした。
「それなんだけど、ヒナ。今晩さ、一緒に飯作らない?」
「え?」
俺は驚いてスマホから顔を上げた。何よりも「一緒に」のところが嬉しかった。
「旭山さんが、ここ押さえてくれたんだろ?」
ナギは俺の父さんのことをアサヒヤマさん、と呼ぶ。ナギの声で自分の苗字が呼ばれるのは新鮮だった。
「そのお礼も兼ねて、なにか振舞いたいんだけど。ほら、こんな天気だからBBQは出来ないけど、ここキッチンが広いだろ」
ナギはそう言って、リビングの奥にあるキッチンを指さした。確かに、レストランみたいに広い。
「何か食べに行こうか、って話も出てたんだけど、それは明日の昼がいいんじゃないかってなって。今夜は何か作りたいって言ったら、旭山さんもうちの親も賛成してくれてさ」
「うん」
「だったら、ヒナタとゆっくり過ごすのも久々だし。一緒に料理したら楽しいかな、って」
ナギはそう言って、少し照れくさそうに笑った。俺は首が取れそうなほど頷いて、「やる!」と言った。
「じゃあ、買い出しに行こう。僕、親父に言って車借りてくるから、ちょっと待ってて」
「わかった!」
まさかナギとドライブできるなんて! 一緒に来れて良かった。父さんたちは、明日まわる場所の目星を付けて店の予約をしたり、室内に設置されてるテーブルサッカーやダーツを楽しみながらゆっくり過ごすと言って、笑顔で俺たちを見送った。
車の助手席に乗り込んで、シートベルトを締めようとした。けど、金具がうまく差し込めない。苦戦してると、ナギが俺の手を掴んだ。
「このバックル、ちょっとコツがいるんだ。貸して」
ナギは助手席側に身体を傾けて、俺の手から金具を取ると、肩ベルトの位置を直しながら、何事もなく金具を差し込んだ。そしてヘッドレストも俺の高さに合わせて調節してくれた。慣れた動作に大人の余裕を感じて、俺は思わず見つめてしまった。
「え、なに? どうしたの?」
「大人みたいで、かっこいい……」
「大人ですからね。知らなかった?」
ナギはそう言って笑い、自分のベルトも締めた。
「ナギと二人で出かけるの、嬉しい」
「僕も嬉しいよ」
ナギはそう言ってハンドルを握った。別荘から車で十五分のスーパーに行くだけなのに、二人だけで過ごせる時間が愛おしかった。

