イケメンを観察していたら好きになってしまいました

「何してるのかなー。坂本君」

 うわわわわわわ……。

 杉浦が冷ややかに俺に近づいてくる。
 恐怖のあまり手にしていたノートがこぼれ落ちる。
 しまった!
 咄嗟に手を伸ばすが、リーチがわずかに足りなかった。ノートはあろうことが杉浦の手に渡ってしまった。
 静まり返った校舎に、パラパラとノートをめくる音がする。
「顔がいい。背が高い。頭がいい。運動もできる。女子にモテる。友達が多い。陽キャ…。何このノート。杉浦観察記録?俺の自由研究でもしてんの?」
「あ…あーっと。それは、えっと…」
「説明してくれるかな、坂本…君」
 美しい顔がにこやかに口角を上げた。だが、目は笑っていない。
 俺は真冬でもないのにブルッと身震いするのだった。


⭐︎


時間を遡ること2週間前。
俺には年子の妹がいる。可愛い俺の妹。
妹の美咲(みさき)が恋をした。
「杉浦先輩。マジかっこいい〜。惚れちゃう〜」
 夕食を片付けていると美咲が俺のところへやってきた。両手を祈るように重ね、キラキラした瞳と声色を変えて語りだす。
 杉浦 流星(すぎうら りゅうせい)。学校内でトップクラスのイケメンだ。
「はいはいはいはい」
「ちょっと〜。ちゃんと私の話きいてる〜?お兄、今年杉浦先輩と同じクラスでしょ。毎日あの杉浦先輩と同じ教室で顔合わせて同じ空気吸って一日過ごせるなんで羨ましい〜」
「そうかぁ?まあ、確かに顔はいいよな」
「あとあと。めっちゃ優しいんだって。先輩。あと誠実。この前友達が告ったんだけどね、『ありがとう。でも今は誰とも付き合うつもりはないんだ』って。キャー。素敵〜」
「ちょっと理解できない世界だけど。そんな完璧な人間なんていないんじゃないか⁉︎」
「もうっ。お兄サイテー」
「そんな事言うなら俺があいつの(あら)、探してやるよ。どっかしらなんかしら叩いたら出てくるだろ」
 完璧な人間なんでいない。
 お兄ちゃんが杉浦の粗を探してやる。
 可愛い妹がイケメンホイホイに引っかかる姿を膝を抱えてみている兄ではない。
 2度とあの日のような悲しい思いをさせるわけにはいかないのだ。
 そうして俺は杉浦の粗を探し始めた。


⭐︎

 この2週間、学校という限られた空間の中、杉浦の粗は未だ見つかっていない。
 驚くほどに聖人君子という言葉の似合う青年である。
 だが2週間と1日にして、初めてとも言える彼の素顔を目の当たりにした。
 もしかしたらキレたら『ところ構わず』なタイプなのだろうか。それはそれでありがたい。痛い思いはしたくないけど。
 これはスクープかもしれない。いますぐペンを取りたい。ああ、ダメだ。ノートは本人が持っている。

「で、これはどーゆーことかな」
「えっと…。観察記録…です」
「誰の?」
「す。杉浦…の」
「何で俺?」
 本当のことを言うわけにはいかない。美咲を守るためにも相手が納得するような理由を考えるのだ。
 俺は神経を尖らせ、思考を巡らせた。
「じ、実はだな。その…。俺もお前みたいに女の子にモテたくてだなぁ…。杉浦ビジュだけじゃなくて中身もイケメンだろ。だから…その…勉強?」
「へぇ〜。坂本、俺の事好きなの?」
「すっ……っきじゃねぇよ。あ、憧れだ!そうそう。憧れ。うん憧れてんの」
ーーーーなんだ。……のか。
 一瞬、何かを囁かれた気がしたのだが、うまく聞き取れなかった。
 俺、上手く誤魔化せたのだろうか。
 杉浦はまたノートを手に取り、今度はじっくりと読んでいた。
「坂本。全然俺の事わかってないな。坂本から見た俺ってこんなペラペラなんだな」
「え…っと…」
 杉浦が迫ってくる。
 え、え、な、何⁉︎
 俺はずりずりと下がり、もうこれ以上下がれない所で止まった。かつてない至近距離に、杉浦の顔。ち、近い…。
「俺の事、知りたいんだろ。だったら、1番近くで俺を見てろよ」
 ええええーっ!
 俺、一体どうなっちゃうんだろう。

 こうして俺は杉浦の、一軍グループ達と行動を共にするようになったのだった。
 杉浦が、実は嫌なやつだと証明するために。
 美咲の目を覚ますために。


 ⭐︎

「お兄!ちょっとどーなってるの?いつから杉浦先輩と仲良くなったのよ〜」
 とびきり目立つ一軍に、迷子のヒヨコが紛れるようになって数日。
 この状況を1番受け入れていないのは他でもなく自分だ。
 そして何故か楽しそうにしている杉浦をはじめとする一軍メンバー達。
「…杉浦のダメなとこ探してるうちに…何故か今に至る」
「はああ?全然わっかんないんだけど。先輩のダメなとこなんて見つかるの?」
「…見つからない。今の所…。美咲に現実を見せてやれん。俺、何やってんだろうか。一軍に自分がいるなんて…何かの夢かもしれん」
「シスコン」
 冷ややかな目で美咲が俺を見ていた。
 ふん。何とでも言えばいい。
 最終的に感謝されるのは俺だ。



「坂本、おはー」
 今日も新たな一日が始まろうとしていた。
 後方から一軍メンバーの1人、長谷川がやってきた。長谷川はスキンシップが多い。いきなり腕を肩に回してくる。いいやつだが、距離感がおかしい。
「今日も素晴らしい朝だなぁ。はっはっは」
 そしてとんでもなく元気なやつだった。
「素晴らしい朝って…。めっちゃ曇ってるじゃん…。午後から雨だって予報で言ってた」
「大丈夫だ!俺は雨も好きだからなー」
 長谷川にしてみたら天気などさほど意味をなさないのだろう。
「長谷川、腕。どけてくれないか」
 目立って仕方ない。伝えようとした矢先、現れた杉浦がひょいと長谷川の手を掴み払ってくれた。
「おはよう。坂本」
「おは…よう」
 杉浦はあの日から気づくと俺の右横にいるようになった。
 長谷川や、他のメンバーと俺が気まずくならないようにアシストしてくれる。
『嫌な思いしたら何でも1番に俺に言うこと』
 自分の観察記録なんてされて、嫌な思いをしているのは杉浦だろうに、なんて懐のでかいやつなんだと感心した。
『俺の事は自由に観察して。触りたければ触っていいから。その代わり、たまにそのノート…俺に見せてよ。坂本が俺の事どれくらい知ってくれたか、俺も知りたいから』
 俺には選択肢などないと思っていたから全て首は縦に振るようにした。
「よ」
 長谷川に続いて登校してきた桜木。知的なイケメンである。
「よ」「はよー」「お、おはよう」
 遅れないように他の2人に続いて挨拶をした。
「杉浦、昨日、また告られたらしいじゃん」
「まあ…」
 告白といえばーーーー。
 俺は頻繁に告白を受けている杉浦をやはり観察したのだが…観察しているうちに違和感を覚えるようになった。
『ありがとう、気持ちは嬉しいけど、今は誰とも付き合うつもりはないんだ』
『ありがとうございました』
 これが大体。ほぼ高確率でやり取りされる。
 女の子達のほとんどが、あっさり身を引く。
 声のトーンも明るい。
 何だこの茶番は…。
 振られても涙ひとつ流す子はいなかった。
「キャー、素敵〜」
 まるで青春ごっこでもするかのような。
 ふつふつと俺の奥深くから怒りのような感情が湧くようになっていった。

⭐︎

「たいていの女子は杉浦の顔しか見てない」
「でた、杉浦のストーカー」
「だって。あんなの。告白っていうか、ただの思い出作りじゃん。あの子達本当に杉浦と付き合いたいんじゃないんだよ」
「わあ、強火」
 長谷川と桜木には杉浦からどんな説明を受けているかわからないが、俺はそういう認識らしい。
 杉浦担。
 まあ、何だっていい。この距離で杉浦のそばにいれるなら。
 それにしても、だ。
「だって。マジで杉浦の顔しか見てねーし。話したこともないのにあいつの何が分かるんだよ。
だったら俺の顔が杉浦でもいいってことじゃん」
 割といい事を言ったつもりだったのに、
「いやー、坂本は…どうだろか。華奢すぎで合わんだろ。この体格で顔が杉浦とかねーだろ」
「確かに。中身だけ入れ替わるパターンならありかもしんねーけど」
「俺たち〜。入れ替わってる〜。てか」
「おい…。好き勝手言いやがって」
 好き勝手な2人にプンスカ怒っていると杉浦がポンと俺の頭を撫でた。
「サンキュ、坂本」
「お、俺は別に…。思った事言っただけで。お前の事何も知らないのにって」
 俺は今、1番近くで杉浦を見る権利を与えられている。
 こいつがいい奴なのは俺が1番知っている。
 
 俺は今日も書き記す。

 杉浦は、多分だけど分かっている。自分が搾取されていることに気づいている。気づいた上で、わざと告白イベントに付き合ってあげている気がする。
 あいつの心だっていくらかすり減るだろうに。