あと1点の俺たちは。


陸に対する感情が、ただの友情では無いことに気が付いたのがいつだったか、それははっきりと覚えていない。だけど確実にこれまでと違う感情が、幼馴染そして親友に対して抱くには異質な気持ちが俺に芽生えた。
 それは、いつもと何ら変わらない日常の風景の中のこと。
放課後の人も疎らになった教室で、いつも通り陸を膝の上に乗せて他愛もない話をしていた。陸が何を話していたか正直覚えていない。だけど、陸が楽しそうに話しているのを見ていた俺は、ぽつりと零した。
「……可愛いな。」
溢れた言葉に驚いて、口を塞いだ。
……可愛い?俺は今、可愛いと言った?可愛いと思った、陸を?物心ついた時から一緒で大事な親友に対して?どうして。今まで陸に対してそんなこと思ったことなんて無かったのに…?
自分に問いかければ問いかけるほど、応えるように心臓の音が大きくなっていく。
陸に聞かれていないだろうかと慌てて陸の方を見たが、聞こえていなかったようで変わらず楽しそうに話していた。
……良かった。陸には聞こえてなかったみたいだ。
良かった?どうして俺は今安心した?可愛いと思うのは友人として間違った感情なのか?また頭が混乱していく。
知らない。今まで感じたことの無い気持ちに俺は戸惑った。
そこからの俺の心臓はどうもおかしく、陸の隣に居るとやたら煩く鳴るし、心が焦げるような感覚がずっとあった。心配とも不安とも違う変な感じだった。
それから、陸が他の奴と話しているのがどうにも気に入らなかった。だから、他の奴と話しているところにわざと割って入ったりした。我ながらガキっぽいことをしたと思う。俺らしくないとわかってはいたが、辞めることはできなかった。
気に入らない。ただそれだけの気持ちのはずだったのに段々とその気持ちはドロドロとしたものになり始めた。
そんなやつと話すなよ、俺の方を見ろよ、話し相手なら俺がいるだろ。
「俺の事だけ見ててくれよ」
口をついて出た言葉にハッとした。こんな気持ちは友情と呼べないだろ。けれど一度口にしてしまったら最後、綺麗と言えない感情が溢れて止まらなくなった。
溢れてくるこの気持ちは、綺麗じゃない。親友に向けるにはあまりにも醜い。だからこの気持ちは陸に絶対知られない、悟られないようにしようと心に決めた。
 けれども、気持ちとは裏腹に行動は日に日に酷いものになっていた。
陸が離れないように、膝の上に乗せたまま陸の腰に両腕を巻き付けた。陸に違和感を抱かせないように、怖がらせないように、痛くしない程度に、そっと。だけど陸がすり抜けて行ってしまわないように少しだけ力を込めた。
「海〜?どうした〜?」
擽ったそうに陸が少し笑いながら俺の顔を覗き込んだ。
「あ、わり……痛かった?」
パッと手を離すと、陸はダイジョーブ!と笑って、俺の手を握るとまた自分の腰に手を回させた。胸が痛くて苦しくて焦げてしまいそうだった。このままもっと力を込めて抱きしめたいのをぐっとこらえて平静を装った。周りも俺たちの距離感に口を出す人がいないまま、距離感は変わらず陸への愛しさと友情と呼ぶには醜い感情だけが募っていった。

それから半月ほど経った、中学2年の5月。校外学習の日、俺はこの感情の答えを知ることになる。
それは、校外学習のトレッキング中のことだった。いつもと変わらず、隣同士話しながら山の中を歩いていたら、陸が地面から飛び出ていた木の根っこに躓いた。
「…あっ!」
「危ないっ!」
陸の体が前に倒れかけたのを咄嗟に抱き止めた。
腕の中に収まった陸の体温がジャージ越しに微かに伝わった。陸の身体を支えている手が少し汗ばんだ。陸からなのか自分のなのか分からない心臓の音がやけに耳に響いた。
「あ〜っ、ハハッ…はぁ〜!びっくりしたぁ〜!」
抱き締められたままの陸が気の抜けた声を出した。
「…びっくりしたのはこっちだわ…」
安堵のため息を漏らすも、心臓はまだうるさく鳴り続けていた。
「悪い悪い!おかげで助かったわ〜!」
へらりと陸は笑った。かと思うと
「あの〜、海さん?」
気まずそうに少し恥じらいのある顔で陸が俺を見上げた。
「なんだよ?急に敬語になって」
「助けてくれたのは嬉しいんだけどさ〜」
 陸がちらりと抱き締めていた俺の腕に視線を向けた。
「ん?あ、」
そこでようやく抱きしめたままだったことに気がついて、急いで陸の体勢を戻してから手を離した。
「えっと、わりぃ…」
「…いや…マジで助かったわ…さんきゅな。」
「あ、あぁ…」
さっきまで普通に話していたのが嘘みたいにお互い言葉が出てこないまま、微妙な沈黙が続いた。
「お前ら、どした?さっきまで仲良く話してたのに急に無言になっちまって」
前を歩いていた友人の南が俺たちの方を振り返った。
「そうだぜ?いっつも二人でくっついて話してんのにさ。…喧嘩か?」
「それともどっちか具合悪い?」
後ろを歩いていた友人も声をあげた。どうやら俺たちは常に話していないと違和感があるらしい。会話を聞きつけた数人が前から後ろから徐々に周りに集まり始めた。
「だぁ~!喧嘩もしてねぇし、具合も悪くねぇよ!散れ散れ!」
 痺れを切らした陸が大きな声をあげながら周りにやってきた数人をシッシッと手で追い払った。追い払われた奴らは、「そうだよな~お前ら喧嘩しないもんな~」「マジで具合悪くなったら早く言えよ!」などと言いながらそれぞれもといた場所へと戻って行った。
そのあとは、恙なくスケジュールを終えて、あっという間に夜になった。この時の宿が2人部屋じゃなく、大部屋で良かったと今でも思う。
 その夜、周りがすっかり寝静まった静かな部屋の布団の中で昼間のことを思い出していた。
……陸って、あんなに温かったけ。思っていたよりも陸って細いのか…。思い出せば出すほどじわじわと体温が上がっていく感じがした。昼間、陸を受け止めた手が熱い。あの時の感触が消えない。驚いた陸も可愛かった。
ちょっと恥ずかしそうにしてた陸、すっげぇ可愛かったな…、あの時陸の耳赤くなってた気がする。本当にケガさせずに済んで良かった。でも、もう少し触れていたかったな…。もっと陸の近くに居たい。いつでもすぐに触れられるくらい。なにがあってもすぐに助けられるくらい。それから、もっと陸のことが知りたい、いろんな顔が見てみたい。俺しか知らない顔をしてほしい。…そんなの親友にましてや幼馴染に抱くような感情じゃないのにな…。なんでこんなこと思ってしまうんだろうか、どうして陸のことを考えるだけで心臓が煩くなって自分勝手なことばかり考えてしまうのだろう…。幼馴染だから?親友だから?きっとそれだけじゃない。少しずつ絡まっていた感情が紐解かれていく。他のやつと話していることすら気に入らなかったのは、陸を可愛いと愛しいと思っているのは、離したくないと思っているのは、触れた感触がいつまでも消えないのは、もっと触れたいと思ってしまうのは、俺しか知らない顔をしてほしいと思ってしまうのは、きっと…そうか。
俺は、陸が、陸のことが——
「好き…なんだ…」
体温が一気に上がった。心臓が大きく鳴って心臓の音しか聞こえないくらいだ。嗚呼そうか。今まで陸に対して抱いてきた、友情と呼ぶには醜い気持ちは、恋だ。恋だったんだ。
恋だと自覚して体温が上がるのと反比例するように、胸の奥が冷たくなった。この感情は綺麗じゃない。ドロドロしていて重たくて醜い。明るく優しい太陽のような愛しい陸には知られてはいけない。知られたくない。それに、陸との今の関係を壊したくはない。
陸のことが好き。だけど今はまだ告白はしない、陸が俺のことを意識してくれるようになるまでは。いつか陸が俺をただの幼馴染でも親友でもなく別の感情で見てくれる日が来たら…この気持ちを伝えてもいいかもしれない。
そう自分に言い聞かせた。こうして、俺の長い長い片思いが始まった。