彼に恋する君に恋した、フェルメールブルーの絵の君へ

 「ナイショね。あたしたち共犯だから」
 おでこが見えて、その仕草もまた可愛くて、柊(シュウ)はぶっきらぼうに「おう」と返すしかできなかった。

 言われた通り、学習施設の中のいろんな部屋が解放されていて、柊(シュウ)たちの向かったのは多目的のフロアだった。
 長テーブルひとつにつき、パイプ椅子がふたつ用意され、それがいくつも並んでいた。
 全部でテーブルは二十くらいだろうか。
 予約番号を確認すると、柊(シュウ)たちは窓際の明るい席を用意されていた。
 「お、いいじゃん」
 「でしょ?特等席なの」
 当然のように柊(シュウ)はりおの隣に腰をおろし、早速バッグから道具を出した。
 「よし、じゃあやるか」
 「了解。ところでヒイラギ師匠、ヨータ殿は?」
 「……多分寝てる。ほっといていい」
 「了解しました!」
 昨日はヨータの好きなチームの試合が深夜の時間帯にあったから、そうなるだろうと思ったら案の定で、柊(シュウ)は仕方ねえな、と苦笑した。
 施設が開くと、ぞろぞろと試験前の高校生が集まって来て、それぞれが予約の席につく。
 割と大人しめの生徒が多くて、皆、静かに自分の勉強に集中した。
 柊(シュウ)も持って来た参考書を見ながら判らない所を解いていくと、自分の部屋よりよっぽど捗る。
 これ成績あがるんじゃね?と思うと楽しくなってきて、柊(シュウ)は勉強に集中した。
 昼食は近くのコンビニで買って、施設内で許可された場所があるのでそこで皆で食事を済ませた。
 「まじでここいいな。すげー集中できるじゃん」
 「そう。絶対に追試を受ける訳にはいかないんで、けっこうわれらは本気」
 「なんで追試?」
 「文化祭の準備の時間がいまでもギリギリしかないし」
 「そーか、そういやそうか」
 試験が終わって残りのギリギリ二週間が、美術部に許された時間だ。
 それは他の文化部でも同じ事だろうけど、タイトなスケジュールだなと柊(シュウ)も頷く。
 「とにかく集中して勉強したいんだよね」
 りおもそう言うので、柊(シュウ)も頷き、出来るだけりおの邪魔にならないようにしてやりたいなと思った。
 その矢先の事だった。
 昼食を終え、席に戻るといつの間にか美術部員が座っていたところに、女子が座っていた。
 置きっぱなしの文具がはしっこにやられていて、部員たちは「あーあ」という表情になる。
 なんだ?と柊(シュウ)が見ていると、こそっと美術部員が言った。
 「いつもの、一軍女子らですよ。遅くに来て、いい席をわれらから奪うのです」
 「なんで?なんだそれ」
 むっとして柊(シュウ)は、美術部員が座っていた席に腰を下ろす、ちょっと派手な女子に言った。
 「そこどいて。俺らの席なんだけど」
 数人いた女子らは驚いて柊(シュウ)を見ていたが、柊(シュウ)はもう一度言った。
 「聞こえなかった?俺らが座ってたんだけど」
 「えぇ?だっていなかったじゃん、ねー」
 うんうん、とわざとらしく頷く女子らに柊(シュウ)は表情をゆがめた。
 「あたしたち、勉強してたもん」
 嘘つけ、ノートすら開いてねーじゃん、と言いかけたが、女子らは気にせず堂々と椅子に座ったままだ。
 「とにかくどけよ。荷物だってこっちのだろ」
 「じゃあどけたげる」
 笑いながら女子らが、美術部員のペンケースを払い落し、ノートや教科書が床に落とされた。
 柊(シュウ)の目に怒りが籠るが、女子らは気にせず柊(シュウ)に近づいた。
 「でも君、かっこいいじゃん!なんでこんな地味なのといるの?」
 「モブにそこの席はいらないでしょ」
 「うるせーな。関わんなよ」
 うっとおしそうに言う柊(シュウ)に、自分の魅力が通じずに女子はむっとして言った。
 「なにそれ。そんなモブのカーデ着てる子と一緒とかさ、おかしくない?」
 「ホント。なにそのフリル。おかーさんがイオンで買って来たの?」
 その場にいる他校の生徒らは関わりたくないのだろう、我関せずと知らないふりだ。
 りおは指さされ、ファッションをゲラゲラと笑われ、着ている水色のカーディガンをぎゅっと握りしめる。
 恥ずかしさと惨めさのあまり顔を赤くして、柊(シュウ)と目があうと俯いて視線を逸らした。
 (なんでりおがこんな事を言われなくちゃならないんだ)

 指先が震え、小さく震えるりおの様子に柊(シュウ)は怒りが沸き上がる。
 柊(シュウ)は着ていたスペイン代表の鮮やかな赤いジャージの襟を口でくわえ、一気にジッパーを降ろす。
 乱暴に脱ぐと、りおの頭から大きなジャージをかぶせ、りおの肩を抱く。

 「心配するな。ちゃんとお前は可愛い」

 柊(シュウ)の言葉に、その場にいた全員が息を飲む音が聞こえた気がした。
 その時だった。

 「あれえ?萌々(もも)、やっと来たんだ」

 柊(シュウ)が顔を上げると、そこに立っていたのはへそ出しの小さなTシャツにローライズのカーゴパンツ、MA1を羽織って派手なネイルをした萌々(もも)だった。

 「……萌々(もも)?」

 柊(シュウ)の表情と、自分の友人の状況に萌々(もも)ははっと顔を上げた。

 「ちょっと、なにやってんの!シュウに近づかないで!」
 「え?なに怒ってんの萌々(もも)、って、いたっ」

 萌々(もも)は戸惑う女子の腕をひっぱたくようにはらい、柊(シュウ)と離した。
 だが、柊(シュウ)は呆れた冷たい表情で萌々(もも)を睨む。

 「なんだよ、お前のダチかよ。お前らまじみっともねーことやってんだな」
 「ち、違うの、これは、」
 「いいからさっさとこいつら連れて出てけよ。仲良しなんだろ」
 「シュウ……、あの、」
 「もう、なんで?萌々(もも)もどーしたの?急にさあ」
 「いいから!行こうってば!早く!」

 萌々(もも)は怒鳴って、友人らの腕を引っ張ると、無理矢理強引に外へ連れて行った。


 「な、なんなんだあれは……」
 「ヒイラギ師匠、あのギャルい女子はお知り合いで?」
 「ああ、中学ん時の……まあクラスメイト。りお、ごめんな。ぜってーあいつに文句言っとくから」
 「えっ、ううん、全然。大丈夫」

 首を振るりおに、柊(シュウ)は溜息をつく。

 「んなわけねーだろ。マジあれなんだよ。腹なんか出してバッカじゃねえの。なにしに来てんだよ」

 そう言いながら柊(シュウ)は落とされた文具を拾い上げ、机の上へ戻す。
 美術部員は柊(シュウ)が取り戻した席に、いそいそと腰を下ろした。

 「いや、助かりましたぞヒイラギ師匠。いつもああやって席を奪われていたので……」

 その時、近くの席で勉強をしていた男子生徒が立ち上がった。