暫くして、教室内がざわざわとしはじめ、誰かが来た気配があった。
いつものように部員の女子達が楽しそうにお喋りを初めて、絵を描いたり、デッサンをしたり。
その中で、筆を走らせる音が聞こえた。
(りおだ)
聞きなれたりおのリズムが、柊の耳に届く。
ざっざっざ、と筆を走らせるその音が心地よい。
少しずつりおの絵は出来上がっていて、絵の具が重ねられる様子は柊には新鮮だった。
今日はどのくらい進んでいるのかな、と覗き込むのも楽しみになっていて。
人のざわめきが心地よくて、柊はずっとその音を聞いていたいと思った。
「―――――くん、ヒイラギくん。起きて」
ゆさゆさと揺らされて、柊ははっと顔を上げた。
いつの間にか机に突っ伏して眠っていたらしい。
「ヒイラギ君、部活終わるよ」
りおにゆすられて、柊はがばっと起き上った。
「うわ!もうこんな時間?」
いつの間にかもう部活が終わる時間になっていて、柊は慌てた。
「よく寝てたよヒイラギ殿」
あきれ顔のりおに「まじかあ」と頭をかいた。
近くに居た部員らもうんうんと頷く。
「スヤァ……の呼吸だった」
「なんだその呼吸は」
相変わらずオタクの面々は変な事を言うが、それにしてもこの時間とはさすがにない。
「なんで起こしてくんなかったんだよ」
「べつに起こす必要もないし」
「そうそう、スヤァの呼吸では手が出ませぬ」
「どうせ画伯の絵は下手だし」
「ひでえ」
突っ込む柊に、部員たちが爆笑する。
「ま、別にいいんじゃないの。文化祭まで時間あるしなんとかなるでしょ」
「そうそう、それよりさ、ヒイラギ君サッカーのことどうなったん?」
部員に尋ねられ、あ、そっかと思い出す。
「明後日の二十日に試合あるからさ、見たい人適当に運動公園に来ていいって」
ヨータの兄が参加している趣味のサッカーチームの試合が、明後日に行われるのだが、そこなら無料だし誰が見に来ても良い事になっていた。
「ヒイラギ君ってさ、ユニフォームも詳しいんでしょ?私、実は推しキャラのユニが欲しいんだけどどこかわからんくて」
「ブルロだろ?判ると思う。マジで買うの?」
柊が質問すると女子生徒が頷いた。
「買う。ユニフォームは本物が欲しかったから、お金も用意したし」
「まじかよすげーな。じゃあ試合の後とか案内するわ」
柊が言うと、ふとりおと目が合った。
「りおも来るだろ?」
「―――――うん!予定があったけど、こっち優先するって言ったから!」
「そっか!じゃあ試合の後に、ユニ見に行こうぜ」
柊が言うと、全員が湧きたった。
「やった!これで本物が手に入るぞ!」
「推しキャラと同じのが手に入るのはマジ嬉しい」
「詳しい人が居てよかった」
褒められて悪い気はせず、柊は照れて笑ってしまっていた。
九月二十日
十一年ぶりだという長い連休が始まり、総合運動公園は賑やかだ。
秋に入っても日差しを邪魔するものがないフィールドは熱気をそのまま照り返し、美術部員らは試合前だというのにすでにぐったりとしていた。
「元気すぎる……これが陽キャの世界」
「やばいもう無理そう。属性が違い過ぎる」
「所詮われらは闇属性」
「なに言ってんだよお前ら。サッカーの試合見たいって言ってただろ」
呆れる柊だが、美術部員は早速木陰へと移動した。
「我々はこっちでいいです」
「大人しく座ってます」
「所詮光にはわからぬ苦しみ」
「あー、もー……」
呆れる柊だったが、仕方ないかと肩を落としていると、運動公園のロータリーに路線バスが到着した。
ぞろぞろとバスから人が降りてきたが、相変わらず目立つ黒縁メガネのりおの姿が見え、柊は手を振った。
「おーい!りお!こっち!」
大声を上げると気づいたりおが笑顔になり、頷いて手を振る。
たたっと小走りで駆け寄ってきて、息をきらせてぺこりと頭を下げた。
「今日はよろしくお願いします!」
りおの私服姿を見るのは初めてで、柊は目を丸くした。
ロゴ入りのTシャツに赤系統の薄手のチェックシャツをだぶっと羽織り、ストレートのデニムパンツをはいている。
足元はスニーカーで、手にはトートバッグを持っていた。
かなりさっぱりしたスタイルだったけれど、りおにはよく似合っている。
「ね、コートってあれ?いまから試合?」
りおに尋ねられ、柊は慌てて頷く。
「そう。人工芝のほうで、ヨータの兄貴のチームがあの青いユニフォーム」
「みんな本物のサッカー選手みたい」
「元、の人もいるよ」
「凄い!本物の人みるの初めて!」
目を輝かせて感激するりおに、柊は面白くて笑った。
その様子を見ていたヨータが近づいて来た。
「お、紺野じゃん。おつかれ!」
「こんにちは!ヨータ君も今日は試合に出るの?」
「後から遊びのにちょっとだけな。こいつも出るよ」
「えっ、本当?」
驚くりおに、柊は肩をすくめた。
「マジでちょっとしか出ないよ」
「すごい!え、めちゃくちゃ楽しみ!」
喜ぶりおの様子に、ヨータが柊をどんっと小突く。
なんだよ、と柊もぶつかり返すとヨータがまたぶつかってきたのでなんだかお互いにどんどんぶつかっていると木陰に居た美術部員が声をかけてきた。
「ヒイラギどの、試合の動画撮影はOKなんかな?なんなら文化祭の作品に使うかもだし」
「あ、それ全然OKだって。むしろ描いてくれるならデータくれってさ」
「まじで。撮影許可あざす!」
そういって美術部員らはそれぞれ、自分のスマホでいろんなものを撮り始めた。
試合開始となり、りおと柊はコートの傍のベンチに腰を下ろして試合を観戦した。
試合は前半後半で四十五分ずつ、途中で休憩が十五分入る、つまり二時間近くある。
サッカーに興味がないと思っていたが、りおはずっと楽しそうで、ぶつかったり、ゴールが決まったりするとおおっ、とかわあっと声を上げた。
試合はヨータの兄のチームの勝利で、結果は2-0、快勝だった。
「じゃあ、十五分後にまた再開しまーす」
「ういー」
柊は立ち上がると、ビブスをつけ、スパイクに履き替えた。
「よっし、じゃあゴール移動させるか」
「ヒイラギ君?いまから試合するの?」
「そう。十五分ハーフで、コート半分使うの。ミニゲームだから遊びみたいなもんだけど」
「すごい!がんばれ!」
まっすぐにりおに応援され、柊は照れながら頷くと、隣に立っていたヨータが柊の頭を指さした。
「シュウ、お前キャップつけたまんま」
「あ、ホントだ」
馴染みすぎてすっかり忘れていたお気に入りの黒いキャップを、柊は外すとりおの頭にぽんと乗せた。
「きゃっ」
「預かっといて。それマジでお気に入りのヤツだから」
柊が言うと、りおは頭にのっけられた、りおには大き目のキャップに驚きながらも、「うん!まかせて!」と満面の笑顔を見せた。
その様子にヨータがまたどんっと柊にぶつかってきて、柊もまたぶつかり返した。
「こらそこ、試合でもないのにバトルすな」
「おまえらDFじゃねえだろ」
ヨータの兄らの突っ込みにヨータが答えた。
「くちばくんがぼくにいじわるしまーす、あたりがつよいでーす、カード出してくださーい」
「カード要求はカード出るはずでーす」
言い返す柊に、選手らがどっと笑った。
いつものように部員の女子達が楽しそうにお喋りを初めて、絵を描いたり、デッサンをしたり。
その中で、筆を走らせる音が聞こえた。
(りおだ)
聞きなれたりおのリズムが、柊の耳に届く。
ざっざっざ、と筆を走らせるその音が心地よい。
少しずつりおの絵は出来上がっていて、絵の具が重ねられる様子は柊には新鮮だった。
今日はどのくらい進んでいるのかな、と覗き込むのも楽しみになっていて。
人のざわめきが心地よくて、柊はずっとその音を聞いていたいと思った。
「―――――くん、ヒイラギくん。起きて」
ゆさゆさと揺らされて、柊ははっと顔を上げた。
いつの間にか机に突っ伏して眠っていたらしい。
「ヒイラギ君、部活終わるよ」
りおにゆすられて、柊はがばっと起き上った。
「うわ!もうこんな時間?」
いつの間にかもう部活が終わる時間になっていて、柊は慌てた。
「よく寝てたよヒイラギ殿」
あきれ顔のりおに「まじかあ」と頭をかいた。
近くに居た部員らもうんうんと頷く。
「スヤァ……の呼吸だった」
「なんだその呼吸は」
相変わらずオタクの面々は変な事を言うが、それにしてもこの時間とはさすがにない。
「なんで起こしてくんなかったんだよ」
「べつに起こす必要もないし」
「そうそう、スヤァの呼吸では手が出ませぬ」
「どうせ画伯の絵は下手だし」
「ひでえ」
突っ込む柊に、部員たちが爆笑する。
「ま、別にいいんじゃないの。文化祭まで時間あるしなんとかなるでしょ」
「そうそう、それよりさ、ヒイラギ君サッカーのことどうなったん?」
部員に尋ねられ、あ、そっかと思い出す。
「明後日の二十日に試合あるからさ、見たい人適当に運動公園に来ていいって」
ヨータの兄が参加している趣味のサッカーチームの試合が、明後日に行われるのだが、そこなら無料だし誰が見に来ても良い事になっていた。
「ヒイラギ君ってさ、ユニフォームも詳しいんでしょ?私、実は推しキャラのユニが欲しいんだけどどこかわからんくて」
「ブルロだろ?判ると思う。マジで買うの?」
柊が質問すると女子生徒が頷いた。
「買う。ユニフォームは本物が欲しかったから、お金も用意したし」
「まじかよすげーな。じゃあ試合の後とか案内するわ」
柊が言うと、ふとりおと目が合った。
「りおも来るだろ?」
「―――――うん!予定があったけど、こっち優先するって言ったから!」
「そっか!じゃあ試合の後に、ユニ見に行こうぜ」
柊が言うと、全員が湧きたった。
「やった!これで本物が手に入るぞ!」
「推しキャラと同じのが手に入るのはマジ嬉しい」
「詳しい人が居てよかった」
褒められて悪い気はせず、柊は照れて笑ってしまっていた。
九月二十日
十一年ぶりだという長い連休が始まり、総合運動公園は賑やかだ。
秋に入っても日差しを邪魔するものがないフィールドは熱気をそのまま照り返し、美術部員らは試合前だというのにすでにぐったりとしていた。
「元気すぎる……これが陽キャの世界」
「やばいもう無理そう。属性が違い過ぎる」
「所詮われらは闇属性」
「なに言ってんだよお前ら。サッカーの試合見たいって言ってただろ」
呆れる柊だが、美術部員は早速木陰へと移動した。
「我々はこっちでいいです」
「大人しく座ってます」
「所詮光にはわからぬ苦しみ」
「あー、もー……」
呆れる柊だったが、仕方ないかと肩を落としていると、運動公園のロータリーに路線バスが到着した。
ぞろぞろとバスから人が降りてきたが、相変わらず目立つ黒縁メガネのりおの姿が見え、柊は手を振った。
「おーい!りお!こっち!」
大声を上げると気づいたりおが笑顔になり、頷いて手を振る。
たたっと小走りで駆け寄ってきて、息をきらせてぺこりと頭を下げた。
「今日はよろしくお願いします!」
りおの私服姿を見るのは初めてで、柊は目を丸くした。
ロゴ入りのTシャツに赤系統の薄手のチェックシャツをだぶっと羽織り、ストレートのデニムパンツをはいている。
足元はスニーカーで、手にはトートバッグを持っていた。
かなりさっぱりしたスタイルだったけれど、りおにはよく似合っている。
「ね、コートってあれ?いまから試合?」
りおに尋ねられ、柊は慌てて頷く。
「そう。人工芝のほうで、ヨータの兄貴のチームがあの青いユニフォーム」
「みんな本物のサッカー選手みたい」
「元、の人もいるよ」
「凄い!本物の人みるの初めて!」
目を輝かせて感激するりおに、柊は面白くて笑った。
その様子を見ていたヨータが近づいて来た。
「お、紺野じゃん。おつかれ!」
「こんにちは!ヨータ君も今日は試合に出るの?」
「後から遊びのにちょっとだけな。こいつも出るよ」
「えっ、本当?」
驚くりおに、柊は肩をすくめた。
「マジでちょっとしか出ないよ」
「すごい!え、めちゃくちゃ楽しみ!」
喜ぶりおの様子に、ヨータが柊をどんっと小突く。
なんだよ、と柊もぶつかり返すとヨータがまたぶつかってきたのでなんだかお互いにどんどんぶつかっていると木陰に居た美術部員が声をかけてきた。
「ヒイラギどの、試合の動画撮影はOKなんかな?なんなら文化祭の作品に使うかもだし」
「あ、それ全然OKだって。むしろ描いてくれるならデータくれってさ」
「まじで。撮影許可あざす!」
そういって美術部員らはそれぞれ、自分のスマホでいろんなものを撮り始めた。
試合開始となり、りおと柊はコートの傍のベンチに腰を下ろして試合を観戦した。
試合は前半後半で四十五分ずつ、途中で休憩が十五分入る、つまり二時間近くある。
サッカーに興味がないと思っていたが、りおはずっと楽しそうで、ぶつかったり、ゴールが決まったりするとおおっ、とかわあっと声を上げた。
試合はヨータの兄のチームの勝利で、結果は2-0、快勝だった。
「じゃあ、十五分後にまた再開しまーす」
「ういー」
柊は立ち上がると、ビブスをつけ、スパイクに履き替えた。
「よっし、じゃあゴール移動させるか」
「ヒイラギ君?いまから試合するの?」
「そう。十五分ハーフで、コート半分使うの。ミニゲームだから遊びみたいなもんだけど」
「すごい!がんばれ!」
まっすぐにりおに応援され、柊は照れながら頷くと、隣に立っていたヨータが柊の頭を指さした。
「シュウ、お前キャップつけたまんま」
「あ、ホントだ」
馴染みすぎてすっかり忘れていたお気に入りの黒いキャップを、柊は外すとりおの頭にぽんと乗せた。
「きゃっ」
「預かっといて。それマジでお気に入りのヤツだから」
柊が言うと、りおは頭にのっけられた、りおには大き目のキャップに驚きながらも、「うん!まかせて!」と満面の笑顔を見せた。
その様子にヨータがまたどんっと柊にぶつかってきて、柊もまたぶつかり返した。
「こらそこ、試合でもないのにバトルすな」
「おまえらDFじゃねえだろ」
ヨータの兄らの突っ込みにヨータが答えた。
「くちばくんがぼくにいじわるしまーす、あたりがつよいでーす、カード出してくださーい」
「カード要求はカード出るはずでーす」
言い返す柊に、選手らがどっと笑った。
