九月二十二日
約束した時間より早めに柊はマックに来ていた。
どうせ部員連中は気まぐれに遅れてくるんだろうなと怒る気もなく呑気に待つつもりだった。
すると、コンコンとマックの窓を叩く人がいた。
顔をあげるとりおで、柊は笑顔を見せた。
手を振るとりおはすぐにマックに入って来て、柊の向かいに腰をおろす。
「早いねヒイラギ君。私が一番だと思ったのに」
「サッカー選手の時間概念を舐めるなよ。めっちゃ早く来るわ」
「そういえばユニ」
「そっ、今日の俺はセリエAだぜ」
自慢げに柊が胸を張るも、りおはきょとんとして首をかしげている。
「セリア?」
「いやそれ百均。ちげーって、イタリアのリーグの事をセリエAって言うの」
面白くて柊が笑うと、りおも「そうなんだ!」と驚く。
太い黒と白の縦ラインに、シンプルなデザインのエンブレムはイタリアの名門、ユベントスのユニフォームだ。
どのユニフォームにするかさんざん悩みまくって、結果、特にお気に入りで大事にしていたユニフォームを出して来たのだ。
「イタリアかあ。ユニフォームって本当にかっこいいね」
「俺は?」
「かっこいいよー」
「なんかテキトー」
「ちゃんとかっこいいって」
あ、とりおが可愛い紙袋を柊に渡す。
「あとこれ。キャップありがとう。ごめんね忘れてて」
「気にすんなよ。俺も忘れてたし」
キャップの入っている紙袋を受け取ると、キャップだけじゃない重さがある。
あれ?と思って中を見ると、ボディシートが入っていた。
「本当はね、キャップ、洗って返したかったんだけど洗ったら型崩れしちゃうかもだし。でももし匂いとかついてたら申し訳ないなって思って。ファブリーズとかも考えたんだけど、ひょっとしたら色が変わるかもって考えたらなにもできなくて」
気を使うりおに柊は驚く。
「そんなん気にするなよ。逆にぜってー俺のが汗臭いって」
「ううん!キャップすごくいいにおいがして……」
そこでりおは、はっと気が付いて「ご、ごめん!」と慌てて謝った。
「あ、あのね、わざわざヒイラギ君のにおいかいだわけじゃなくて、ひょっとしてあたしの汗臭いのとか移ったらどうしようとか心配になってにおい嗅いだだけなの、ごめんなさい」
「お、おう」
そういう事かと柊はちょっと焦った。
「そ、そう、それでね、この前の試合の時に、ヒイラギ君ボディシート使ってたでしょ。だから、もし臭かったらそれでその、キャップ拭いてもらったらいいのかなって思って。あのね、本当は使ってるのと同じのにしようと思ったの。でもわかんないから、店員さんに、その、聞いて。そしたらそれが人気あるって……」
中を見ると、シトラスの香りのメンズシートが入っていた。
「うっそ、これ俺のお気に入りのやつだよ」
「本当?」
「マジ。試合の時とかはメントール系だけど、フツーに学校とかだと時々強すぎるんだよな」
「そうなんだ。じゃあ、良かった」
「気を使わせた。わりーな」
「ううん。私も、その、カップ嬉しかったし」
そういってりおはスマホをタップした。
「気が付いた?アイコン変えたんだ」
りおが見せたPINEのアイコンが、カラーチェンジカップに変わっていてた。
「ヒイラギ君がくれたやつ。あのね、水色に変わったの。一番欲しかった色だったの!」
嬉しそうにそう言うりおの笑顔がまぶしくて、柊は目を細めて笑った。
「そっか、良かったな」
「うん!すごく嬉しい!ストローのクマもついてたでしょ!それもすっごく可愛くてね」
「そっか」
にこにこと輝く笑顔で笑うりおに、ずっとこうして居られたらいいのにな、と柊が思った時だった。
時間よりやや遅れて、ぞろぞろと美術部員がそろって現れた。
そのうちの何人かはこの前買ったユニフォームを着ていた。
「お待たせしましたでございますう、ヒイラギ師匠、やや、それはもしや!」
「見たか、かっこいいだろ」
ふふんと柊は胸を張る。
「馬狼!王者!まさにブルロが現実に!強キャラがすぎますぞ!」
「いやーサッカーでは一軍は間違いないわ」
感激する美術部員に、柊は自慢げにユニフォームを見せびらかしたのだった。
勉強会と言いながら、実際はそこまででもなく、文化祭のお揃いTシャツの話題になった。
「あ、そういえばヒイラギ師匠、実はユニのことなんだけど、別の学校のワイの友達も騙されかけてたよ」
「まじか。止められた?」
「ヒイラギ師匠の言う事をさも自分が知ってるかのように言ってやりました」
「なんだそれは!」
「最終的にはバレましたが、めちゃ感謝されました。クラスマッチで買おうとか考えてたそうで」
「じゃあ間に合ったのか。良かったな」
騙されずに済んだのなら、それでいいと柊はほっとした。
「なにせうちには元プロのヒイラギ師匠がいますからね」
「なんだよそれ」
元プロかあ、と柊は思う。
元どころか、プロの卵にすら引っかからなかった。
でも、サッカーを好きな自分の当たり前のスキルが誰かの役に立ったのなら、自分がサッカーをやってきたことは無駄じゃなかったんだ、と思いたかった。
「でさ、うちらのデザインだけど早く決めとかないと」
「そうだね、試験前になったら部活禁止だし」
「あ、そっか。そういやそうじゃん」
柊も言われてその事に気づく。
部活をやっていない時は気にもしなかったが、文化祭の前に部活禁止となると作品を作る時間も限られる。
「えっ、じゃあ文化祭の前って、二週間潰れるのか?」
驚く柊に、部員らは頷く。
「そう。試験前の部活禁止と、試験週間。十月は前半、ほぼ無理」
「うわー、俺、なんか作れるのか?」
すると部員らが呆れて言った。
「調子乗ってるなヒイラギ」
「おぬし、まだ入部して二週間程度しかたっておらぬのに」
「デッサンもろくにできないのに作品とな?」
「頑張ってるからいいじゃん。デッサンを展示するし」
すると美術部の面々は目を見張った。
「わかる?このド素人の強心臓」
「せめてなんか形につくろうとか思わないのがすごい」
「ラフデッサンですらないものを張り出す度胸。そゆとこ一軍」
次々に美術部員に言われ、柊は返した。
「俺選択すら美術じゃないんだぞ。描けるだけ大したもんです」
「出たよ自画自賛」
「さすが陽キャは肯定力半端ない」
「見習いたいその強さ」
「ほっとけ!いいんだよ俺は美術部のオマケなんだから」
ふんと拗ねる柊に、りおが笑い、美術部員もどっと笑い、その日はお開きになった。
約束した時間より早めに柊はマックに来ていた。
どうせ部員連中は気まぐれに遅れてくるんだろうなと怒る気もなく呑気に待つつもりだった。
すると、コンコンとマックの窓を叩く人がいた。
顔をあげるとりおで、柊は笑顔を見せた。
手を振るとりおはすぐにマックに入って来て、柊の向かいに腰をおろす。
「早いねヒイラギ君。私が一番だと思ったのに」
「サッカー選手の時間概念を舐めるなよ。めっちゃ早く来るわ」
「そういえばユニ」
「そっ、今日の俺はセリエAだぜ」
自慢げに柊が胸を張るも、りおはきょとんとして首をかしげている。
「セリア?」
「いやそれ百均。ちげーって、イタリアのリーグの事をセリエAって言うの」
面白くて柊が笑うと、りおも「そうなんだ!」と驚く。
太い黒と白の縦ラインに、シンプルなデザインのエンブレムはイタリアの名門、ユベントスのユニフォームだ。
どのユニフォームにするかさんざん悩みまくって、結果、特にお気に入りで大事にしていたユニフォームを出して来たのだ。
「イタリアかあ。ユニフォームって本当にかっこいいね」
「俺は?」
「かっこいいよー」
「なんかテキトー」
「ちゃんとかっこいいって」
あ、とりおが可愛い紙袋を柊に渡す。
「あとこれ。キャップありがとう。ごめんね忘れてて」
「気にすんなよ。俺も忘れてたし」
キャップの入っている紙袋を受け取ると、キャップだけじゃない重さがある。
あれ?と思って中を見ると、ボディシートが入っていた。
「本当はね、キャップ、洗って返したかったんだけど洗ったら型崩れしちゃうかもだし。でももし匂いとかついてたら申し訳ないなって思って。ファブリーズとかも考えたんだけど、ひょっとしたら色が変わるかもって考えたらなにもできなくて」
気を使うりおに柊は驚く。
「そんなん気にするなよ。逆にぜってー俺のが汗臭いって」
「ううん!キャップすごくいいにおいがして……」
そこでりおは、はっと気が付いて「ご、ごめん!」と慌てて謝った。
「あ、あのね、わざわざヒイラギ君のにおいかいだわけじゃなくて、ひょっとしてあたしの汗臭いのとか移ったらどうしようとか心配になってにおい嗅いだだけなの、ごめんなさい」
「お、おう」
そういう事かと柊はちょっと焦った。
「そ、そう、それでね、この前の試合の時に、ヒイラギ君ボディシート使ってたでしょ。だから、もし臭かったらそれでその、キャップ拭いてもらったらいいのかなって思って。あのね、本当は使ってるのと同じのにしようと思ったの。でもわかんないから、店員さんに、その、聞いて。そしたらそれが人気あるって……」
中を見ると、シトラスの香りのメンズシートが入っていた。
「うっそ、これ俺のお気に入りのやつだよ」
「本当?」
「マジ。試合の時とかはメントール系だけど、フツーに学校とかだと時々強すぎるんだよな」
「そうなんだ。じゃあ、良かった」
「気を使わせた。わりーな」
「ううん。私も、その、カップ嬉しかったし」
そういってりおはスマホをタップした。
「気が付いた?アイコン変えたんだ」
りおが見せたPINEのアイコンが、カラーチェンジカップに変わっていてた。
「ヒイラギ君がくれたやつ。あのね、水色に変わったの。一番欲しかった色だったの!」
嬉しそうにそう言うりおの笑顔がまぶしくて、柊は目を細めて笑った。
「そっか、良かったな」
「うん!すごく嬉しい!ストローのクマもついてたでしょ!それもすっごく可愛くてね」
「そっか」
にこにこと輝く笑顔で笑うりおに、ずっとこうして居られたらいいのにな、と柊が思った時だった。
時間よりやや遅れて、ぞろぞろと美術部員がそろって現れた。
そのうちの何人かはこの前買ったユニフォームを着ていた。
「お待たせしましたでございますう、ヒイラギ師匠、やや、それはもしや!」
「見たか、かっこいいだろ」
ふふんと柊は胸を張る。
「馬狼!王者!まさにブルロが現実に!強キャラがすぎますぞ!」
「いやーサッカーでは一軍は間違いないわ」
感激する美術部員に、柊は自慢げにユニフォームを見せびらかしたのだった。
勉強会と言いながら、実際はそこまででもなく、文化祭のお揃いTシャツの話題になった。
「あ、そういえばヒイラギ師匠、実はユニのことなんだけど、別の学校のワイの友達も騙されかけてたよ」
「まじか。止められた?」
「ヒイラギ師匠の言う事をさも自分が知ってるかのように言ってやりました」
「なんだそれは!」
「最終的にはバレましたが、めちゃ感謝されました。クラスマッチで買おうとか考えてたそうで」
「じゃあ間に合ったのか。良かったな」
騙されずに済んだのなら、それでいいと柊はほっとした。
「なにせうちには元プロのヒイラギ師匠がいますからね」
「なんだよそれ」
元プロかあ、と柊は思う。
元どころか、プロの卵にすら引っかからなかった。
でも、サッカーを好きな自分の当たり前のスキルが誰かの役に立ったのなら、自分がサッカーをやってきたことは無駄じゃなかったんだ、と思いたかった。
「でさ、うちらのデザインだけど早く決めとかないと」
「そうだね、試験前になったら部活禁止だし」
「あ、そっか。そういやそうじゃん」
柊も言われてその事に気づく。
部活をやっていない時は気にもしなかったが、文化祭の前に部活禁止となると作品を作る時間も限られる。
「えっ、じゃあ文化祭の前って、二週間潰れるのか?」
驚く柊に、部員らは頷く。
「そう。試験前の部活禁止と、試験週間。十月は前半、ほぼ無理」
「うわー、俺、なんか作れるのか?」
すると部員らが呆れて言った。
「調子乗ってるなヒイラギ」
「おぬし、まだ入部して二週間程度しかたっておらぬのに」
「デッサンもろくにできないのに作品とな?」
「頑張ってるからいいじゃん。デッサンを展示するし」
すると美術部の面々は目を見張った。
「わかる?このド素人の強心臓」
「せめてなんか形につくろうとか思わないのがすごい」
「ラフデッサンですらないものを張り出す度胸。そゆとこ一軍」
次々に美術部員に言われ、柊は返した。
「俺選択すら美術じゃないんだぞ。描けるだけ大したもんです」
「出たよ自画自賛」
「さすが陽キャは肯定力半端ない」
「見習いたいその強さ」
「ほっとけ!いいんだよ俺は美術部のオマケなんだから」
ふんと拗ねる柊に、りおが笑い、美術部員もどっと笑い、その日はお開きになった。
