彼に恋する君に恋した、フェルメールブルーの絵の君へ

 「そして、ジャジャーン!みなさま、お待たせしました!ご注文の、Tシャツが届いております!」
 「おぉお!」
 「やったー!」
 「待ってた!」

 美術部員でお揃いのTシャツを作る事になっていたが、やっと出来上がったらしい。

 「やっぱ黒T、かっこいいな!」
 「ふふん、ここはヒイラギ師匠をうまくパクリましたぞ!」
 「パクったっていうな。色が同じだけだろ」
 「でもさ、オーバーサイズって考えはなかったし、あたしたち」

 りおの意見に、皆がうんうんと頷く。

 「ヒイラギお洒落師匠の言う通りにして正解でした」
 「まーな!そこは俺を褒めてくれ」

 えへんと胸をはる柊(シュウ)に、部員たちはぱちぱちと素直にほめたたえた。
 皆、パッケージからTシャツをだして自分の胸にあててみた。
 折り癖のついた新品のTシャツからは、新品のにおいがして、みんな一気にその匂いを吸い込む。

 「はぁ~……新品のにおい」
 「これ汚したくないなあ。でも絶対すぐに着たい……」
 「汚れてもいーじゃん、逆にカッコよくね?」

 柊(シュウ)が言うと、部員らは「そう?」と尋ねる。

 「そーだよ。みんな作品作る時にインクつけてたり、汚れたりとかしてるけど、逆にそれがかっけえっていうか。結果のあかしじゃん」
 「おぉお……ヒイラギ殿が言うと信じられますな」
 「信じろよ。クリエイターかっけえよマジで」

 クリエイター、と言われて俄然美術部の目は燃えた。

 「よし、ここはもう準備からガツガツ着て、われらだけの一枚にするぞ!」
 「そうだな、逆に新品はなにもしてないみたいでカッコ悪いかも」
 「こんなん、着るだけで絶対にアガりまくる」
 「絶対にいい作品つくって、文化祭、盛り上げていくぞ!」
 「そうと決まれば、ポテト追加ですわい!」
 「腹減っただけだろ。俺ナゲット食いたい」
 「ヒイラギ師匠、ごちそうになります!」
 「なんでだよ自分で買えよ」

 柊(シュウ)の突っ込みに、りおが笑う。
 Tシャツを胸において、大事そうに抱きかかえ、美術部員が賑やかに笑いながら盛り上がっている。


 茜は、ガラス越し、たまたま、その時見てしまった。

 楽しそうに屈託なく、部のお揃いTシャツを胸に抱えて笑う幼馴染のりおの表情。
 その隣には、同じ部活の、あの男が居た。

 ヒイラギ君、とりおが親し気に呼ぶ、これまで知らない男の名前。
 嫌味を言った茜に、りおを庇って真正面から刃向かってきた、明らかに強者の雰囲気の男。
 りおに気軽に触れて笑い、りおもまた楽しそうに笑っている。
 その表情を見て、茜はぐ、と奥歯を噛み締める。

 (気やすく、りおに触るな)

 言葉にできない悔しさが沸き上がる。
 だけど、茜の腕につけられたスマートウォッチは、小刻みに震え、予定を次々に知らせてくる。
 茜はくるっと踵を返した。
 自分にはやるべきことがある。
 りおの邪魔をするべきじゃない。でも。
 いまはただ、まぶしいりおの笑顔を、見るのが辛かった。

 (僕には……もう資格なんかない)

 自分でそっちの道を選んで、進むことに後悔はないはずだった。
 それなのに、これまで当たり前のように傍に会ったりおの笑顔を、まるで奪われたような気持だった。
 自ら勝手に、手放したくせに。
 そう自分にも鋭い言葉を向けながら、茜は予定通り、塾へ向かう道を急いだ。
 が、突然立ち止まり、スマートウォッチのタスクをひとつ消した。

 『りおの文化祭』

 消されたタスクには、そう記されていた。
 十月二十四日
 この週末を過ぎると、次の日曜日が文化祭当日だ。
 準備期間はあと一週間しかない。

 「うわあー!面倒くせえ!なんでこんなんやってんだよ!」
 「だって手伝ってくれるって言ったんだもん」

 美術室の廊下では新聞紙が広げられ、窓の下に養生したシートの上で、ヨータと柊(シュウ)がペンキのスプレー缶を持って悪戦苦闘していた。

 「なんだよこれ。全然うまく塗れねえ!」
 「ド下手糞」
 「おまえのがヒデーじゃん!」

 ぎゃんぎゃん文句を言う二人の間に、スプレー缶を持った美術部員、属性オタク師匠がやってきた。

 「お二人、ちと失礼する」

 そういうと、慣れた手つきでスプレー缶を手に取り、上手に色を塗って行った。

 「おお、ムラがない!」
 「すげー、上手!」
 「そうであろう。乾くまで触らず、こっち手伝ってくれい」
 「おす!」
 「うす!」

 そういって力仕事を任された柊(シュウ)とヨータは、楽し気に美術部の仕事をやっていた。
 その様子を見てりおが笑う。

 「今年は仕事が早くおわりそう。助かるわー男手」

 女性部員がほとんどの美術部は、なかなか文化祭の準備が大変だったらしい。

 「ヒイラギ君のおかげですね」

 りおが言うと、先輩も「そうだねえ」と笑った。

 「全然、絵はド下手糞なんだけど、彼、いいヤツよねえ」

 なぜか美術部に入ってきてしまって、それはちょっと誤解っぽいところもあったのだけど。
 いまでは友人のヨータも頻繁に美術部に出入りして賑やかだ。

 「そのつながりでダンス部の看板まで作る事になるとは、ちょっとスケジュール大変だけど」

 他にも文化祭では美術部が頼まれたことは割と多い。

 「私、やっぱなにか手伝ったほうがいいですか?」

 りおの問いに、先輩は「いいって」と笑う。

 「あんた折角油絵やってんだから、そっちに集中して。なかなかうちはオタク成分が多くて、本格的にやってる部員がいるだけでもありがたいんだから」

 オタクの成分が強い部員は、かなりいま忙しいらしく、原稿を必死に描いている面々もいる。
 でもそれでも、学校でタブレットを使って、なにかあればすぐに助けてくれる。

 「おそろT作ってからよけいに結束増した感するよね」
 「それはわかります」

 りおも、先輩らも、美術部員はみんなお揃いの部活Tシャツを毎日着ていた。
 なぜか美術部員じゃないヨータまでそのTシャツを気にいって買ってくれたので、逆にいま美術部のデザイン人気は跳ね上がっていた。

 「ヒイラギ君のおかげで、賑やかになって良かったわあ。ま、いつまで居てくれるかだけどね」

 寂しそうにつぶやく先輩に、りおは「え?」と驚く。
 予感だけどね、と先輩は続けた。

 「ヒイラギ君は、来年にはこの部活にいない気がするよ。すごく良い感じなのに、ふっと別の部活とかに行っちゃう子。ヒイラギ君もそれっぽい」

 なんの気なしに呟いただろうその先輩の言葉は、りおの胸をちくりと刺した。