夏休みにはロマンスのヒロイン?

 結論からいうと、ずっと一緒ではなかった。
 同じ名門校に通ってるとはいえ、学年一位と赤点とるようなバカが、同じ授業を受けるわけがねーっつう当たり前な話だ。

 服装の規定がユルいって理由で学校選んだの、無謀だったか?

 念のため、また女子っぽく見える格好してきたけど、必要なかったかもと思うくらい、今日はアイツに会わなかった。

 ただ、この格好だと、一緒に講習受けてる他校の女子たちが気軽に話しかけてきて、連絡先教えてくれるから、まあいっか。
 せっかくの夏休み。
 可愛い女の子と仲良くなりてーと思うのは、男子高校生の健全な本能だし。

 すべての授業が終わった十七時半過ぎ、オレはまっすぐ家には帰らず、学校がある駅で途中下車した。
 駅チカの大きな本屋で参考書でも買おうかと、キョロキョロ場所を探す。

 別に、授業が面白くてやる気が出たわけじゃねー。
 仲良くなった女子たちに学校名を正直にいったら頭がいいと誤解され、「わからないとこ教えてね」なんていわれちまったから仕方なく、だ。

 社交辞令的なもんだと思うけど、万一本当に聞かれて「わかりません」っつーのはカッコ悪ぃし、せめて次の日やる分くらい予習しとけば、なんとかなるだろう。

 とりあえず目についた英語の参考書を取ろうと手を伸ばしたが、棚の高いところにあって指の先しか届かない。

 くっそ、あとちょっとなのに。

 ぴょんぴょん飛び跳ねてたら、後ろからスッと手が伸びてきてオレが取りたかった参考書を取り、「どうぞ」と目の前に差し出してくれる。

「あ、ありがと──!」

 取ってくれた人を見て、オレはぎょっとした。
 市原(いちはら)じゃん。

「たまたまだよ、たまたま。ストーキングじゃなくて、乗換で降りる駅だから、ちょっと寄っただけで」

 オレが何かいう前に、慌てた様子でいいわけしてきた彼に、昨日の朝の迫力は微塵もない。

「あっそ。サンキュー」

 ひとまず礼をいい、参考書の値段を確認する。

「高っ」

 こんなの何冊も買ったら、オレのこづかい全部なくなる。
 親にいえば金くれると思うけど、真面目に勉強するようになったと思われるのも癪だし。

「うーん……」

 悩むオレに、まだそこにいた市原が声をかけてくる。

「わからないとこあるなら教えようか?」
「え? マジで?」

 思わぬ申し出に小躍りしそうになったが、すぐ我に返った。

「いや、でも、勉強のジャマになるだろう?」
「人に教えるのはいい復習になるから」

 どうする、オレ。
 コイツにはあまりいい印象ねーけど、頭がいいのは間違いねーし、昨日も今も助けてくれたんだから悪いヤツじゃねーだろう。

「じゃあ頼む。できれば今すぐ教えてください」

 市原は無茶を聞き入れてくれた。
 オレたちは本屋を出て、テーブル付きの椅子がある休憩スペースへ移動する。
 ここはいつ来ても人だらけだけど、並んで座れる場所が開いてたから、ちょうど良かった。

「それで、ほ……君のこと、なんて呼んだらいい? あ、俺はA組の市原誠大(まさひろ)」

 男らしい名前を羨ましく思いながら、オレは答える。

「理(り)央(お)」
「え?」

 学校では、「苗字で呼べ、名前で呼んだらブッ殺す」ってみんなにいってるから、ここはあえて逆でいこう。
 名前呼びなんて屈辱的だが、苗字の堀北(ほりきた)じゃオレを連想される恐れがあるし。

「理央って呼び捨てでいいよ。オ……わたしも誠大って呼ぶから。ダメ?」

 首をかしげて見つめると、思いきり目をそらされた。
 怒ったかと焦ったが、「いいけど」と答えが返ってきたから、別に怒ってるわけじゃねーのか?

「じゃあ、始めようか。わからないのはどこ?」
「えーと……全部?」
「わかった」

 誠大は呆れもせず、明日やる科目全てを丁寧にわかりやすく教えてくれる。 

「ああ、なるほど」

 感心しながらふと顔をあげ、オレは驚いた。

「げ、真っ暗じゃん」

 来たときはまだ明るかったのに、ガラス張りの壁の向こうには、街の明かりがきらめいている。

「うわ、もう二十時過ぎてる。そろそろ帰んねーと。遅くまでゴメン。すげー助かったけど、さすがに迷惑だったよな」
「いや。俺は別に平気だけど、帰りひとりで大丈夫?」
「は?」

 テキストを片付ける手が、思わず止まった。
 オレ、高一の男だぞ、って思ったけど、そっか、女だと思われてたんだ。

「大丈夫。あとふた駅だし、家も超近いから。夜は電車の痴漢もいないと思うし」
「待って。夜はって、朝は痴漢にあったの?」
「昨日な。今朝は気ぃ張ってたからか、あわなかったけど」

 答えを聞いた市原は左手でメガネをくいっと上げ、何やら真剣に考え込み始める。

「どした?」
「……明日から一緒に行かない? 俺がいれば、痴漢もこないかもしれないし」

 真顔で提案され、オレは驚いた。

「まあ、確かに。お前、メガネはずすと超怖ぇしな」
「やめて、それ、恥ずかしい」

 茶化すと、本気で照れてるのがなんか可愛く見える。

「うん。一緒に行こ」

 気付くとそう答えていて、自分でも愕然としたけど、訂正して断るのも面倒だ。
 オレたちは連絡先を交換し、改札内で別れた。