「春野、一緒に会議室行こ。」
「う、うん」
「なんでそんなに距離取るの、こっちおいでよ。」
そう言って青柳は優しい笑顔を向けながら俺が隣にくるのを待つ。
なんだか青柳と二人で遊びに行った日から、もともと近かった距離がさらに近くなった気がする。
前までも十分すぎるほど近かったのに、より近づいた青柳との距離に耐えられるわけがなくて、今自分がまともな顔をできているかもわからない。
なかなか隣に来ようとしない俺のもとに、青柳がいたずらな顔をしながら俺に近づいてくる。
ちょっと待って近い、近い…!
「ねぇ春野、耳赤くなって…」
「青柳先輩!」
どこからか青柳を呼ぶ声が聞こえたかと思ったら、1年生らしき女の子がとても緊張した様子で袖をぎゅっと握りながこちらへ向かってくる。
「これ、受け取ってほしくて…返事はいらないので!」
誰が見てもラブレターとわかるそれを青柳に渡した彼女は、逃げるようにこの場を去っていった。
「青柳、あの子は…?」
「喋ったことないからわかんない。それより、早く行こ?」
そう言いながら青柳は手紙の中身を見ることなく鞄にしまった。
「う、うん」
青柳は手紙に興味が無さそうにしているが、さっきの子の姿を見た時、一瞬口元を緩ませているのを俺は見逃さなかった。
やっぱり…青柳が俺のことを好きなんておかしいよな。
そもそも俺は男だし…。
どう考えても、さっきみたいに想いをちゃんと伝えられる女の子が青柳には釣り合ってるに決まってる。
あの告白も、今までの事も全部俺が作り出した都合のいい夢で…。
「ほら、早く。」
青柳の声で、ネガティブになった思考から一気に現実に引き上げられる。
そうだ、今日は生徒会会議があるんだからこんなところでうじうじしている場合じゃない。
理想の生徒会長モードに戻らなければ。
***
「ふぅ…」
今日の会議はなかなか案がまとまらず、少し長引いてしまった。
早く帰らなければと筆箱を鞄にいれていると、青柳が近づいてくる。
「お疲れ様。今日はちょっと長くなったね。」
「うん。ごめんうまくまとめられなくて…」
「いやいや、春野の進行は完璧だったよ。」
「あ、ありがとう…。」
どんな時だって青柳は俺を褒めてくれる。
イケメンで性格もいいんだからそりゃモテるよな…。
「でさ春野、このあと一緒に帰…」
「青柳!ちょっといいか?」
「ごめん…ちょっと待ってて。」
どうやら部活の顧問に呼ばれたようで、小走りで向かう青柳の背中を見送っていると、途中でこちらをちらりと振り返ってくる。
「ふふっ」
顔をこちらに向けてくるその動きで、猫に嫌われていた青柳の姿をつい思い出してしまう。
「なーんかいいことでもあったんすか?」
「うわっ!…ってまた凱か」
いつの間にか隣にいた凱に肘で小突かれる。一応先輩だからな?俺。
「な、なんでもない。」
「ふーん…そうっすか。それで、どうなんすか?青柳センパイとは。」
「な、なんでいきなり青柳の話になるんだよ!」
「え、だってかいちょー青柳センパイのこと好きっすよね?」
「は、はぁ?そんなわけないだろ!」
突然図星を突かれて大きな声が出てしまう。
「かいちょーめちゃくちゃ分かりやすいっすよ。青柳センパイと話すときだけ明らかにテンパってるし、ほら今も顔赤くなってる。正直見てらんないっす。」
「なっ」
そ、そんなに俺って分かりやすいのか?
「でも、いいんじゃないっすか…かいちょー最近表情が柔らかくなった気がします。」
確かに青柳と頻繁に話すようになってからは、笑う事が多くなったと自分でも思う。
「俺、青柳のことが…」
「春野おまたせ。」
いつの間にか戻ってきていたらしい青柳が、後ろから俺のことを引き寄せ、青柳の腕の中に収まるような形になった。
背中から感じる青柳の体温と、凱が目の前にいるということもあって恥ずかしさで爆発してしまいそうだ。
「え、ちょ、青柳…!?」
離してもらおうと腕のなかでもがいてみるも、びくともしないし、ここからじゃ青柳の表情が見えない。
「あー…じゃ、かいちょーお疲れ様でした!青柳センパイも!」
凱は青柳と目を合わせた後、何かを察したような表情をしてそそくさと会議室を後にしてしまった。
凱が会議室を出ていっても、一向に腕の中から解放される気配はない。
「あ、青柳、俺たちも帰ろ…?」
そう言っても青柳から反応はない。
き、気まずい…なんで何も言ってくれないんだ!
「ねぇ、あいつとなに話してたの?」
「え?」
「答えて?」
青柳の声は冷淡で、少し棘のあるような、聞いたことのない声だった。
もしかして…青柳、怒ってる?
「随分と楽しそうに話してたけど、なんで顔赤くしてたの?春野はあいつのことが好きなの?」
「い、いやちが…!」
どんどんエスカレートしていく青柳の言葉に焦って、無理やり後ろを向く。
「あんな顔、俺にしか見せないで…?」
「あ、青柳…。」
怒っているかと思ったのに。怒りの目を向けられると思ったのに。
なんで、なんでそんな苦しそうな顔をしてるんだよ。
「ごめん、困らせたいわけじゃない…。」
するりと腕から解放される。
青柳のことが好きだ。
そう伝えたいのにうまく言葉にならない。
こんなときにも素直になれない自分に嫌気が差す。
「じゃあ、また明日…。」
青柳の開けた扉は、俺たちの境界線を示すようにゆっくりと閉まった。
***
玄関の鍵を閉めたあと、靴を揃えてからリビングの扉を開ける。
「ただいま。」
「おかえり。遅かったわね。」
「今日は生徒会会議があったから。」
「そう。」
鍋を煮込んでいる母に台所から声をかけられるが、目線は合わない。
「もうすぐテスト期間でしょ。油断して足をすくわれないようにしなさい。」
「うん。分かってる。大丈夫だから。」
何気ない世間話などない。これが母とのいつもの会話だ。
幼い頃から母は俗に言う教育熱心な親で、塾にそろばん、体操にピアノなど沢山の習い事に通わされた。
平日も週末も習い事で、放課後に友達と公園で遊ぶことなんてなかった。
そんな毎日を子供ながらに頑張っていたが、一度大きな失敗をした。
ピアノの発表会の時、緊張で頭が真っ白になり思うように演奏ができなかったのだ。
俺に完璧を求めている母はそれを許さず、発表会が終わるや否や、どうして出来なかったのか、練習が足りなかったのではないか、と俺に問い続けた。
その出来事があってから俺は舞台の上に立つことが怖くなってしまった。
『皆に憧れられる完璧な人になりなさい。』
そんな母親の言葉が呪文のように俺を縛り続けていた。
重圧に押しつぶされそうだった時、青柳に出会った。
「緊張しないでいいだろ。お前はすごいんだから。」
そう言われて頭を撫でられた時、あまりの嬉しさに涙が溢れそうになった。
青柳はまっすぐな言葉で俺を褒めてくれた。
俺のことをすごいって言ってくれた。
俺が求めてたのはこれだったんだ。
頑張っても頑張っても完璧ではないと言われ続ける日々。
俺はただ、誰かに認めてほしかったんだ。
ラブレターを貰って口元を緩ませていた青柳の姿を思い出す。
「俺のこと好きって言ったくせに…。」
それにしても会議の後の青柳は様子がおかしかった。
気まずいまま帰ってきてしまったけど、あれは何だったんだ。
俺、何かしちゃったのか…?
明日青柳に理由を聞いてみよう。
この時の俺はそんな呑気なことを思っていた。
「う、うん」
「なんでそんなに距離取るの、こっちおいでよ。」
そう言って青柳は優しい笑顔を向けながら俺が隣にくるのを待つ。
なんだか青柳と二人で遊びに行った日から、もともと近かった距離がさらに近くなった気がする。
前までも十分すぎるほど近かったのに、より近づいた青柳との距離に耐えられるわけがなくて、今自分がまともな顔をできているかもわからない。
なかなか隣に来ようとしない俺のもとに、青柳がいたずらな顔をしながら俺に近づいてくる。
ちょっと待って近い、近い…!
「ねぇ春野、耳赤くなって…」
「青柳先輩!」
どこからか青柳を呼ぶ声が聞こえたかと思ったら、1年生らしき女の子がとても緊張した様子で袖をぎゅっと握りながこちらへ向かってくる。
「これ、受け取ってほしくて…返事はいらないので!」
誰が見てもラブレターとわかるそれを青柳に渡した彼女は、逃げるようにこの場を去っていった。
「青柳、あの子は…?」
「喋ったことないからわかんない。それより、早く行こ?」
そう言いながら青柳は手紙の中身を見ることなく鞄にしまった。
「う、うん」
青柳は手紙に興味が無さそうにしているが、さっきの子の姿を見た時、一瞬口元を緩ませているのを俺は見逃さなかった。
やっぱり…青柳が俺のことを好きなんておかしいよな。
そもそも俺は男だし…。
どう考えても、さっきみたいに想いをちゃんと伝えられる女の子が青柳には釣り合ってるに決まってる。
あの告白も、今までの事も全部俺が作り出した都合のいい夢で…。
「ほら、早く。」
青柳の声で、ネガティブになった思考から一気に現実に引き上げられる。
そうだ、今日は生徒会会議があるんだからこんなところでうじうじしている場合じゃない。
理想の生徒会長モードに戻らなければ。
***
「ふぅ…」
今日の会議はなかなか案がまとまらず、少し長引いてしまった。
早く帰らなければと筆箱を鞄にいれていると、青柳が近づいてくる。
「お疲れ様。今日はちょっと長くなったね。」
「うん。ごめんうまくまとめられなくて…」
「いやいや、春野の進行は完璧だったよ。」
「あ、ありがとう…。」
どんな時だって青柳は俺を褒めてくれる。
イケメンで性格もいいんだからそりゃモテるよな…。
「でさ春野、このあと一緒に帰…」
「青柳!ちょっといいか?」
「ごめん…ちょっと待ってて。」
どうやら部活の顧問に呼ばれたようで、小走りで向かう青柳の背中を見送っていると、途中でこちらをちらりと振り返ってくる。
「ふふっ」
顔をこちらに向けてくるその動きで、猫に嫌われていた青柳の姿をつい思い出してしまう。
「なーんかいいことでもあったんすか?」
「うわっ!…ってまた凱か」
いつの間にか隣にいた凱に肘で小突かれる。一応先輩だからな?俺。
「な、なんでもない。」
「ふーん…そうっすか。それで、どうなんすか?青柳センパイとは。」
「な、なんでいきなり青柳の話になるんだよ!」
「え、だってかいちょー青柳センパイのこと好きっすよね?」
「は、はぁ?そんなわけないだろ!」
突然図星を突かれて大きな声が出てしまう。
「かいちょーめちゃくちゃ分かりやすいっすよ。青柳センパイと話すときだけ明らかにテンパってるし、ほら今も顔赤くなってる。正直見てらんないっす。」
「なっ」
そ、そんなに俺って分かりやすいのか?
「でも、いいんじゃないっすか…かいちょー最近表情が柔らかくなった気がします。」
確かに青柳と頻繁に話すようになってからは、笑う事が多くなったと自分でも思う。
「俺、青柳のことが…」
「春野おまたせ。」
いつの間にか戻ってきていたらしい青柳が、後ろから俺のことを引き寄せ、青柳の腕の中に収まるような形になった。
背中から感じる青柳の体温と、凱が目の前にいるということもあって恥ずかしさで爆発してしまいそうだ。
「え、ちょ、青柳…!?」
離してもらおうと腕のなかでもがいてみるも、びくともしないし、ここからじゃ青柳の表情が見えない。
「あー…じゃ、かいちょーお疲れ様でした!青柳センパイも!」
凱は青柳と目を合わせた後、何かを察したような表情をしてそそくさと会議室を後にしてしまった。
凱が会議室を出ていっても、一向に腕の中から解放される気配はない。
「あ、青柳、俺たちも帰ろ…?」
そう言っても青柳から反応はない。
き、気まずい…なんで何も言ってくれないんだ!
「ねぇ、あいつとなに話してたの?」
「え?」
「答えて?」
青柳の声は冷淡で、少し棘のあるような、聞いたことのない声だった。
もしかして…青柳、怒ってる?
「随分と楽しそうに話してたけど、なんで顔赤くしてたの?春野はあいつのことが好きなの?」
「い、いやちが…!」
どんどんエスカレートしていく青柳の言葉に焦って、無理やり後ろを向く。
「あんな顔、俺にしか見せないで…?」
「あ、青柳…。」
怒っているかと思ったのに。怒りの目を向けられると思ったのに。
なんで、なんでそんな苦しそうな顔をしてるんだよ。
「ごめん、困らせたいわけじゃない…。」
するりと腕から解放される。
青柳のことが好きだ。
そう伝えたいのにうまく言葉にならない。
こんなときにも素直になれない自分に嫌気が差す。
「じゃあ、また明日…。」
青柳の開けた扉は、俺たちの境界線を示すようにゆっくりと閉まった。
***
玄関の鍵を閉めたあと、靴を揃えてからリビングの扉を開ける。
「ただいま。」
「おかえり。遅かったわね。」
「今日は生徒会会議があったから。」
「そう。」
鍋を煮込んでいる母に台所から声をかけられるが、目線は合わない。
「もうすぐテスト期間でしょ。油断して足をすくわれないようにしなさい。」
「うん。分かってる。大丈夫だから。」
何気ない世間話などない。これが母とのいつもの会話だ。
幼い頃から母は俗に言う教育熱心な親で、塾にそろばん、体操にピアノなど沢山の習い事に通わされた。
平日も週末も習い事で、放課後に友達と公園で遊ぶことなんてなかった。
そんな毎日を子供ながらに頑張っていたが、一度大きな失敗をした。
ピアノの発表会の時、緊張で頭が真っ白になり思うように演奏ができなかったのだ。
俺に完璧を求めている母はそれを許さず、発表会が終わるや否や、どうして出来なかったのか、練習が足りなかったのではないか、と俺に問い続けた。
その出来事があってから俺は舞台の上に立つことが怖くなってしまった。
『皆に憧れられる完璧な人になりなさい。』
そんな母親の言葉が呪文のように俺を縛り続けていた。
重圧に押しつぶされそうだった時、青柳に出会った。
「緊張しないでいいだろ。お前はすごいんだから。」
そう言われて頭を撫でられた時、あまりの嬉しさに涙が溢れそうになった。
青柳はまっすぐな言葉で俺を褒めてくれた。
俺のことをすごいって言ってくれた。
俺が求めてたのはこれだったんだ。
頑張っても頑張っても完璧ではないと言われ続ける日々。
俺はただ、誰かに認めてほしかったんだ。
ラブレターを貰って口元を緩ませていた青柳の姿を思い出す。
「俺のこと好きって言ったくせに…。」
それにしても会議の後の青柳は様子がおかしかった。
気まずいまま帰ってきてしまったけど、あれは何だったんだ。
俺、何かしちゃったのか…?
明日青柳に理由を聞いてみよう。
この時の俺はそんな呑気なことを思っていた。
