夏休みにはロマンスのヒロイン?

 長かった夏期講習も、今日でとうとう終わってしまった。
 後期もずっと誠大(まさひろ)と通い、勉強をみてもらってたけど、それももうおしまいなんだ。
 同じ学校なんだし、会えなくなるわけじゃねーけど、こんな風に並んで電車を待つのは、きっとこれが最後だろう。

「終わっちゃったね、夏期講習」

 誠大がぽつりといった。

「そうだな。夏休みももう終わっちまうし、勉強ばっかで夏らしいこと、なんにも出来なかったな」

 オレが答えると、誠大はなぜか満足げに、でもちょっと寂しげに笑う。

「楽しかったよ、俺は。すごく楽しかった」

 アナウンスが流れ、ホームに電車が入ってくる。
 このまま乗って、駅に着いたらお別れだ。
 どうする? またなんか食いに行く? それとも……。

「あのさ、ちょっと買い物付き合ってくんね?」

 電車に乗り込み、声をかけると誠大はすぐに承諾してくれた。

「いいけど、どこ行くの?」
「えーと……」

 何も考えてなかったオレは、ドア上に表示された次の停車駅をそのまま答える。

 久々に降りた駅は、夕方ということもあり相変わらず人だらけで余計蒸むし暑かった。

「それで、どこ行くの?」
「……適当にぶらぶら?」
「買い物っていわなかった?」
「……欲しいものあったら買う」

 駅の南側には、デートスポットにもなってる大きな公園があるけど、これは別にデートじゃねーからそっちへは行かず、お店の多い北側を、いったとおりぶらぶらする。

 猫グッズをたくさん売ってる店で猫の顔型のピアスを見ながら、「買わないの?」「うーん、やっぱいいや」みたいなやり取りしてるのとか、若干デートっぽい気がしなくもねーけど、断じて違う。
 ティースタンドで買ったミルクティーを一口あげて、代わりにフルーツティーを一口飲ませてもらったのも、若干 (以下略) 。

 八月の終わりともなれば、日の入りもだいぶ早くなり、店をいくつか覗いただけで、辺りは完全な夜になっちまった。

「もう帰らないとだよな」
「そうだね。あ、でも、ちょっと待ってて」

 駅へ戻る途中、急に誠大がひとりでどこか行きたがったから、トイレかと思い待ってると、誰かがオレに声をかけてきた。

「ひとり?」

 ここではちょっと場違いな気もする、見るからにタチの悪そうなヤンキーだ。
 オレがいつものヤンキースタイルだったら、因縁つけてんのかもしんねーけど、今は見た目女子だから、十中八九ナンパだろう。
 めんどくせー。

「違う。人待ってる」
「そんなのほっといて一緒に遊ぼうぜ」

 ああ、困った。
 コイツじゃ誠大が顔で脅しても効果なさそうだよな。
 オレがなんとかしねーと。

「オレ、男だけど」
「嘘だろ! 触って確かめていい?」
「は?」
「いいよな、男なら。いろいろ触っても」

 本当に触ろうとしてきた男の腕を、何者かがバッと掴んだ。

「俺の連れに何してる」

 殺気を孕んだ低い声。

「誠大!」

 期待を込めて見上げた先にあるのは、あの凶悪な目付きの強面ではなく、肩でゼエゼエ息をしてる、メガネの優等生だ。

「なんだてめぇ、ガリ勉くんはすっこんでな」

 男は誠大の手を振り払おうとしたが払えず、一体何が起きたのか、その身はいきなり宙を舞い、気付くと地べたに転がっていた。

「え? 何?」

 驚くオレの腕を取り、誠大は走り出す。
 人ごみを縫うように駅まで戻り、改札口でようやく足を止めた。

「あっちぃ、疲れた。つーか、さっきの何? 柔道?」

 興奮を抑えきれず荒い息のまま尋ねると、向こうも息を整える合間に「合気道」と返してきた。

「かっけー! 顔で脅さなくても、めっちゃ強いんじゃん」

 誉め言葉に驕りも照れもせず、誠大は真顔でじっとオレを見つめてくる。

「ひとりにしてゴメン。何もされてない?」
「大丈夫」
「良かった」

 ホッと息をついたあとこぼれた笑みに、ずっとドキドキしていた胸が、今日一高鳴った。
 なんでだ?

 そわそわ落ち着かないまま乗り込んだ電車はかなり混んでいたが、ひとつだけ空いてた席に、誠大はオレを座らせてくれた。

 吊革に掴まり目の前に立つ彼をチラッと見上げると、依然真剣な顔付きで何か考えているようだ。
 降りる駅に着いても、なぜか降りようとしない。

「降りねーの?」
「今日は家まで送らせて」

 有無をいわせぬ雰囲気に、オレはただ頷く。

 いつもの道に誠大がいるのは不思議だ。
 普段からあまりお喋りなヤツじゃねーけど、今夜はさらに口数が少なく、ちょっと気まずいが、不思議と安心感もある。

 ただ、うちは本当に駅から近いから、あっという間に着いてしまった。

「あ、うち、そこだから。送ってくれてありが──」
「夏休みが終わってからも、君と一緒に出かけたりしたい」

 人気がないとはいえ往来で、いきなり捲し立てられ、オレはびっくりして誠大を見上げた。
 メガネはかけたままだけど、鋭い眼光に射貫かれ、オレは動けなくなる。

「こんなこというなんておかしいと思うかもしれないけど、俺、君のこと、恋愛対象として好きだ」

 え? 何? 好き? オレを? 恋愛対象として?

 いわれた言葉を理解した瞬間、オレは息をするのを忘れた。

 目頭がめちゃくちゃ熱くなって、胸いっぱいに広がったのは、間違いなく喜びだ。

 嬉しい、すごく嬉しい。

 だってオレも、オレも誠大のこと──。

 自分の想いに気付いた瞬間、別のことにも気付いちまった。

 いや、待て。
 オレ、男だぞ。
 男が男を好きとか、変じゃねーか?

 そもそも誠大は、オレのこと、女だと思ってるんだよな?
 だからオレのこと、好きっていってくれたんじゃ?

「ゴメン」

 涙と一緒にこぼれたのは謝罪の言葉だった。

 女のふりして騙してゴメン。

 でも、それを謝ることは出来なくて──

「オレ、いや、わたし、誠大とはもう会えない。送ってくれてありがとう。それじゃあ」

 一気にそれだけいうと、オレは家に逃げ帰った。