9月8日 火曜日
放課後を知らせるチャイムの音と同時に柊はヨータのクラスに駆け込んだ。
ヨータの言う通りならここに麦わら帽子の女の子がいるはずだ。
背を伸ばしざわつく教室内を覗き込むが、お喋りをしたり帰り支度をする女子たちの中にあの女の子は見当たらない。
(このクラスに居るはず、なんだよな?)
探しているとヨータが柊に気づいた。
「シュウじゃん。なに?今日はお前が奢ってくれんの?」
柊を見つけたヨータが近づいてきて、どんっとぶつかってくる。
「ちげーって。あのさ、昨日の絵の」
そう言うとヨータは「ああ」と気づき、きょろっとクラスを見渡した。
「いねーみてーだな」
「そっか」
露骨にがっかりと肩を落とす柊に、ヨータはクラスの女子へ声をかけた。
「おーい!紺野どこ行ったか知らね?もう帰ったっぽい?」
声をかけられた女子はヨータに首を横に振った。
「りおなら部活じゃない?多分美術室」
「そっかー、サンキュー。だってさシュウ。行こうぜ」
「え、行くとかなんで」
確認したかっただけでわざわざ行くまでじゃない、と、言おうとする柊の首を腕でヨータが引き寄せた。
「とっとと行くぞ!」
「おい、ちょ、マジでか!」
柊の抵抗もむなしく、楽し気にステップを踏むヨータに引っ張られながら、柊は強引に美術室へ引っ張られていった。
特別教室のある校舎の北側へ向かうと、生徒の流れも徐々に少なくなってくる。
お喋りとにぎやかな帰りの喧騒がなくなり、明るい日差しが薄い影につつまれて、廊下に影を落としている。
「あそこだ」
ヨータの言葉に柊の胸は途端、どくんと大きく響く。
美術室に、あの絵の女の子が本当に居るんだ。
ヨータの速いテンポの足音が廊下を鳴らし、柊の心臓の音は耳元で鳴り響くように大きくなってくる。
「やっぱ俺、帰……」
言いかけた柊をヨータがぐいっと美術室へ押し込んだ。
絵の具のにおいが広がる教室に、柊は足を止めた。
「おーい紺野!紺野いる?」
するとイーゼルの向こうから手がにょきっと上がった。
「お前に用事があるんだって。コイツ、俺のダチなんだけどさ」
女子生徒が立ち上がり顔をのぞかせた。
大きな黒縁メガネに、前髪はぱっちん止めを三つもとめておでこは全開。
色気なんかなにもないのに、柊の心臓は一層強く音を立てた。
放課後の光に美術室のほこりがきらきらと反射しているだけなのに、柊の目にはまるで彼女が輝いているように見えた。
「誰?」
こちらを見つめるレンズ越しの彼女の目は、絵とは違って柊を映している。
そして絵と同じく、左目の下に泣きボクロが見える。
戸惑って立ちすくむ柊の背中を、ヨータがどんっとついた。
まるで、早く行け、というみたいに。
思わず足を踏み入れた柊の目の前には、きょとんとして柊を見上げる、確かにあの絵の中の女の子が居た。
「えーと、あの」
柊はそこでやっと、自分が何を伝えればいいのか全く何も考えていなかった事に気づく。
どうしようと戸惑っていると、隣に立つヨータが言った。
「コイツ美術に興味あるんだって。面倒見てやって」
「おい、ヨータ」
「わりーな、俺今日ダンスレッスンあるから帰るわ」
ヨータの腕を掴もうとしたがさっと綺麗に避けられた。
「いや待てってお前」
「じゃーな!紺野、あとはよろしく!」
そう言うとヨータは柊に指先で投げキスをして、さっさと美術室を出て行ってしまった。
「……マジかよ」
まさかほったらかしにされると思わず柊が呟くと、絵の女の子は目を輝かせて柊を見つめた。
「ひょっとして、入部希望?」
「え?えーと」
近くにある木製の古いタンスの引き出しを開けると埃が舞って、「けほっ」っと咳をしながら、女の子、紺野りおはいつ刷ったかわからない古いプリントを差し出した。
「入部希望なら、ここに名前書いて。最初三か月は仮入部になるから、本格的に入るならその後ね」
「あ、あの」
「別に三か月たって嫌ならやめても良いし、その後幽霊部員でもかまわないよ。ウチはそれでも助かるし」
「助かる?」
「うん。一人でも多くないと、潰れちゃうから困る」
はい、と入部の申請書を渡されて、柊は受け取って眺めた。
三か月の仮入部後、本入部とある。
「最初から入れねーんだ」
「うちの文化部は大抵そんな感じ。文化祭が秋でしょ?だいたい夏前にみんな飽きて辞めちゃうから、学校は本気の部にしか予算くれないの」
そういえば美術室にある絵の具や道具は、かなり年季が入っているようだ。
「厳しいなあ」
これまでサッカーばかりやっていた柊にとって、聞いたこともないシステムの厳しさに驚く。
「一人でも増えたら予算が上乗せされるんだよね。だから仮入部だけでもうれしい」
嬉しいと言われて、いや、そうじゃなくて、と言う度胸は柊にはない。
(どうせ、仮入部なんだし)
三か月だけなら、それに幽霊部員なら別にいいか。
柊は手を差し出した。
「なに?」
「ペン。書くものなんかない?」
柊の言葉に、紺野りおは笑顔になり、さっとペンを取り出した。
「ありがとう!やった!これで予算が増える!」
ばんざーい!と喜ぶ女の子に、ちょっと良い事をした気持ちになる。
柊が名前を書き終わるのを見て、女の子は笑顔を見せた。
「朽葉……ヒイラギ君って言うの?」
「いや、シ、」
「ヒイラギ君!良い名前だね、カッコいい!」
柊という漢字を書いてシュウと読むのだが、かっこいいと言われて悪い気はしない。
「そ、そう?」
「うん、メチャクチャセンスある。冬生まれとか?」
「そう、十二月二十五日。誕生花なんだってさ」
「えー、すごいおしゃれ!いいなあ、かっこいい名前!ヒイラギで、クリスマス生まれってすごく良い!」
名前にここまで食いつかれた事がなかった柊は、褒められて嬉しくなる。
「そっかあ、ヒイラギ君かあ」
そういうと女の子は柊に手を差し出した。
「あたし、紺野りお。美術部にやっとこの前正式に入部になったの。よろしくね!ヒイラギ君」
「あ、うん。よろしく、お願いします……」
放課後を知らせるチャイムの音と同時に柊はヨータのクラスに駆け込んだ。
ヨータの言う通りならここに麦わら帽子の女の子がいるはずだ。
背を伸ばしざわつく教室内を覗き込むが、お喋りをしたり帰り支度をする女子たちの中にあの女の子は見当たらない。
(このクラスに居るはず、なんだよな?)
探しているとヨータが柊に気づいた。
「シュウじゃん。なに?今日はお前が奢ってくれんの?」
柊を見つけたヨータが近づいてきて、どんっとぶつかってくる。
「ちげーって。あのさ、昨日の絵の」
そう言うとヨータは「ああ」と気づき、きょろっとクラスを見渡した。
「いねーみてーだな」
「そっか」
露骨にがっかりと肩を落とす柊に、ヨータはクラスの女子へ声をかけた。
「おーい!紺野どこ行ったか知らね?もう帰ったっぽい?」
声をかけられた女子はヨータに首を横に振った。
「りおなら部活じゃない?多分美術室」
「そっかー、サンキュー。だってさシュウ。行こうぜ」
「え、行くとかなんで」
確認したかっただけでわざわざ行くまでじゃない、と、言おうとする柊の首を腕でヨータが引き寄せた。
「とっとと行くぞ!」
「おい、ちょ、マジでか!」
柊の抵抗もむなしく、楽し気にステップを踏むヨータに引っ張られながら、柊は強引に美術室へ引っ張られていった。
特別教室のある校舎の北側へ向かうと、生徒の流れも徐々に少なくなってくる。
お喋りとにぎやかな帰りの喧騒がなくなり、明るい日差しが薄い影につつまれて、廊下に影を落としている。
「あそこだ」
ヨータの言葉に柊の胸は途端、どくんと大きく響く。
美術室に、あの絵の女の子が本当に居るんだ。
ヨータの速いテンポの足音が廊下を鳴らし、柊の心臓の音は耳元で鳴り響くように大きくなってくる。
「やっぱ俺、帰……」
言いかけた柊をヨータがぐいっと美術室へ押し込んだ。
絵の具のにおいが広がる教室に、柊は足を止めた。
「おーい紺野!紺野いる?」
するとイーゼルの向こうから手がにょきっと上がった。
「お前に用事があるんだって。コイツ、俺のダチなんだけどさ」
女子生徒が立ち上がり顔をのぞかせた。
大きな黒縁メガネに、前髪はぱっちん止めを三つもとめておでこは全開。
色気なんかなにもないのに、柊の心臓は一層強く音を立てた。
放課後の光に美術室のほこりがきらきらと反射しているだけなのに、柊の目にはまるで彼女が輝いているように見えた。
「誰?」
こちらを見つめるレンズ越しの彼女の目は、絵とは違って柊を映している。
そして絵と同じく、左目の下に泣きボクロが見える。
戸惑って立ちすくむ柊の背中を、ヨータがどんっとついた。
まるで、早く行け、というみたいに。
思わず足を踏み入れた柊の目の前には、きょとんとして柊を見上げる、確かにあの絵の中の女の子が居た。
「えーと、あの」
柊はそこでやっと、自分が何を伝えればいいのか全く何も考えていなかった事に気づく。
どうしようと戸惑っていると、隣に立つヨータが言った。
「コイツ美術に興味あるんだって。面倒見てやって」
「おい、ヨータ」
「わりーな、俺今日ダンスレッスンあるから帰るわ」
ヨータの腕を掴もうとしたがさっと綺麗に避けられた。
「いや待てってお前」
「じゃーな!紺野、あとはよろしく!」
そう言うとヨータは柊に指先で投げキスをして、さっさと美術室を出て行ってしまった。
「……マジかよ」
まさかほったらかしにされると思わず柊が呟くと、絵の女の子は目を輝かせて柊を見つめた。
「ひょっとして、入部希望?」
「え?えーと」
近くにある木製の古いタンスの引き出しを開けると埃が舞って、「けほっ」っと咳をしながら、女の子、紺野りおはいつ刷ったかわからない古いプリントを差し出した。
「入部希望なら、ここに名前書いて。最初三か月は仮入部になるから、本格的に入るならその後ね」
「あ、あの」
「別に三か月たって嫌ならやめても良いし、その後幽霊部員でもかまわないよ。ウチはそれでも助かるし」
「助かる?」
「うん。一人でも多くないと、潰れちゃうから困る」
はい、と入部の申請書を渡されて、柊は受け取って眺めた。
三か月の仮入部後、本入部とある。
「最初から入れねーんだ」
「うちの文化部は大抵そんな感じ。文化祭が秋でしょ?だいたい夏前にみんな飽きて辞めちゃうから、学校は本気の部にしか予算くれないの」
そういえば美術室にある絵の具や道具は、かなり年季が入っているようだ。
「厳しいなあ」
これまでサッカーばかりやっていた柊にとって、聞いたこともないシステムの厳しさに驚く。
「一人でも増えたら予算が上乗せされるんだよね。だから仮入部だけでもうれしい」
嬉しいと言われて、いや、そうじゃなくて、と言う度胸は柊にはない。
(どうせ、仮入部なんだし)
三か月だけなら、それに幽霊部員なら別にいいか。
柊は手を差し出した。
「なに?」
「ペン。書くものなんかない?」
柊の言葉に、紺野りおは笑顔になり、さっとペンを取り出した。
「ありがとう!やった!これで予算が増える!」
ばんざーい!と喜ぶ女の子に、ちょっと良い事をした気持ちになる。
柊が名前を書き終わるのを見て、女の子は笑顔を見せた。
「朽葉……ヒイラギ君って言うの?」
「いや、シ、」
「ヒイラギ君!良い名前だね、カッコいい!」
柊という漢字を書いてシュウと読むのだが、かっこいいと言われて悪い気はしない。
「そ、そう?」
「うん、メチャクチャセンスある。冬生まれとか?」
「そう、十二月二十五日。誕生花なんだってさ」
「えー、すごいおしゃれ!いいなあ、かっこいい名前!ヒイラギで、クリスマス生まれってすごく良い!」
名前にここまで食いつかれた事がなかった柊は、褒められて嬉しくなる。
「そっかあ、ヒイラギ君かあ」
そういうと女の子は柊に手を差し出した。
「あたし、紺野りお。美術部にやっとこの前正式に入部になったの。よろしくね!ヒイラギ君」
「あ、うん。よろしく、お願いします……」
