有栖川伊織は、俺の世界の外にいる

「話は変わるんだけど」
俺が過去を思い出して苦い気持ちになっていると、食べ終えたサンドイッチの包みをコンビニ袋へ入れながら、伊織が言った。
「前から思ってたんだけど、颯太と酒井って、全然タイプが違うよね」
「タイプ?」
白米を口内へ詰め込んだ状態で、理貴ちゃんがモゴモゴと聞き返す。
「普通なら酒井は、美樹本たちと一緒にいるタイプに見えるから」
伊織が顔を向けた先には、体格のいい奴らばかりが集まって飯を食っている。
美樹本はラグビー部で、その隣の鈴木は柔道部で、その前に座る奴はレスリング部だったか。
理貴ちゃんもゴツイので、彼らと同じグループに分類したくなる伊織の気持ちは、分からなくもない。
「颯太は、森たちといるタイプに見える」
教室の後ろの方に集まって弁当を広げている森たちは、良くも悪くも普通——こんな言い方はしたくないし、伊織もそんなつもりで言っていないと思いたいが、いわゆる学校カーストでは中間層に分類されるタイプ。
「酒井と颯太、タイプが全然違うのにすごく仲いいから、不思議だなって」
「伊織がそんなことを不思議に思う方が、俺は不思議だけど?」
俺は笑って言ったが、心の中では「うるせぇ!」と怒鳴った。
理貴ちゃんは文武両道で、背が高くがっしりした男らしい体格で、強面だが顔も整っている。性格も良くて頼りになって、カリスマ的雰囲気がある。
対して俺は、外見も頭の中身も運動も、すべてが平均的。突出しているところは何もない。
理貴ちゃんとスペックが違いすぎてアンバランスなことぐらい、伊織に言われずとも、俺自身が一番分かってる。
「オレと颯ちゃんは幼なじみで、気もあう親友だから、颯ちゃんが言う通り不思議じゃない」
理貴ちゃんがさらりと答える。
「母親同士が友達で、家も近所で、ゼロ歳から一緒なせいもあって、同い年の兄弟みたいなもんだ」
「へー、そうなんだ」
理貴ちゃんの追加説明に、伊織は納得した様子を見せた後、無邪気に微笑んで言った。
「じゃあ二人が幼なじみじゃなかったら、僕は今、別の奴と昼飯を食べてたかもしれないのか」
一ミリも悪意がない伊織の言葉が、俺の胸に深く突き刺さる。
そんなことない! と反論したいけど、できない。何故なら俺だってそう思うから。
俺が持つ『幼なじみ』という強カードが、俺と理貴ちゃんが何故親友であるかという理由の、かなり大きな割合をしめていると思うから。
仮に俺と理貴ちゃんの出会いが高校だったなら、『持っている』理貴ちゃんと『持っていない』俺が親友になることはない、と簡単に想像できる。
「有栖川は、人を見た目で分類しすぎだ」
理貴ちゃんが、デザートの梨に箸を突き立てながら言う。
「シンプルに、気があえば友達になるし、あわないならならない。俺と颯ちゃんはすげぇ気があうから、ガキのころからずっと友達なんだ」
「言われてみたら、友達ってそうだよな。タイプがどうとか言って悪かった」
理貴ちゃんの言葉は俺の胸を熱くし、伊織も素直に謝った。
「酒井殿と山本殿から、ズッ友の気配がするでござる!」
「親友って言えよ」
俺は辻󠄀にツッコミを入れながら、理貴ちゃんはこういうところもハイスペだなと思い——バレないようにため息をついた。
理貴ちゃんは心もハイスペだから、俺は彼の親友で居続けられている。
でも。もし、理貴ちゃんが『普通』だったなら。
俺はあの時、理貴ちゃんに友辞めされていたかもしれない。

小学二年生の、確か六月くらいだったか。
まだ俺が気弱で大人しい人見知りで、いつもオドオドしていたころのことだ。
その日は学校から帰宅後、俺は理貴ちゃん含む友達数人といつもの公園に集まった後、少し離れた場所にある別の公園へ遊びに行く約束をしていた。
理由は忘れてしまったが、この時俺は家を出るのに手間取り、みんなを待たせてしまった。
俺はあせりながら一生懸命走り、ようやく集合場所の公園の入口が見えたところで、不満たらたらな大声が俺の鼓膜を揺らした。
「もう颯太くんは置いていこうぜ! 遅すぎー!」
一応友達だけど、あんまり好きじゃない奴の声だった。
「おれ、颯太くんのこと、実は好きじゃないんだよねー」
そいつは思ったことをすぐ口に出す奴だった、と記憶している。
「足遅いし、頭もあんまり良くないし。それにアイツっていつもオドオドしてて、声ちっちゃくて、何言ってるか分からなくない!?」
全速力で駆けていた俺の足は自然と止まり、動けなくなった。
「颯太くんて、理貴也くんの金魚のフンって感じでウザい!」
呼吸に使う器官を、冷たい手でぎゅっと握られたような感覚がしたのを、覚えている。
「理貴也くんは颯太くんにつきまとわれてて、嫌じゃないの?」
「嫌じゃない!」
息を止めてうつ向いた俺の耳に、理貴ちゃんの怒声が届いた。
「お前、颯ちゃんの陰口言うな!」
「どうどうと言ったから、陰口じゃないし……」
「オレは颯ちゃんを待つ! 待ちたくない奴は先に行けばいい!」
理貴ちゃんと嫌な奴の会話を聞いていなかったことにするため、俺はゆっくり十数えてから走って公園へ入った。
先に行った友達は一人もおらず、全員俺を待ってくれていた。
「おくれて、ごめん……」
「全員集まったから、行こうぜ!」
理貴ちゃんは何事もなかったかのように俺へ笑いかけ、俺のところへ駆けてくると、俺の手を握って引っぱった。
この出来事は、高校生になった今でも忘れられないし、一生忘れることはないと思う。
何故ならこの出来事があったから、俺は「今のままじゃダメだ」と理解し、変わることを決めたからだ。
理貴ちゃんはいい奴だから、オドオドして人見知りする俺でも、友達でいてくれると思う。
でもその優しさに甘えっぱなしはいけない気がしたし、嫌な奴にボロクソに言われたことは俺の精神に多大なダメージを与え、俺自身も今のままじゃダメだと思った。
オドオドせず、ハキハキしゃべれるようになろう。初対面の相手でも人見知りせず、勇気をだして話しかけてみよう。友達をたくさん作れる、他人に好かれる人間にならなくては。友達が多い子って、どうやって友達作ってるんだろう? どんな人間なんだろう?
——そうやって俺は少しずつ学び、少しずつ今の俺を作ってきた。
「伊織。飯食い終わったら、購買のオバチャンに謝りに行くからな」
「あー、うん……」
俺が二軍っぽくて、理貴ちゃんが一軍ぽくて、釣りあっていないように見える。と評した伊織は、見たままを言っただけで、悪気はない。
しかしその悪気のない評価は、俺の地雷を踏んだわけで、俺に一日も早く伊織の世話係をやめたいと再び思わせるのに、十分だった。