彼に恋する君に恋した、フェルメールブルーの絵の君へ

 「あの、あの、ありがとうございました!」
 「へ?」
 「実は俺らも、ずっとあいつら邪魔だって思ってたんすけど」

 他の連中も顔を上げた。

 「注意しても、スマホ向けてきて、動画晒すとかって脅すし」
 「はあ?まじでか」

 怒る柊(シュウ)に、そこらにいた常連らしい数人がお互いに顔を見合わせて頷く。

 「そうなんす!だから、あの、さっきのスゲーかっこよかったです!」

 うんうんと頷く連中に、柊(シュウ)は照れて頭をかいた。

 「うん、まあ、役にたったなら良かったよ」

 なぜかぱちぱち、と小さな拍手が起きてしまい、柊(シュウ)はますます照れくさく頭をばりばりとかいた。

 その後も、萌々(もも)たちは戻ってくることはなく、そこにいた全員、施設が閉じる時間まで勉強が出来た。
 帰り際、次々に柊(シュウ)に「ありがとうございました」「助かりました」と頭を下げていく生徒もいて、柊(シュウ)は照れながらも、どんだけ酷かったんだよ、と萌々(もも)らの態度にむかつく。

 「じゃあ、帰りましょうか、って、あれ?ヒイラギ師匠は?」

 いつの間にか姿を消した柊(シュウ)に、美術部員やりおは、きょろっとあたりを見渡す。

 「トイレかな」
 「そうかもですな、待ってましょ」

 暫くすると、柊(シュウ)が係員を連れて帰って来た。

 「あれ?お前ら帰ってなかったんか?」
 「ヒイラギ師匠がいないので」
 「待っておりました」
 「ごめんごめん。実は係の人にお願いしてさ」

 柊(シュウ)と一緒に来た、施設の受付の女性がぺこっと頭を下げた。

 「ごめんなさいね、みんなうまくやってると思い込んでて。スマホ禁止、ってもっと大きく見せとかないといけなかったね」

 女性は早速『スマホ・撮影厳禁・見つけ次第施設退場と学校へ連絡します』とかかれた紙を貼ってくれた。

 「ちゃんと禁止事項にはあるんだけどね。今度、もっと大きな看板作っておくね!」
 「あざます!」
 「いいのよ、教えてくれてありがとう!」

 にこにこと受付の女性が言ってくれて、美術部員らは柊(シュウ)を尊敬のまなざしで見つめた。

 「ヒイラギ師匠、まさか施設にお願いを?」
 「ん?ああ。だって問題あるなら片付けたほうがいいだろ?」

 それに、と柊(シュウ)は言った。

 「ちゃんと今日の連中の学校に連絡入れるように頼んどいた。だからもうあいつら来れねーと思うよ」

 わあっと皆が喜んで頷く。

 「ヒイラギ師匠、さすがですぞ!やはり二次元は破壊力が違う」
 「俺は三次元だよ」
 「いやー、お見事です、さすがです。ブルロ最高」
 「そこは俺を褒めてくれよ」

 そういって笑いあう柊(シュウ)を、りおは眩しい目で見つめた。

 「あ、そうだ、あの、ヒイラギ君、ジャージ」
 「おっ、忘れてた」

 柊(シュウ)はジャージをりおから受け取ると、袖を通した。

 「今日は、本当にありがとう、あの」
 「いーって。マジあいつら最悪だったな。他人の服に文句言えるセンスかよ」

 柊(シュウ)の突っ込みに、思わず美術部員もほっとする。

 「我々は、所詮地味だからして」
 「高校生女子としてはやはりあのような一軍は強いからして」
 「腹出してたら強いのかよ。だったら俺だって試合に腹出して出るわ」

 柊(シュウ)の冗談に、美術部員らはどっと笑った。


 十月七日

 試験まで残り一週間を切った。
 今日は施設が休みになっていたので、柊(シュウ)はりおと一緒にマックで勉強していた。
 いつもの窓際に座って、二人は向かい合う。

 「りお、お前のクラスどこまでやった?俺んとこちょっと遅いみたいで」
 「どこ?教えて?」

 相変わらず、りおは前髪をぱっちん留めで止めていたが、美術部と違って今日はひとつだけだ。
 あ、と気づき柊(シュウ)はカバンの中から包みを出し、りおへ渡す。

 「それとこれ」
 「なに?」

 りおが小さな袋を開けると、中にはひまわりの飾りがついたかっちん留めが入っていた。

 「お前の絵とおなじじゃんって思って。かわいーだろ?絶対お前のじゃんって思って買った」
 「い、いいよそんな貰えない」

 首を横に振るりおに、柊(シュウ)は「ふーん」と言ってりおの手からかっちん止めを取ると、自分の前髪にとめた。

 「じゃあ俺が使うもんね」

 乱雑に止められた前髪のひまわりは、ぐらっと揺れていまにも落ちそうだ。

 「へんなの。似合わないよ」
 「だろ?だからお前が使えって」

 ぱちんと外すと、柊(シュウ)はりおのてのひらに、ひまわりのかっちん留めを落とす。
 りおはきゅっと握り、はにかんで頷く。

 「うん、ありがとう」
 「気にすんなよ。マジで安いかんな。ノート買うついでに見つけただけだし」
 「わかった。きにしない」

 そういうとりおは早速、慣れた手つきで前髪をかきあげ、かっちん留めをとめた。
 ひまわりの花が、あの時みたりおの絵の中の飾りのようで、柊(シュウ)は思わず手が伸び、撫でそうになって、止めた。
 伸びた手を一度握ると、指先を伸ばして、りおのおでこをつん、とつついた。

 「もう、なに?」

 ちょっと怒ったようにいうりおに、柊(シュウ)は笑顔で言った。

 「いやー、俺、お前のおでこ好きだな」
 「なんなの、もう。怒るよ」
 「はいはい、ごめんって」

 柊(シュウ)が笑ってシャーペンを持ち直し、ノートに向かったその時だった。

 こつ、と音がして何かと思った。
 何度か繰り返される音に視線を向けると、窓ガラスをノックする手が見えた。
 なんだ?と思い顔を上げると、そこに立っていたのは、制服姿の、柊(シュウ)の元カノの、萌々(もも)だった。

 萌々(もも)を見て、りおの表情がこわばった。
 当然だろう、この前施設で萌々(もも)の友人にさんざん馬鹿にされたばかりだ。

 「―――――りお、ちょっと待ってろ。すぐに戻る」
 「あの、」
 「すぐに戻るから」

 立ち上がる柊(シュウ)に、りおは声をかけた。

 「あの、ヒイラギ君、スマホ」
 「いらね。りお預かっといて」

 柊(シュウ)に言われ、りおは頷き、スマホをそっと机にふせた。

 ガラスの向こう、柊(シュウ)はすぐに萌々(もも)の元へ向かうと、強引に腕を引いた。

 「おい、お前なんだよ!こっち来い!」

 強引に萌々(もも)の腕を引き、マックの窓から見えない場所へ移動し、車道との境目にあるベンチと一体型の植え込みに萌々(もも)を座らせた。

 「なんでいきなり来てんだよ」
 「シュウ、PINEもインスタも全部ブロックしてるから連絡できないじゃない。だから……」
 「たりめーだろ!なんだよあの連中。お前もあんなことやってたんだな」