振り下ろされた長剣を、八雲は〈如意棒〉で受け止めた。金属同士が噛み合い、腕へ重い衝撃が走る。受けた瞬間に膝が沈み、ひび割れていた石畳がさらに砕けた。
「ぐっ……!」
押し返そうにも、上手く力が入らない。先ほど地面へ叩きつけられたせいで背中は痛み、両腕にはまだ痺れが残っている。
ラダマンテュスが攻めへ転じてから、既に何度も同じ重さを受けていた。最初はどうにか凌げていた八雲も、打ち合うたびに動きを削られている。
それでも、八雲は笑った。
「やっと……あんたから来たな」
「望んだのはお前だ」
「ああ。だから文句はねえよ!」
八雲は〈如意棒〉を斜めに傾け、長剣を右へ流した。同時に左足を踏み込み、空いた脇腹へ棒の先端を突き出す。
ラダマンテュスは半歩下がっただけでそれをかわし、剣を返した。
横薙ぎの一撃が迫る。
八雲は〈如意棒〉を短く戻し、両手で縦に構えた。長剣が棒の中央へぶつかり、身体ごと参道の端まで押し流される。靴底が石畳を擦り、倒れていた石灯籠へ背中が触れる寸前でどうにか踏みとどまった。
「先ほどより反応が遅い」
「いちいちうるせえな」
「腕も上がっていない」
「だったら、試してみろよ」
口元の血を手の甲で拭い、八雲は再び前へ出た。
苦しいのは事実だ。戦い始めた時には面白いほど動いていた身体が、今では一歩踏み込むたびに軋んでいる。対するラダマンテュスの鎧には細かな傷こそ増えているものの、動きが鈍った様子はなかった。
それどころか、攻めへ回ってからの方が厄介だった。
振るわれる長剣に派手さはない。狙う場所も、軌道も、見てからでは避けられないほど速いわけではなかった。ただ、八雲が次にどちらへ動くのかを読んだうえで、最も逃げにくい場所へ刃を置いてくる。
八雲が右へ踏み出せば、その先へ剣先が伸びる。ならばと足を止めれば、間合いの外から斬撃が迫った。
「ちっ……!」
頬を刃が掠める。
八雲は顔を背けながら〈如意棒〉を振り上げた。兜の顎を狙った一撃を、ラダマンテュスは長剣の柄で受け止める。
「伸びろ!」
防がれた状態から〈如意棒〉が伸びる。
押し込まれる前に、ラダマンテュスは自ら剣を引いた。行き場を失った棒が空を突き、八雲の上体が僅かに流れる。
そこへ鎧の肩がぶつかった。
「がっ……!」
八雲の身体が弾かれる。
倒れまいと足を踏ん張ったところへ、長剣の切っ先が真っ直ぐ迫った。
胸元。
〈如意棒〉を戻していては間に合わない。
八雲は上体を捻り、紙一重で剣先を外した。制服の胸元が裂け、浅い傷から血が滲む。だが、攻撃は終わらない。ラダマンテュスは突き出した剣を手首だけで横へ払い、体勢の崩れた八雲を追った。
八雲は後方へ倒れ込むようにして刃を避け、石畳へ片手をつく。そのまま脚を振り上げ、兜の側面を蹴った。
硬い感触が靴底から返ってくる。
ラダマンテュスの顔が僅かに横を向いた。
「どうだ」
「軽い」
「だろうな!」
八雲は笑いながら地面を転がり、長剣の間合いから逃れた。
すぐに立ち上がろうとしたが、背中へ痛みが走り、一度膝をつく。
ラダマンテュスは追撃を急がなかった。剣を下げ、八雲が起き上がる様子を静かに見ている。
「先ほど、お前は戦いながら変わると言った」
「ああ」
「変わった結果が、それか」
「まだ途中だ。せっかちな野郎だな」
「結果の出ない変化に意味はない」
「決めつけんのが早えって言ってんだよ」
〈如意棒〉を支えに立ち上がる。
強がりだけで、このまま勝てるとは思っていない。新しい動きを試しても、二度目には対応される。一つ通す間に、それ以上の傷を負わされる。手を変え続けることはできても、身体がいつまでもついてくるわけではない。
それでも、ここで背を向けるという選択肢だけはなかった。
「まだ立つか」
「見りゃ分かるだろ」
「ならば、終わらせよう」
ラダマンテュスが長剣を両手で握った。
初めて見る構えだった。右肩の横へ引かれた刃先が、真っ直ぐ八雲へ向いている。
八雲も〈如意棒〉を構え直す。腕は重い。正面から受ければ、今度こそ武器ごと押し切られる。
ラダマンテュスの右足が石畳を踏みしめた。
来る。
「――焔!」
聞き慣れた声が参道へ響いた。
「あ?」
八雲が反応したのと、ラダマンテュスが踏み込んだのはほぼ同時だった。
鎧の巨体が一気に迫る。八雲は舌打ちし、正面へ意識を戻した。長剣が振り下ろされるより早く、横合いから誰かが二人の間へ飛び込んでくる。
「移ろえ――〈アルカンシエル〉」
伸ばされた両手へ光が集まり、巨大な戦槌が形を成した。
一ノ瀬は現れた武器を見ても動きを止めない。長い柄を両手で握り、身体を回転させながら戦槌を横薙ぎに振り抜いた。
槌頭が、振り下ろされる途中の長剣を側面から叩く。
激しい音とともに剣の軌道が逸れ、刃が八雲の肩口を掠めて石畳へ食い込んだ。
「一ノ瀬……?」
「話はあと!」
一ノ瀬は戦槌を引き戻す反動を利用して八雲の前へ立つ。ラダマンテュスが石畳から長剣を抜くより早く、今度は槌頭を下から跳ね上げた。
狙いは鎧の胴。
ラダマンテュスは剣の腹を合わせて受けた。ぶつかった戦槌が止まり、一ノ瀬の腕へ衝撃が返る。
「……重いわね」
「新たな者か」
「見れば分かるでしょ」
一ノ瀬は戦槌を押しつけたまま、後ろにいる八雲へ声を飛ばした。
「焔。動ける?」
「誰に聞いてやがる」
「そう。なら、立って」
「言われなくても――」
八雲が立ち上がったところで、一ノ瀬が振り返る。
裂けた制服。胸元の傷。口の端に残る血。普段なら真っ先に笑うはずの八雲が、呼吸を整えるだけで僅かに時間を使っている。
一ノ瀬の目が細くなった。
「帰ったら、覚えてなさいよ」
「助けに来て最初に言うことがそれかよ」
「黙っていなくなった馬鹿に、ほかに何を言えばいいの?」
「別についてこいなんて頼んでねえぞ」
「頼まれたから来たんじゃないわ」
一ノ瀬は八雲から視線を外し、ラダマンテュスへ戦槌を向けた。
「私が来ると決めたから来たの」
「……勝手な奴だな」
「あんたにだけは言われたくない」
ラダマンテュスが二人のやり取りを黙って見ている。やがて長剣を構え直し、一ノ瀬へ兜を向けた。
「お前も私を止めるのか」
「ええ。そのつもりよ」
「ならば排除する」
「随分と話が早いのね」
ラダマンテュスが前へ出る。
一ノ瀬は戦槌を下段に構え、迎え撃った。
横薙ぎの長剣へ、槌頭を斜め下から合わせる。正面から力を競わず、刃を上へ弾いて懐へ踏み込んだ。戦槌の柄を短く持ち替え、石突を兜へ突き出す。
ラダマンテュスは首を傾けてかわし、空いた左手で柄を掴んだ。
「捕らえた」
一ノ瀬の手の中で、戦槌の輪郭が揺らいだ。
太い柄と槌頭が崩れ、長く連なった鎖へ形を変える。掴むものを失ったラダマンテュスの左手が空を切った。
「……今変わるのね」
一ノ瀬は鎖の端を引き、相手の腕へ巻きつける。
「今よ、焔!」
「命令すんな!」
そう言いながらも、八雲は既に動いていた。
横から〈如意棒〉を振り抜く。
ラダマンテュスは鎖の絡んだ左腕を引き、一ノ瀬ごと身体の正面へ動かそうとした。
「させるかよ。伸びろ!」
〈如意棒〉が途中から伸び、間合いの外側にいたラダマンテュスへ迫る。
長剣が振られ、その先端を弾いた。
八雲は止められた〈如意棒〉をすぐに引かず、その場で軌道を変える。
「曲がれ!」
真紅の棒が大きくしなり、長剣を回り込んで鎧の脇腹へ向かった。
「それも見た」
ラダマンテュスは身体を捻り、曲がってきた棒を左腕の鎧で受ける。鎖を巻きつけられたままでも動きに迷いはない。
衝突音が響いた。
「くっ……!」
鎖を握る一ノ瀬の身体が引かれる。足元で靴が滑り、それでも手を離さず踏ん張った。
「一ノ瀬、そのまま押さえろ!」
「簡単に言わないで!」
八雲は〈如意棒〉を元の長さへ戻しながら駆ける。ラダマンテュスが長剣を返し、一ノ瀬へ振り下ろそうとした。
鎖が、再び光を帯びた。
「こんな時に……!」
長く伸びていた鎖が一気に消え、一ノ瀬の右手へ短刀が収まる。
拘束を失ったラダマンテュスの左腕が自由になった。
同時に長剣が落ちてくる。
一ノ瀬は後ろへ逃げなかった。短刀を逆手に持ち替え、前へ踏み込む。振り下ろされる長剣の内側へ身体を滑り込ませることで刃を外し、すれ違いざまに鎧の脇へ短刀を走らせた。
刃が金属を擦り、浅い傷を残す。
ラダマンテュスの肘が返った。
「っ……!」
一ノ瀬は左腕で受けたが、衝撃を殺しきれず横へ飛ばされた。石畳へ片足をつき、倒れる前にもう一方の足を踏み出して体勢を戻す。
「一ノ瀬!」
「平気! 前を見なさい!」
八雲が顔を戻すと、長剣が目前に迫っていた。
〈如意棒〉を横へ構えて受ける。今度は踏ん張らず、押された勢いに合わせて自分から後ろへ跳んだ。
距離を取った八雲の隣へ、一ノ瀬が並ぶ。
「クソ強えぞ、こいつ」
「見れば分かるわよ」
「俺の動きも、見せたもんから全部読んできやがる」
「だから、そんなにぼろぼろなのね」
「まだ余裕だ」
「その強がり、私に通じると思ってる?」
「うるせえな」
一ノ瀬は短刀を身体の前へ構え、ラダマンテュスから目を離さない。
「あの鎧、硬いわね。隙間を狙うしかなさそう」
「いや」
八雲は傷のついた脇腹へ目を向けた。
「ぶっ壊しゃいい」
「……聞いた私が馬鹿だったわ」
「なんだと?」
「でも、嫌いじゃないわよ。その方法」
一ノ瀬が先に駆け出した。
短刀を持つ相手へ長剣を振り下ろせば、間合いの差でラダマンテュスが圧倒的に有利になる。それでも一ノ瀬は真正面から距離を詰め、刃が届く直前で左へ身体を切った。
ラダマンテュスの剣先が進行方向を追う。
読まれている。
一ノ瀬は構わず、さらに左へ踏み込んだ。
「伸びろ!」
背後から〈如意棒〉が伸びてくる。
一ノ瀬は避けなかった。横を通過しようとする棒へ片足を乗せ、跳ぶ。
「……何?」
ラダマンテュスの兜が上を向く。
八雲は笑った。
「もっと上だ!」
〈如意棒〉が一ノ瀬を乗せたまま斜め上へ伸びる。頭上を越えたところで、一ノ瀬が棒を蹴った。
背後へ回る。
ラダマンテュスはすぐに振り返り、迫る短刀を長剣で防いだ。
「それで終わりか」
「まさか」
刃を重ねたまま、一ノ瀬の視線がラダマンテュスの背後へ向く。
そこには八雲がいる。
「曲がれ!」
伸びきった〈如意棒〉が空中で弧を描いた。ラダマンテュスの横を通り過ぎていた先端が、背後から肩口へ迫る。
ラダマンテュスは長剣で一ノ瀬を押し返しながら、半身になってかわそうとした。
しかし、〈如意棒〉の軌道に合わせて一ノ瀬が踏み込む。短刀が長剣の根元を押さえ、回避へ移る一瞬を奪った。
真紅の棒が鎧の肩へ直撃する。
鈍い音が参道に響き、ラダマンテュスの身体が初めて大きくよろめいた。右肩の鎧が僅かにへこみ、表面へ一本の亀裂が走る。
「入った!」
一ノ瀬が距離を取る。
八雲も〈如意棒〉を戻し、彼女の横へ並んだ。
「どうだ。ぶっ壊せるだろ」
「たった一か所で得意にならないで」
「お前も乗ったくせによ」
「使えるものを使っただけよ」
ラダマンテュスは二人を追わなかった。
へこんだ肩へ一度だけ目を向け、それから八雲と一ノ瀬を順に見る。
「連携の形が定まっていない」
「悪かったな」
「互いの次の動きを、事前に決めているわけでもない」
「そんな面倒なこと、この馬鹿ができると思う?」
「おい」
「だが、合わせた」
ラダマンテュスは長剣を両手で握り直した。
「一人では生まれぬ動きか」
その声に感情らしいものはほとんどない。それでも、剣先は八雲だけでなく、一ノ瀬まで含めた二人の中央へ向けられていた。
「先ほどまでの判断を改める」
「やっと俺以外も見る気になったか」
「ならば、二人とも排除する」
「排除だろうが裁くだろうが、気に食わねえんだよ」
八雲が〈如意棒〉を肩へ担ぐ。
その隣で、一ノ瀬も短刀を構えた。
「焔。無茶はしないで」
「今さら言うことかよ」
「ええ。どうせ聞かないでしょうから、一応ね」
「分かってんなら言うな」
八雲は口元を吊り上げる。
身体中が痛み、腕の痺れも消えてはいない。それでも、一人で立っていた時とは違う。
「行くぞ、一ノ瀬」
「言われなくても」
二人が左右へ分かれる。
ラダマンテュスはその場から動かず、どちらにも対応できるよう長剣を正面へ構えた。
定まった型を持たず、戦いながら変わり続ける八雲と、どの形になるか分からない武器を迷いなく扱う一ノ瀬。ラダマンテュスが読み解くべき相手は、もう一人ではなかった。
「ぐっ……!」
押し返そうにも、上手く力が入らない。先ほど地面へ叩きつけられたせいで背中は痛み、両腕にはまだ痺れが残っている。
ラダマンテュスが攻めへ転じてから、既に何度も同じ重さを受けていた。最初はどうにか凌げていた八雲も、打ち合うたびに動きを削られている。
それでも、八雲は笑った。
「やっと……あんたから来たな」
「望んだのはお前だ」
「ああ。だから文句はねえよ!」
八雲は〈如意棒〉を斜めに傾け、長剣を右へ流した。同時に左足を踏み込み、空いた脇腹へ棒の先端を突き出す。
ラダマンテュスは半歩下がっただけでそれをかわし、剣を返した。
横薙ぎの一撃が迫る。
八雲は〈如意棒〉を短く戻し、両手で縦に構えた。長剣が棒の中央へぶつかり、身体ごと参道の端まで押し流される。靴底が石畳を擦り、倒れていた石灯籠へ背中が触れる寸前でどうにか踏みとどまった。
「先ほどより反応が遅い」
「いちいちうるせえな」
「腕も上がっていない」
「だったら、試してみろよ」
口元の血を手の甲で拭い、八雲は再び前へ出た。
苦しいのは事実だ。戦い始めた時には面白いほど動いていた身体が、今では一歩踏み込むたびに軋んでいる。対するラダマンテュスの鎧には細かな傷こそ増えているものの、動きが鈍った様子はなかった。
それどころか、攻めへ回ってからの方が厄介だった。
振るわれる長剣に派手さはない。狙う場所も、軌道も、見てからでは避けられないほど速いわけではなかった。ただ、八雲が次にどちらへ動くのかを読んだうえで、最も逃げにくい場所へ刃を置いてくる。
八雲が右へ踏み出せば、その先へ剣先が伸びる。ならばと足を止めれば、間合いの外から斬撃が迫った。
「ちっ……!」
頬を刃が掠める。
八雲は顔を背けながら〈如意棒〉を振り上げた。兜の顎を狙った一撃を、ラダマンテュスは長剣の柄で受け止める。
「伸びろ!」
防がれた状態から〈如意棒〉が伸びる。
押し込まれる前に、ラダマンテュスは自ら剣を引いた。行き場を失った棒が空を突き、八雲の上体が僅かに流れる。
そこへ鎧の肩がぶつかった。
「がっ……!」
八雲の身体が弾かれる。
倒れまいと足を踏ん張ったところへ、長剣の切っ先が真っ直ぐ迫った。
胸元。
〈如意棒〉を戻していては間に合わない。
八雲は上体を捻り、紙一重で剣先を外した。制服の胸元が裂け、浅い傷から血が滲む。だが、攻撃は終わらない。ラダマンテュスは突き出した剣を手首だけで横へ払い、体勢の崩れた八雲を追った。
八雲は後方へ倒れ込むようにして刃を避け、石畳へ片手をつく。そのまま脚を振り上げ、兜の側面を蹴った。
硬い感触が靴底から返ってくる。
ラダマンテュスの顔が僅かに横を向いた。
「どうだ」
「軽い」
「だろうな!」
八雲は笑いながら地面を転がり、長剣の間合いから逃れた。
すぐに立ち上がろうとしたが、背中へ痛みが走り、一度膝をつく。
ラダマンテュスは追撃を急がなかった。剣を下げ、八雲が起き上がる様子を静かに見ている。
「先ほど、お前は戦いながら変わると言った」
「ああ」
「変わった結果が、それか」
「まだ途中だ。せっかちな野郎だな」
「結果の出ない変化に意味はない」
「決めつけんのが早えって言ってんだよ」
〈如意棒〉を支えに立ち上がる。
強がりだけで、このまま勝てるとは思っていない。新しい動きを試しても、二度目には対応される。一つ通す間に、それ以上の傷を負わされる。手を変え続けることはできても、身体がいつまでもついてくるわけではない。
それでも、ここで背を向けるという選択肢だけはなかった。
「まだ立つか」
「見りゃ分かるだろ」
「ならば、終わらせよう」
ラダマンテュスが長剣を両手で握った。
初めて見る構えだった。右肩の横へ引かれた刃先が、真っ直ぐ八雲へ向いている。
八雲も〈如意棒〉を構え直す。腕は重い。正面から受ければ、今度こそ武器ごと押し切られる。
ラダマンテュスの右足が石畳を踏みしめた。
来る。
「――焔!」
聞き慣れた声が参道へ響いた。
「あ?」
八雲が反応したのと、ラダマンテュスが踏み込んだのはほぼ同時だった。
鎧の巨体が一気に迫る。八雲は舌打ちし、正面へ意識を戻した。長剣が振り下ろされるより早く、横合いから誰かが二人の間へ飛び込んでくる。
「移ろえ――〈アルカンシエル〉」
伸ばされた両手へ光が集まり、巨大な戦槌が形を成した。
一ノ瀬は現れた武器を見ても動きを止めない。長い柄を両手で握り、身体を回転させながら戦槌を横薙ぎに振り抜いた。
槌頭が、振り下ろされる途中の長剣を側面から叩く。
激しい音とともに剣の軌道が逸れ、刃が八雲の肩口を掠めて石畳へ食い込んだ。
「一ノ瀬……?」
「話はあと!」
一ノ瀬は戦槌を引き戻す反動を利用して八雲の前へ立つ。ラダマンテュスが石畳から長剣を抜くより早く、今度は槌頭を下から跳ね上げた。
狙いは鎧の胴。
ラダマンテュスは剣の腹を合わせて受けた。ぶつかった戦槌が止まり、一ノ瀬の腕へ衝撃が返る。
「……重いわね」
「新たな者か」
「見れば分かるでしょ」
一ノ瀬は戦槌を押しつけたまま、後ろにいる八雲へ声を飛ばした。
「焔。動ける?」
「誰に聞いてやがる」
「そう。なら、立って」
「言われなくても――」
八雲が立ち上がったところで、一ノ瀬が振り返る。
裂けた制服。胸元の傷。口の端に残る血。普段なら真っ先に笑うはずの八雲が、呼吸を整えるだけで僅かに時間を使っている。
一ノ瀬の目が細くなった。
「帰ったら、覚えてなさいよ」
「助けに来て最初に言うことがそれかよ」
「黙っていなくなった馬鹿に、ほかに何を言えばいいの?」
「別についてこいなんて頼んでねえぞ」
「頼まれたから来たんじゃないわ」
一ノ瀬は八雲から視線を外し、ラダマンテュスへ戦槌を向けた。
「私が来ると決めたから来たの」
「……勝手な奴だな」
「あんたにだけは言われたくない」
ラダマンテュスが二人のやり取りを黙って見ている。やがて長剣を構え直し、一ノ瀬へ兜を向けた。
「お前も私を止めるのか」
「ええ。そのつもりよ」
「ならば排除する」
「随分と話が早いのね」
ラダマンテュスが前へ出る。
一ノ瀬は戦槌を下段に構え、迎え撃った。
横薙ぎの長剣へ、槌頭を斜め下から合わせる。正面から力を競わず、刃を上へ弾いて懐へ踏み込んだ。戦槌の柄を短く持ち替え、石突を兜へ突き出す。
ラダマンテュスは首を傾けてかわし、空いた左手で柄を掴んだ。
「捕らえた」
一ノ瀬の手の中で、戦槌の輪郭が揺らいだ。
太い柄と槌頭が崩れ、長く連なった鎖へ形を変える。掴むものを失ったラダマンテュスの左手が空を切った。
「……今変わるのね」
一ノ瀬は鎖の端を引き、相手の腕へ巻きつける。
「今よ、焔!」
「命令すんな!」
そう言いながらも、八雲は既に動いていた。
横から〈如意棒〉を振り抜く。
ラダマンテュスは鎖の絡んだ左腕を引き、一ノ瀬ごと身体の正面へ動かそうとした。
「させるかよ。伸びろ!」
〈如意棒〉が途中から伸び、間合いの外側にいたラダマンテュスへ迫る。
長剣が振られ、その先端を弾いた。
八雲は止められた〈如意棒〉をすぐに引かず、その場で軌道を変える。
「曲がれ!」
真紅の棒が大きくしなり、長剣を回り込んで鎧の脇腹へ向かった。
「それも見た」
ラダマンテュスは身体を捻り、曲がってきた棒を左腕の鎧で受ける。鎖を巻きつけられたままでも動きに迷いはない。
衝突音が響いた。
「くっ……!」
鎖を握る一ノ瀬の身体が引かれる。足元で靴が滑り、それでも手を離さず踏ん張った。
「一ノ瀬、そのまま押さえろ!」
「簡単に言わないで!」
八雲は〈如意棒〉を元の長さへ戻しながら駆ける。ラダマンテュスが長剣を返し、一ノ瀬へ振り下ろそうとした。
鎖が、再び光を帯びた。
「こんな時に……!」
長く伸びていた鎖が一気に消え、一ノ瀬の右手へ短刀が収まる。
拘束を失ったラダマンテュスの左腕が自由になった。
同時に長剣が落ちてくる。
一ノ瀬は後ろへ逃げなかった。短刀を逆手に持ち替え、前へ踏み込む。振り下ろされる長剣の内側へ身体を滑り込ませることで刃を外し、すれ違いざまに鎧の脇へ短刀を走らせた。
刃が金属を擦り、浅い傷を残す。
ラダマンテュスの肘が返った。
「っ……!」
一ノ瀬は左腕で受けたが、衝撃を殺しきれず横へ飛ばされた。石畳へ片足をつき、倒れる前にもう一方の足を踏み出して体勢を戻す。
「一ノ瀬!」
「平気! 前を見なさい!」
八雲が顔を戻すと、長剣が目前に迫っていた。
〈如意棒〉を横へ構えて受ける。今度は踏ん張らず、押された勢いに合わせて自分から後ろへ跳んだ。
距離を取った八雲の隣へ、一ノ瀬が並ぶ。
「クソ強えぞ、こいつ」
「見れば分かるわよ」
「俺の動きも、見せたもんから全部読んできやがる」
「だから、そんなにぼろぼろなのね」
「まだ余裕だ」
「その強がり、私に通じると思ってる?」
「うるせえな」
一ノ瀬は短刀を身体の前へ構え、ラダマンテュスから目を離さない。
「あの鎧、硬いわね。隙間を狙うしかなさそう」
「いや」
八雲は傷のついた脇腹へ目を向けた。
「ぶっ壊しゃいい」
「……聞いた私が馬鹿だったわ」
「なんだと?」
「でも、嫌いじゃないわよ。その方法」
一ノ瀬が先に駆け出した。
短刀を持つ相手へ長剣を振り下ろせば、間合いの差でラダマンテュスが圧倒的に有利になる。それでも一ノ瀬は真正面から距離を詰め、刃が届く直前で左へ身体を切った。
ラダマンテュスの剣先が進行方向を追う。
読まれている。
一ノ瀬は構わず、さらに左へ踏み込んだ。
「伸びろ!」
背後から〈如意棒〉が伸びてくる。
一ノ瀬は避けなかった。横を通過しようとする棒へ片足を乗せ、跳ぶ。
「……何?」
ラダマンテュスの兜が上を向く。
八雲は笑った。
「もっと上だ!」
〈如意棒〉が一ノ瀬を乗せたまま斜め上へ伸びる。頭上を越えたところで、一ノ瀬が棒を蹴った。
背後へ回る。
ラダマンテュスはすぐに振り返り、迫る短刀を長剣で防いだ。
「それで終わりか」
「まさか」
刃を重ねたまま、一ノ瀬の視線がラダマンテュスの背後へ向く。
そこには八雲がいる。
「曲がれ!」
伸びきった〈如意棒〉が空中で弧を描いた。ラダマンテュスの横を通り過ぎていた先端が、背後から肩口へ迫る。
ラダマンテュスは長剣で一ノ瀬を押し返しながら、半身になってかわそうとした。
しかし、〈如意棒〉の軌道に合わせて一ノ瀬が踏み込む。短刀が長剣の根元を押さえ、回避へ移る一瞬を奪った。
真紅の棒が鎧の肩へ直撃する。
鈍い音が参道に響き、ラダマンテュスの身体が初めて大きくよろめいた。右肩の鎧が僅かにへこみ、表面へ一本の亀裂が走る。
「入った!」
一ノ瀬が距離を取る。
八雲も〈如意棒〉を戻し、彼女の横へ並んだ。
「どうだ。ぶっ壊せるだろ」
「たった一か所で得意にならないで」
「お前も乗ったくせによ」
「使えるものを使っただけよ」
ラダマンテュスは二人を追わなかった。
へこんだ肩へ一度だけ目を向け、それから八雲と一ノ瀬を順に見る。
「連携の形が定まっていない」
「悪かったな」
「互いの次の動きを、事前に決めているわけでもない」
「そんな面倒なこと、この馬鹿ができると思う?」
「おい」
「だが、合わせた」
ラダマンテュスは長剣を両手で握り直した。
「一人では生まれぬ動きか」
その声に感情らしいものはほとんどない。それでも、剣先は八雲だけでなく、一ノ瀬まで含めた二人の中央へ向けられていた。
「先ほどまでの判断を改める」
「やっと俺以外も見る気になったか」
「ならば、二人とも排除する」
「排除だろうが裁くだろうが、気に食わねえんだよ」
八雲が〈如意棒〉を肩へ担ぐ。
その隣で、一ノ瀬も短刀を構えた。
「焔。無茶はしないで」
「今さら言うことかよ」
「ええ。どうせ聞かないでしょうから、一応ね」
「分かってんなら言うな」
八雲は口元を吊り上げる。
身体中が痛み、腕の痺れも消えてはいない。それでも、一人で立っていた時とは違う。
「行くぞ、一ノ瀬」
「言われなくても」
二人が左右へ分かれる。
ラダマンテュスはその場から動かず、どちらにも対応できるよう長剣を正面へ構えた。
定まった型を持たず、戦いながら変わり続ける八雲と、どの形になるか分からない武器を迷いなく扱う一ノ瀬。ラダマンテュスが読み解くべき相手は、もう一人ではなかった。

