9月5日
土曜日
まだ暑さが厳しい九月の熱が、他校の来客用スリッパごしの足裏につたわってくる。
長い廊下の壁にずらりと展示物がかけてあって、どれも似たようなものばかりだった。
廊下の窓は全開でもドライヤーから吹き付けられたような風しか入ってこない。
「あっついねー、この校舎エアコン修理中なんだってー」
元カノの萌々が腕を引くけれど、その腕の暑さに不快感がこみあげて、朽葉柊はとっさに手を振り払った。
一瞬、萌々は傷ついた表情になって柊はやば、と思い言った。
「暑いだろ」
柊の言葉に萌々はほっとしたように笑い、「そうだよね」と首から下げていたハンディファンを外した。
「シュウに貸したげる!」
「え、別にいらな」
「あたしあっちで友達見つけたから挨拶してくるね!」
友達を見つけた萌々は廊下を走っていくが、すれ違った男子生徒が一斉に萌々を振り返る。
元カノとはいえ、常盤萌々(もも)は目を引く外見だからだ。
―――――勝手に行くなよ。俺なんのために来たんだよ
女子だけで男子校の文化祭に行くのは不安だっていうから、
萌々のクラスメイトの彼氏がこの男子校なので、今日の文化祭に萌々も一緒に来て欲しいと頼まれたのだという。
だけど男子校に行くのは友達がいても不安というので、元カレである柊はしぶしぶついて来た。
知らない学校だから友達もいない、知ってる奴もいない、おまけに連れて来られた原因の元カノはどこかに行ってしまった。
「なんなんだよマジで」
ハンディファンのぬるい風をうけながら、柊は一人、歩きだす。
いくつか教室を通り過ぎ、絵の具の匂いに足を止めた。
美術室だ。
窓から吹き込む風に白いカーテンがはためかせる。
その向こう側に誰かの姿を見つけ、柊は思わず足を止める。
そこに居たのは、水色のワンピースを着た少女だった。
ひまわりの飾りがついた麦わら帽子を風で飛ばないように手でおさえ、まばゆい笑顔は輝いていた。
思わず近づいた柊は、そこで足を止め苦笑した。
少女は、イーゼルに飾られた絵だったのだ。
大きな作品な上に、教室が薄暗かったせいで見間違えてしまった。
同じ高校生が描いたのかな、とちょっと圧倒された。
教室内は誰もおらず、かび臭いような独特の匂いがあった。
いま目の前にある少女の絵から、柊は目が離せなかった。
白い花の透かし模様が入った水色のワンピースに、黒く長い髪はゆるやかなウエーブがかかっていた。
前髪をすっきりと編み込んで覗くおでこがたまらなく可愛かった。
夏の白い光の中、無邪気に微笑む女の子の笑顔は柊にあまりにもまぶしい。
さっきまでただうっとおしいだけの夏の風が、その絵を見た瞬間まるで草原の夏草の匂いを含む涼しい風に変わった気すらして、柊は絵の前から動けなかった。
思わずポケットからスマホを取り出して、柊は衝動のままにその少女の絵の写真を撮った。
カシャ、という音が教室に響いたその時だ。
「すみませーん、撮影はご遠慮願いまーす」
振り返ると苦笑した美術部員が立っていて、柊は顔を赤くして慌てた。
「す、すいません」
恥ずかしさに慌てて教室を出て、スマホを取り出し、注意されたので絵を消そうとした。
スマホの中にはさっきの絵の彼女がこちらを見て微笑んでいる。
消さなくてはならないのに、なぜかその絵を消すことが出来ない。
どうしても、なんだか大切なもののような気がして。
「あ、いたいた、シュウ―!こっち!友達と、彼氏なんだけど」
萌々のはずんだ声が聞こえた。
友人と彼氏らしい男子高校生が手を繋いでいた。
柊はスマホをポケットにしまうと、「はいはい」と萌々のほうへ向かった。
この時、もし絵の写真を消していたら
柊の恋は、始まる前に消えていたかもしれなかった。
土曜日
まだ暑さが厳しい九月の熱が、他校の来客用スリッパごしの足裏につたわってくる。
長い廊下の壁にずらりと展示物がかけてあって、どれも似たようなものばかりだった。
廊下の窓は全開でもドライヤーから吹き付けられたような風しか入ってこない。
「あっついねー、この校舎エアコン修理中なんだってー」
元カノの萌々が腕を引くけれど、その腕の暑さに不快感がこみあげて、朽葉柊はとっさに手を振り払った。
一瞬、萌々は傷ついた表情になって柊はやば、と思い言った。
「暑いだろ」
柊の言葉に萌々はほっとしたように笑い、「そうだよね」と首から下げていたハンディファンを外した。
「シュウに貸したげる!」
「え、別にいらな」
「あたしあっちで友達見つけたから挨拶してくるね!」
友達を見つけた萌々は廊下を走っていくが、すれ違った男子生徒が一斉に萌々を振り返る。
元カノとはいえ、常盤萌々(もも)は目を引く外見だからだ。
―――――勝手に行くなよ。俺なんのために来たんだよ
女子だけで男子校の文化祭に行くのは不安だっていうから、
萌々のクラスメイトの彼氏がこの男子校なので、今日の文化祭に萌々も一緒に来て欲しいと頼まれたのだという。
だけど男子校に行くのは友達がいても不安というので、元カレである柊はしぶしぶついて来た。
知らない学校だから友達もいない、知ってる奴もいない、おまけに連れて来られた原因の元カノはどこかに行ってしまった。
「なんなんだよマジで」
ハンディファンのぬるい風をうけながら、柊は一人、歩きだす。
いくつか教室を通り過ぎ、絵の具の匂いに足を止めた。
美術室だ。
窓から吹き込む風に白いカーテンがはためかせる。
その向こう側に誰かの姿を見つけ、柊は思わず足を止める。
そこに居たのは、水色のワンピースを着た少女だった。
ひまわりの飾りがついた麦わら帽子を風で飛ばないように手でおさえ、まばゆい笑顔は輝いていた。
思わず近づいた柊は、そこで足を止め苦笑した。
少女は、イーゼルに飾られた絵だったのだ。
大きな作品な上に、教室が薄暗かったせいで見間違えてしまった。
同じ高校生が描いたのかな、とちょっと圧倒された。
教室内は誰もおらず、かび臭いような独特の匂いがあった。
いま目の前にある少女の絵から、柊は目が離せなかった。
白い花の透かし模様が入った水色のワンピースに、黒く長い髪はゆるやかなウエーブがかかっていた。
前髪をすっきりと編み込んで覗くおでこがたまらなく可愛かった。
夏の白い光の中、無邪気に微笑む女の子の笑顔は柊にあまりにもまぶしい。
さっきまでただうっとおしいだけの夏の風が、その絵を見た瞬間まるで草原の夏草の匂いを含む涼しい風に変わった気すらして、柊は絵の前から動けなかった。
思わずポケットからスマホを取り出して、柊は衝動のままにその少女の絵の写真を撮った。
カシャ、という音が教室に響いたその時だ。
「すみませーん、撮影はご遠慮願いまーす」
振り返ると苦笑した美術部員が立っていて、柊は顔を赤くして慌てた。
「す、すいません」
恥ずかしさに慌てて教室を出て、スマホを取り出し、注意されたので絵を消そうとした。
スマホの中にはさっきの絵の彼女がこちらを見て微笑んでいる。
消さなくてはならないのに、なぜかその絵を消すことが出来ない。
どうしても、なんだか大切なもののような気がして。
「あ、いたいた、シュウ―!こっち!友達と、彼氏なんだけど」
萌々のはずんだ声が聞こえた。
友人と彼氏らしい男子高校生が手を繋いでいた。
柊はスマホをポケットにしまうと、「はいはい」と萌々のほうへ向かった。
この時、もし絵の写真を消していたら
柊の恋は、始まる前に消えていたかもしれなかった。
