崩れた外壁を抜けた先は、里の外れに広がる杉林だった。
地面は苔むし、月明かりが梢の隙間から幾筋も差し込んでいる。焼け落ちた鳥居の残骸が、少し離れた場所に転がっていた。木々の間を吹き抜ける風は湿っていて、鼻の奥に土の匂いを残していく。
烏迴は着地と同時に、二振りの剣を正眼に構えた。
正面上空、タナトスが音もなく浮いている。翼は動いていない。ただそこに在るというだけで、重力という法則の側が遠慮しているかのようだった。
右手、地を這うように唸るケルベロスの三つの首。六つの赤黒い目が、闇の中でそれぞれ別の角度から烏迴を捉えている。三つの口から垂れた涎が地面を焼き、苔がじゅっと音を立てて縮れた。
挟まれている。だが、烏迴の表情に動揺はなかった。
「……面倒な組み合わせだな」
「そうか?」
タナトスの声には、抑揚がなかった。
「私は、これで十分だと思うが」
「贅沢言うなよ。俺は一人だぞ」
「数の不利は、死の前では意味を持たない」
タナトスは鎌を軽く持ち上げた。刃が月明かりを弾き、鈍い銀色を返す。
「一人であろうと、百人であろうと、死は等しく訪れる」
「哲学の授業はいらねえよ」
烏迴は剣先をわずかに下げた。
「俺は生きて帰る側だからな」
言葉が終わるより早く、ケルベロスが動いた。
中央の首が真っ直ぐに突進し、左右の首が別々の角度から回り込む。三頭が、三方向から同時に牙を剥いた。
烏迴は動かなかった。
いや、正確には、動く必要がなかった。
最小限の踏み込みで、中央の首の顎を白の剣で受け流す。刃が牙の側面を滑り、火花にも似た熱が散った。その勢いのまま身体を捻り、左の首の突進を紙一重でかわす。頬のすぐ横を、家一軒ほどもある頭部が通過していく。
そして右の首が、大きく口を開けて息を吸い込んでいた。
「――そっちか」
烏迴は地を蹴った。
直後、彼の立っていた場所を白い霧のような息が通過する。触れてもいない苔が、瞬時に霜を吹いて白く変色した。杉の幹に張り付いた霜が、めきめきと音を立てて樹皮を裂いていく。
(冷気じゃねえな。……熱を、根こそぎ持っていきやがる)
烏迴は着地と同時に反転した。
「四神流・白虎ノ型――【蓮牙】」
交差する二条の銀閃。
彼は左から右、右から左へと剣を水平に走らせ、旋回した勢いのまま右の首の鼻面を深く斬りつけた。
「――ギャアッ!」
巨獣が悲鳴を上げ、後方へ大きく飛び退く。黒い血が地面に散り、苔を溶かした。
だが、その隙に。
「私を忘れるな」
タナトスの鎌が、真上から落ちてきた。
烏迴は黒の剣を頭上に掲げ、それを受け止める。
――衝撃。
地面が円形に陥没した。放射状に亀裂が走り、周囲の杉が根元から揺れる。膝がわずかに沈んだ。
「重いな」
「軽く感じられても困る」
タナトスは鎌越しに、烏迴を見下ろした。朱の瞳が、至近距離で彼を捉えている。
「これは魂を刈る鎌だ。生半可な力で振れば、意味がない」
「……そういうことかよ」
烏迴は鎌を弾き返し、後方へ跳んで距離を取った。
だが、跳んだ先に、既にケルベロスの左の首が待ち構えていた。
「――ッ!」
烏迴は空中で身をひねり、辛うじて牙をかわす。だが、着地の姿勢が崩れた。
その隙を、タナトスが見逃さなかった。
鎌の切っ先が、烏迴の左の二の腕を浅く裂く。
「……くっ」
傷は浅い。掠っただけだ。普段なら舌打ち一つで済ませる程度のものだった。
だが、傷口から伝わってくる感覚がおかしい。血の巡りが、そこだけ鈍くなっていくような、そんな冷たさだった。指先の力が、砂のように零れ落ちていく。
(――なるほど。魂を刈るってのは、比喩じゃねえのか)
烏迴は傷口を一瞥し、すぐに視線を戻した。
「タナトス」
「なんだ」
「あんたの鎌、当たった分だけ何かを持っていくのか」
「察しがいいな」
タナトスは、僅かに感心したように言った。
「その通りだ。肉を裂くだけの武器ではない。斬られた分だけ、生の側から死の側へ寄る。……それだけのことだ」
「それだけ、で済ませんなよ」
「そう嫌うな」
タナトスは鎌を持ち替えた。
「これほど平等なものはないぞ。王も奴隷も、老人も赤子も、この刃の前では等しい」
「等しいのが平等だと思ってる時点で、あんたは何も分かってねえよ」
烏迴は口の端を歪めた。
「死ぬ順番くらい、こっちで選ばせてもらう」
言い放ちながら、彼は素早く状況を整理していた。
二対一。しかも片方は、攻撃を受けるだけで消耗する武器を持っている。時間をかければかけるほど、不利になるのはこちらだ。
ケルベロスの方も厄介だった。三つの首がそれぞれ別の生き物のように動く。噛み殺す首、押し潰す首、凍らせる首。一頭で三頭分の連携をこなしてくる。
そして、その上を鎌が飛ぶ。
(――さっさと決めるしかねえか)
烏迴は双剣を握り直し、地を蹴った。
狙いはケルベロス。先に数を減らす。
「四神流・玄武ノ型――【羅生門】」
右の剣を左から右へ、左の剣を上から下へ。交差した斬撃が、突進してきたケルベロスの中央の首を正面から受け止め、押し返す。
巨獣の体勢が崩れた。
その隙に、烏迴は懐へ潜り込み、前肢の関節を白の剣で貫いた。刃が骨の隙間を捉え、そのまま抉る。
「――ガアアアッ!」
山を震わせるような悲鳴。巨体が傾く。
だが、烏迴はそこで動きを止めなかった。
止まれば、上からタナトスが降ってくる。
案の定、鎌の気配が背後に迫っていた。
「甘いぞ」
「甘いのはどっちだ」
烏迴は振り返らずに黒の剣を後ろ手に振るった。
鎌の柄と剣がぶつかり、火花が散る。
だが、完全には受けきれなかった。切っ先が肩を浅く掠め、また同じ冷たさが染み込んでくる。
「……二箇所目か」
烏迴は肩に触れた。感覚が、僅かに遠い。腕が上がる速度が、ほんの少しだけ落ちている。自分でも分かるほどに。
タナトスは、その様子を静かに観察していた。
「面白いな」
「何がだ」
「お前、私の鎌に触れるたび、動きが鈍るはずだ。二度も受けて、常人なら既に膝をついている」
タナトスは僅かに首を傾げた。
「だが、まだ乱れていない」
「そりゃどうも」
「訓練の賜物か。それとも――」
朱の瞳が、細まった。
「まだ、本気ではないな」
「……」
烏迴は答えなかった。
図星だった。
彼には、常にかけている枷がある。今はまだ、その一段目にすら触れていない。『才能に怠けるな』と師から課されたもので、普段は掛けたままにしている。
外さずに済むならその方がいい。それくらいの、緩い決まりだ。
(――ただ、最近は外す機会が多いな)
インヴィの時もそうだった。あの時も結局、枷に手をかけた。
(こりゃ、鍛え直した方がいいかもな)
傷が増えるたびに、消耗は積み重なる。ケルベロスも未知数だ。あの巨体を無力化する前にこちらの腕が上がらなくなれば、それで終わる。
そして何より、この二体をここに足止めしている間にも、屋敷の中では隼人たちが戦っている。
長引かせるという選択肢は、最初から存在しなかった。
「……仕方ねえな」
烏迴は小さく息を吐いた。
双剣を下ろし、目を閉じる。
その無防備な姿を、タナトスもケルベロスも、なぜか攻撃しなかった。できなかった、と言うべきかもしれない。彼の周囲の空気が、明らかに変質し始めていたからだ。
「【人封印・解】」
その一言に、杉林の空気がぴたりと静止した。
風が止まる。梢のざわめきが消える。ケルベロスの三つの喉から漏れていた唸り声すら、途中で断ち切られたように途絶えた。
烏迴を中心に、周囲の温度がわずかに下がったように感じられる。
「……ほう」
タナトスは、初めて興味深そうな声を出した。
「今のは、何だ」
「説明する義理はねえよ」
烏迴は目を開け、双剣を構え直した。
纏う空気に、先ほどまでとは違う密度が宿っている。傷は塞がっていない。奪われた感覚も戻っていない。それでも、彼の立ち姿からは一切の乱れが消えていた。
「けど、一つだけ言っとく」
彼は不敵に笑った。
「あんたら、ここからが本番だ」
ケルベロスが、三つの首を揃えて咆哮した。
地面が震え、周囲の杉の木が枝葉を激しく揺らす。抉られた前肢の傷が、黒い霧に覆われて塞がっていくのが見えた。
「……再生持ちかよ。面倒くせえ」
「番犬だからな」
タナトスは鎌を構え直し、僅かに首を傾げた。
「私が呼び戻せば、何度でも立つ。……それを承知で、なお本番と言うか」
「言ったろ」
烏迴は剣先を持ち上げた。
「死ぬ順番は、こっちで選ぶってな」
「大したものだ。死神に向かって、順番を選ぶと言うとは」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
烏迴が地を蹴った。
速度が、明らかに変わっていた。
地面を蹴った音が、彼の姿が消えた後から遅れて届く。杉の落ち葉が、その軌跡に沿って一斉に舞い上がった。
一瞬で間合いを詰め、驚愕に目を見開くケルベロスの中央の首の眼前に、既に彼の姿があった。
「四神流・朱雀ノ型――」
双剣に、赤い光が宿る。
「【郝翼之刃】」
交差した斬撃が、巨獣の首を深く捉えた。
悲鳴が、杉林全体を震わせた。
地面は苔むし、月明かりが梢の隙間から幾筋も差し込んでいる。焼け落ちた鳥居の残骸が、少し離れた場所に転がっていた。木々の間を吹き抜ける風は湿っていて、鼻の奥に土の匂いを残していく。
烏迴は着地と同時に、二振りの剣を正眼に構えた。
正面上空、タナトスが音もなく浮いている。翼は動いていない。ただそこに在るというだけで、重力という法則の側が遠慮しているかのようだった。
右手、地を這うように唸るケルベロスの三つの首。六つの赤黒い目が、闇の中でそれぞれ別の角度から烏迴を捉えている。三つの口から垂れた涎が地面を焼き、苔がじゅっと音を立てて縮れた。
挟まれている。だが、烏迴の表情に動揺はなかった。
「……面倒な組み合わせだな」
「そうか?」
タナトスの声には、抑揚がなかった。
「私は、これで十分だと思うが」
「贅沢言うなよ。俺は一人だぞ」
「数の不利は、死の前では意味を持たない」
タナトスは鎌を軽く持ち上げた。刃が月明かりを弾き、鈍い銀色を返す。
「一人であろうと、百人であろうと、死は等しく訪れる」
「哲学の授業はいらねえよ」
烏迴は剣先をわずかに下げた。
「俺は生きて帰る側だからな」
言葉が終わるより早く、ケルベロスが動いた。
中央の首が真っ直ぐに突進し、左右の首が別々の角度から回り込む。三頭が、三方向から同時に牙を剥いた。
烏迴は動かなかった。
いや、正確には、動く必要がなかった。
最小限の踏み込みで、中央の首の顎を白の剣で受け流す。刃が牙の側面を滑り、火花にも似た熱が散った。その勢いのまま身体を捻り、左の首の突進を紙一重でかわす。頬のすぐ横を、家一軒ほどもある頭部が通過していく。
そして右の首が、大きく口を開けて息を吸い込んでいた。
「――そっちか」
烏迴は地を蹴った。
直後、彼の立っていた場所を白い霧のような息が通過する。触れてもいない苔が、瞬時に霜を吹いて白く変色した。杉の幹に張り付いた霜が、めきめきと音を立てて樹皮を裂いていく。
(冷気じゃねえな。……熱を、根こそぎ持っていきやがる)
烏迴は着地と同時に反転した。
「四神流・白虎ノ型――【蓮牙】」
交差する二条の銀閃。
彼は左から右、右から左へと剣を水平に走らせ、旋回した勢いのまま右の首の鼻面を深く斬りつけた。
「――ギャアッ!」
巨獣が悲鳴を上げ、後方へ大きく飛び退く。黒い血が地面に散り、苔を溶かした。
だが、その隙に。
「私を忘れるな」
タナトスの鎌が、真上から落ちてきた。
烏迴は黒の剣を頭上に掲げ、それを受け止める。
――衝撃。
地面が円形に陥没した。放射状に亀裂が走り、周囲の杉が根元から揺れる。膝がわずかに沈んだ。
「重いな」
「軽く感じられても困る」
タナトスは鎌越しに、烏迴を見下ろした。朱の瞳が、至近距離で彼を捉えている。
「これは魂を刈る鎌だ。生半可な力で振れば、意味がない」
「……そういうことかよ」
烏迴は鎌を弾き返し、後方へ跳んで距離を取った。
だが、跳んだ先に、既にケルベロスの左の首が待ち構えていた。
「――ッ!」
烏迴は空中で身をひねり、辛うじて牙をかわす。だが、着地の姿勢が崩れた。
その隙を、タナトスが見逃さなかった。
鎌の切っ先が、烏迴の左の二の腕を浅く裂く。
「……くっ」
傷は浅い。掠っただけだ。普段なら舌打ち一つで済ませる程度のものだった。
だが、傷口から伝わってくる感覚がおかしい。血の巡りが、そこだけ鈍くなっていくような、そんな冷たさだった。指先の力が、砂のように零れ落ちていく。
(――なるほど。魂を刈るってのは、比喩じゃねえのか)
烏迴は傷口を一瞥し、すぐに視線を戻した。
「タナトス」
「なんだ」
「あんたの鎌、当たった分だけ何かを持っていくのか」
「察しがいいな」
タナトスは、僅かに感心したように言った。
「その通りだ。肉を裂くだけの武器ではない。斬られた分だけ、生の側から死の側へ寄る。……それだけのことだ」
「それだけ、で済ませんなよ」
「そう嫌うな」
タナトスは鎌を持ち替えた。
「これほど平等なものはないぞ。王も奴隷も、老人も赤子も、この刃の前では等しい」
「等しいのが平等だと思ってる時点で、あんたは何も分かってねえよ」
烏迴は口の端を歪めた。
「死ぬ順番くらい、こっちで選ばせてもらう」
言い放ちながら、彼は素早く状況を整理していた。
二対一。しかも片方は、攻撃を受けるだけで消耗する武器を持っている。時間をかければかけるほど、不利になるのはこちらだ。
ケルベロスの方も厄介だった。三つの首がそれぞれ別の生き物のように動く。噛み殺す首、押し潰す首、凍らせる首。一頭で三頭分の連携をこなしてくる。
そして、その上を鎌が飛ぶ。
(――さっさと決めるしかねえか)
烏迴は双剣を握り直し、地を蹴った。
狙いはケルベロス。先に数を減らす。
「四神流・玄武ノ型――【羅生門】」
右の剣を左から右へ、左の剣を上から下へ。交差した斬撃が、突進してきたケルベロスの中央の首を正面から受け止め、押し返す。
巨獣の体勢が崩れた。
その隙に、烏迴は懐へ潜り込み、前肢の関節を白の剣で貫いた。刃が骨の隙間を捉え、そのまま抉る。
「――ガアアアッ!」
山を震わせるような悲鳴。巨体が傾く。
だが、烏迴はそこで動きを止めなかった。
止まれば、上からタナトスが降ってくる。
案の定、鎌の気配が背後に迫っていた。
「甘いぞ」
「甘いのはどっちだ」
烏迴は振り返らずに黒の剣を後ろ手に振るった。
鎌の柄と剣がぶつかり、火花が散る。
だが、完全には受けきれなかった。切っ先が肩を浅く掠め、また同じ冷たさが染み込んでくる。
「……二箇所目か」
烏迴は肩に触れた。感覚が、僅かに遠い。腕が上がる速度が、ほんの少しだけ落ちている。自分でも分かるほどに。
タナトスは、その様子を静かに観察していた。
「面白いな」
「何がだ」
「お前、私の鎌に触れるたび、動きが鈍るはずだ。二度も受けて、常人なら既に膝をついている」
タナトスは僅かに首を傾げた。
「だが、まだ乱れていない」
「そりゃどうも」
「訓練の賜物か。それとも――」
朱の瞳が、細まった。
「まだ、本気ではないな」
「……」
烏迴は答えなかった。
図星だった。
彼には、常にかけている枷がある。今はまだ、その一段目にすら触れていない。『才能に怠けるな』と師から課されたもので、普段は掛けたままにしている。
外さずに済むならその方がいい。それくらいの、緩い決まりだ。
(――ただ、最近は外す機会が多いな)
インヴィの時もそうだった。あの時も結局、枷に手をかけた。
(こりゃ、鍛え直した方がいいかもな)
傷が増えるたびに、消耗は積み重なる。ケルベロスも未知数だ。あの巨体を無力化する前にこちらの腕が上がらなくなれば、それで終わる。
そして何より、この二体をここに足止めしている間にも、屋敷の中では隼人たちが戦っている。
長引かせるという選択肢は、最初から存在しなかった。
「……仕方ねえな」
烏迴は小さく息を吐いた。
双剣を下ろし、目を閉じる。
その無防備な姿を、タナトスもケルベロスも、なぜか攻撃しなかった。できなかった、と言うべきかもしれない。彼の周囲の空気が、明らかに変質し始めていたからだ。
「【人封印・解】」
その一言に、杉林の空気がぴたりと静止した。
風が止まる。梢のざわめきが消える。ケルベロスの三つの喉から漏れていた唸り声すら、途中で断ち切られたように途絶えた。
烏迴を中心に、周囲の温度がわずかに下がったように感じられる。
「……ほう」
タナトスは、初めて興味深そうな声を出した。
「今のは、何だ」
「説明する義理はねえよ」
烏迴は目を開け、双剣を構え直した。
纏う空気に、先ほどまでとは違う密度が宿っている。傷は塞がっていない。奪われた感覚も戻っていない。それでも、彼の立ち姿からは一切の乱れが消えていた。
「けど、一つだけ言っとく」
彼は不敵に笑った。
「あんたら、ここからが本番だ」
ケルベロスが、三つの首を揃えて咆哮した。
地面が震え、周囲の杉の木が枝葉を激しく揺らす。抉られた前肢の傷が、黒い霧に覆われて塞がっていくのが見えた。
「……再生持ちかよ。面倒くせえ」
「番犬だからな」
タナトスは鎌を構え直し、僅かに首を傾げた。
「私が呼び戻せば、何度でも立つ。……それを承知で、なお本番と言うか」
「言ったろ」
烏迴は剣先を持ち上げた。
「死ぬ順番は、こっちで選ぶってな」
「大したものだ。死神に向かって、順番を選ぶと言うとは」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
烏迴が地を蹴った。
速度が、明らかに変わっていた。
地面を蹴った音が、彼の姿が消えた後から遅れて届く。杉の落ち葉が、その軌跡に沿って一斉に舞い上がった。
一瞬で間合いを詰め、驚愕に目を見開くケルベロスの中央の首の眼前に、既に彼の姿があった。
「四神流・朱雀ノ型――」
双剣に、赤い光が宿る。
「【郝翼之刃】」
交差した斬撃が、巨獣の首を深く捉えた。
悲鳴が、杉林全体を震わせた。

