夏休みにはロマンスのヒロイン?

 朝からまぶしい太陽が世界を鮮やかに彩り、すべてが美しく輝いて見える高校生になって初めての夏休み、第一日目。
 熱い夏が始まる予感に、胸がざわめいたのも束の間、オレは、そんな世界に怨嗟の声を撒き散らし、何もかもブッ壊したい衝動にかられていた。

 何しろ、寝坊して慌てて着替えたせいで、制服のズボンの代わりに、寝間着代わりの紺のショートパンツをそのまま履いてきちまったし、いつもオールバックにキメてる栗色の髪も、寝起きのままショートボブみたくもっさりして、パッと見、完全に女子だ。

 理(り)央(お)なんて女みたいな名前で、背も小さいオレは、誰にも舐められないよう、中学からずっとヤンキースタイルでカッコよく武装してきたけど、それをちょっと解除しただけで、電車では痴漢にあい、駅を出てからも──

「いやぁ、君、可愛いよ。ホント可愛い。ね、これからどっか遊び行こう」

 ウザいナンパ野郎に絡まれるとか、本当に胸くそ悪い。

「すみません、夏期講習行かないといけないんで」

 すっぱり断ってもヤツはめげない。

「ええー、そんなの行ってもつまんないよ」

 わぁってるよ、んなこと!
 オレだって好きで行くんじゃねーし。
 期末の出来悪かったから、親に無理矢理行かされるんだ。
 でないと、おこづかいなしっていわれたから、仕方なく行くんだよ。

「それより、一緒に楽しいことしよ?」

 お前とじゃ何やっても楽しくねーって、いつまで続くんだ、これ?
 マジうぜー。
 大体、なんで朝っぱらからナンパなんかしてんだよ。

 痴漢からは逃げることしか出来なかったけど、コイツは玉潰して二度と楽しいこと出来ねー身体にしてやろうか!

 つってもオレ、ただヤンキーの格好してるだけで、ケンカなんかしたことねーからなぁ。

 それなりに大きな駅の駅前だ。
 会社員ぽい人とか学生ぽい人とか人通りは結構あるのに、みんな見て見ぬふりで通りすぎていく。
 畜生、自力でなんとかするしかねーのか。

 オレは、はっきりいってやった。

「オレ、男ですけど」
「えーっ、そんなわけないじゃーん。確かに胸ないけど、男なら声聞いただけでわかるって」 

 わかってねーじゃん!
 ああ、オレの声がもっとドスの効いた低音ボイスなら──

「おい」

 そうそう、こんな感じのって、え⁉

 いきなり降ってきた低い男の声に、オレとナンパ野郎は揃って振り向き、固まった。

 そこには、殺し屋がいた。
 いや、違う、ヤンキーか、ほんもんの。

 とにかく、とても堅気には見えない、どこぞの兵長あたりを彷彿とさせる、めちゃくちゃ眼光の鋭い男が、ナンパ野郎を見下ろす形でガンつけしてたのだ。

 オレより二十センチくらい背が高く、白いシャツに紺のズボンとネクタイっつう、うちの制服によく似た格好で、耳にかかる長さの黒髪はキチッとセンター分けされており、顔立ちも非常に整っている。
 ただ、目付きは本当に凶悪で、顔はいいのに人相は悪いって、なんかすげーな。
 美貌が凄みを増してるのか、迫力満点だ。 
 視線だけで射殺せそうな目で睨みつけ、地を這うような声でヤンキーは宣う。

「ソイツは俺がずっと目ぇつけてたんだ。横取りする気か?」
「いえ、滅相もございません。失礼しました」

 おお、あのしつこい野郎が秒で逃げた。
 マジすげー。

 つーか何? 目ぇつけてたとか、今度はオレ、この人になんかされちゃうの?

 ドキドキしながら見上げると、彼はなぜかホッと息をついた。

「変なこといってゴメン。困ってたみたいだったから」

 さっきまでとはうって変わった穏やかな口調でいいながら、手に持っていた黒ブチメガネをスッとかける。
 すると、目付きの悪さが一気に緩和され、ちょっと神経質そうくらいの爽やか好青年になった──って、あれ? コイツのこのメガネをかけた顔、どっかで?

「んー? メガネ……?」
「ああ、メガネはずすと目付き悪いっていわれるから、人を脅すのにちょうどいいかと」

 恥ずかしそうに彼は笑う。

「確かに、超怖かったわ。人殺しそうな目ぇしてたし」
「そんなに?」
「うん。ほんもんのヤンキー、マジかっけーって思った。いや、でも、目付き悪ぃからメガネはずして脅すとか、真面目そうなのにおもしれーヤツだな、お前」
「面白い?」

 悩ましげな表情を見て、オレはようやく思い出した。

 コイツ、首席入学した学年一位の市原(いちはら)じゃん!

 ヤンキーぶってるオレが夏期講習とか誰にも知られたくなくて、ダチにも内緒で遠くの塾選んだのに、初っぱなから同じ高校のヤツに出くわすとかマジ最悪だ。
 いや、でもコイツはオレのこと知らねーかもしんねーし、知ってたとしても、今は違う女の子だと思ってるかも。

「助けてくださって本当にありがとうございました」

 オレは意識して、いつもより高い声を出し、顔がよく見えないよう低く頭を下げる。

「それじゃあ、オ……わたし、急いでるので失礼します」

 そのまま踵を返すと、市原に背を向け早足で歩き出した。
 ただひたすら前だけを見て、寄りたかったコンビニも素通りし、塾の名前の書かれたビルまで一気に移動する。

 あいつ、もういねーよな?

 念のため来た道を振り返ってみたオレは、少しも女子らしくない、可愛げのない悲鳴をあげた。

 まわりにいた人たちが驚いた顔でこちらを見てきたが、それには構わず、自分のすぐ後ろにいたメガネ野郎を、キッと睨め上げる。

「なんで付いてきてんだよ、ストーカーか!」

 オレの言葉に、今は生真面目な優等生にしか見えない市原は、困惑したように眉根を寄せた。

「いや、俺、ここで夏期講習だから」

 マジかー!

 前期と後期で二十日間、ここに通わなくちゃいけねーのに、ずっとコイツと一緒だなんて……。

 思わず見上げた空は目が眩みそうなほど明るいのに、これからのことを思うとオレは目の前が真っ暗になった。