中学に上がってからも、俺と陸は野球を続けた。隣の市や街の強豪校からのスカウトがあったものの、楽しく野球がしたかったため校区内進学を選んだ。
中学でも問題なく野球を続けることができるだろう、俺も陸もそう考えていた。
しかし、現実はそう上手くは行かなかった。
中学生という実に多感な時期。周りの目を気にするようになると、他人へも攻撃的になる。
ジュニア時代から、様々な野球チームで話題になっていた(らしい)俺たち二人は、他の部員からしたら気に入らないのは仕方の無いことだったかもしれない。
問題なのはその妬みの矛先が俺にではなく何故か陸ばかりに集中したことだった。
野球部の大半は野球クラブからのメンバーが多かった。そのため、これまで抱いてこなかった感情が多感な時期の揺らぎによって生まれてしまったのだろう。
日に日に陸への悪意ある言葉を聞くことが増えた。監督は陸ばかり構うだとか陸しか見てないだとか、何か裏で手を回しているのではないかとか根も葉もない噂まで飛び交い始めた。
それだけでも十分に腹が立ってはいたが、突っかかって喧嘩にでも発展したら、陸がさらに悪く言われるかもしれないと、聞こえていないフリをした。
だが、黙ってはいられないことが起きた。中学2年生になって間もない頃。
「陸のやつ、絶対調子乗ってるよな」
忘れ物を思い出し引き返した部室のドアノブに手をかけた時、聞こえた言葉だった。
……調子に乗ってる?陸が?そんなわけが無い。
「わかる〜!ジュニアの時から強かったけどさー、あれは監督に媚び売ってんだろ!」
プツリと何かが切れる音がした。俺は怒りに任せドアを開けようとした、その時。
「海。」
振り返ると陸が俺を見つめて、それから首を横に振った。
「だって!お前は血も滲むような努力をしてここまで来たじゃないか!」
そう。陸は調子になど乗っていない。媚びを売ってなどいない。陸は、部活後も1人で残りピッチングの自主練をしている。部活が休みの日だって、人知れず練習と努力を誰よりも重ねているのを俺は知っていた。
「海。大丈夫だから。俺は気にしないから。」
「っでも……!」
「それに、野球はチームプレーだろ?ギクシャクしたくねぇじゃん?ほら、俺って平和主義だからさ!」
陸は笑顔を見せた。
野球はチームプレー。全くその通りではあるけど、根も葉もない噂を立てられ努力を否定されるようなことを言われても反論をしないのは認めてしまうのと同じではないか。悔しいのは俺だけなのか?悔しさとやるせなさが込み上げて拳を握りしめ俯いた。
「ところで、海はなんでここに居るんだ?忘れ物か?」
まるで本当に気にしていないかのようないつも通りの様子で、陸は話を変えた。
そうだ、部室へは忘れ物を取りに来たはずだった。けどもうそんなのはどうでもいい。それに、陸を悪く言うやつと今、顔を合わせてしまうと手が出かねない。
「……忘れた。多分そんな大したことじゃない」
「ふーん?そっか」
「俺はこれから帰るけど、お前も一緒に帰るか?」
そうしよっかな〜!と明るく返事が返ってくると思っていた。
「あー…、教室に忘れ物してたんだったわ!ちょっと取りに戻るからさ、先、行っててくんない?」
分かったと返すより先に、陸は校舎へと走っていってしまった。
「忘れ物って言ってたし、待ってやるか」
すぐ戻ってくるだろうと校門で陸を待った。
しかし5分経っても10分経っても、陸は戻って来なかった。メッセージも送ったが既読はつかないままだった。心配になり「今からそっち向かうわ」と一応メッセージを送って、校舎へと向かった。
教室の手前で聞こえてきた嗚咽に足を止めた。
――陸だ。
「なんで…なんであんなこと言われなきゃいけねぇんだよ…俺は…媚なんか売ってないのに…そんなつもりなんてないのに……どうしてだよ……」
嗚咽に混じって聞こえた言葉に胸が張り裂けそうになった。
心無い言葉を言われて、悔しくないわけがない。傷つかないわけがない。悲しまないわけがない。陸はただ、それを俺に悟られないように見せないようにわざと明るく振舞っていただけなのだとこの時初めて知った。陸は本心を人に、俺にすらも見せないのだと気付かされた。
何か、陸になにか、励ましの言葉を…。いや違う。今の陸は励まして欲しい訳じゃない気がする。じゃあ何を…。俺は陸に何が出来る?考えても考えても思考が絡まっていくだけ。泣いている陸を見つめることしか出来ない。自分の無力さを感じ、気付かれる前に引き返そうと踵を返した。靴底と床が擦れてキュッと音を立てた。
「……海?」
泣いたあとの鼻にかかった声で呼ばれ、思わず振り向いた。
目と鼻を赤くさせて泣き腫らしたあとの顔をした陸が少し不思議そうにしてこちらを見ていた。
それから、思い出したように慌てて目元を拭って笑った。
「情けねぇとこ見られちゃったな!あのー、これは、さっきのとは関係ないからな?」
どこか苦しそうで泣きそうだった。
——陸を泣かせたくない。悲しませたくない。陸には心から笑っていて欲しい。
——俺が、陸を守る。
この日を境に、元々近かった陸との距離を近くし、さらに俺は陸の傍から離れないようになった。
