遠慮のない女子達の会話は、元カノの萌々とは違ってはきはきして裏も色気もなく、ひたすら面白さと興味ばかりだった。
サッカーのアニメにハマっている女子からは質問されまくって、答えるだけで「すごーい!」「詳しい!」と絶賛され、柊は悪い気はしなかった。
その結局、またTシャツについては予算を組みなおして、それからデザインも考えようということになった。
「じゃあヒイラギ君、PINE交換しとこ。みんなこれで連絡取ってるし」
「わかった」
「どうせだからTシャツ、みんな気に入る奴にしたいねー」
いきなり参加した柊に対しても気にする様子はなく、当たり前のように仲間に入れて貰えるのが妙に嬉しい。
いいのかな、と思いながらも柊は自分でできることはなんでもしなくちゃな、と思った。
「じゃ、明日からまた部室で話し合いだね」
「ヒイラギ君は?来れる」
「行くよ。どうせ暇だし」
「やったぜ、サッカーの事教えて貰お」
「俺に判る事ならな」
はしゃぐ女子達の賑やかさは、萌々やその友人らとは全く違うノリで、いまの柊には逆に心地よかった。
「ねえ萌々、暑くない?マック入ろうよ」
一緒に帰っていた友達にそう言われ、萌々はそれもいいなとマックの看板を見あげた。
店に向かおうと足を向けた、その時にガラス越しに見えた人に萌々の心臓は跳ねた。
楽しそうに同じ学校の女子達と笑っているのは元彼の柊だった。
(なんでシュウが地味子といんのよ)
これまで柊があんなタイプの女子と一緒に居たことはない。
それなのにこれまで見たことがないような、楽しそうな顔で笑っている。
「……あたしスタバがいい。スタバ行こ」
「えぇ?高いじゃん」
「奢るから行こう。あたしマックいや」
「もう、萌々は我儘なんだから」
そう言いながらも萌々が奢ってくれるなら、と友達は踵を返す。
(なんで?)
むかむかとする萌々の足取りはいつの間にか速足になって、マックから遠ざかった。
九月十七日
美術部に差し込む光が、少しずつ秋の色に染まりはじめた。
女子達に用意されたイーゼルの前で、柊は足を広げ、うーんと真っ白なキャンバスを睨んでいた。
「あれヒイラギ君、もう来てたんだ」
「おう。お疲れ」
声をかけてきたのは紺野りおだ。
定位置のイーゼルへ向かい、椅子にかけていたエプロンを身に着け、エプロンのポケットにとめていた大きなぱっちん留めで前髪をとめる。
全開のおでこに最初はどきどきしたものの、もう今では見慣れて「デコ全開」と柊が笑うと、りおも「そうだよ」と気にせずに返す。
「ヒイラギ君は今日もデッサン練習?」
「おう。けどまだ師匠が来てないからな」
師匠、とは美術部に所属する女子で、とても上手いイラストを描く先輩の女子生徒だ。
「先輩なら今日お休みだよ。さっき連絡があった」
「まじでか。じゃあ俺はなにしたらいいんだよ」
「適当にデッサンの練習して」
「難しすぎるって。師匠いないとなんもできねえ」
「情けないわねー」
呆れた声でりおが返し、いつものようにイーゼルの前に座る。
真剣に絵に向き合う表情は、窓から差し込む光に照らされてとてもきれいで、柊はなんでもない顔をしながら、その顔を見つめるのが好きだった。
「お手本がないなら、適当に画集とかで探したら?」
「よくわかんねーし、難しい」
「絵が好きなんじゃなかったの?」
「好きって言うか。なんかいい絵があったから気になっただけで」
「へえ。どんな絵?」
どんな絵、と尋ねられ、柊は口ごもる。
あれからりおには一度も絵の事を聞けていない。
男子校の文化祭で見かけた絵で、しかも本当は撮影禁止だったから消さなくちゃならなかった。
「なんていうか。すごい気になったんだよ。デカくて最初は本物みたいで」
「作者とかわからない?有名な絵?」
りおがキャンバスに筆を走らせる、ざっざっという音が響く。
「多分、有名じゃないけど、なんかよかった」
「なんか良かったって。へんなの」
笑うりおに、柊はふと思った。
もしここで、お前の絵だろ、と言ったらりおはどんな顔をするだろう。
「どんな絵か知りたい?」
柊が尋ねると、りおはキャンバスに向き合って筆を動かしながら「まあね」と答えた。
適当にあしらわれているような気がして、柊はちょっとむくれた。
放課後の美術室はまだふたりきりで、いつもより一層静かだ。
西日がすこしずつ差し込んできて、りおとイーゼルを照らした。
「ひまわりの飾りがついた麦わら帽子で、水色のワンピース着てて、おでこが出てる女の子の絵」
その時、りおの筆の音がぴたっと止まる。
古い美術室の扇風機のモーター音がブーンと響くほど、室内は静まり返った。
「……それ、どこで見たの」
りおはキャンバスから目を逸らし、柊をまっすぐ見つめて尋ねた。
柊はぽつりと、「男子校の文化祭。美術室に飾ってあった」と答えると、途端、りおの顔が真っ赤になった。
「お前、顔真っ赤」
柊が言うとりおは顔を両手で覆ってしまった。
でも、丸見えのおでこまでがゆでだこのように真っ赤になっていて、柊は気づいた。
(ひょっとして、そういうこと?)
つまり、柊が見た絵は、男子校にいるりおの関係者、おそらく彼氏なんだろうけれど、の描いた絵だったということだ。
しかもこの様子じゃりおはその事を知らなかったっぽい?と柊が思ったその時だった。
「おっつかれさまー!ごめんごめん!ちょっと用事があってさあ」
いつもの美術部の面々がどやどやと入って来た。
さすがにこれは本人も見られたくないだろうと、柊はしゃがみこむりおの頭からスポーツタオルをかぶせて顔を隠す。
「りお、顔に絵の具ついてっから、洗って来いよ」
「―――――うん、」
笑う柊は立ち上がり、りおの背中を軽く押した。
りおは頷いて、タオルを被ったまま美術室に背を向けた。
部員の注意がりおに向かないように、柊は来た部員にわざとらしく情けない声を出した。
「ちょーどよかった!マジで誰かデッサン手伝って。全然わからんっす」
「ヒイラギ画伯~マジ才能のなさ才能があるなあ」
「なんだよそれ」
わざとらしく爆笑する柊の声を背に、りおは顔を赤くしたまま、廊下の手洗い場へ向かって走って行った。
サッカーのアニメにハマっている女子からは質問されまくって、答えるだけで「すごーい!」「詳しい!」と絶賛され、柊は悪い気はしなかった。
その結局、またTシャツについては予算を組みなおして、それからデザインも考えようということになった。
「じゃあヒイラギ君、PINE交換しとこ。みんなこれで連絡取ってるし」
「わかった」
「どうせだからTシャツ、みんな気に入る奴にしたいねー」
いきなり参加した柊に対しても気にする様子はなく、当たり前のように仲間に入れて貰えるのが妙に嬉しい。
いいのかな、と思いながらも柊は自分でできることはなんでもしなくちゃな、と思った。
「じゃ、明日からまた部室で話し合いだね」
「ヒイラギ君は?来れる」
「行くよ。どうせ暇だし」
「やったぜ、サッカーの事教えて貰お」
「俺に判る事ならな」
はしゃぐ女子達の賑やかさは、萌々やその友人らとは全く違うノリで、いまの柊には逆に心地よかった。
「ねえ萌々、暑くない?マック入ろうよ」
一緒に帰っていた友達にそう言われ、萌々はそれもいいなとマックの看板を見あげた。
店に向かおうと足を向けた、その時にガラス越しに見えた人に萌々の心臓は跳ねた。
楽しそうに同じ学校の女子達と笑っているのは元彼の柊だった。
(なんでシュウが地味子といんのよ)
これまで柊があんなタイプの女子と一緒に居たことはない。
それなのにこれまで見たことがないような、楽しそうな顔で笑っている。
「……あたしスタバがいい。スタバ行こ」
「えぇ?高いじゃん」
「奢るから行こう。あたしマックいや」
「もう、萌々は我儘なんだから」
そう言いながらも萌々が奢ってくれるなら、と友達は踵を返す。
(なんで?)
むかむかとする萌々の足取りはいつの間にか速足になって、マックから遠ざかった。
九月十七日
美術部に差し込む光が、少しずつ秋の色に染まりはじめた。
女子達に用意されたイーゼルの前で、柊は足を広げ、うーんと真っ白なキャンバスを睨んでいた。
「あれヒイラギ君、もう来てたんだ」
「おう。お疲れ」
声をかけてきたのは紺野りおだ。
定位置のイーゼルへ向かい、椅子にかけていたエプロンを身に着け、エプロンのポケットにとめていた大きなぱっちん留めで前髪をとめる。
全開のおでこに最初はどきどきしたものの、もう今では見慣れて「デコ全開」と柊が笑うと、りおも「そうだよ」と気にせずに返す。
「ヒイラギ君は今日もデッサン練習?」
「おう。けどまだ師匠が来てないからな」
師匠、とは美術部に所属する女子で、とても上手いイラストを描く先輩の女子生徒だ。
「先輩なら今日お休みだよ。さっき連絡があった」
「まじでか。じゃあ俺はなにしたらいいんだよ」
「適当にデッサンの練習して」
「難しすぎるって。師匠いないとなんもできねえ」
「情けないわねー」
呆れた声でりおが返し、いつものようにイーゼルの前に座る。
真剣に絵に向き合う表情は、窓から差し込む光に照らされてとてもきれいで、柊はなんでもない顔をしながら、その顔を見つめるのが好きだった。
「お手本がないなら、適当に画集とかで探したら?」
「よくわかんねーし、難しい」
「絵が好きなんじゃなかったの?」
「好きって言うか。なんかいい絵があったから気になっただけで」
「へえ。どんな絵?」
どんな絵、と尋ねられ、柊は口ごもる。
あれからりおには一度も絵の事を聞けていない。
男子校の文化祭で見かけた絵で、しかも本当は撮影禁止だったから消さなくちゃならなかった。
「なんていうか。すごい気になったんだよ。デカくて最初は本物みたいで」
「作者とかわからない?有名な絵?」
りおがキャンバスに筆を走らせる、ざっざっという音が響く。
「多分、有名じゃないけど、なんかよかった」
「なんか良かったって。へんなの」
笑うりおに、柊はふと思った。
もしここで、お前の絵だろ、と言ったらりおはどんな顔をするだろう。
「どんな絵か知りたい?」
柊が尋ねると、りおはキャンバスに向き合って筆を動かしながら「まあね」と答えた。
適当にあしらわれているような気がして、柊はちょっとむくれた。
放課後の美術室はまだふたりきりで、いつもより一層静かだ。
西日がすこしずつ差し込んできて、りおとイーゼルを照らした。
「ひまわりの飾りがついた麦わら帽子で、水色のワンピース着てて、おでこが出てる女の子の絵」
その時、りおの筆の音がぴたっと止まる。
古い美術室の扇風機のモーター音がブーンと響くほど、室内は静まり返った。
「……それ、どこで見たの」
りおはキャンバスから目を逸らし、柊をまっすぐ見つめて尋ねた。
柊はぽつりと、「男子校の文化祭。美術室に飾ってあった」と答えると、途端、りおの顔が真っ赤になった。
「お前、顔真っ赤」
柊が言うとりおは顔を両手で覆ってしまった。
でも、丸見えのおでこまでがゆでだこのように真っ赤になっていて、柊は気づいた。
(ひょっとして、そういうこと?)
つまり、柊が見た絵は、男子校にいるりおの関係者、おそらく彼氏なんだろうけれど、の描いた絵だったということだ。
しかもこの様子じゃりおはその事を知らなかったっぽい?と柊が思ったその時だった。
「おっつかれさまー!ごめんごめん!ちょっと用事があってさあ」
いつもの美術部の面々がどやどやと入って来た。
さすがにこれは本人も見られたくないだろうと、柊はしゃがみこむりおの頭からスポーツタオルをかぶせて顔を隠す。
「りお、顔に絵の具ついてっから、洗って来いよ」
「―――――うん、」
笑う柊は立ち上がり、りおの背中を軽く押した。
りおは頷いて、タオルを被ったまま美術室に背を向けた。
部員の注意がりおに向かないように、柊は来た部員にわざとらしく情けない声を出した。
「ちょーどよかった!マジで誰かデッサン手伝って。全然わからんっす」
「ヒイラギ画伯~マジ才能のなさ才能があるなあ」
「なんだよそれ」
わざとらしく爆笑する柊の声を背に、りおは顔を赤くしたまま、廊下の手洗い場へ向かって走って行った。
