魔力の少ない魔法使い二年生編

 教室へ向かいながら、俺はスマホを取り出した。
 玲奈、絋弥、橘、ルイ。
 まず、この四人だ。
 グループにメッセージを送る。
『今すぐ校門前に集まってくれ。サラのことだ』
 送信して数秒で、既読が三つついた。
 玲奈、絋弥、橘。
 ルイだけが、つかない。
 電話をかけてみた。
 呼び出し音が鳴り続ける。
 やがて、留守番電話に切り替わった。
「……出ないのか」
 もう一度かけたが、結果は同じだった。
 教室に着くと、三人はもう鞄を掴んで立っていた。
「隼人!」
 絋弥が真っ先に駆け寄ってくる。
「どうしたんだよ、いきなり」
「歩きながら話す」
 俺は踵を返した。
「時間がない」
 四人で廊下を早足に進みながら、俺は昨日のことから順に話した。
 サラに会えたこと。
 だが、帰らないと言われたこと。
 そして――アースから聞いた、七百年前の儀式のこと。
 依代のこと。
 新月のこと。
「……嘘だろ」
 絋弥の顔から、血の気が引いていた。
「今夜って、お前……あと何時間だよ」
「分からない。だが、日が沈んだら始まってもおかしくない」
「……」
 玲奈は、途中から一言も喋らなかった。
 ただ、唇を強く噛んでいる。
「ねえ、隼人」
 やがて、玲奈が口を開いた。
「学園長は」
「許可はできないって言われた」
「……そう」
「けど、行ってこいって言われた」
 その言葉に、玲奈が顔を上げた。
「……どっちよ」
「学園としては動けない。だから、俺たちが勝手に行く」
 俺は答えた。
「烏迴さんは、退職願を出した」
「は?」
 絋弥が素っ頓狂な声を上げた。
「教師じゃなくなれば、学園は関係ないってさ」
「……あの人」
 玲奈が呆れたように、けれどどこか感心したように呟いた。
「屁理屈にも程があるでしょ」
「本人もそう言ってた」
 俺は続けた。
「三十分後に校門前だ。行くかどうかは――」
「行く」
 絋弥が即答した。
「聞くまでもねえだろ」
「私も」
 玲奈も頷いた。
「当たり前でしょ」
「私は昨日、一緒に行ったから」
 橘が静かに言った。
「今更、引き返せない」
 三人とも、迷いがなかった。
 だからこそ、俺は一度足を止めた。
「……危険だぞ」
「知ってる」
「相手が何をしてくるか分からない。里には人がたくさんいた。全員が敵かもしれない」
「知ってるって言ってんだろ」
 絋弥が俺の肩を叩いた。
「お前が言うことじゃねえよ、そんなの」
「……そうね」
 玲奈も苦笑した。
「そういやルイは?」
 絋弥が周囲を見回した。
「連絡が取れない」
 俺は答えた。
「今日、学校にも来てないらしい」
「……あー、そういやあいつ」
 絋弥が思い出したように頭を掻いた。
「今朝、連絡が来てたわ」
「なんて?」
「クロイツのこと、外で調べてみるってよ」
「外?」
「学園の資料じゃ埒が明かねえから、直接見に行くって」
 絋弥はスマホを取り出し、画面を見せた。
 短いメッセージが一件。
『クロイツ家について、心当たりを当たってみます』
「……あいつ」
 俺は思わず舌打ちした。
 一人で動いていたのか。
 あいつらしいと言えば、あいつらしい。
「その後は?」
「返事がねえ」
 絋弥は首を横に振った。
「電波の届かねえとこにでもいるんじゃねえの」
「……仕方ない」
 俺は言った。
「状況だけ送っておく。見たら、たぶん飛んでくる」
「そうだな」
 絋弥が頷いた。
「あいつ、そういうとこは早えからな」
 昇降口を出たところで、俺はもう一つの名前を思い出した。
「帝にも声をかけるか」
「……あー」
 絋弥が頭を掻いた。
「あいつも今日、来てなかったぞ」
「本当か?」
「昨日と同じで、家の用事とかじゃねえの」
「……そうか」
 あいつがいれば、と一瞬思った。
 だが、そもそも帝を巻き込む理由がない。
 あいつは情報をくれただけで、それ以上の義理はない。
「桐宮君」
 橘が言った。
「他に、声をかける人はいる?」
 俺は考えた。
 戦力になって、事情を知っていて、そして――命を懸けられる奴。
 その条件に合う人間は、そう多くない。
「……雨宮に聞いてみる」
「雨宮君?」
「昨日、何かあったら声をかけろって言われた」
 俺はスマホを取り出した。
「本人がそう言ったんだ。断られたら、それまでだ」
 電話は、二回のコールで繋がった。
『おう、桐宮か』
「雨宮。今、どこにいる」
『寮だけど。どうした』
「話が早い方がいい」
 俺は前置きを飛ばした。
「サラを助けに行く。今夜だ」
 電話の向こうで、一瞬の沈黙があった。
『……本気か』
「本気だ」
『何があった』
「電話じゃ説明しきれない。ただ、今夜行かないと手遅れになる」
『……』
「危険だ。学園の許可もない。断ってくれて構わない」
 そう言うと、電話の向こうで短く笑う声がした。
『バカかお前』
「え?」
『声かけろって言ったのは俺だぞ』
 雨宮の声には、迷いがなかった。
『何分後だ』
「……二十分後、校門前」
『分かった』
「本当にいいのか」
『くどい』
 雨宮は即答した。
『ただ、悪い。うちのお嬢様方は連れていけねえ』
「分かってる」
『あの二人を危険なことに巻き込むことはできない』
 その口調は、いつになく従者のものだった。
『けど、俺は違う。俺は従者だからなその辺はどうとでもなる。それに……こういうの意外と好きなんだぜ』
「……」
『まあ、後で滅茶苦茶怒られるだろうけどな』
 雨宮は笑った。
『それと、こういうのに喜んできてくれそうな奴が一人いる。声をかけていいか』
「誰だ」
『八雲だ』
 その名前に、俺は思わず眉を上げた。
「……八雲」
 赤い髪をオールバックにした、あの男の顔が浮かぶ。
 鋭い三白眼。ガラの悪い立ち姿。
 そして何より――強い奴と戦えると分かった時の、あの笑い方。
「あいつ、来るのか?」
『来るに決まってんだろ』
 雨宮は断言した。
『あいつが一番嫌いなのは、こんな面白そうな話に呼ばれねえことだ』
「……そういう理由かよ」
『そういう奴だ』
 雨宮は笑った。
『それに、実力はよく分かってるだろ。あいつが一人いるだけで、頭数以上の意味がある』
「……それはそうだな。頼めるか」
『任せろ』
 電話が切れた。
 俺はスマホを見つめたまま、少しだけ立ち尽くしていた。
 ――去年、敵だった連中が。
 こんな時に、真っ先に手を挙げる。
 人の縁というのは、分からないものだ。
 校門前に着くと、烏迴さんが既に立っていた。
 いつもの服装ではなく、動きやすい黒い上下に着替えている。
「揃ったか」
「まだです。あと二人来ます」
「そうか」
 烏迴さんは、それ以上何も聞かなかった。
 空を見上げる。
 西の稜線が、最後の赤を残していた。
 その上には、もう星が見え始めている。
 月は、どこにもない。
「烏迴さん」
「なんだ」
「一つ、聞いていいですか」
「言ってみろ」
「山まで、五時間かかりますよね」
 俺は言った。
「今から行っても、着くのは真夜中です」
「ああ」
「間に合いますか」
 烏迴さんは、俺を見た。
 そして、口の端を僅かに上げた。
「歩いて行くとは、一言も言ってないぞ」
「……え?」
「昨日、俺は現地に立った、一度でも自分の足で立った場所なら、跳べる」
 背筋に、電流が走った気がした。
「転移が、使えるんですか」
「まあな、それ込みの家庭訪問ってやつだ」
 烏迴さんはニヤリとする。
「結果的にそうなった」
「じゃあ、屋敷の中に直接――」
「無理だ」
 烏迴さんは即座に否定した。
「昨日、あの門をくぐった時に気づいた」
「……気づいた?」
「石垣の内側全体に、結界が張られている」
「結界なんてあったんですか?」
「相当古いものだ。おそらく、里が出来た時からある」
 烏迴さんは続けた。
「外から中への干渉を弾く。転移も同じだ。中に跳ぼうとすれば、弾かれるか、最悪どこに飛ばされるか分からん」
「……」
「だから、跳べるのは門の前までだ」
「門の前……」
「そこから先は、自分の足で歩く」
 昨日と同じ道を、もう一度。
 だが、今度は歓迎されない。
「桐宮」
「はい」
「今のうちに言っておく」
 烏迴さんは、真っ直ぐに俺を見た。
「向こうに着いたら、全員が俺の指示に従え。例外はない」
「……はい」
「昨日みたいに勝手に動く奴がいたら、その時点で置いていく」
「分かりました」
「本当に分かってるか」
 その問いに、俺は即答できなかった。
 昨日、俺は約束を破りかけた。
 あの部屋で、サラに掴みかかりそうになった。
「……分かってます」
 それでも、そう答えた。
「なら、いい」
 烏迴さんは頷いた。
 その時、背後から足音が聞こえてきた。
 二人分。
 振り返る。
 雨宮が、もう一人を連れて歩いてくるところだった。
 その隣を歩く赤髪の男が、こちらを見てニヤリと笑った。
「よぉ、桐宮」
 八雲だった。​​​​​​​​​​​​​​​​