八雲が作り出した荒々しい炎の壁と、雨宮の放った魔術の閃光を背に、俺たちは夜の闇の中を駆け抜けた。
道なき生垣の裏を抜け、ようやく見えてきたのは、屋敷を囲む重厚な黒い塀だった。まるで夜の闇そのものが凝固したかのように、冷たく、巨大に立ちはだかっている。
烏迴さんの方へ走っていった者たちは、まだ戻っていない。おかげで正門の見張りはいくらか減っていた。
だが、それでもまだ五、六人の男たちが松明を掲げ、周囲を鋭く警戒している。
塀を乗り越えるにしても、門を強行突破するにしても、無傷で、かつ一切の音を立てずに抜けるのは不可能だった。
「……どうする」
ここまで来て、足止めを食らうわけにはいかない。時間は刻一刻と過ぎている。新月の夜の闇が、サラを飲み込もうとしているのが肌で感じられた。
「隼人」
その重い沈黙を破ったのは、絋弥だった。
「俺と西園寺で、派手に暴れる」
「……っ、絋弥!」
「時間がねえんだ」
絋弥は俺の肩を力強く掴んだ。その瞳は、暗闇の中でも真っ直ぐに俺を射抜いていた。恐怖など微塵もない、ただ前だけを見据えた強靭な意志の光。
「俺たちが正面から突っ込んで、あいつらの気を全部引きつける。お前と橘は、その隙に屋敷の裏手か、塀の守りが薄いところから中へ入れ」
「私も同意見よ」
玲奈が、静かに頷いた。
「見張りの意識を私たちに完全に集中させる。中に入ってしまえば、こちらの勝ちよ」
「お前らまで……駄目だ、それじゃ――」
「馬鹿言ってんじゃねえよ!」
絋弥が、声を押し殺しながらも鋭く怒鳴った。
「辰巳さんも、雨宮たちも、何のために残ったと思ってんだ! ここでモタモタしてたら、あいつらの覚悟が全部無駄になんだろ!」
「……っ」
「隼人」
玲奈が、すっと俺の前に立った。
「私たちは、サラを助けに来たの。そのためなら、これくらいの役割分担、当然でしょ」
その顔には、一切の迷いがなかった。
「おい、西園寺。準備はいいか」
「ええ、もちろんよ」
二人が、バネのように立ち上がった。
「轟け――〈麒麟〉!」
「凍てつけ――〈ニヴルヘイム〉」
絋弥の両手に雷を纏った双銃が現れ、玲奈の手元には氷の細剣が鋭い光を放つ。
周囲の空気が、一気に張り詰めた。
「私の氷に巻き込まれないように気をつけなさいよね」
「へっ、言うじゃねえか。行くぞ!」
「……橘」
俺は、隣にいる橘を見た。
彼女は無言で、こくりと深く頷いた。一緒に行く。その強い意思が、震える小さな肩から痛いほどに伝わってくる。
「……分かった」
俺は拳を強く握りしめた。
「頼む。絶対に、死ぬなよ」
「おう。任せとけっての」
次の瞬間、絋弥が地面を抉るほどの勢いで蹴り飛ばし、生垣から飛び出した。
「なんだ!?」
「敵襲! 門の前だ!」
松明を持った男たちが、一斉に正門の方向へと視線を向ける。
「オラァッ!!」
絋弥の獣のような雄叫びと共に、双銃から放たれた雷撃が見張りたちの足元の石畳を砕き、その衝撃で男たちが次々と吹き飛ばされた。さらに玲奈が細剣を振るうと、鋭い吹雪のような冷気が目眩ましとなって吹き荒れ、男たちの怒号と混乱が夜の闇に飛び交う。
「今よ、隼人!!」
玲奈の叫び声が響いた。
「行くぞ、橘!」
「うん!」
見張りたちの意識が完全に正門の二人へと向いた、そのほんの一瞬の隙。
俺と橘は、塀の死角へ向かって全力で走り、そのまま石垣の凹凸に足をかけて蹴り上がり、屋敷の敷地内へと滑り込んだ。
背後で、絋弥の銃撃音と、玲奈の氷が弾ける音が響いている。
――絶対に、助け出す。
俺は着地の勢いを殺し、そのまま屋敷の陰へと身を滑らせた。
屋敷の敷地内は、外の騒ぎなどまるで届いていないかのように、不気味なほど静まり返っていた。
綺麗に手入れされた広大な日本庭園を抜け、縁側から屋敷の中へと足を踏み入れる。靴を脱ぐ暇などなく、そのまま板張りの廊下へ上がる。
襖が開け放たれたままの和室。灯りの消えた長い廊下。
だが、進むにつれて強烈な違和感に気づいた。
「……誰も、いない?」
これほど巨大な屋敷でありながら、人の気配が完全に欠落しているのだ。廊下にも、広間にも、使用人や見張りの一人すら立っていない。
外の騒ぎに気を取られているというレベルではなかった。まるで、この屋敷の住人すべてが、一つの場所に集められ、息を潜めているかのような――空恐ろしいほどの空白。
「どういうことだ……警備の人間くらい残っていてもおかしくないのに」
「桐宮君、気をつけて。何か、空気が……重い」
橘が周囲を警戒するように見回す。
彼女の言う通りだった。屋敷の奥へ進めば進むほど、空気が重く、息苦しくなっていく。
(アース、場所は分かるか!?)
『屋敷の最奥だ。途方もない量の魔力が一点に向かって渦巻いてやがる。もうそろそろ終わりそうだな』
俺と橘は、迷うことなく板張りの廊下を全力で走った。
昨日、烏迴さんが言っていた通りだった。
この屋敷は、奥行きだけが異様に長い。
走っても走っても、廊下が終わらない。
やがて、屋敷の一番奥。
幾重にも結界の札が貼られた、ひと際大きな豪奢な襖絵の前にたどり着いた。
襖の隙間からは、どす黒い赤色をした、毒々しい光が漏れ出ている。
そして、腹の底に響くような、何十人もの声が重なり合った重低音の読経の声。
「この中だ……!」
俺と橘は、迷わずその襖を勢いよく引き開けた。
開け放たれた先には、想像を絶する異様な光景が広がっていた。
「……っ!!」
俺は思わず、息を呑み、足を止めた。
そこは、窓一つない広大な大広間だった。
あの長すぎる廊下の先に、これだけの空間が隠されていたのか。
畳敷きの床一面に描かれた、血のように赤い巨大な魔法陣。それは幾重にも円と幾何学模様が折り重なり、見たこともない古代の文字が脈打つように発光していた。
その周囲を取り囲むように、黒装束を着たクロイツの人間たちが数十人――いや、百人近いかもしれない。彼らは全員がひざまずき、頭を垂れ、狂ったように呪文を唱えている。彼らの身体からは、命を削って絞り出されたような魔力が立ち昇り、中央の魔法陣へと吸い込まれていた。
そして、魔法陣の中央。
一段高く作られた祭壇の上に、一人の少女が立っていた。
「サラ……!」
純白の着物を身に纏ったサラだった。
だが、その状態は異常だった。彼女の身体は、魔法陣から立ち昇る黒い魔力の奔流に縛り付けられるようにして、宙に半ば浮いていたのだ。
特徴的なピンク色の髪が、重力に逆らうように揺らめいている。
しかし、その目は虚ろに見開かれ、一切の光がなかった。焦点は合っておらず、生気すらない。すでに、彼女の意識はここにはないように見えた。
「おお……冥王ハデス様! 我が一族の悲願、今ここに……!」
祭壇の前に立つ女――サラの母親でありクロイツ家当主、エルフリーデ・クロイツが、狂気を孕んだ顔で両手を天に掲げている。
空間の歪みが、サラの頭上に渦を巻いていた。
儀式は、もう終わりかけている。
その渦の向こうから、何か『底知れない恐ろしいもの』が、サラの身体を依代にして現世へと這い出そうとしていた。
「させるか……ッ!!」
「灰燼と化せ――〈レーヴァテイン〉!」
灼熱の炎を纏った剣が、俺の手に顕現する。
「咲き誇れ――〈天ノ桜〉」
隣で、橘の手に桜色の弓が現れた。
「サラァァァァッ!!」
俺の咆哮が、おぞましい詠唱の渦を切り裂き、広大な大広間に響き渡った。
その声に、数十人の黒装束たちとエルフリーデが一斉にこちらを振り返った。
「何者だ!? なぜここに部外者が!」
「神聖なる儀式を穢す気か!」
怒号が飛び交い、読経を止めた数人の男たちが、懐から短刀や呪符を取り出して俺たちの前に立ちはだかる。
「橘!」
「わかってる!」
橘が弓を引き絞り、放った。魔力で編まれた無数の光の矢が空中で枝分かれし、襲いかかってきた男たちの足元や衣服を縫い付け、その動きを的確に封じていく。
「うおぉぉっ!」
俺は動きの止まった男たちの隙間を縫うように駆け抜け、立ちはだかる者の手首や膝裏を剣の峰で打ち据え、強引に道をこじ開けていく。殺すわけにはいかない。こいつらも、歪んではいるがサラの家族なのだ。
「どけっ! サラから離れろ!」
俺は祭壇へ向かって一直線に突っ込んだ。
だが。
「……無駄なことです、桐宮さん。我が一族、七百年の悲願の邪魔はさせません」
サラの母親の冷酷な声が響いた瞬間、俺の目の前に目に見えない分厚い魔力の壁が現れた。
「しまっ――」
全力で走っていた俺は、その壁に激突し、数メートル後方へと弾き飛ばされた。
「桐宮君!」
「がはっ……!」
畳の上を転がり、なんとか受け身を取って立ち上がる。
当主であるエルフリーデは、あの日応接間で見せたのと同じ、穏やかで血の通っていない目をこちらに向けていた。
「学園の生徒にここまで踏み込まれるとは。……ですが、依代はすでに門を開きました。もはや何人たりとも、冥王の降臨を止めることはできません」
「ふざけるな……! あいつは、サラは道具じゃない!」
俺は剣を握り直し、母親を睨みつけた。
「道具ではありません。これは誉れなのです。一族の罪を雪ぎ、真の平穏をもたらすための尊い犠牲。部外者のあなたたちに理解できるはずもないでしょうが」
「理解なんかするか! そんな勝手な理由で、友達を殺させてたまるかよ!」
俺は再び地を蹴った。
魔力の壁があるなら、力ずくで叩き斬るまでだ。
全員が、命を懸けて繋いできたバトンだ。
烏迴さんが、雨宮が、八雲が、絋弥が、玲奈が。
あいつらが外で戦ってくれているから、俺は今、ここにいる。
「絶対に、連れて帰る……!」
俺は〈レーヴァテイン〉に魔力を集中させ、刀身にさらなる炎を纏わせた。
頭上の空間の渦から、さらに濃密な瘴気が溢れ出し、サラを包み込もうとしている。
一秒の猶予もない。
俺は、立ちはだかる当主と、その背後にある黒い泥の魔法陣に向かって、渾身の一撃を振り下ろした。
道なき生垣の裏を抜け、ようやく見えてきたのは、屋敷を囲む重厚な黒い塀だった。まるで夜の闇そのものが凝固したかのように、冷たく、巨大に立ちはだかっている。
烏迴さんの方へ走っていった者たちは、まだ戻っていない。おかげで正門の見張りはいくらか減っていた。
だが、それでもまだ五、六人の男たちが松明を掲げ、周囲を鋭く警戒している。
塀を乗り越えるにしても、門を強行突破するにしても、無傷で、かつ一切の音を立てずに抜けるのは不可能だった。
「……どうする」
ここまで来て、足止めを食らうわけにはいかない。時間は刻一刻と過ぎている。新月の夜の闇が、サラを飲み込もうとしているのが肌で感じられた。
「隼人」
その重い沈黙を破ったのは、絋弥だった。
「俺と西園寺で、派手に暴れる」
「……っ、絋弥!」
「時間がねえんだ」
絋弥は俺の肩を力強く掴んだ。その瞳は、暗闇の中でも真っ直ぐに俺を射抜いていた。恐怖など微塵もない、ただ前だけを見据えた強靭な意志の光。
「俺たちが正面から突っ込んで、あいつらの気を全部引きつける。お前と橘は、その隙に屋敷の裏手か、塀の守りが薄いところから中へ入れ」
「私も同意見よ」
玲奈が、静かに頷いた。
「見張りの意識を私たちに完全に集中させる。中に入ってしまえば、こちらの勝ちよ」
「お前らまで……駄目だ、それじゃ――」
「馬鹿言ってんじゃねえよ!」
絋弥が、声を押し殺しながらも鋭く怒鳴った。
「辰巳さんも、雨宮たちも、何のために残ったと思ってんだ! ここでモタモタしてたら、あいつらの覚悟が全部無駄になんだろ!」
「……っ」
「隼人」
玲奈が、すっと俺の前に立った。
「私たちは、サラを助けに来たの。そのためなら、これくらいの役割分担、当然でしょ」
その顔には、一切の迷いがなかった。
「おい、西園寺。準備はいいか」
「ええ、もちろんよ」
二人が、バネのように立ち上がった。
「轟け――〈麒麟〉!」
「凍てつけ――〈ニヴルヘイム〉」
絋弥の両手に雷を纏った双銃が現れ、玲奈の手元には氷の細剣が鋭い光を放つ。
周囲の空気が、一気に張り詰めた。
「私の氷に巻き込まれないように気をつけなさいよね」
「へっ、言うじゃねえか。行くぞ!」
「……橘」
俺は、隣にいる橘を見た。
彼女は無言で、こくりと深く頷いた。一緒に行く。その強い意思が、震える小さな肩から痛いほどに伝わってくる。
「……分かった」
俺は拳を強く握りしめた。
「頼む。絶対に、死ぬなよ」
「おう。任せとけっての」
次の瞬間、絋弥が地面を抉るほどの勢いで蹴り飛ばし、生垣から飛び出した。
「なんだ!?」
「敵襲! 門の前だ!」
松明を持った男たちが、一斉に正門の方向へと視線を向ける。
「オラァッ!!」
絋弥の獣のような雄叫びと共に、双銃から放たれた雷撃が見張りたちの足元の石畳を砕き、その衝撃で男たちが次々と吹き飛ばされた。さらに玲奈が細剣を振るうと、鋭い吹雪のような冷気が目眩ましとなって吹き荒れ、男たちの怒号と混乱が夜の闇に飛び交う。
「今よ、隼人!!」
玲奈の叫び声が響いた。
「行くぞ、橘!」
「うん!」
見張りたちの意識が完全に正門の二人へと向いた、そのほんの一瞬の隙。
俺と橘は、塀の死角へ向かって全力で走り、そのまま石垣の凹凸に足をかけて蹴り上がり、屋敷の敷地内へと滑り込んだ。
背後で、絋弥の銃撃音と、玲奈の氷が弾ける音が響いている。
――絶対に、助け出す。
俺は着地の勢いを殺し、そのまま屋敷の陰へと身を滑らせた。
屋敷の敷地内は、外の騒ぎなどまるで届いていないかのように、不気味なほど静まり返っていた。
綺麗に手入れされた広大な日本庭園を抜け、縁側から屋敷の中へと足を踏み入れる。靴を脱ぐ暇などなく、そのまま板張りの廊下へ上がる。
襖が開け放たれたままの和室。灯りの消えた長い廊下。
だが、進むにつれて強烈な違和感に気づいた。
「……誰も、いない?」
これほど巨大な屋敷でありながら、人の気配が完全に欠落しているのだ。廊下にも、広間にも、使用人や見張りの一人すら立っていない。
外の騒ぎに気を取られているというレベルではなかった。まるで、この屋敷の住人すべてが、一つの場所に集められ、息を潜めているかのような――空恐ろしいほどの空白。
「どういうことだ……警備の人間くらい残っていてもおかしくないのに」
「桐宮君、気をつけて。何か、空気が……重い」
橘が周囲を警戒するように見回す。
彼女の言う通りだった。屋敷の奥へ進めば進むほど、空気が重く、息苦しくなっていく。
(アース、場所は分かるか!?)
『屋敷の最奥だ。途方もない量の魔力が一点に向かって渦巻いてやがる。もうそろそろ終わりそうだな』
俺と橘は、迷うことなく板張りの廊下を全力で走った。
昨日、烏迴さんが言っていた通りだった。
この屋敷は、奥行きだけが異様に長い。
走っても走っても、廊下が終わらない。
やがて、屋敷の一番奥。
幾重にも結界の札が貼られた、ひと際大きな豪奢な襖絵の前にたどり着いた。
襖の隙間からは、どす黒い赤色をした、毒々しい光が漏れ出ている。
そして、腹の底に響くような、何十人もの声が重なり合った重低音の読経の声。
「この中だ……!」
俺と橘は、迷わずその襖を勢いよく引き開けた。
開け放たれた先には、想像を絶する異様な光景が広がっていた。
「……っ!!」
俺は思わず、息を呑み、足を止めた。
そこは、窓一つない広大な大広間だった。
あの長すぎる廊下の先に、これだけの空間が隠されていたのか。
畳敷きの床一面に描かれた、血のように赤い巨大な魔法陣。それは幾重にも円と幾何学模様が折り重なり、見たこともない古代の文字が脈打つように発光していた。
その周囲を取り囲むように、黒装束を着たクロイツの人間たちが数十人――いや、百人近いかもしれない。彼らは全員がひざまずき、頭を垂れ、狂ったように呪文を唱えている。彼らの身体からは、命を削って絞り出されたような魔力が立ち昇り、中央の魔法陣へと吸い込まれていた。
そして、魔法陣の中央。
一段高く作られた祭壇の上に、一人の少女が立っていた。
「サラ……!」
純白の着物を身に纏ったサラだった。
だが、その状態は異常だった。彼女の身体は、魔法陣から立ち昇る黒い魔力の奔流に縛り付けられるようにして、宙に半ば浮いていたのだ。
特徴的なピンク色の髪が、重力に逆らうように揺らめいている。
しかし、その目は虚ろに見開かれ、一切の光がなかった。焦点は合っておらず、生気すらない。すでに、彼女の意識はここにはないように見えた。
「おお……冥王ハデス様! 我が一族の悲願、今ここに……!」
祭壇の前に立つ女――サラの母親でありクロイツ家当主、エルフリーデ・クロイツが、狂気を孕んだ顔で両手を天に掲げている。
空間の歪みが、サラの頭上に渦を巻いていた。
儀式は、もう終わりかけている。
その渦の向こうから、何か『底知れない恐ろしいもの』が、サラの身体を依代にして現世へと這い出そうとしていた。
「させるか……ッ!!」
「灰燼と化せ――〈レーヴァテイン〉!」
灼熱の炎を纏った剣が、俺の手に顕現する。
「咲き誇れ――〈天ノ桜〉」
隣で、橘の手に桜色の弓が現れた。
「サラァァァァッ!!」
俺の咆哮が、おぞましい詠唱の渦を切り裂き、広大な大広間に響き渡った。
その声に、数十人の黒装束たちとエルフリーデが一斉にこちらを振り返った。
「何者だ!? なぜここに部外者が!」
「神聖なる儀式を穢す気か!」
怒号が飛び交い、読経を止めた数人の男たちが、懐から短刀や呪符を取り出して俺たちの前に立ちはだかる。
「橘!」
「わかってる!」
橘が弓を引き絞り、放った。魔力で編まれた無数の光の矢が空中で枝分かれし、襲いかかってきた男たちの足元や衣服を縫い付け、その動きを的確に封じていく。
「うおぉぉっ!」
俺は動きの止まった男たちの隙間を縫うように駆け抜け、立ちはだかる者の手首や膝裏を剣の峰で打ち据え、強引に道をこじ開けていく。殺すわけにはいかない。こいつらも、歪んではいるがサラの家族なのだ。
「どけっ! サラから離れろ!」
俺は祭壇へ向かって一直線に突っ込んだ。
だが。
「……無駄なことです、桐宮さん。我が一族、七百年の悲願の邪魔はさせません」
サラの母親の冷酷な声が響いた瞬間、俺の目の前に目に見えない分厚い魔力の壁が現れた。
「しまっ――」
全力で走っていた俺は、その壁に激突し、数メートル後方へと弾き飛ばされた。
「桐宮君!」
「がはっ……!」
畳の上を転がり、なんとか受け身を取って立ち上がる。
当主であるエルフリーデは、あの日応接間で見せたのと同じ、穏やかで血の通っていない目をこちらに向けていた。
「学園の生徒にここまで踏み込まれるとは。……ですが、依代はすでに門を開きました。もはや何人たりとも、冥王の降臨を止めることはできません」
「ふざけるな……! あいつは、サラは道具じゃない!」
俺は剣を握り直し、母親を睨みつけた。
「道具ではありません。これは誉れなのです。一族の罪を雪ぎ、真の平穏をもたらすための尊い犠牲。部外者のあなたたちに理解できるはずもないでしょうが」
「理解なんかするか! そんな勝手な理由で、友達を殺させてたまるかよ!」
俺は再び地を蹴った。
魔力の壁があるなら、力ずくで叩き斬るまでだ。
全員が、命を懸けて繋いできたバトンだ。
烏迴さんが、雨宮が、八雲が、絋弥が、玲奈が。
あいつらが外で戦ってくれているから、俺は今、ここにいる。
「絶対に、連れて帰る……!」
俺は〈レーヴァテイン〉に魔力を集中させ、刀身にさらなる炎を纏わせた。
頭上の空間の渦から、さらに濃密な瘴気が溢れ出し、サラを包み込もうとしている。
一秒の猶予もない。
俺は、立ちはだかる当主と、その背後にある黒い泥の魔法陣に向かって、渾身の一撃を振り下ろした。

