「柊……」
「確かに俺はお前と付き合ってた。と、思ってた。可愛いとも思ってたし、自慢にもしてた。でも、もうそうじゃない」
「柊、うそ、ごめん、ごめんなさい、どうしても一度だけ」
「しつこい。晒したかったら晒せ。俺も全力で戦うわ」
「ねえ待って、そうじゃないの、あたし」
どんっと萌々は背を向けた柊に抱き着く。
「本当に、本気でずっと、柊の事、ずっと忘れられないの、好きなの……」
柊はため息をついて、萌々を強引に離した。
文句を言おうとしたが、萌々の目からは涙がこぼれていた。
一瞬、怯んでしまったが、それでも萌々を離し、柊は一言言った。
「マジでそういうの、無理。おまえとは付き合えない」
「だったら!じゃあ、最後に一つくらいお願いきいてよ」
萌々が言うので、柊は向かい合った。
「なに」
「キスして」
萌々はじっと真剣に涙にぬれた目で柊を見上げた。
「なに、言って」
「あたしは告白したのも、つきあいたかったのも柊しかいないの。だから絶対に……お願い、なんでもします」
頭を下げる萌々に、柊は驚くほど自分の心が冷え切って、まっすぐ別の思いがある事に気づいた。
可愛い萌々、きっと普通の男子高校生ならほとんど萌々を彼女にしたいと思うだろう。
コテで丁寧に巻いたハーフアップのくるくるの髪をハーフアップにして、カラコンにつやつやのグロスの唇。
いつも萌々は綺麗にしていた。
実際に可愛いとも思う。
それでも柊のなかには、もう揺るがない思いがあった。
「―――――マジでごめん。絶対にできない」
「柊、」
「お前が可愛いのは誰だって認めると思う。お前なら相手に困らないし」
「そういうのやめて!あたしは柊が」
「わかったんだ。萌々、もう俺、わかったんだよ」
そっか、と柊は思った。
そうか、やっと自分の本当の感情に気づいた。
「俺、マジで好きな奴いる」
真剣で静かな柊の声に、それまで駄々をこねるようなしぐさを見せていた萌々は、驚いて目を見開き、柊を見つめた。
「聞きたくない……、そんなの」
小さく萌々が首を振った。
「あたしはそんなの」
「ごめん!」
柊は思い切り、頭を下げた。
下げられる限り、思い切りだ。
「お前の真剣な気持ち、わかった。でも俺も自分の気持ちがわかった。俺、絶対、お前の願いは叶えられない」
「いやだよ」
「諦めてくれ。本当にごめん」
心からの柊の言葉だった。
萌々が頑張っているのも、一生懸命メイクするのも、なにもかも柊の為だった。
でもそのどれもが柊には響かなかった。
「お前の真剣さに、俺は応えられない」
柊の、初めて聞くその言葉に、萌々もまた、自分の恋は、もう駄目なのだと気づいた。
きゅっと手を握りしめ尋ねた。
「本当に、絶対に、わたしに一ミリもチャンスも望みも、ないんだね」
「―――――ごめん」
「……そっか」
柊をずっと好きだった萌々だからこそ、柊の本当の感情が痛いほどわかった。
「……柊、はじめて、私に真剣に話してくれたね」
萌々の言葉に柊は顔を上げた。
萌々はどこか諦めたような表情で、ため息をつく。
「これまでずっと誤魔化したりはぐらかしたりばっかで。やっと真剣になったら、こういうのなんだね」
「―――――……」
そうだったろうか。
柊なりに、萌々とは関わったつもりだった。
でもきっと、萌々にとってそれは、欲しいものじゃなかった。
「萌々、」
なにか言いかけた柊に、萌々は近づき、着ていた柊のTシャツを両手で掴んだ。
柊のシャツを掴む萌々の爪先は、まるでお菓子のグミみたいに艶々している。
綺麗な爪先がシャツに沈むほど強く引っ張られ、体勢が崩れた、その時だった。
萌々は思い切り柊のTシャツに顔をくっつけて離すと、どんっと柊の胸を叩いて押した。
「あーもう!あんたなんか大っ嫌い!もー二度と、会わないんだから!」
そう怒鳴る萌々の目は涙で潤んでいた。
「も、」
「いい!絶対に話しかけないでよ!」
そう怒鳴ると萌々は「ふん!」と長い髪をなびかせて、去って行った。
突き飛ばされた柊は、あっけにとられながら、萌々のいっぱいの勇気に小さく、俯いてもう一度「ごめん」と呟いた。
(ありがと、萌々)
せめて最後だけでも、萌々には真剣でいられたのだろうか。
答えはもう、聞けないけれど。
マックに戻ると、りおが心配そうに待っていた。
柊を見つけた途端、思わず立ち上がりかけるりおに、柊は目を細めた。
「ひ、ヒイラギ君、大丈夫だった?」
ひまわりのピンで前髪をとめ、おでこをみせておろおろする黒縁メガネのりお。
なんで気づかなかったんだろう。
こんなにもずっと、可愛いと思っていたのに。
(そっかあー、俺)
多分、あの絵を見た瞬間から、もうりおへの恋は始まっていたのか。
(まじなんで気づかないの。ってか、そりゃそうだよなあ)
まさか、絵を見た瞬間に、その絵の中に描かれた少女に恋をしたなんて。
(なにそれ。少女漫画すぎんだろ)
そんな話とかあんのかな?と柊は面白くなる。
こんな嘘みたいな恋に、自分がおちてしまうなんて。
(でも)
柊はもう知っている。
自分が恋した、りおには、好きな相手がいる、ってことに。
「ヘーキ。ちょっと怒らせただけ。でももう大丈夫だから」
笑う柊だが、りおは突然、ぎょっとして立ち上がってポケットからハンドタオルを取り出した。
「ヒイラギ君、大丈夫?け、怪我してる」
「へ?」
Tシャツを一生懸命こするりおに、柊はそこにさっき萌々がグロスを押し付けたことに気づく。
(あいつ……!)
「大丈夫。それ、血じゃないから」
「え?そうなの?でもすごいピンクだよ、どこか」
「汚れだから。まじで平気。サンキュ」
りおが必死にこすったグロスが、Tシャツに広がってシミになっている。
「ごめん、あたしかえって汚しちゃった?」
おろおろするりおに、柊は「いいって」と笑う。
「どうせ文化祭始まったら準備で汚れるし。それ専用にする」
ぽんと頭に手を置かれ、りおは、うん、と頷いた。
自分の席に戻り、落ち着かない様子でハンドタオルをポケットにしまう。
「あの、さっきの子」
「ああ、あいつ?」
「中学の、クラスメイトって」
「うん。一瞬だけ、つきあってた。っつっても、勉強一緒にしたくらいであとなんもなかった」
「じゃあ、元カノ……?」
ためらいがちに尋ねるりおに、柊は苦笑して首を横に振った。
「確かに俺はお前と付き合ってた。と、思ってた。可愛いとも思ってたし、自慢にもしてた。でも、もうそうじゃない」
「柊、うそ、ごめん、ごめんなさい、どうしても一度だけ」
「しつこい。晒したかったら晒せ。俺も全力で戦うわ」
「ねえ待って、そうじゃないの、あたし」
どんっと萌々は背を向けた柊に抱き着く。
「本当に、本気でずっと、柊の事、ずっと忘れられないの、好きなの……」
柊はため息をついて、萌々を強引に離した。
文句を言おうとしたが、萌々の目からは涙がこぼれていた。
一瞬、怯んでしまったが、それでも萌々を離し、柊は一言言った。
「マジでそういうの、無理。おまえとは付き合えない」
「だったら!じゃあ、最後に一つくらいお願いきいてよ」
萌々が言うので、柊は向かい合った。
「なに」
「キスして」
萌々はじっと真剣に涙にぬれた目で柊を見上げた。
「なに、言って」
「あたしは告白したのも、つきあいたかったのも柊しかいないの。だから絶対に……お願い、なんでもします」
頭を下げる萌々に、柊は驚くほど自分の心が冷え切って、まっすぐ別の思いがある事に気づいた。
可愛い萌々、きっと普通の男子高校生ならほとんど萌々を彼女にしたいと思うだろう。
コテで丁寧に巻いたハーフアップのくるくるの髪をハーフアップにして、カラコンにつやつやのグロスの唇。
いつも萌々は綺麗にしていた。
実際に可愛いとも思う。
それでも柊のなかには、もう揺るがない思いがあった。
「―――――マジでごめん。絶対にできない」
「柊、」
「お前が可愛いのは誰だって認めると思う。お前なら相手に困らないし」
「そういうのやめて!あたしは柊が」
「わかったんだ。萌々、もう俺、わかったんだよ」
そっか、と柊は思った。
そうか、やっと自分の本当の感情に気づいた。
「俺、マジで好きな奴いる」
真剣で静かな柊の声に、それまで駄々をこねるようなしぐさを見せていた萌々は、驚いて目を見開き、柊を見つめた。
「聞きたくない……、そんなの」
小さく萌々が首を振った。
「あたしはそんなの」
「ごめん!」
柊は思い切り、頭を下げた。
下げられる限り、思い切りだ。
「お前の真剣な気持ち、わかった。でも俺も自分の気持ちがわかった。俺、絶対、お前の願いは叶えられない」
「いやだよ」
「諦めてくれ。本当にごめん」
心からの柊の言葉だった。
萌々が頑張っているのも、一生懸命メイクするのも、なにもかも柊の為だった。
でもそのどれもが柊には響かなかった。
「お前の真剣さに、俺は応えられない」
柊の、初めて聞くその言葉に、萌々もまた、自分の恋は、もう駄目なのだと気づいた。
きゅっと手を握りしめ尋ねた。
「本当に、絶対に、わたしに一ミリもチャンスも望みも、ないんだね」
「―――――ごめん」
「……そっか」
柊をずっと好きだった萌々だからこそ、柊の本当の感情が痛いほどわかった。
「……柊、はじめて、私に真剣に話してくれたね」
萌々の言葉に柊は顔を上げた。
萌々はどこか諦めたような表情で、ため息をつく。
「これまでずっと誤魔化したりはぐらかしたりばっかで。やっと真剣になったら、こういうのなんだね」
「―――――……」
そうだったろうか。
柊なりに、萌々とは関わったつもりだった。
でもきっと、萌々にとってそれは、欲しいものじゃなかった。
「萌々、」
なにか言いかけた柊に、萌々は近づき、着ていた柊のTシャツを両手で掴んだ。
柊のシャツを掴む萌々の爪先は、まるでお菓子のグミみたいに艶々している。
綺麗な爪先がシャツに沈むほど強く引っ張られ、体勢が崩れた、その時だった。
萌々は思い切り柊のTシャツに顔をくっつけて離すと、どんっと柊の胸を叩いて押した。
「あーもう!あんたなんか大っ嫌い!もー二度と、会わないんだから!」
そう怒鳴る萌々の目は涙で潤んでいた。
「も、」
「いい!絶対に話しかけないでよ!」
そう怒鳴ると萌々は「ふん!」と長い髪をなびかせて、去って行った。
突き飛ばされた柊は、あっけにとられながら、萌々のいっぱいの勇気に小さく、俯いてもう一度「ごめん」と呟いた。
(ありがと、萌々)
せめて最後だけでも、萌々には真剣でいられたのだろうか。
答えはもう、聞けないけれど。
マックに戻ると、りおが心配そうに待っていた。
柊を見つけた途端、思わず立ち上がりかけるりおに、柊は目を細めた。
「ひ、ヒイラギ君、大丈夫だった?」
ひまわりのピンで前髪をとめ、おでこをみせておろおろする黒縁メガネのりお。
なんで気づかなかったんだろう。
こんなにもずっと、可愛いと思っていたのに。
(そっかあー、俺)
多分、あの絵を見た瞬間から、もうりおへの恋は始まっていたのか。
(まじなんで気づかないの。ってか、そりゃそうだよなあ)
まさか、絵を見た瞬間に、その絵の中に描かれた少女に恋をしたなんて。
(なにそれ。少女漫画すぎんだろ)
そんな話とかあんのかな?と柊は面白くなる。
こんな嘘みたいな恋に、自分がおちてしまうなんて。
(でも)
柊はもう知っている。
自分が恋した、りおには、好きな相手がいる、ってことに。
「ヘーキ。ちょっと怒らせただけ。でももう大丈夫だから」
笑う柊だが、りおは突然、ぎょっとして立ち上がってポケットからハンドタオルを取り出した。
「ヒイラギ君、大丈夫?け、怪我してる」
「へ?」
Tシャツを一生懸命こするりおに、柊はそこにさっき萌々がグロスを押し付けたことに気づく。
(あいつ……!)
「大丈夫。それ、血じゃないから」
「え?そうなの?でもすごいピンクだよ、どこか」
「汚れだから。まじで平気。サンキュ」
りおが必死にこすったグロスが、Tシャツに広がってシミになっている。
「ごめん、あたしかえって汚しちゃった?」
おろおろするりおに、柊は「いいって」と笑う。
「どうせ文化祭始まったら準備で汚れるし。それ専用にする」
ぽんと頭に手を置かれ、りおは、うん、と頷いた。
自分の席に戻り、落ち着かない様子でハンドタオルをポケットにしまう。
「あの、さっきの子」
「ああ、あいつ?」
「中学の、クラスメイトって」
「うん。一瞬だけ、つきあってた。っつっても、勉強一緒にしたくらいであとなんもなかった」
「じゃあ、元カノ……?」
ためらいがちに尋ねるりおに、柊は苦笑して首を横に振った。
